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第3章の第57話 X4 イリヤマ ライセン モスキートドローンバイク



スプリング(彼)とデート中のクレメンティーナは、しきりにその店舗で購入した長財布を眺めていた。
うん、ホントにいい財布だわ。
「……」
「……」
財布を眺めるあたし。
そんなあたしの様子を見守る彼。
今、あたしの頭の中にあるのは、財布であり、あっちにいる家族の様子が、気になっていたの。
ふと不審に思った彼が、こう尋ねてきて――
「――どうしたクリスティ?」
「んっ? あぁ……パパとママの事を思い出していたのよ」
あたしは、その長財布を手提げかばんの中にしまう。
思い出すのは、パパとママの事だ。
「?」
「フフッ……。そう言えば、うちのパパとママ、あたし達を食わせるために、自分たちの事は後回しにしてたなぁ……ってね」
「ああ」
何となく察する。

【――あたしの家族構成は、パパとママ、そしてあたし達美人4姉妹……】
【あぁ、美人3姉妹とただのデガラシでしょ?】
【グッ……】
【このオリエンタルマスタードが!!】
【……ッ】
【……オリエンタルマスタードって……なに?】
【ハァ……日本の子だから知らなくて当たり前か……。オリエンタルマスタードシードというのは、カナダNO.1の辛さで、ピクルスやマリネ料理に用いられるものよ。ナッツのような香りがするのが特徴ね】
【……僕、辛いのは苦手なんだけどなぁ……。鍋にでも使うか……」
【鍋……】
【日本の鍋……】
【………………】
【……コホン、近所でも特に評判で、美人な顔立ちにこのおっぱいだからか、すっごいモテたんだから】
【だから、パパがあんなに恐い顔をしているのも、自然と頷けてしまう】
【……】
【……でね。洋服や食事事情等は別物で、こんな大人数を養わないといけないからか、実は金欠だったりするのよ】
【だから、早くにルビーアラお姉さんが職に出てて】
「……】
【次にあたしが医師になれば、その食いぶちが稼げるんだから……と思い、必死に勉学を積んでたの……――】

「――今度1人で、あの店に寄ってみるわ」
「……フッ、なら私も……!」
「いいわ!」
「!」
「これはうちの問題……あたしたち家族間の問題……。娘のあたしが選んできちんと買うべきだと思う」
「……」
それはプレゼントの意思表示だ。
娘から送るのは、パパとママ、そして姉妹のみんなに何かご馳走を……と思っていたの。
そこにあなたが関わるのは、何かおかしい気がしたから……ね。

