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【十一】

 砂川院家のダンスパーティは、招待状一枚につき、一人パートナーを同伴できることになっていた。砂川院家の別宅で行われた。鹿鳴館とはこういう建物だったのではないかという感想を抱く洋館だ。

 俺は、丁度寸前に我が家へとやってきたルイズを連れて行くことにした。他に女の子――少なくともそう見える女装の友人などいないから選択肢はなかった。存沼は招待されたが、欠席だ。恐らく、儀礼的に送付し、儀礼的に断る、という形だったのだろう。難しいが。

 会場に着くと、豪奢なピアノがあって、その前に三葉くんが座っていた。すぐ側には、ヴァイオリンを持った和泉が立っている。ルイズを伴い俺は挨拶に行くことにした。

「お招き有難う、三葉くん、和泉くん」

 一応公的な場なので両方に「くん」をつけた。すると和泉が微笑した。

「内輪のパーティだから、気にするなって」

 この人数で内輪なのか……すごいな。会場は人で溢れかえっている。

「来てくれて有難う、誉くん。そちらは?」

 一方の三葉くんは鉄壁の無表情だった。今日は砂川院の人間らしい表情をしている。このあたりが、やはり次期当主の所以なのだろうか。流石は長男? 俺達以外の誰もが気圧されてこの場には近づけないでいる。問われているのでルイズを見れば――珍しく、表情を引き締めていた。ルイズでも緊張するほどなのだろうか? 俺の中で”我らが風紀委員長”は、何事にも動じない印象がある。

 無論”五星”は皆仲が悪くて、特に設定では、ルイズと和泉は険悪な仲の生徒会長と風紀委員長になるのだが、特に三葉くんとルイズには接点がなかったような気がする。存沼の印象が一番強すぎて(本気で全員と仲が悪い俺様だった)、そして三葉くんは和泉との関係が一番印象に残っているから、思い出せないだけかもしれないが。

「ルイズ・シュガールだよ」
「初めまして」

 ルイズの口から流暢な日本語が出ると、和泉が微笑した。そう言えば、以前にルイズのことを「カノジョか」と聞いてきたな。やはりチャラ男の片鱗が……? 和泉が続ける。

「どちらからいらっしゃったんですか?」
「ドイツから来ました」
「――ドイツではルイズとは発音しないのではありませんか」

 すると三葉くんが僅かに首を傾げた。それから和泉へと視線を向ける。和泉もまた視線を向け、小さく何か頷いた。それからルイズに視線を戻す。

「ルイーゼが、正確な発音ですか?」

 すごいな、この兄弟。俺はそんなこと考えても見なかったよ……。
 即刻偽名がばれている。
 どうするのだろうかとルイズを見れば、今度は笑みを浮かべていた。

「日本語で発音すると、ルイーゼやルイージになりますが、特に後者は、ゲームのキャラクターの印象が強いと思います。それに厳密に言えば、それらの発音も異なります。なので、日本語で発音しやすく呼びやすいルイズを普段は名乗っているんです。お招きいただき、有難うございます。改めましてルイズ・シュガールです」

 すごいなルイズ。反論できない。恐らくシュガールという姓があるのかも怪しいが、きっと聞かれたら、上手く取り繕うんだろう。だがそうか、ルイージか。緑だな。

「失礼致しました。砂川院三葉です。今宵は、お楽しみ下さい」
「砂川院和泉です。よろしければ、和泉とお呼び下さい」

 三葉くんは相変わらずの無表情だが、和泉は笑顔に戻った。ちょっとぐっと来る微笑だった。不意打ちで笑われると、いつもよりも破壊力が強い。一方のルイズの方も笑顔だが、驚いたことに、俺の腕に手を絡めて頬を持ち上げている。初めての経験だ。相手、実は男の子だけどな。

「私のことは、ルイズと」

 話しているのは和泉となのに、ルイズの視線は三葉くんを捉えていた。やはり侮れないと思っているのだろうか。確かに三葉くんは鋭そうだし、三葉くんの無表情は初対面では怖かろう。

 だから早々にルイズを伴いその場を離れ、ノンアルコールのシャンパンを手に取り、ルイズに渡した。

「あの二人……どういう友達?」
「二人とも同じ学園の同級生だよ」
「二人は親戚なの?」
「兄弟だよ」

 そんなやりとりをしていると、いったん照明が落ちた。すぐに点いたので視線を向けると、砂川院のご当主が挨拶をはじめた。しなやかな猫のように見えるが、きっちりと和服を着ていて、三葉くんとうり二つだった。三葉くんも猫のような瞳をしているが、やはりこちらもアーモンド型だった。その上、非常に若く見える。それほど俺の今世の父と年齢は変わらないだろうに、どうみつもっても三十代前半くらいに見えるのだ。洗練された物腰と、無表情の顔。挨拶しているのに無表情なのだが、不思議と威圧感はない。だが全ての空気が、そこへと収束されていくような気配を放っていた。氷と言うよりも硝子に近い印象だ。そしてやはり、砂川院家は美形の産地だと確信した。

