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【十四】

 中学一年生になった。俺は初めて、存沼とも和泉や三葉くんとも、同じクラスにはならなかった。俺が単独だ。そして外部入学してきたルイズとも違うクラスだ。ルイズは存沼と同じクラスである。まだ直接は一度も会っていないが、クラス分けの紙が張り出されているのを見て知った。ちなみに三葉くんと和泉は同じクラスだ。

 入学式では三葉くんが欠席だったからなのか、それとも実力からなのか(失礼)、存沼が答辞を読んだ。俺は記念品を受け取るという安定した当て馬だったが、それすらも嫌だった。フラグはへし折ったはずだが、後四年したら、ヒロインが来てしまうかもしれない。

 目立ちたくなかったのだ。

 サロンの場所も、”ツボミ”の場所とは代わり、中等部と高等部共通の、新しいサロンになった。そこが初等部以上にすごい場所で、大きな階段が中央にあり、二階にも上ることができる。ピロティなのだ。柱の意匠も素晴らしく、家具はクラシックなものから最先端のものまでがそろっているが、どれも上品だ。そのどちらも多くは、アベーユ&アヘーンバッハ社製だ。俺の時計が五千万円だったのだから……ちょっと考えられない額がかかっていると考えられる。しかし何でも作っている会社だな。

 まぁ高屋敷家も製菓会社のほかに、様々な関連会社を持っているらしいが。それこそ存沼の所など、気が遠くなるほどのグループ企業がある。ちなみに日本において、高屋敷家の持つ企業名を聞いたことがない人など存在しないという設定だったな。どちらかといえば、高屋敷家の持つ会社は、生活に密着しているものを多く取り扱っているのだ。我が家の中では、全然一般家庭に密着している気配は何だけどな……なぜ、ポテトチップスが出てこないのか。一度父に問いつめたい。

 俺はサロンで、挨拶などをしていた。久しぶりに、鷹橋塔矢先輩の顔を見た。現在は高校三年生だ。現在では、ローズ・クォーツの会長を務めているそうだ。

 そして存沼はといえば、やはり堂々と再奥の豪華なソファに陣取った。誰も何も言わない。言えばいいのに。だが俺の意識は、そこではなく、存沼の手にする書籍に向いていた。美しいブックカバーが掛かっているのだが……なんというか。

 ――存沼が、男同士の恋愛小説にはまっている。

 何をしているんだ。男同士の恋愛小説を読むのはいい加減に止めろ。
 現在の愛読書は、森茉莉の『枯葉の寝床』だ。耽美小説だ。耽美小説が悪いとは言わないが。まぁ、確かに存沼も森鴎外の娘の森茉莉のように、特定の店でしかかき氷を食べずに、その上、最近氷の質が変わった、などと気がつきそうな性格ではある。決まった店の、ウイスキーボンボンしか食べなさそうな印象はある。だから合うのかもしれない。しかし俺にまで薦めてくるのは止めろ。むしろ逆に本なら俺が薦めたい。俺は今年からも図書委員会だからな、本当にいくらでも薦めてやるからな! とりあえず俺に恋愛相談もするな!

 その上存沼は、暇さえあれば満園先輩を見に出かけている。軽くストーカーと化している。俺のストーカーからは、放課後以外転職したようだ。ただどこに行っても存沼は目立つから、もはや全校中が存沼の視線の先に気がついていることだろう。俺もつきあわされてよく見に行くのだが、満園先輩は、何度も何度も周囲を気にしている様子である。現在見る限り、不良らしい素行はあまりないが、在沼のせいで孤立しかかっている。まさかそのせいで一匹狼になるのではないだろうな……?

 さて他に、一大ニュースがあった。

 ――砂川院三葉のペンダントトップに宝石が戻った。

 それが元々の自分のものだとは、慣例的にあり得ない。別れた場合どうするのかは、俺は知らないが。そんなことは、設定には書いていなかったから、誰かに後で聞いてみよう。

 ただ、誰もが、本人の所有物だった宝石だとは考えていない様子だ。

 実は何人かが、三葉くんの元々持っていた宝石は、青かったような気がすると、覚えていたらしい。俺はそんな話は知らなかったのだが、葉月くんから初等部最後の頃に言っていた。