――その様子を街路樹の陰から伺うは、あの観察者だった。
完全にストーカーである。
「……」←ストーカー

「……父親の趣味や母親の趣味を尋ねても?」
「……」
あたしはそれを怪しむ。
「……いつかは夫婦になるんだ、それぐらいいいだろ?」
「……」
これにはあたしも嘆息しちゃう。しょうのないわね。
「ママはあたしに似てるから、色物を選ぶ傾向にあるわね」
「……色物……」
彼は、胸ポケットからメモ帳とペンを取り出し、あたしの言った言葉を書き記していく。
抜け目がないわね……さすがは理事長の御子息様……。
これにはあたしも呆れちゃう。
う~ん……ママの選り好みは伏せた方が良さそうね。ママのためにも……うん。
だからあたしは次に。
「パパは」
「え? それだけ?」
「そうよ」
「……完全に後回しだな……まぁ、優しい母親なんだろうな……」
「……」
ブツブツ
と彼はあたしの隣で、何かを言い始めた。
(クソッ、もっと答えてくれても……)
そんな心の声が聞こえてきそうな。
だから、あたしはしょうがなく。
「で、パパは、黒や茶系等の革製ものを選ぶ傾向にあるわね」
「へぇ~」
(こっちがしっかりしてるなー!)
「年代物で、長く保つ革製のものが特に好きでね。後は自分で応急処置(メンテナンス)ができるやつ。
だから下手な、電子カードの番号を読み取るような怪しい機械を嫌って、キャッシュカードの類は、インナーカードケースには入れてないわね」
「ああ、なるほど……。意外と賢い父親なんだな……!」
しみじみ思う。
「だから、もしもの場合に備えて、高級ヌメ革は嫌いな傾向にあるのよ。何の付加機能も備えていないからね」
「いや、違うぞそれは……!! 外側に何らかの化学薬品で染めればいいだろ! 染色化学塗装と言ってな!! そうすれば、その怪しい機械で、読み取られる心配もないぞ!!」
「……」
「ヌメ革は主に生地系で、色はベージュからキャメルだぞ!! 経年劣化であめ色に変化するのが最大の醍醐味だが……。染料を用いれば、その色合いの着色も、同時に解決できるだろう!?」
「……ないわね! うちのパパに限って……!」
あたしは強い意志表示を向ける。
「……」
「……」
これには彼も観念したように……。
「あぁ、オールナチュラルか……それは何ともまぁ……」
「フッ」
勝った事に笑みを浮かべるあたし。
続く言葉は。
「後は、漢のこだわりで、昔から愛用している特定のメーカのものか……。
お値段次第かしら?
比較的良心的なメーカーのものが好きで、価格すいたいは8ドルから16ドル前後!!」
8ドルと16ドル。
1ドルは132円であるからして、
8×132=1056円、16×132=2112円。
つまり、8ドルは1056円であり、16ドルは2112円ということになる。
ただし、円もドルも世界経済の流通により、上がったり下がったりの増減率を繰り返している。
ここは注意すべきポイントよ。
「昔から、何かこだわりみたいなものがあって、見知っているようなメーカー性のものを買ってくるように、言われたことがあるわ!」
「ああ、特定のメーカー好きか……後は自分の足で買いに行かない人みたいだな……」
「ええ」
とあたしは頷き、
彼も、「なるほどな……」と頷き得る。
「でね! これみたいな長財布が嫌いなの!」
「えっ!?」
「ジーンズのポケットにサッと出し入れできるものが、特に好きな傾向にあるわね!」
「……」

【あたしのパパはエンジニアの1人でね、年から年中、同じジーンズを履いてるのよ】
【へぇ~……うちの父ちゃんとは違うなぁ】
【スバル君のお父さんって?」
【あぁ、うちの父ちゃんは、ほとんどクリスティさんのパパさんと同じで、作業ズボンを履いてるかなァ】
【あぁ、それは文化圏の違いね。アメリカではジーンズ、そっちでは作業ズボンが、エンジニアの嗜みなのよ!】
【へぇ~……知らなかったぁ】
【フフッ、1つ賢くなったね! だから、そのジーンズのポケットにサッと出し入れできる、コンパクトサイズの財布が好きだったりするのよ!】
【その辺はうちの親と同じかな。……そっかぁそういえば、あまり厚みのあるものは好かなかったなぁ……」
【フフッ、うちのパパもよ! 日本なら作業ズボンだけど、アメリカ(あっち)ではジーンズが作業ズボンとして定着してるからね】
【へぇ~】

――連れ添って歩く2人。
デート中のクレメンティーナはこう呟く。
「インナーカードケースにも言える事だけど、カードの出し入れの時にこだわりを持っている人で、
昔、ショップの人に文句を言いに行ったことがあって、パパのだけカードの色が違ってたわ。
みんなはあの時、呆れたわね……。ハハハッ……」
あたしは、もう空笑いしかできない。相変わらずすごいパパさんだ。
「パパはね、昔から、食品関係、家電関係、工具関係のショップで、自分の趣味でカードの色を取り換えているぐらいの人よ! まぁ速い話が、凄いわがままね!」
(モンスゴイッ嵐屋だァアアアアア!?)
これには理事長の御子息様も、表面上はその顔で驚いていた。
でも、すぐに平静さを取り戻して。
「……ほ、他には……?」
「そうねぇ……できるだけ、家族共有で同じカードを使い回しているわね……。その方が効率的にそのカードのポイントが早く溜まる傾向にあるから!」
(貧乏が染みついてるなぁ……!?)
実情はそれである。
無理もない、4人も姉妹を養っていた……のだから。
「それは、あたし達姉妹が4人もいるもの……!! 洋服のショップのカードカラーからも限定されてるわね アハハハ!」
「……」
ズ~ン……。
気難しい父親であることだけはわかった。
これには私も考えさせられる。
わがままなパパさんもいたものだ。これは、下手な喧嘩を売るべき相手じゃない……。
「まっ、今はあたしが抜けていて、姉が稼いでいるから、娘2人かな!? 今、家にいるのは……!?」
「……なるほどな……」
とこれには私も、納得の思いだ。
クレメンティーナは自宅の事情を知らない……、その頭の中にあるのは、あくまで仮説だった。
クレメンティーナには姉がいて、すこぶる美人でおっぱいも大きいときてる。それは探りを入れている情報屋からの話だ。
口とか性格にはまぁ問題があるが……、傍目的には美人な部類に入る。
チラッ
と私は、笑みを浮かべているクレメンティーナの様子を見て、心の中でこう思う。
(何も知らずに……。あの姉さんなら、もう他の誰かに嫁いでいるでしょう……とそう思い込んでいるんだろうな)
「ハァ……」
これには私も溜息を零すばかりだ。
「?」