 挨拶自体はすぐに終了し、続いて演奏が始まった。
 三葉くんと和泉だ。和泉のヴァイオリンの腕前は知っていたが、三葉くんがピアノを弾けるとは知らなかった。しかしこれがまた上手いのだ。素晴らしいとしか言いようがない。ひきこもっている株中毒の印象しかなかったのだが、きっちり習い事もしているのか。流石は砂川院家次期当主。

 ルイズへと視線を向けると、スッと目を細めてそれを見ていた。何か思案しているように思える。そして僕が見ているうちに吐息に笑みを乗せた。聞き惚れていたんだなと納得した。俺も聞き惚れたからな。

 演奏が終わってから、俺はルイズと躍った。

「楽しいな。連れてきてくれて有難う」
「こちらこそ、同伴してくれて有難う」

 そんなやりとりをしながら、ルイズはやっぱり女性側のダンスを完璧に踊っていた。すごいよな、本当……。まさかニューハーフさんを目指しているわけでは無かろうな。俺のせいで悪い方に世界変化が起きて、女装男子が急増した、なんてなったら困るな……。

 男と、女装の男の、学園か。考えたくもない。求む、女の子! しかしフラグは折れたままであってくれ!

 このようにして、砂川院家のダンスパーティは終了した。


 秋には、安産祈願で大国魂神社に行った。無事に兄弟が生まれてきますようにと、俺は精一杯祈った。父はお賽銭に百万円の束を入れている。元々は細身の母の腹部がふくらんでいる。最近は、気遣っているからなのか、和装をしていない。大きな屋根はくすんだ緑色と言った印象だ。前世では夏祭りのイメージしかなかったが、安産祈願もしているのか。夏祭りと言えば、最近だとやはり存沼と三葉くんの事を思い出してしまう。嫌だな。同時に、大阪焼きが無性に食べたくなった。

 ――そして冬。

 無事に俺に、弟が生まれた!
 名前は高屋敷朱雀。朱雀? すーちゃんとでも呼べばいいのか? 
 俺には分からない。

 赤ちゃんは本当に可愛くて、俺はもう虜になった。ブランシェが嫉妬している気がしたから、そちらも可愛がるのだが、気づけばベビーベッドを見に行ってしまうのだ。止められない衝動だ。母も無事で、我が家は温かい空気に包まれた。両親は、俺が『赤ちゃんばかりに構ってすねる』と思っているのか、最近俺にも妙に優しい。だが残念ながら、俺には前世知識が詰まっているので、すねるなどと言うことはあり得ない。少なくとも弟の誕生に関してはな。葉月君達に、結局今年の夏と冬も旅行に誘われなかった事には、若干すねているけどな……。


 それから小学五年生になり、クラス替えがあった。俺は、再び葉月くんと同じクラスになった。和泉も一緒だった。

「よろしくお願いします、誉様」
「うん。また一緒になれて嬉しいよ」

 僕らがそんなやりとりをしていると、和泉が周囲に出来た輪の中で、楽しそうに笑っているのが見えた。すごい。存沼とは違う。人望がある。見ていたら視線があって、和泉がこちらにやってきた。

「やっと一緒になれたな」
「そうだね、よろしくね」

 今度のクラスは、楽しいものになる予感がした。別段存沼とのクラス生活が悪かったわけではないが。うん。本当。うん。

 GWには、ルイズが弟を見に来た。

「赤ちゃんを見るのは初めてだ」
「そうなの?」
「お、私は、一番下だから」

 今、珍しく演技が崩れたな。確実に「俺は」と言いそうになっていた。しかし気づかないふりをする。そうか、以前に二番目のお兄さんだというエドさんを連れてレイズ先生はやってきたことがあったな。三人兄弟か。レイズ先生――といえば、そういえば、ダンスパーティの時に楓さんの姿が無かったのは何故なのだろう。砂川院家の主催だったのにな。それにしても、連休の手前に、また株価の大変動があった。『グランギョニル・マンデー』だ。きっと三葉君は歓喜しているのだろうな。それが良い変化でも悪い変化でも喜びそうだ。

「頬に触っても良い?」
「いいよ」

 するとおそるおそるとルイズが頬に触れた。綺麗な指先で、柔らかな頬をぷにっとおしている。そうしているルイズも可愛い。うん、

 子供ってやっぱり良いな。女装していても可愛い。もうルイズの女装に、俺は慣れた。

 それから順調に時は流れ、もうひとつきもしないうちに、夏休みが来るといった頃合いだった。GW後には、株式の事件である『グランギョニル・マンデーⅡ』があった。どちらも、この先教科書に記載されるとは、この時は知らなかった。それにしても、俺まで株のチェックをするようになってしまった……。

