第20話「収入源、そして新たな不穏の予感」
ある日の午後9時、渋谷にある広い某地下施設にて総合格闘技のイベントが行われていた。
「さぁ皆さん!!いよいよ本日のメインイベントの時間がやってきました!!」
施設の中に設置されていたリングの中の中央に立っていたリングアナと思わしきグラサン男が今宵激突する2名の選手の紹介を始める。
「まずは青コーナー!!178cm!!145kg!!荒川区が生んだ戦慄肉弾魔人!!ゴンザレス轟(とどろき)!!」
アナの紹介と共にリング内の端にいた肥満体型のハゲ男が「皆様、どうも今夜はやったりますよ」と言わんばかりの表情をしながら両腕を上げた。
「いけぇぇぇぇ!!ゴンザレスゥゥゥ!!」
「殺せ!!殺せ!!殺せ!!」
「肉弾パワー見せてくれよぉぉ!!」
ゴンザレスに大声援を送った堅気には見えないガラの悪い観客達。
「え~、続きまして赤コーナー!!186cm!!75kg!!文京区が生んだ爆裂侍ボーイ!!燈焔火(ともしび ほのか)!!」
「……ふぁ~……」
ゴンザレスとは反対のコーナーに立っていた焔火は紹介されると共に欠伸をかました。するとそれを見ていた観客達は額の血管をブチンと切れさせた。
「てめぇ!!何だその態度は!?ナメてんのか!?」
「死ねぇぇぇ!!!くそしび!!」
「今日こそは殺されちまえ!!この低能ドサンピン!!」
先程のゴンザレスの時とはうってかわり、観客達は焔火に対し汚いヤジを飛ばした。そんな中でレフェリーがリング内へと入り、両選手に手招きをして端から中央へと来させる。
「目付きと頭突き、それから噛みつきと金的は禁止だ、OK?」
レフェリーから説明を受けると2人は頷き、互いのグローブを軽くタッチし再びコーナーの方へと戻って行く。いよいよ試合開始の時だ。
「ジャッジ!ジャッジ!ジャッジ!
レディ~……ゴー!!」
レフェリーの合図と共にカァンッとゴングが鳴った。
ゴンザレスはオーソドックスに構える。それに対して焔火はニヤニヤしながら体勢をやや低くしつつ全身をユラユラと揺らせる。
(ナメやがって……!!)
ゴンザレスは中距離から2発のジャブを焔火の顔面に向けて放った。しかし焔火はスウェーで2発とも余裕げに躱した。
(チッ!中々良い動体視力だな!)
「いけぇぇ!!ゴンザレス!!体重はお前の方が圧倒的に上回ってるんだ!!絶対に勝てるぞ!!」
「今夜で燈王朝を終わらせてくれよ!!」
観客達の声援に応えるかの様にゴンザレスはガンガンと距離を詰めてボディブローやローキックといった技を使ってアグレッシブに攻める……が、焔火は全く効いてないというかの様に非常に涼しい表情をしていた。
(コイツ……!クリーンヒットではないとは言え145kgの俺の打撃を喰らって顔色一つ変えやしねぇ……!)
ゴンザレスがそう思った矢先、焔火の放った右ローキックがゴンザレスの左ももを捉えた。
「ぐぅっ!?」
ゴンザレスの左ももに斧で斬られたかの様な激痛が走った。それによりほんの一瞬バランスを崩した。そして焔火はそんな僅かな隙を見て瞬時にゴンザレスに組み付き、コーナーの角に押し込んだ。
「うおおお!?145kgを軽々と押し込みやがった!!」
「バケモンかよ……!!」
「まるでブルドーザーだ……!!」
観客達が湧いてる中で焔火はヒソヒソとゴンザレスに耳打ちする。
「なぁ……アンタもう降参しとけって」
「ああ!?」
焔火の突然の言動に困惑するゴンザレス。
「……さっきの蹴りと今の押し込みで分かっただろ?俺はアンタより遥か雲の上の存在なんだよ、このまま戦い続ければアンタは間違いなく今後の人生に影響を与えるくらいの怪我を負っちまうぜ?そんなん嫌だろ?だから大人しくリタイアしとけって」
「……ふざけんなよクソガキ……!!観客達が懸命に応援してくれてる中で誰が降参なんてするかよ……!!」
「ああそうですか」
焔火は組み付いた状態からバッとゴンザレスを持ち上げ、反対のコーナーポストに向かって投げつけた。
「「「うおおおお!?」」」
焔火の怪力にどよめく観客達。その一方でゴンザレスは若干ふらつきつつも立ち上がり、焔火に向かって果敢に攻めていく。
「シュッシュッシュッ!!」
左右の拳でラッシュを放つゴンザレスであったが、焔火はダブルピースを決めながらヒョイヒョイと余裕に躱し続けた。
「フォッフォッフォッ、遅すぎだよベイベー……あっ!」
焔火は躱してる最中に右足首を捻ってバランスを崩し、やや前のめりになった。そしてゴンザレスは瞬時にその隙を突いて焔火の顔面に渾身の右ストレートを放った。
「「「おおおおお!!??」」」
観客達は皆どよめいた。理由は2つあった。1つ目は焔火の顔を殴ったゴンザレスの拳からゴキャッと音と共に血が吹き出た事。2つ目は145kgの渾身の打撃を顔に浴びた焔火が何事もなかったかの様にケロッとしていた事。
「ぐっ……!!」
ゴンザレスの右拳からはポタポタと血が流れていた。そして顔は苦痛に歪んでいた。
「へへへ、折れちゃったねぇ~?ごめんごめん、俺の顔はチタン並みに硬いんだよ~、普段から鍛えまくってるから」
邪悪な笑みを浮かべながらゴンザレスにごめんなさいポーズをする焔火。
「くっ……!!総合は打撃だけじゃねぇんだ!!」
ゴンザレスは焔火にレスリング五輪金メダリスト顔負けのキレのある鋭いタックルを仕掛けた。
「むぅ!?」
焔火は倒れなかった。倒れないどころかよろける素振りも見せなかった。全くその場から動かなかったのだ。この時、ゴンザレスの頭の中には地面に向かって太い根を無数に生やした巨大樹が浮かび上がっていた。
(ダ……ダメだ……次元が違い過ぎる……!!)