 現在つけているのは、緑色の宝石だ。まぁ、青と緑なら錯覚しないこともないと俺は思う。ただ違うだろうけどな。実際の所は、本当にわからない。

 兎に角そのせいで、様々な憶測が飛んだ。
 相手は中等部の生徒だったのか、片思いがやっと実ったのか、等だ。

「ご存じないんですか、本当に? 何か聞いていないんですか?」

 と、葉月君に聞かれたが、俺は曖昧に笑うにとどめた。俺は少しは知っているからだ。もしも本人の元々のものだとすれば、『知らない人』から返してもらったのだろう。だとすれば相手が設定ヒロインだったとしても、ふられたか、ふったか、どちらかだと思う。どちらでもいい。俺は何があっても設定ヒロインには近づかないと決めている以上、これで三葉くんに高屋敷家を潰される可能性はゼロに等しくなった。だがもしもまだ三葉君の側が好きだったら、こんな事を考えるのは、本当に悪いのだけれどな……。


 さて、ルイズが入学してきたわけである。

 ルイズ――改め、 西園寺颯也(さいおんじそうや)と言う。これはルイズの日本名だ。ルイズは母親が日本人なのである。だからカツラをとれば黒髪で、黒い目をしているのだが本当に彫りが深くて異国の血を感じさせる。

 しかし印象は激変していた。驚いたことに、しばらく合わない間に二次性徴が終わっていた。もう、俺が知るルイズの面影はない。長身で非常に格好いい。可愛いではない、格好いいのだ。

 そして、当然のごとく風紀委員会に入った。設定通りだが、理由を俺は推察している。風紀委員は、授業に出なくても良いのだ。名目は授業をさぼっている生徒を正しい道に引き戻すためだが(滅多にいない)、風紀委員自身が授業に出ていないのだから、そちらの方にも問題があるのではないかと俺は思う。ただ兎に角、小学校六年の年までに、ルイズは大学まで海外で出てきた設定だったから、今更勉強する気もさほどないだろう。比較的自由なのが好きな性格に思えたし。女の子側のダンスまで踊ってしまうほどなのだから……。

 外部入学の生徒の中でも、兎に角抜きんでた容姿をしているからなのか、三葉くんの宝石が戻った話の陰では、西園寺の噂で持ちきりらしい(と、葉月君が言っていた)。

 俺は何度かすれ違ったが、当然知らんぷりをした。向こうも俺に声をかけてくることはない。ルイズがルイズでなくなったようで少し寂しいが、平穏ならばいいだろう。ただ現在の所、まだ西園寺には設定ヒロインに惚れる可能性が残っているので、注意深く見守る必要もある。ただ西園寺ルートでは、西園寺自身がヒロインを嫉妬や陰湿な嫌がらせから守るので、そう酷いことにはならない気がする。

 その上、嫌がらせをするライバルヒロインの有栖川鈴音はいないし、邪魔をするはずの俺は、邪魔しないと決意している。

 ああ、平穏だ。

 それに、気づいたのだが、誰とも一緒ではない一人きりのクラスは、本当に居心地がいい。葉月くんや侑くんとも別のクラスなのは寂しいが、今回は、小1の頃、一緒にリレーでアンカーグループだった、昼崎くんと同じクラスになった。昼崎くんは陸上部に入るらしい。俺はローズ・クォーツのメンバーだから、別に部活には入らなくても良いのだが。それに他の生徒も、必ずしも強制ではない。

 委員会は全校生が強制的に加入するが、放課後はさすが稑生、家業や習い事、家庭教師や塾などで多忙な生徒も多いから、部活は強制ではないのだ。ただ昼崎くんのように、声をかけられたら、ローズ・クォーツのメンバー以外は、たいてい部活に入るようだ。案外縦社会である。それが免除されるローズ・クォーツの恩恵を、俺はここでもうけた。これくらいならば目立たないだろう。なぜなら俺は、茶道部に勧誘されたからだ。流派もばっちり合った。だが、やりたくない。今でも茶道は、母が好きだから習わせられてはいるが、そもそも茶事や大寄せがあんまり好きではないから、部活でやるなんてごめんである。だから無事に断ることができて良かった。茶杓の拝見なんてしたくもない。興味があまりわかないのだ。さぁ、このまま平穏に過ぎてくれと俺は祈った。そして天は俺を裏切った。