★彡
――その時、上空に一羽の白い鳥が飛んだ。
それが都市内をつぶさに観察した。
見るからに怪しい奴がいた。
腕時計型携帯端末を通して、まるでこれから起きる出来事の覚悟もやむなしで、それが起きる――

ヒュイイイイイ
空を飛ぶ蚊(モスキート)型ドローンバイクが、路上から宙に持ち上がっていく。
モスキートドローンバイクの性能は、
1.ジャンストン器官の化学発展型。
2.気流変動のホバーリングである。

【モスキートドローンバイク】
【それは、蚊をお手本にしている】
【蚊は暗闇の中でも、天井、壁、床などに当たらないで飛行できる】
【その当たらない理由は、頭にある触覚ジョンストン器官にある】
【さらに、翅(はね)に羽ばたきにより、生じた気流が、天井、壁、床などに当たった際の跳ね返りの変動により、それを感じ取り、回避行動をとっているのだ】
【蚊は優れた生き物なのである】
【それはドローンだけではなく、医療の現場、注射にも役立てられている】

そのバイクマンは顔を上げる。
そのバイクヘルメットの奥、その眼光が、前を歩くクレメンティーナたちを認める。
位置取り的には、
クリスティたちは左側車線にいて、奥からスプリング、クレメンティーナ、これから事件を起こす人になる。
ギアハンドルを捻り、勢いよく疾走していく。
1mph(マイル)=1.609km/h(キロメートル)、2マイル=3.218キロ、3マイル=4.828キロ、4マイル=6.437キロ、5マイル=8.046キロ、
6マイル=9.656キロ、7マイル=11.265キロ、8マイル=12.847、9マイル=14.484キロ、10マイル=16.093キロ。
……
20マイル=32.186キロ。
見る見るうちにそのスピードは、20マイルパーアワーになる。
これは、32.186キロメートルに等しい。
マイルパーアワーとは、アメリカやイギリスなので適用されている、時速を表す単位の事で、
1時間当たり(パーアワー)の進行距離(マイル)を示す単位記号である。
その英語の頭文字を取って、mphと省略されている。
この単位が使用されている、アメリカのドローンバイクメーカー等には、mphと表記されたスピードメーターがある。
これは、私たち日本人に馴染みのあるkm/hが併記されているもののものだ。
要は同じ、1時間で進むあたりの速度である。

(――そろそろか……!)
スプリング(私)は念のために、このスーツの中、腕を保護するために、事前にサポーターを仕込んであるかどうかを確かめる。
(もちろん、これは保険だ……! 医者にとって、腕は命だ!
仮に、クレメンティーナが大怪我しても、私ならば救える。
その医師の命ともいえる腕を失ってもな……フフフフッ)
もちろん、この事はクレメンティーナは知らない。
この愛しいクレメンティーナを手にするためなら、どんな手でも使おう。