ゴンザレスは焔火に底知れぬ恐怖を感じガタガタと震えだす。
「へっ、やっと理解したか……よぉ!!」
「ごふぅ!?」
焔火は自身に組み付いているゴンザレスに右ボディブローを放った。それにより天井高く舞ったゴンザレス。
「昇天しろオラァ!!!」
焔火はゴンザレスが自身の目の高さに落下してきた瞬間に彼の顔に高速回転蹴りをお見舞いし、リング内から観客席の方へと吹き飛ばした。
「きゃあ!!」
「どわぁぁ!!」
「うわぁぁ!!」
飛んでくるゴンザレスを慌てて避けた観客達。その後すぐにレフェリーが駆け寄り、地面に倒れていたゴンザレスの状態を確認した。
「意識がない!ダメだ!」
レフェリーは試合続行不可能と判断し、ここで試合を終了とさせた。その後すぐにカンカンカンとゴングが鳴り響いた。
「勝者~、燈焔火~!!」
場内に試合に勝った焔火の名前がアナウンスされた。
「へへへ!!やっぱ俺強えぇぇぇ~!!」
焔火は両腕を広げてリング内を歩き回りながら幼稚園児の様に無邪気に微笑んでいた。
「あ~つまんね、今夜もアイツの勝利か……」
「まさか肉弾魔人まで倒しちまうとはなぁ~……一体誰なら勝てるんだよあんなバケモン……」
「マジな話アイツなら野生のヒグマにも勝てちまうんじゃねぇか?」
「ああ……アイツならマジで勝てそうだな」
ゴンザレスが負けた事により若干ナーバス気味の観客達であった。
「───はいよ、今夜のファイトマネーだ」
試合後に焔火は地下施設内にあった事務室にて金髪モヒカンのおっさんから札束の入った封筒を差し出された。
「あざっす」
焔火は礼を言いながら封筒を受け取った。そしてその後事務室を後にした。今更であるが焔火は中3の秋頃からここで闘いに身を投じて生活費を稼いでいたのだ。ちなみにファイトマネーは10~30万円(客の入りの数によってかなり変動がある)。出場回数は月3回程。なのでここで得られる月の収入は30~90万円といったところだ。15歳の高校生にとってこの収入はかなり高額である。
「ふ~……」
あ~……眠いな~……とっとと家帰って寝るべ……と言いたいところだが猛烈に腹も減ってんだよな~……何か食ってこうかな……こういう時ってどっちを優先させるべきだろうか……なんて考え事をしながら神妙な顔を浮かべて渋谷の街を歩いていた焔火。
「ん?」
焔火は歩いている中で街のある場所に人だかりができているのを発見した。気になった焔火はそこへと近づいていき、近くにいたおっさんに声をかける。
「すんません、何かあったんすか?」
「ん~?殺人事件だよ」
「殺人事件?」
「ああ、30代のリーマンが殺されたんだとさ、可哀想になぁ~……」
「あれまぁ……」
「しかもよぉ、殺され方が異常らしいんだ」
「異常?というと?」
「左半身が吹き飛ばされてたらしいんだ」
「吹き飛ばされてた?切断されてたとかじゃなくて?」
「ああ、吹き飛ばされてたらしい、まるで爆発したみたいにね」
「へ~……そりゃあ怖いな、早く犯人捕まるといいっすね」
おっさんにそう言い残して焔火は自宅に帰るべくその場を後にした。そして歩きながら考えていた。犯人は霧崎タカシと同じミュータントなのではないかと。