 ある日、満園先輩が何を思ったのか、ピアスをつけたのだ。

 それを発見したのが、ルイズ改め、西園寺だったのである。西園寺は、先輩だとか後輩だとか、そういうものを気にしないようだった。

 まぁ、女装を貫き通すほどだったのだから、肝が据わっているのはわかる。その上、敬語など、どこにもない様子だ。

「ピアスは校則で禁止されている」

 俺は、存沼につれられて、満園先輩を見ていたので、当然注意したその瞬間の現場に立ち会うことになった。一応廊下の隅からではあるが。すると満園先輩が、面倒くさそうにすっと目を細めた。まずい、”五星”の仲の悪いフラグがたちそうだ。この二人の間でたつのか、一番最初に。最近では和泉と存沼はそれほど険悪には見えないが、西園寺と満園先輩は、不良と風紀と言うことで、かなり対立していた。思えば、存沼の次点で西園寺は、攻略対象全員と仲が悪かったではないか……。俺は、そんなことにはならない自信があるけどな。何せ長いつきあいだ。

 しかし、険悪になったのは、満園先輩と西園寺ではなかった。

「ピアスくらいあけたっていいだろう!」

 存沼が、叫んで、走っていった。俺は、ポカンとしてそれを見ているしかできなかった。

「校則で禁止されているから駄目だ」
「ローズ・クォーツで校則を変える!」
「――それがなんだ。現在変わっていない以上、ピアスは禁止だ。ローズ・クォーツが校則を変える場合は、ローズ・クォーツの会長が生徒会と風紀委員会に通達を出した時点で効果を発すると聞いている。お前は会長じゃないだろう」

 激昂している存沼に、眉間にしわを寄せながら西園寺が言った。西園寺が言っていることは正しい。存沼もそれは分かっているようだった。だから一瞬息をのんだ。

 同時に、言い返されたことにも虚をつかれている様子だ。これまでサロン内ですら存沼を咎めるものなどいなかったのだから、当然なのかもしれない。和泉や三葉くんだって、別段、咎めていたことはない。せいぜい空気が凍り付く程度(程度?)だった。

 一体どうなるのかと冷や冷やしながら、俺は満園先輩の様子をうかがう。
 すると、面倒くさそうに目を細めながら、素直にピアスを外していた……!
 そして口論している二人を後目に、踵を返してそれとなく歩き去っていく。

「兎に角駄目なものは駄目だ」
「規則規則うるさいやつだな」
「守るために規則はあるんだろう。違うのか?」
「だからなんだ!」
「守れ」

 限りなく子供っぽい口論だ。特に存沼が。
 ――しかしだ。
 見守っている周囲は違う。現在は場が凍り付いたりはしていないのだが、皆呆然としたように二人を見ているのだ(俺もだけど)。ここは丁度最後の授業が終わったばかりの廊下だ。帰宅しようとしている生徒や、部活、委員会に出向こうと歩いている生徒も多い。

 しかし存沼の剣幕と、ローズ・クォーツの持つ学内での権力、存沼家の権力、本人の迫力に皆が何も言えない。

 一方の西園寺の方も堂々と言い返しているから、どちらかと言えば、こちらにハラハラとした視線や、呆気にとられた表情が向けられている。言っていることは西園寺が正しいのだ、本当に。それに俺はルイズの元々の性格が、理詰めの上に気が強いというのも何となく感じていた。

 迫力と正論の戦いだ。どちらも譲る気配がない。

 そして枕投げですら止められなかった教師陣に期待はできない。三葉くんはこの件に関係がないし、学校に来ていないから、お願いできない。和泉にも同様だ。え、これって……俺しかいないよな。生徒会だの風紀委員会だのローズ・クォーツの他のメンバーや会長が出てきては、さらに事態も混乱するだろうし、なんとか場をおさめるとしたら、やっぱりここには俺しかいない。なんと言うことだ!

「まぁまぁ、二人とも」

 俺は菩薩――だけではなく、その他に、モナリザも召還して微笑みながら、歩み寄った。俺の表情筋よ、たえてくれ……!

「満園先輩はピアスを外したし、もう問題はないんじゃないかな? 僕は、外して帰っていくのを見送ったよ」

 すると二人の視線が同時に俺をとらえた。すごい迫力だった。だがルイズの方は短く息をのみ、存沼は視線で、満園先輩の姿を探して不在に気づいたようだった。

「風紀は守られたし、それに校則の変更を存沼は会長に、これから話しに行かなければならないよね。風紀委員の方も、まだ見回りの途中でしょう?」

 俺が必死で言うと(もちろん笑顔だ)、西園寺が小さく頷き、存沼はゆっくり何度も大きく頷いた。

「存沼、行こう」

 マキ君ではなく、わざと今回は存沼と呼んだ。マキ君とか言っている雰囲気ではなかったし、西園寺にも存沼の名前をたたき込まなければならなかったからだ。これからきっと、存沼の存在について、誰かが西園寺に教えてくれることだろう。結局、この後俺たちがサロンに行くことはなかった。なぜなら、存沼がストーカーの職務に復帰したからだ。