滑走するモスキートドローンバイク。

「そうそう、聞いて聞いて!」
「んっ?」
「あたし褒めらたのよ! 繊細な手技だって!」
「ああ」
「今じゃもう、ミリ単位の誤差すらないわね!」
「フッ……それは素晴らしい……! 是非とも、当院に雇いたいものだ! その優秀な子種も……!」
「?」
首を傾げるあたし。
(全部俺のものだッ!!)
その時だった。
バイクマンが手を伸ばす――その先にあるのはクレメンティーナの手提げかばんだった。
それはヒモ伝いに左肩にかけられていた。
それを手に取り、速度に任せた力技で奪い取る。
ギアグリップを最大にして駆ける。
その瞬間速度『41.01マイル』、実に『66キロメートル』を叩き出していた。
「キャッ!!?」
ひったくりに合う。
この帯が力強く左肩にかかる。
ミキミキ
と悲鳴を上げる細い女の肩。
医師の命ともいえる、黄金の左腕を奪う。いや、ダメージを与える。
さらにあたしは倒れまいと、無意識的にガードレールに右手をかけてしまい。
その強過ぎる圧迫感が、右手の機能をもマヒさせる。
ビリッ
と右手に電流が流れたのを感じた。
「痛ッ!!」
そのままあたしは倒れ込み、その非情なバイクマンに手提げかばんごと奪われてしまった。
当然、その中には、彼に買ってもらったばかりの新品の長財布が入っていた。

――だが、その一瞬を、白い鳥が見逃さなった。
口角を僅かに吊り上げるスプリング。
あわや路上に倒れ込む、若き医師の卵、クレメンティーナ(本名クリスティ)。
ひったくりをして、逃げ出していくバイクマン。
そして――
「……」
「……」
腕時計型携帯端末を通して、仕掛け人をそそのかした怪しげな2人を見据えていた、
白い鳥の紫の眼光が灯る。
(――見つけた!!)
その白い鳥はそのまま、天高く昇って行った。


「アアアアア!!! 痛いィイイイイイ!!!」
崩れ落ちたあたしは、膝も打って怪我をしていた。
「大丈夫か!? クリスティ!?」
「大丈夫じゃないわよ!! あ……っつ……痛ァ~~!!!」
「ッ!! すぐに病院に!!」

【――あたしは思わぬ大怪我をして、泣きわめいていたの】
【その状況を見て彼は、腕時計型携帯端末を通して、ハーバード大学付属病院に連絡を取り次いだの】
【大学なのに病院もあるの!? スゴッ!!」
【当然よスバル君! 今のご時世、優秀な若手を育てて、エスカレート式で雇うもの! その病院の名を、【ハーバード大学 マサチューセッツ州総合病院】というのよ!!】


★彡
【『ハーバード大学 マサチューセッツ州総合病院』Massachusetts Generel Hospital(マサチューセッツ ジェネラル ホスピタル)】
【――そして、曜日も悪かったの……】
【実は、その日は平日ではなく……土日祝日だったの。だから現場の医師や講師は、ほとんど非番だったのよね……】
シクシク シクシク
とあたしは玉のような大粒の涙を流していた。
あたしの治療に当たるには、男の先生しかいなく、なくなく彼の手で治療を受ける事になっていたの。
「ちょっと染みるぞ」
ぬりぬり
「痛ぁ~~!!!」
患部に薬品を縫ったところ、彼女はソプラノのような悲鳴を上げた。
(……フフッ、泣き声も可愛い奴め)
私は気づかれないよう、こう言葉を投げかける。
「後で詳しく検査したいから、傷口は擦るなよ」
「うぅ災難だわ……」

【――実は、この部屋にはもう1人男性の医師がいたの。その名をドクターライセンと言ってね】
【ドクターライセン……?】
【ええ、裏でイドクターリヤマと何かやり取りしていたんだと思うわ】
【思うか……予測と憶測だよね?】
【う~ん……でもなんだか不自然に思ってね……】
【……】

そのドクターライセン先生が、スプリング様にこう問いかけてきた。
「――しかしスプリング様に、危害がなくて良かったです!」
「……」

【ライセン・ケビン】
珍しい赤毛の髪(レディシュ)が生えていて、灰色の瞳(ライトグレー)に、白人男性特有の白い肌。
ハーバード大学で医学講師を務める傍ら、大学講師と医師を兼任している優れたる外科医(サージェン)である。
その為、いつも白衣を着こなしている。
少々毛髪が少なく、地味に頭髪が剥げているのが特徴。
ただし、医学体系に深く、理知的な頭のため、その栄養が抜け毛に取られているのは……!? そんな噂が生徒たちの間で真しなやかに囁やかられている。
ついたあだ名が、ユーモアセンスのドクター。

