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プロローグ2

「早く来い! そいつは放っておけ」

「ダメだよ。シアは病気なんだ。置いてはいけない」

 蜘蛛の子を散らすように子供たちが一斉に逃げ出す。
 その後を数人の男たちが追いかけて行った。
 ここはC国の王都である。

「シア、動くなよ。じっとしているんだ」

 少年は怯えて震えている少女をギュッと抱きしめて、袋小路に積まれた木箱の影に身を潜めていた。

「もうすぐだから。頑張るんだよ、シア」

 子供たちを追う足音が遠ざかる。
 一瞬の静寂が流れ、少年の耳に街の喧騒が戻ってきた。

「シア、よく頑張ったね。良い子だった。もう大丈夫だ」

 少年は立ち上がり、まだ蹲っている少女を立たせた。

「もういない?」

「ああ、もう大丈夫だ。帰ろうか」

「うん。ありがとう、トマス」

 二人は手を繋いで歩き出した。
 帰るといっても二人には家などない。
 夜露を凌げればどこでも寝たし、残飯ならごちそうで、泥水をすすり草も食べた。
 戦争孤児。
 彼らのような子供はそう呼ばれ、ある者からは憐みの視線を投げられ、ある者からは疎ましげな目で見られた。

 国のために命を投げ出して戦った親を持つその子供たちを、守るための法律が無いわけではない。
 正しく運用されていないだけだ。
 私利私欲に塗れた大人たちによって、享受すべき権利を掠め取られている戦争孤児たち。
 誰がどの段階で、どれほどの金を抜いているのかなど、その子たちに分かるはずもない。
 そもそも自分たちのような子供ひとりに対し、いくらの援助金が支給されているのかなんて、知っている子は誰一人としていないのだ。

 しかし、今日のようになぜ大人たちに追われるのかは知っている。
 奴隷として売られるのだ。
 孤児狩りに捕まると、二度と戻ってはこられない。
 街の住人達も助けてはくれない。
 彼らはボロを着て常に飢えているその子供たちが、街を汚していると思っているのだ。
 いなくなれば街がきれいになって、客も増えると考えている。

 彼らの親が命を捨ててまで守ってくれたという事実には眼を瞑り、今自分が生きながらえているのはそのお陰だという真実には蓋をする。
 温かい部屋で食卓を囲み、自分の家族が良ければいい。
 それが終戦から5年経ったC国の現状。

「まあ! 大丈夫? あなた病気なんじゃないの?」

 街角で聖書を読み、寄付金を集めていたシスターが声を掛けてきた。
 反射的に逃げようとするトマスだったが、シアが慌てて転んでしまい、シスターに抱き起こされた。
 トマスは振り返り、ひとつ小さな溜息を吐いてとぼとぼと戻った。

「大丈夫よ。この子を守ったのね? 立派だわ。兄妹かしら?」

「違います。僕はトマス・ブラウンといいます。この子はシア・ラードンです」

「良かったら一緒に来ない? 岬にある教会よ。どうかしら」

 トマスはどうして良いのかわからないまま、シアの顔を見た。
 シアの頬が異常に赤いことに気づいたトマスは、グッと拳を握って頷いた。

「わかりました」

 シスターは募金箱と聖書を一緒に布で包んで背負うように肩に掛けた。

「危険だからこの子は私が抱いて街を出ましょう。あなたは私と手を繋いでね」

 トマスは黙って差し出された手を握った。
 街を抜けるまで何度か孤児狩りの男たちが睨んできたが、教会の子だとシスターが言うと舌打ちをして離れて行った。

「さあここよ。ここには私ともう一人シスターがいるだけなの。とても寒いし食事も粗末なものしか無いけれど、この子の事を考えるならここに居なさい」

 シスターがシアの額に手を当てながら言った。

「二日前位から酷い下痢なんです」

「そう、お医者様に来ていただきましょうね」

「でも……」

「大丈夫よ。とても熱心な信者さんがお医者様なの。事情を話せば来てくださるわ」

 そう言うとシアをベッドに寝かせて部屋を出て行った。
 誰かを呼ぶような声の後、ぱたぱたと廊下を走る音がしたが、誰も部屋には来なかった。

「シア、大丈夫?どこか痛むかい?」

「お腹が痛いの」

「我慢できそうに無い?シスターを呼んでくるよ」

「トマス……行かないで。怖いよ」

「シスターを呼んでくるだけだから。僕はシアを置いて行ったりしないから」

 そんな会話をしていたら、トレイを持ったシスターが入ってきた。

「さあ、君は少し食事をしなさい。パンは固いしスープには具がないけれど、温かいだけでも良しとしてね」

「ありがとうございます、シスター。あの……シアがお腹が痛いって」

「まあ大変だわ。今お医者様は呼びに行ってもらっているんだけれど。シアちゃん? ご不浄はこっちよ。自分で歩けるかしら?」

 シアが小さく頷いてベッドから降りた。

「えっと、トマス君よね?君は先に食事をしなさい。冷めちゃうと食べられるような代物じゃないのよ」

 トマスの返事も聞かずにシスターはシアを連れて部屋を出た。
 残されたトマスは戸惑いながらも我慢しきれずパンに手を伸ばした。
 
 それからすぐに来た医者は、シアを丁寧に診たあとで、トマスの診察もしてくれた。
 シアもトマスも栄養失調と診断されたが、シアは酷い脱水症状を起こしているらしい。
 
「改めて自己紹介するわね。私の名前はレアよ。もう一人のシスターはアニタというの。私たちは同い年の22才よ。この教会に一緒に派遣されてもうすぐ1年になるの。今日からここがあなたたちの家よ。協力し合って暮らしていきましょうね」

 トマスとシアの新しい生活が始まった。

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