 気疲れした一日だ。だが、朗報もある。

 和泉は、全然チャラくなく、カノジョを大切にしている様子なのだ。
 俺もこういう恋愛がしたい。
 翌日幸せそうに、香水をプレゼントするんだと、和泉が笑っていた。

 香水か……。和泉は、本当に香水が好きだ。俺でも前世から知っていた安い香水や有名な香水から、個人的に調合させたというものまで、兎に角ありとあらゆる香水を収集しているのだ。学校でも、いつも良い香りに包まれている。それもあって、和泉のそばにいると心が落ち着いてくるのだ。足にヒビが入った事件以来、枕投げはともかく、和泉に冷や冷やさせられた覚えはない。いいな、和泉。このままでいてくれよ!

 さて、俺が、ストーカーにつきあわされる生活に嫌気がさしていた頃、ついに存沼が告白を決意した。俺は告白のために存沼が先輩を呼び出した空き教室の外で待機させられた。女子か! いや、女子でも……現在の女子も、友達を連れて告白なんてするのだろうか。女子に失礼かもしれない。そもそも存沼は男子だしな。

 そして――存沼がきっぱりとふられた。

 短い恋だったな。

 声は教室の外まで響いていたから、俺は最初から菩薩を召還していた。教室から出てきた満園先輩が俺を見て、半眼になった後、隣を通り過ぎる時に「お疲れ」と言ってくれた。いい人だ。全く疲れたよ、本当に!

 しかし存沼は待てど暮らせど教室から出てこない。どうしたのだろうかと思って中にはいると、夕暮れの教室で一人たたずみ、声を出さずに、涙を流していた。

 思わず目を見開き、あわてて俺は、中へと入って扉を閉めた。

「マキ君……」

 存沼は何も答えず、俺を一瞥すると俯いた。そのまま存沼は何も言わなかったので、俺も特に何も言わずに、そばに座っている事にした。下手に慰めるよりは良いだろう。俺は菩薩を帰還させ、一緒にその辛さを噛みしめることにした。存沼は偉い。偉いと思う。きちんと気持ちを伝えるだけでも勇気のある行動だ。大体、西園寺に噛みついたのだって、普段の存沼ならば、あんな事はしない。正論には納得するのが存沼だ。いくら俺様ではあってもな。しかしそれを揺るがしいてしまうくらい、恋心とは強い感情なのだろう。

 まぁ次の恋を探せ。出来れば女の子な。

 ――そして存沼は、男同士の恋愛小説を読まなくなった。


 それにしても、中等部は思ったよりも、思春期だからなのか騒がしく、その後もよく様々な場所で、西園寺が注意している姿を見た。

 外部入学の一年生なのにな。あんまりにも大変そうなので、ある時たまたま二人きりの廊下ですれ違ったので、俺は労うことにした。

「西園寺、大変そうだね」
「……ああ」

 すると立ち止まった西園寺が、俺をじっと見てから、視線をさまよわせた。

「あんまり無理はしないでね。何かあったら、聞くだけならできるから」

 本当、聞くこと以外はできないけどな。何も対応はできないけどな!
 ただルイズは俺の中で、本当に大切な友人の位置にあったので(今気づいた)、できることであれば力になりたいとも思ったのだ。

「助かる。それと……実は俺は、ルイ――」
「じゃあまたね、西園寺!」

 しかしうっかりカミングアウトされそうになったので、俺は会話を打ち切り足早に立ち去った。フラグをへし折るためには、カミングアウトされた方が良いのかもしれないが、まだ悩む時間はあると思うのだ。変に西園寺と仲が良いことが分かったら、いろいろと面倒だからだ。

 何せあの一件以来、西園寺と存沼の仲は険悪だと周囲が騒ぎ立てているし、西園寺は、まじめな話ローズ・クォーツのメンバーが相手であっても、未だに譲る気配などないからだ。対等に渡り合っている。もちろん、ローズ・クォーツの専用席(学食などにある)に座ったりすることはないが、目に見えて校則を破れば必ず注意だ。それだけ仕事にまじめなのだろう。それは決して咎められることではない。


 そんなこんなで、中学一年生の生活は幕を開けた。先が思いやられる。




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