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11 Caseエビータ⑪

 小雨がそぼ降る中、二人の神官がロレンソ子爵邸の門の前に立った。
 家令が走って迎えに出る。

「ありがとうございます! こんなに早く来ていただけるなんて」

 神官が厳かな声で言った。

「知らせを受けた後、神の声が聞こえたのです。ご主人と話をする必要があります。すぐに案内してください」

 家令は何度もうなずき、神官たちを引き入れた。
 神官服の裾は泥で汚れていたが、誰もそれを気にしていない。
 メイド達は遠巻きにして、タオルを渡そうとする者さえいなかった。
 そんな中を進み出たのはキャトル。
 その手には真新しいタオルがあった。

「どうぞこれをお使いください」

「ありがとう」

 受け取った神官の手にメモを握らせたキャトルは、そのまま頭を上げずに下がる。
 衣裳を拭きながら、握らされたメモを見た神官は吹き出すのを我慢した。
 声にせずもう一人の神官が聞いた。

「なんだって?」

「腹が減ったってさ」

「ぷぷぷ! では急がないといけないな」

「ああ、じゃあ残ってる使用人たちを先に片づけるよう言おう」

 顔を見合わせたあと、ひとりの神官がタオルを渡して控えているメイドに耳打ちをした。

「肉か?魚か?まあとにかく早く帰ろうぜ」

 そう言った神官の顔を見てウインクをしてから、大きく息を吸った。

「なんですってぇぇぇぇ~」

 そして走り出す。
 あっけにとられる使用人たち。 
 数人のメイドがキャトルの後を追った。

「どうしたのよ!」

「ヤバいんだって! 悪魔の気配がするって! 早く逃げなきゃ!」

 息を吞んだメイド達がロビーに駆け戻り、仲間たちに伝えた。
 蜘蛛の子を散らすようにいなくなった使用人たちは、それぞれの部屋に戻って荷物をまとめて走り去った。
 中には執務室に入り、金目のものを持ち出す輩もいたが、誰もそれを止めない。
 キャトルもみんなと同じように荷物を持って走り出た。

「早く! 早く遠くへ行かないと! 悪魔祓いの儀式が始まったら大変よ! 追い出された悪魔が乗り移るわ」

 屋敷を見上げながら立ち止まっていた使用人たちは、一斉に駆け出した。
 キャトルとセプトも一緒に走り、そのまま姿を消した。
 大声を張り上げても誰も見向きもせず、屋敷に残ったのはマイケルと家令、メイド長と神官の二人だけだった。

「あなた方は逃げないのですか? あのメイドが言った通り悪魔祓いの儀式を執り行う必要があります。まずは屋敷のどこに悪魔が巣食っているのかを突き止めねばなりません。全ての部屋の鍵を開けてください」

「いえ、それは……ご主人様の許可が必要です」

「そうですか。それでは我々は帰ることとしましょう。悪魔と一緒にお暮しください」

 二人は無表情のまま踵を返した。

「お待ちください! 鍵は開けます。お願いします。どうぞ儀式を……お願いします」

 メイド長が半泣きで訴える。
 家令はもう何も言わなかった。

「わかりました。それでは早速始めます。全ての鍵を開けたら屋敷から出てください。明日の朝までには終わると思いますので、昼前には戻ってもらって結構ですよ」

 メイド長は頷いたが、家令は声を上げた。

「私も残ります。ご主人さまを一人にする訳には参りません」

「そうですか? 後悔なさると思いますが。まあ無理にとは申しません。あなたの体に悪魔が入ってしまうかどうかは、あなたの信心次第です。もし悪魔が入ったなら、我々は容赦なくあなたごと葬り去ります。それでいいですね?」

 メイド長が家令の袖を引いた。

「家令様、ここはお任せした方が良いのではありませんか?何かあった後の処理は家令様にしかできません」

「後の処理?」

「ええ、ご主人さまがすぐに復帰できるとは到底思えません。各所への連絡や領地民達への説明なども必要になるのではないですか?」

「ああ……それはそうだが……後処理か。そうだな、必要だ。わかりました。私も出ますので後はお任せいたします」

「心得ました」

 天井裏に潜んでいたサシュが、ニャッと笑って姿を消した。
 手荷物だけをもって屋敷を出た家令とメイド長は、村の宿屋に部屋をとった。
 メイド長は食事もせず、部屋に引き籠ったが、家令は身軽な服に着替えて宿を出た。

「そうだ。後処理だ。あの小屋にあるものが見つかったら大変なことになる」

 ぶつぶつと独り言を言いながら、家令は森に向かった。
 当の小屋にはすでにサシュがいた。
 子供たちの名前と殺した日が記入してあるラベルが貼られた瓶を見ながら、サシュは手を合わせた。

「後でゆっくり弔うからな」

 小屋の周りにはセプトとサンクが作業をしていた。
 サンクは幻覚作用の強い液体を小屋の周りに撒き、セプトは近くにいた動物たちに状況を説明している。

「いいかい?明るくなって、もう一回暗くなって、また明るくなるまでここから離れるんだ。気持ち悪くなって大変だからね。この森に棲んでいるみんなにも伝えておいてね。必ずだよ」

 動物たちは姿を消し、辺りは闇に包まれた。
 遠くから足音が聞こえる。
 ゆらゆらと揺れて見えるのはランプの灯りだ。
 サンクとセプトは身を潜め、サシュは気配を殺して小屋のドアの横に立った。

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