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第十三話 「放っておけねぇ」

 ビルサ城内の物置部屋に、お(しぶ)の悲鳴が響き渡る。
 「どわァァァァ!!!」
 バリィィ!! その悲鳴にしゃらくも驚き、床下を突き破ってしまう。それにお渋はさらに驚き、絶叫する。しかし一方で、子狸の方は気にも留めず、肉を食べている。
 「ままま待てェ! 怪しいもんじゃねェよ!」
 明らかに怪しい登場をしたしゃらくだが、大慌てで弁解しようとする。お渋は泣きながらも、必死に弁解しているしゃらくに、徐々に落ち着きを取り戻し始める。
 「ってあれェ? お渋ちゃんじゃねェかァ!?」
 お渋に気が付いたしゃらくがニコリと笑う。
 「あれ? 落とし穴に落ちてた人?」
 お渋もしゃらくに気が付く。
 「やっぱりこの出会いは運命だぜェ! お渋ちゃん!」
 しゃらくがお渋に抱きつこうとする。すると、何人かの足音が近づいて来る。
 「お渋ちゃん!? 大丈夫!?」
 恐らく悲鳴を聞きつけたであろう女中達が、戸の前で声をかけている。
 「あっ! えっと、大丈夫です!」
 お渋が咄嗟(とっさ)に返事をするが、その慌てた返事を不審に思い、女中の一人がガラガラと戸を開ける。すると中では、お渋が一人ニコニコ笑って座っている。
 「すみません! ね、ねずみが出てきたので、びっくりしてしまって・・・」
 お渋が、心配そうに見つめる女中達に笑顔を振り()く。それを聞き、女中達がホッとした顔をする。
 「何だぁ~。びっくりしたじゃない。それより、こんな所で何してるのよ?」
 「えっと~。・・・あ、ちょっと、ご家老(かろう)様に頼まれ事をしまして」
 「そうだったの。大変ね。何か手伝う?」
 「いえ、大丈夫です。一人で出来ることなので」
 「そ? じゃあ頑張ってね」
 そう言って女中達が戸を閉め、去って行く。足音が遠くなると、物陰からしゃらくと子狸が崩れ落ちる。二人は息も止めていたようで、ぜぇぜぇと息を切らしている。
 「ハァハァ。何だよお渋ちゃん。息まで止めろって」
 「だって! あなた達見つかったら大変なことになるわよ!」
 お渋がしゃがんで子狸を撫でる。子狸は嬉しそうに尻尾を振り、しゃらくは悔しそうに子狸を睨んでいる。
 「それにしても、こんなとこでお渋ちゃんに会えるなんてなァ。やっぱおれ達、運命の赤い糸で結ばれてるんだなァ」
 しゃらくがニマニマしている。
 「何言ってるのよ! そんなことより、あなたこんな所で何してるの?」
 「そんなことって・・・」
 しゃらくが落ち込んで膝を着く。
 「あァ。おれは、ここの大将をぶっ飛ばしに来たんだ」
 「・・・!?」
 しゃらくは胡坐(あぐら)をかいてニコニコ笑っている。お渋は唖然(あぜん)とし、開いた口が塞がらない。子狸の方も、大将の所へ行くとは聞いていたが、ぶっ飛ばすのは初耳だったようで、食べていた肉を喉に詰まらせ、ジタバタと暴れる。お渋が慌てて子狸を抱き上げ、逆さにして背中を叩くと、ポンッと肉が口から飛び出す。しゃらくはそれを見て、ゲラゲラと笑っている。
 「・・・あなた、それ本気に言ってるの?」
 「そうだよ。ここの大将だけじゃねェ。十二支(えと)将軍も全員ぶっ飛ばしておれは、天下を獲るぜ!」
 「・・・!?」
 再び唖然とするお渋と、お渋に抱かれながら再び気を失いそうになっている子狸。
 「・・・あ! もしかして、さっきお城に侵入して来た人って、あなたのこと!?」
 「ん? あァ、多分おれだな」
 お渋は座りながらも、どんどんと後退っている。
 「・・・お仲間は?」
 「おれ一人だよ」
 「え!? 一人でこのお城に入って来たの? どうやってここまで・・・?」
 「それがよォ、みんなぶっ飛ばしてたら穴に落ちちまって、そしたらこのタヌキがいたんだよ」
 「あのお侍さんたちを全員!? 一人で!?」
 「あァ、おれは強ェんだぜお渋ちゃん! ()れた?♡」
 しゃらくはニマニマと笑っているが、お渋は相変わらず驚いている。お渋に抱かれた子狸は、二人の顔を交互に見ている。
 「・・・もし本当にそうなるなら、あなたは私達の救世主ね」
 お渋が下を向き、少し微笑んで子狸の頭を撫でる。子狸は嬉しそうに尻尾を振る。そのお渋の様子に、しゃらくは眉を顰める。
 「お渋ちゃんはこの城で何してんだ?」
 「私は、このお城で働いてるの」
 「ふーん。でもここは嫌いなんだろ? なんでそんな所で働いてんだ?」
 「・・・ここで働くしかないの。私は父と二人で暮らしてて、父は体を壊して働けないから、私がここで働くしかないの」
 お渋が俯いて、歯を食いしばっているのが分かる。そしてポロポロと涙がこぼれている。落ちた涙が子狸の鼻に落ち、子狸は不思議そうに鼻をペロッと舐め、体を起こして、お渋の頬を伝う涙を心配そうにペロペロ舐める。一方のしゃらくは慌てている。
 「ご、ごめんよ! 泣かせるつもりは無かったんだ!」
 「ううん、そうじゃないの。ごめんなさい・・・」
 涙を拭うお渋を、しゃらくが見つめる。


