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隔り世の終わり

 深雪は雑貨店の中に倒れている。
気だるい気持ちを前に起こし、残滓すらなくなってしまった雪だるまのブローチを思い出して涙する。

「加梁が最初にくれた……」

深雪には家同士の許婚など興味はなかった。でも相手は違った。心を欲した。
しつこくならないように場所と言葉を選びながら一緒にいる時間を増やしてきた。
もらった雪だるまのブローチはいつの間にか深雪の心に溶け込んだ。でもそれはもうない。

「もうこれしかない……」

水笛が手元に残されている。深雪の本体はいつの間にかその水笛になっている。
適当な首飾りを探すと水笛と繋げ、片時も離れないように願う。

 搭季(とうき)が店を訪れる5日前。
新政府軍の布良見斎(めらみいつき)臼田是按(うすだぜあん)を伴って雑貨店を訪れる。
この店の存続可否、深雪が玄武隊に関与していなかったことを調べることはもう済んだ。
店の中にある彫刻に目を付ける。

「素晴らしい彫刻ですな」

老猿の彫刻で有名な高村光雲の兄弟弟子に当る人の作品だそうだ。
この時期、光雲はまだ活動を開始していない。

鎌倉のお寺に納める像(500ラカン)の小さな模型になります」

写実的でかっこいいのだけれど、顔が怖いから売れるのか不安になってくる。
 去っていく斎を見送りながら、深雪は未来の回想をする。

「うちは何か白蝋王の気に障ることをしたのでしょうか」

猪笹王を彼の元からこちら寄りにさせただけで、他は何もしていない。
結論が出る。

「決まった時間を過ぎると最初に戻されてしまいます」

積極的に動かねば、何も進まない。

「妖狐の玄……夏だけど、うちの店員にしておきましょう」

朧げな記憶が確かなら、この時期に玄助はアルバイトを解雇されたはずだ。
雲龍入道の所に応募に行って惑ったりしないように、先に声をかけておく。
昼休みに異世界通りに行くと、銀狐姿の彼は公園のベンチで休んでいた。

「みゆみゆ?」

深雪の姿を見て話しやすい人の姿に変わる。
少しだけ間があく。店員に誘うにも、もっともそうな理由を付ける必要がある。
考えていたことがあって、それを話す。

「今年の夏はセールをやります。商品を増やして、お客さんがたくさん来られますので、ひとりでは賄いきれません」
「そう……?」

本当は客は減っている。資金も減っている。玄助は戸惑いながらも承諾する。
 裏横丁へは前の通りを走る市電が停まるたびに人が押し寄せてくる。
商業地区なので会社もある。この年代には株式市場が開かれ、会社に資金が回るようになって活気づく。

「本日1人目の方でしょうか」

雑貨店の窓の向こう、木骨石造の外装を眺めている人がいる。
鉢巻に半纏のいかにも大工な人で、日に当たって濃くなった肌、皺の数から年齢は高そうに見える。

「建築家さんです?」
「いや、古民家の修繕をしている者です。防火性能が良さそうだと感心しています」

決まった資格がない時代。腕前は人によって天と地の差がある。
修繕だけではよく分からないので、どんな大工なのか聞いてみる。

「名前、申し遅れました。宮大工をしていました左野甚兵衛です」
「宮大工……伊勢神宮などの立派な建物を建てられるお方、腕前はたいそうなものとお見受けします」

甚兵衛は謙遜(けんそん)しながら笑みを浮かべる。
近くの現場で道具が足りなくなったらしく、巻尺を買いにきたようだ。

「寸や尺で書かれていると助かります」

明治23年に度量衡法(どりょうこうほう)が出来てメートルが使われるようになるまで、古民家の寸法は寸や尺だった。

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