「……」
その言葉に、あたしは少なからずショックを受ける。
でも無理もない……。だって彼は、当院の御曹司様なのだから。あたしはその一生徒、その恋人候補の1人にしか過ぎないのだから……。
「おいおい、それじゃ彼女に対して失礼だぞ」
「あっ……これは………………」
「………………」
ジッ
とあたしはこの人を睨みつける。
その人は間が悪かったのか、しまった感を滲みだして、そっぽを向いてしまう。
何てわかりやすい人……ハァ。
「ハァ……済まないクレメンティーナ」
「……」
彼から謝りにきた。
ライセン先生は謝らない……。まぁ、仕方ないかな。
講師にも自尊心(プライド)というものがあるんだから。まぁ仕方ないといえ、仕方ない……。
「ううん」
「……」
「……」

【――あたしはスプリング(この人)が悪いわけじゃないと思い、首を振ってそれを否定したの】
【ホントに許せないのはあいつだからね……】

「……長財布も盗られた……せっかく買ってもらったのに……」
「……」
「……『長財布』Long Wallet(ロングウォレット)……?」
「ああ、私が彼女に買ってあげたものだ」
「Oh(オゥ)! それはミスティック……アンラッキーね……!」
それは誠に遺憾で、残念そうに、首を振るうしかないライセン先生。
中々の演技派ね……。
あたしはその様子を認めていたの。
「……」


【――ライセン先生は変わった先生でね】
【生徒たちの前で、まるで自慢話をするような人なの】
【……そう、人にものを教えるのが上手い……! 頭がいい人の証拠ね】
【その証拠に……ちょっと抜け毛があるところが気になるところだけど……】
【抜け毛か……】
【うん、少し剥げてるの……。でもね! もう抜け毛増毛プランで、フサフサよ】
【フサフサか……ふむふむ】
【あと、時々おふざけみたいに、ユーモアセンスが溢れる人でね】
【だから、その人が受け持つ講義では、生徒たちの笑いの反応を買っていて、おもしろく、その理解造形も深く、わかりやすいわ】
【へぇ~……そんなユニークな先生もいるんだなぁ……】
【ええ!】
【でね、ある時期を境にこう思うの……】
【ハーバード大学には、実はアメリカ人だけではなく、カナダやイギリス、スペイン人に至るまで幅広く、それこそいろいろな国々の生徒が学びにくるの】
【へぇ~……】
【ライセン先生の凄いところは、そうした生徒たちを分け隔てなく、講義を行う上で、必要な六か国語を話せるところよ! どう!? 凄いでしょ!?】
【……さて問題! 代表的な六国語とは何でしょうか!?」
「え~と……】
【日本語・英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語・スペイン語の6つが代表的なものでしょ?】
【オイッ……】
【あっ……】
【アヤネさん……正解……】
【……ごめん~……】
【……】

「――そうだな、この埋め合わせは何かでしよう」
「! ……」
あたしは顔を上げる。
続くダーリンの言葉は。
「1つだけなら、どんな要望でも聞くぞ! ただし、無理のない匙加減次第だがな……!」
これにはあたしも、
「う~ん……」
と考える。
でもやっぱりこれしか思い浮かばなくて……。
「……人を切りたいわ!」
「……」
「……」
これには2人とも、無言で、驚き得ていた。
あっもしかして。
「あっ、もちろん手術ね……!」
と慌てて、あたしはさっき言った言葉を訂正するように、手を振って、そう言いなおしたの。
「腕が治るのに、約1か月……!!」
「……」
「……」
怪しむ顔で、それを伺うスプリングの顔。
その隣にはライセン先生が並ぶ。
「その期間は仕方ない……!! 勉学に当てるわ!!
その代わり、お願い!!
少しでも早く、仮免でもいいから、免許を頂戴!!」
「そんなに人を切りたいんですか!? クレメンティーナさん!?」
「ええ!」
「……ッッ。イリヤマ先生が聞いたらこう言いますよ!!『オイッ!! 言えッ!! 何でそんなに生き急ぎ過ぎてる!!!』……と! なぜそんなに急がられるんですか!?』
「……昔、さんざんやんちゃして、家族みんなに迷惑をかけたからね……」
あたしはあの事件を後悔していた……。
罪を犯して、償っても償いきれないからね……ッ。
「……親孝行もしたいし……!」
「!」
あたしはスプリング様に視線を向ける。
「結婚して、独立して、自分の病院を建てたいのよ!!」
「えっ!?」
「えっ!?」
「そのためにハーバード大を選んだ!! いくつもある敷地内に、あたしが務める医大を建てたいのよ!! 見返ししたいのよ!! やり直したいのよ……ッスプリング!!」
「……」
「……」

