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3 Caseエビータ③

 会議室に集まっているのは、ベルガとオーエンとサシュ、そしてゼロとヌフだ。
 全員が眉間にしわを寄せて黙り込んでいる。
 ゼロが冷めきった紅茶を一口飲んで、沈黙を破った。

「僕の仮説が正しいとしたら、ベルガはどうしたい?」

「そうね……やるなら徹底的にやった方が良いけど、仕事としてどうなのかしら」

 オーエンが口を開いた。

「ゼロはどう思う?そこまでやるとなると相当な時間もかかるし、金もかかる。はっきり言って依頼外案件だ。気持ちは分かるが組織としてはそれが正しいのだろうか」

「そうだね。組織としては間違っているかもしれない。今回の依頼に関しては依頼者の要望通り進めるけど、やり方なんだ。依頼だけをこなすなら、はっきり言ってそれほど大変じゃない。でも今回の作戦で情報を引っ張るとなると少し手間をかける必要が出てくる」

 サシュが言う。

「やるにしても時期尚早じゃないか?これだけ大規模な犯罪だ。簡単に尻尾は掴めないんじゃないかな。焦っていい結果が出ることは無いぜ? だが、悪の中枢は叩き潰すべきだとは思うんだ。長期戦覚悟だな。今回のオペレーションは必ず遂行するけれど、それによって警戒されるのは必至だ」

 ゼロが何度も頷いた。
 ベルガがひとつ息を吐いて言った。

「私の予想が正しければ、私たちが動くことによって少しだけ地図が変わるかもね。特にここZ国は消滅するわ……長期戦ね。でもやり遂げるべきだわ。こういうのはどうかしら? 依頼人は私、期限は無期限でミッション完遂まで。報酬は10,000,000,000ダラード」

「百億!」

 サシュが目を丸くした。
 オーエンが苦笑いをしながら言う。

「乗った!」

 ゼロは口角を上げ、サシュは肩を竦める。
 ベルガは満面の笑みで言った。

「今回のオペレーションが終了したら、拠点をE国に移しましょう。報酬として受け取る領地は売らずに私たちで経営します。爵位もあった方が何かと便利なこともあるから……ゼロが男爵ね」

「えっ!俺?」

「だって私とオーエンは覚えている人がいるかもしれないでしょ?サシュは顔が割れない方が動きやすいだろうし、レナに経営しろって言ったら私たちが飢えるわよ?」

「そりゃそうかも知れないけど……」

「それとゼロは髪を伸ばしなさい。アンと入れ替わってもバレないようにね」

「アンに髪を切れって言ってよ~」

「女の子が切るわけ無いでしょうに。諦めな!」

「ちぇっ」

 オーエンが笑いすぎて涙目になっている。

「諦めろ、ゼロ。長男は大変なんだよ、どこの家でも」

「オーエンも長男だろ?」

「いや、俺は三男」

「サシュは」

「俺は四男」

 ゼロが頬をパンパンに膨らませて無言の抗議をしたが、全員に無視された。
 そんなゼロを見ながらベルガが言う。

「ああ、そうそう。ゼロが領地経営で稼いでくれるお金で百億払うから、頑張ってね?」

「領地経営……はぁぁぁぁぁ。俺も現場に出たい」

 また全員が無言で顔を逸らした。
 ゼロは諦めたように言った。

「引っ越すなら孤児院ごとなの?」

「ここは残すわ。信頼できるシスターを回してもらえるよう神殿に依頼する」

「じゃあここも拠点になるんだね」

「ええ、各国に同じような孤児院を設立して統括しましょう。責任者は……」

 その場の全員が目をそらした。

「私がやるわ」

 こうしてゼロが立てた仮説は継続案件として『イヴォル』として動くことになった。

「そう言えば、コンタクトは取れたの?」

 ゼロがサシュに向かって言った。

「ああ、当時は梟って呼ばれていた奴だよ。あいつはあの頃から一本筋が通った奴でね。忠誠心は皆無、正義感も罪悪感も持ち合わせないマシーンのような奴さ」

「へぇ~」

「しかも木っ端な盗みから、ジェノサイドまで一人でやってしまう程の腕を持っている。国王の寝室に忍び込ませたら右に出る奴はいないかも知れない。しかもあいつと関係を持っている王妃を俺だけでも五人知っている。そっちの方でも辣腕だ」

「サシュがそこまで言うって凄いね。で? 何か探れた?」

「腹のうちを見せるような奴じゃないよ。でも俺たちの依頼主にもたらした情報と証拠は確実なものだという言質はとった」

「十分だ。そう言えばアンが言ってたけど、依頼主のエビータさん。もう何度も喀血してたんだってさ。医者からもう一度でも喀血したら余命はひと月だと思えって言われてたんだって。でも医者が言うには、いままで持ちこたえてたのが不思議なくらいだって」

「そんなに悪いのか?」

「肺に血が溜まってるんだってさ」

「血胸か。でもあれって外傷起因じゃなかった?」

「うん、普通はね。彼女の場合は肺の血管が極端に脆くて、何もしなくても破れたりするらしい。常に微量の血を流している状態。寝返りを打っても破れることがあるんだって」

「そうか……それであれほどのことを成し遂げようとするとは」

「凄まじいほどの怒りだよね」

「じゃあ俺たちも凄まじいほどの鉄槌を下してやらないとな」

 ゼロは静かに微笑んだ。

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