370章 新しい仕事
ミサキはカウンターに姿を見せると、既に満席となっていた。
「ミサキちゃんだ」
「ミサキちゃん、大食いを見たい」
「ミサキちゃん、握手をお願いします」
「ミサキちゃん、サインをちょうだい」
最初は違和感あったけど、最近では当たり前と感じるようになった。難百回と繰り返すうちに、思考は大きく変化した。
お客様から焼きそばの注文が入った。
「ミサキちゃん、焼きそばを5人前、ジュース5つ」
「ミサキちゃん、焼きそば3人前、ジュース3つ」
「ミサキちゃん、焼きそば6人前、ジュース6つ」
「ミサキちゃんに焼きそばを30人前」
「ミサキちゃん、焼きそば4人前、ジュース4つ」
「ミサキちゃん、焼きそば7人前、ジュース7つ」
開始3分で、焼きそば58人前。調理場は地獄絵図になることが決定した。
見覚えのある顔が、お客様の中に紛れ込んでいた。
「ミサキちゃん、ヤッホー」
「アヤメちゃん、どうしたの?」
「今日は焼きそばを食べるために、こちらにやってきたの」
アヤメはスタイルを維持するために、極端な食事制限に取り組む。はたから見ていると、自分に罰ゲームを課しているかのようだ。
アヤメは疲れているのか、体は揺れることとなった。
「アヤメちゃん、睡眠不足みたいだね」
「うん。一週間の睡眠は二〇時間くらいだよ」
一日平均で2~3時間。体を極限まで追い込んで、仕事と向き合っている。
「アヤメちゃん、ゆっくりと休んだほうがいいよ」
「ミサキちゃん、膝枕・・・・・・」
二人きりならOKするけど、大衆の前ではNG。一度でもOKすれば、膝枕が日課になりかねない。
アヤメの声は聞こえたらしく、他のお客様からもリクエストが飛んできた。
「ミサキちゃんの膝枕・・・・・・」
「私も横になってみたい」
「ミサキちゃんの優しさで、とっても癒されそう」
アヤメは疲れにあらがえないのか、ミサキの膝に転んでしまった。
「アヤメちゃん、ここではダメだよ」
シノブは事態を察したらしく、カウンターにやってきた。
「アヤメちゃん、迷惑行為は厳禁です。お守りいただけない場合は、退店していただきます」
睡眠不足の女性を追い出すのは気が引ける。ちょっとだけという条件で、膝枕をOKすることにした。
「シノブちゃん、一五分だけだよ」
「ミサキちゃん、ありがとう」
アヤメは目を瞑ったあと、軽い吐息を立てる。気持ちよさそうなのは、こちらにもはっきりと伝わってきた。
「ミサキさん、いいんですか?」
「アヤメちゃんの苦労は、私もよく知っている。これでよくなるのであれば、ちょっとくらいは協力したい」
社長に殺害されそうになっても、前を向いて生きている。不屈の精神を持つ女性を、心から応援したい。
お客様の視線は、膝枕をしている女性に向けられた。
「アヤメちゃんだけずるいよ」
「私も膝枕を利用したい」
「私も癒されたい」
焼きそば店の仕事に、膝枕が新たに加わることとなった。仕事は一層、大変になりそうな予感
がした。