【――あたしは、過去の罪を悔いていた……】
【だから、この身命を投げうって、残りの人生すべてをかけて、罪滅ぼしをしたかった……】
【人を救う事でしか、償いきれないから……】
【だから、それは、もちろん……、……スプリングも知っているところだから……】
【……】
【まるで交渉のカードだね……クリスティさん……】
【ええ、そうねスバル君……。だから、残りの人生すべてをかけて、その人のところに嫁いでもいいと思ったの……ッ】
【……】

(クレメンティーナは金の卵だ……だが……!!)
(実践がない……まだ、まだ、挫折を味わった事がない……)
フンス
とあたしは鼻息を荒く鳴らしたの。そう、猛牛みたいに。
「いっいくらなんでもそれは無謀だクレメンティーナ!!」
「えっ!?」
彼からの注意が飛ぶ。
次にドクターライセンが。
「そうですよ!! いくらあなたに類稀な腕があってもそれは無理です!!
あなたは法人株主様の責任の重さを、それを雇う医師達の今後の人生の重さを、学生たちの今後を左右する大きな人生を、そのプレッシャーを何も知らないッ!!」
「……???」
ライセン先生から注意が飛び、紡がられていく言葉は。
「いくらあなたほどの腕があっても、頭脳明晰でもそれは無理です!! 人付き合いの上手さがないから!!」
「ッ!?」
「いいですかクレメンティーナさん!! 学院を創立ということは国家に在籍するぐらいの、強い権力を有しないと……」
「……」
その時、思わずドクターライセンが見たのは、理事長の御子息様であるスプリング氏の顔だった。
また、スプリング自身、病院長という肩書を持っている。
((――当たりだ!))
脳裏に過るのは、その心の声だった。
笑みを浮かべるクレメンティーナ。
(やり直すんだ……あたしの人生はここから……!!)
その眼に宿すは、自分の人生をやり直そうとする強い意志、希望の光だった。だが――

【――そこへ、風雲急を告げる知らせが届いたの】
【それからだわ、あたしの立てた人生の設計プランが音を立てて……崩れ落ちていったのは……――】
【……】
【突然、ドクターライセンの目の前に、こちらの意思を介さず、エアディスプレイが現れたの】
【エアディスプレイが突然!?】
【ええ、それは緊急事態を報せるものだったわ。そこに映っていたには、ドクターイリヤマの顔だったの――】

突然、ライセン先生の目の前に、エアディスプレイ画面が現れた。
その画面に映っているのは、見知っている顔、ドクターイリヤマからのものだった。

【イリヤマ・ケビン】
珍しい赤毛の髪(レディシュ)が生えていて、灰色の瞳(ライトグレー)に、白人男性特有の白い肌。
ハーバード大学で医学講師を務める傍ら、大学講師と医師を兼任している優れたる外科医(サージェン)である。
その為、いつも白衣を着こなしている。
その厳つい顔とドスの利いた声で、在校生を不必要に脅すこともあるため、ついたあだ名が、問題行動が多いクソ爺である。