 そしてそんなある日、大ニュースが流れたのだ。


 ――砂川院三葉が、ペンダントトップから、宝石を外した。

 その日の朝、葉月君が俺の元へと走ってきて分かった事実だ。

「誉様、三葉様のペンダントに宝石がありません!」
「ペンダント……? 宝石……?」

 なんだそれはと言うのが、最初の感想だった。
 そもそも三葉くんは学校に来ていたのか。そちらの方に驚いた。

 そうして記憶をひっくり返してみれば、確かに俺も肌身離さず、王冠モティーフのペンダントをしていることを思い出した。この先端についている宝石を、恋人と入れ替えるのが、バラ学の設定だった。

 男子校なのに、それは残っていた。その事実に、俺は今更ながらに気がついたのだ。愕然とした。用途がないではないか。何故残っているのだ。

「誰に渡したかご存じないですか? 最も三葉様と学園で仲が良いじゃありませんか!」
「え、そう?」

 仲が良かったのか……。まぁ、悪くはないが。学園内ではそれほど一緒にいた覚えはない。

 前に呼びに来たのが目立ったのだろうか。俺の夏休みの動向が知られているわけではないだろう。毎年砂川院家の別荘に行っていることは、初回はともかく、その後誰かに話してはいない。三葉くん本人も言わなそうだが、だとすると和泉が話したのだろうか? 不明だ。しかし、問題はそこではない。

「ごめんね、僕は知らないよ」

 すると葉月君が、いつも通りの和泉と俺を交互に見た。
 視線が和泉の方へと行っては、俺へと戻ってくるのだ。ああ、兄弟だし、知っているかもしれないからか。俺も見てみると、和泉は笑っているのだが、誰も三葉くんの話題をふれないでいる様子だった。

「本当に知らないんですか、誉様」
「うん。和泉に聞いてみる?」

 俺の声に、教室中が同意した気配がした。そうするくらいなら、全員和泉本人に聞いてみればいいだろうに。あんなに気さくで、普段も今も人が囲んでいるのだが……そこはやはり砂川院家の人間だから聞けないのだろうか。しかしながら、もはや和泉人気は確定的で、髪や目の色など誰も気にしていない。

「和泉、ちょっと良――」

 俺が歩み寄り言いかけた時、和泉が振り向いた瞬間だった。
 音を立てて教室の扉が開いて、誰かが走り込んできた。見れば、在沼が息をあげ頬を真っ赤にして、こちらへ向かってきた。

「三葉が、宝石を交換したって本当か!?」

 存沼は直球だった。すると和泉君が無表情になった。この表情は砂川院家の血筋なのか、威圧感が三葉くんとそっくりだった。こちらは雪だな。熔けることもあるが、非常に冷たい。すぐに吹雪に戻ったりする感じだ。

「さぁな。今日は兄貴も来てるし、聞いてみれば」
「もう聞いてきた。見せてくれなかったんだ」
「へぇ。悪いけど、俺も知らない。騒ぎになってるのは、朝、何人かに聞かれたから知ってるけどな」
「騒ぎになって、制服の内側にペンダントをしまったんだぞ? 間違いない」
「知らない」

 本当に知っているのか、知らないのか、兎に角和泉は「知らない」か『黙秘』で押し通す気がした。多分俺が聞いても答えてくれないな。そう思っていたら、存沼が俺を見た。

「誉は知ってるのか?」
「知らない。それについさっき、騒ぎを知ったばっかりだし」
「じゃあ、ペンダント出してみろよ」
「出してって、ちゃんと制服の上に出てるけど」
「……三葉の宝石は、何色だった?」
「僕は存在を忘れていたから、分からないよ」

 宝石の色は、各人違うのだ。確かに何色だったか思い出せないな。
 気づけば存沼と二人でそろって和泉を見てしまった。和泉は自分のペンダントを弄っている。

「俺は普段兄貴の私服を見ることが多いし、俺も記憶にない」
「聞いて来いよ、和泉」
「面倒だから嫌だ。というか――存沼に渡した訳じゃないんだな」

 和泉が気怠そうに言った。

 なるほど、これが和泉君が場を誤魔化すために放った言葉だとしても、だ。存沼が演技して、貰っていないと言い張る可能性だってあるではないか。夏祭りに二人で行く仲だしな。勿論和泉と交換した可能性もあるが……ついていないと言うことは、外しただけでまだ交換していないと言うことではないのか? まさか、三葉君が片思いして渡して、返事待ちか? いや、三葉くんに限ってそれは……。最もこういう方面に疎そうだし。だが、運動神経にしろ楽器演奏にしろ、三葉くんは計り知れないのだから、恋愛玄人の可能性もあるにはある。本当に宝石の色を覚えていなかったことが悔やまれる。

 ――本当に、誰に渡したんだろう?
 ここは、男子校だぞ……?



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