 一方城下町の方は、再び騒がしくなっている。大勢の侍が、町人達から献上金(けんじょうきん)の取り立てをしているようである。
 「待ってくださいよ! 献上金ならこの前払ったばかりじゃないですか!」
 「うるせぇ! これはビルサ様からのお達しだ! お前らビルサ様に楯突(たてつ)こうってのか?」
 「そ、そんなぁ・・・」
 困惑する町人達を睨みつける侍達の真ん中に、片腕の無い侍が険しい顔をして仁王立ちしている。するとその侍が、(おもむろ)に刀を抜き町人達に刃を向ける。
 「払わねぇ者は殺せとの命だ。命が惜しけりゃ黙って従え」
 道の真ん中に侍達が陣取り、そこへ町人達が列を作っている。
 「これからどうやって生きていけばいいんだよ・・・」
 町人達の足取りは重い。対称に周囲の侍達はヘラヘラと笑いながら、献上金を徴収している。その他でも侍達は、町の至る所をうろついて徴収している。
 「おい邪魔するぜ」
 ガラガラガラ。ある長屋の戸を開け、侍二人が入っていく。中には布団に横になった男が一人。気にせず侍達は、ずかずかと入っていく。
 「ゲホゲホ。な、何だあんたら」
 「何だじゃねぇよ。献上金の徴収だ」
 「献上金なら、この前払ったじゃねぇか」
 侍達は土足で上がり込み、男の布団を囲む。
 「ビルサ様からのお達しだ。この町において、ビルサ様の言うことは絶対だ」
 「・・・そんなこと言われても、今うちには払える金はねぇ」
 すると侍の一人が、刀に手をかける。
 「払わねぇ者は殺せと言われている」
 男が目を見開く。その様子を見て、侍はニヤニヤと笑いながら刀を抜き、男の首に刀を当てる。
 「・・・お渋」
 すると、突然外が騒がしくなる。侍達もそれに気が付き、立ち上がって外へ向かう。男は今にも気を失いそうに力が抜ける。侍が外を覗くと、一人の侍が目の前を吹っ飛んでいく。見るとそこには、ウンケイが一人立っている。
 「どうやら俺は、お前らが放っておけねぇ程に嫌いらしい」
 ウンケイは、長屋から顔を出す侍二人をギロリと睨む。侍達は一瞬(ひる)むが、刀を抜いてウンケイの前に出てくる。
 「何だてめぇは! 侍様に楯突いて、ただで済むと思うなよ!」
 侍が向かってくる。すると、ウンケイが薙刀を振り、二人とも吹っ飛んでいく。侍達は完全に気を失い倒れている。ウンケイが長屋の中へ目をやると、男が目を丸くしている。ウンケイはその男をジッと見つめる。
 「ちょっと待ってな。・・・全部取り返して来るからよ」
 完

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