「ワオッ! ドクターイリヤマ! いかがいたしまたかー!?
WOW! Dr.iliyama How have you been(ワオ! ドクターイリヤマ! ハゥ ハブ ユー ベン!?)」
『車両事故が起きた!!
Car Accident Happened(カー アクシデント ハプンドゥ)!!』
「なぜー!?
Why(ホワイ)!?」
『今、私のところに教え子たちからの連絡がきていて、
都内を速度違反を犯した車両が、玉突き事故を『起こした』!!
バイクマンは重体!!
危険な状態にあるらしい……
NOW I'm Getting Calls From My(ノゥ アイム ガッティング フローム マイ)
A Vehicle That Violated The Speed Limit In Tokyo Caused a Pile-up Accident(ア ビークル ザット バイオレイティド ザ スピード リミット イン トーキョー コーズド ア パイル-アップ アクシデント)
Bike Man is Heavy(バイクマン イズ ヘビー)!!
Seems to be in Danger(シーム トゥ ビィ イン デンジャー……)』
「!!」
「……」
「……」
驚き得るあたしに、涼しい顔のスプリング様にライセン先生。
『この近くでは、私たちの病院が近く、すぐに搬送の準備が行われている!!』
「ということは……」
『ああ。私もすぐに向かう!! ドクターライセン! 君が出迎えてチェックを取り、現場の医師たちに……』
「……」
エアディスプレイ奥のドクターイリヤマが、ドクターライセンが振り向いていく。

【――そう、今、この現場にいる医師たちは、スプリング様を筆頭に】
【ドクターライセン】
【ドクターイリヤマ】
【そしてこのあたし、まだ学生時代のクリスティしかいなかったの……】
【そう、この4名だけしか……――】

「……」
「……」
「……」
「……」

【――あたし達の目線は自然】
【この現場で最高責任者の権限を持つ、スプリング様に向けられていたの】
【そう、スプリング様に――】

「覚えておけクレメンティーナ! これが人の上に立つ者の職務だ!!」
「――!!」

【――その御言葉を聞いた瞬間、この身が打ち震えたのを、今でも覚えているわ】
【そう、あれこそが、あたし達が目指すべき、医師の鏡だと思った……】

バッ
と椅子に掛けてあった白衣に袖を通していくスプリング様に、ドクターライセン。
スピリング様の指示が飛ぶ。
「今日は多くの非番が出ている……!! 平日ではないからだ!!」
コクリ、コクリ、コクン
ドクターライセンが、ドクタ―イリヤマが、そしてあたしが頷いていく。
「指令を出す!! よく聞け!! 執刀医は俺が務める!! 助手はクレメンティーナ――君だ!!」
「!!」
【まさかの大役だった】
コクリ
【あたしはそれを仰せつかったの】
【チャンスだわ】
【前に行ける……!! 強く強く、そう心に、強く思ったの!!】
「ドクターライセン! あなたには、救急救命士とのチェックと並びに、すぐに手術室に行って、機器出しと麻酔科医に入っていただきたい!!」
「はっはい! あっ……」
それを思い出す。
「どうした?」
「……そういえば一部の生徒が問題を犯しまして、プロポフォールを切らしてました……」
「アホ――ッ!!」
「グッ……!!」
「なぜすぐに在庫を揃えない!? すぐに代わりのものを探せ――ッ!!
イソフルラン! スープレン! セボフレン! アネスタ! ラボナール! イソゾール! 何でもいい、適量に適したものを準備するんだ!! 『液化吸引』から始めることを怠るなよ!!」
「! ……はい!!」
謎のやり取りが行われた。
スプリングが指示を出したのは、液化吸引。
このメリットは、口の上に酸素マスクをつけて、液体の麻酔を、気体に変えて、ガス吸引の要領で、患者さんを時間をかけて安らかに、眠らせる方法だ。
だが、この場合、多く取られるのは、入院患者さんであり、緊急、救命の場合は大きく異なる。
それは、ホントに緊急を要する場合、一般的に多く用いられるのが、局所麻酔だからである。
これは、例えば大怪我をした部位に直接麻酔を打ち、太い動脈の血管の流れに乗って、通常よりも早く、麻酔を利かせ、患者さんを眠らせるのである。
これは医師であれば、そのほどんどが知っていて、当たり前の大前提である。
もちろん、例外的な側面も見受けられるが……。

――スピリング様から注意と注文を承ったドクターライセンは、この場から走り去っていった。
この場に残された2人は。
「ったく……!」
「スプリング……」
う~ん……
と難しい顔をするスプリング様。
【――きっとあの時、スプリング様も大慌てだったのね……】
【人だって、間違いを犯すもの……。それを補うのが手術室の医療スタッフ、一丸となってのメンバーだものね……フッ】
【だって普段なら、あんなミス、犯すはずもないもの……ね……――】

