345章 帰宅
ミサキは自宅に戻ってきた。
無理をしたこともあって、足首、太腿などに強烈な痛みがあった。満足に動けるようになるまでは、自宅療養することになると思われる。休みを取ることで、シノブたちに多大な迷惑をかける。
テレビをつけると、恥ずかしい姿が映し出される。ミサキは耐え切れなくなって、チャンネルを消してしまった。
シノブは患部に、冷たいタオルを巻いた。
「ミサキちゃん、足はどんな状態なの?」
休みを取りたいはずなのに、文句ひとついわなかった。彼女の心の中の思いやり、優しさが伝わってくる。
「ちょっとは良くなったけど、長距離の移動は難しい」
ミサキはがっくりとうなだれた。
「私の独りよがりで、みんなに迷惑をかけることになりそう」
「ミサキちゃん、足をしっかりと治療しよう」
「シノブちゃん、ごめんね・・・・・・」
玄関のチャイムが鳴らされる。シノブは足を痛めた女性の代わりに、来客対応をする。
ミサキの家の中に入ってきたのは、エマエマという女性。非常に若いにもかかわらず、音楽界のトップに君臨している。
現在は体調不良のため、自宅で療養中。活動再開予定は来月の後半となっている。
「エマエマちゃん・・・・・・」
「ミサキちゃん、足の痛みはあるの?」
「うん。結構いたいよ・・・・・・」
「ミサキちゃんに10キロマラソンは無理だよ。嫌がらせをするために、依頼を出したとしか思えない。劇団の話といい、この国の人間は、ろくでなしばかりだね。他人を利用すること、他人を蹴落とすことしか頭にない」
彼女は本気で怒っている。サインをくれたとき、歌を歌っているときの優しさは、一ミリも感じられなかった。
エマエマの怒りの矛先は、シノブにも向けられた。
「シノブさん、どうして止めなかったの。ミサキさんの体を知っているなら、無理だということはすぐにわかるはずだよ」
シノブは声を絞り出すように、小さな声で話をする。
「ミサキさんの意思を尊重した・・・・・・」
シノブはストップをかけたけど、ミサキは意思を変えなかった。
「ミサキちゃんの出場をストップさせるのも、仲間としての重要な役割だよ。大きな病気にかかってからでは、どんな治療をしても手遅れだよ」
エマエマは過労の後遺症で、大いに苦しんでいる。そういう女性だからこそ、説得感を伴っていた。
「エマエマちゃん、参加を決めたのは私だよ。シノブちゃんを責めないで・・・・・・」
エマエマはひとまず、怒りの炎を鎮める。
「ミサキちゃん、嫌なときははっきりとNOということ。命を犠牲にしてまで、マラソンに参加するのはNG」
ミサキの家の玄関が鳴らされた。シノブは落ち込んだ様子で、来客を出迎える。
シノブが扉を開けた直後、アヤメは一目散にこちらに向かってきた。
「ミサキちゃん、足はどんな感じ?」
「アヤメちゃん、太腿、足首などに痛みがあるよ」
アヤメは痛みをチェックするために、太腿から足首までに力を加えた。
「ミサキちゃん、痛みを感じる?」
「うん。とっても痛いよ」
ミサキのおなかはギュルルとなった。足首はどんなに痛くても、空腹は待ってはくれないようだ。
「ミサキちゃん、何を食べたい?」
エマエマからの質問に、おにぎり20個、焼き芋20個と回答。今日はどういうわけか、焼き芋をとても食べたい気分だった。