「――ドクターイリヤマは今頃、車上で救急車(アンビュランス)の後を追っている頃だろう」
「……!」

――そう、スプリングの狙い通り、ドクターイリヤマは、救急車の後ろをつけていた。
「……」

――そのスプリング様があたしに振り返り、こう告げる。
「おそらくこうなる!
『救急救命士』Paramedic(パラメディック)と連絡を取り合うのはドクターライセンだ!
それは間違いない!
入れ替わりでドクターイリヤマが駆けつけ、手筈通りに、ドクターライセンが手術室に駆けつけるはずだ!
そして、遅れてドクターイリヤマの順だ!」
「根拠は?」
「ドクターライセンは優秀な『外科医』Surgeon(サージェン)でもある!
ドクターイリヤマは、優秀なあいつの腕を見込んで、引き抜いたんだ!!
腕は確かだ!! 俺が保証する……!!」
「うん」
(確かに……!!)
あたしもそれを認める。
「だから、『麻酔科医』Anesthesiologist(アネスシージャ)には、あいつを指名したんだ……!!」


☆彡
――その頃、ドクターライセンは機器室に辿り着いていた。
「スプリング様からの要望は、局所麻酔でも、静脈麻酔でもなく……『吸入麻酔』……!!」
僕は言い間違いなんかじゃないかと、あの人の指示を疑う。
「……ッ」
殺す気だ。
もう間違いない。
逆らえば、僕も殺される……ッ。
そんな感情が過ぎり、医師として、講師としての鬩ぎ合いの中、邪魔な思考を振り払う。
「……ッ」
顔を左右に振るう僕。
顔を正面に向けて、心を固める。
どうせ堕ちたこの身だ、堕ちるしかない、信じてついていくしかない……ッ、うん。
僕は、スプリング様の要望通り、機器出しの任を承り、その在庫を調べ上げていく。
「セボフルテン! フッ素化されたメチルイソプロピルエーテル。あまい香りを持つ。
デスフルテン! 同じくフッ素化されたメチルエチルエーテル。気道刺激性が強く、もっとも効く。
イソフルテン! ハロゲン化エーテル。動物に対して使用する事が可能。主に獣科医用。
笑気! 一般名、亜酸化窒素。歯科や美容外科で使用されることが多い……。
この中で、最も望ましいのは、デスフルラン……!」
僕は、その麻酔の入った容器を手に取る。
取って、こう口ずさんでいく。
「起動刺激性が強く、最も効果発現と消失が速い……!! 患者さんを救うなら、これ一択だけど……」
心の中に過るのは、迷いだ。葛藤だった……。


★彡
――その時、僕の脳裏にドクターイリヤマからの報せが再生された。
『――クレメンティーナに医療事故を経験させろ!』
『……ッ。ドクターイリヤマ……。それは……!?』
(さすがにヒドイ……ッ!!)
それは酷い報告内容から始まった……。
『あぁ、どうしようもない問題だ……! だが! あの子なら大丈夫だ! スプリング様が優しく引き込む』
『……大丈夫なんですよねー? それー……?』
『フン! 俺の言うとおりにしていれば、100%絶対確実に、万事上手くいく!! 安全は保障しよう! 今までだってそうだっただろー!? ドクターライセン~~!?』
『……ッ』
それは闇への手招きだ。
どうしようもない問題、犯人探しゲーム、辿る行く末は……ハメられた人達の人生を棒に振るう、自滅への一途を辿るものだ。
勝つ手段は、無いに等しい……。
僕たちは、俺たちは、それを嫌というほどわかっていた。
仕掛けた側が必ず勝つからだ。
その逆は、反対は、有り得ない……ッ。


★彡
「……クレメンティーナさん、あなたの未来のためですよ……!」
(大丈夫……! 僕達が必ず揉み消しますから……! 何がどうなっているのか……わからないくらいに……!?)
僕はそのデスフルランの入った容器を手放した――それは宙を降下していき――床に叩きつけられて、内用液をぶちまけた。
それはまるで、これから待ち受ける物語を語るように……。


TO BE CONTINUD……

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