341章 マラソンの依頼
ミサキは自宅に戻ってきた。いろいろとあったからか、いつもよりも疲労の色は濃かった。
おなかの減るスピードは早すぎて、昼寝をするのは難しい。誰かの付き添いがなければ、夜の9時までは起きるのを義務づけられている。
大きな欠伸をした直後、玄関のベルが鳴らされた。眠気と必死に向き合いながらも、玄関に向かった。
「ミサキさん、はじめまして・・・・・・」
ミサキの家にやってきたのは、50歳くらいの女性。人生の修羅場をくぐってきたのか、たくましいイメージを受ける。
「はじめまして・・・・・・」
「ミサキさんに、お仕事の依頼をしたいです」
不定期な仕事は、貴重な収入源。一度の仕事を受けるだけで、食料代すべてをまかなえるレベルだ。
「どのようなお仕事でしょうか?」
50くらいの女性は、下唇をゆっくりと舐める。
「10キロマラソンに参加していただきたいです」
ミサキは予想していなかったからか、声は裏返ってしまった。
「10キロマラソンですか?」
「はい。1時間くらいで、完走できると思われます」
1時間くらいなら、お腹をもたせることはできる。ミサキの心の中に、前向きな気持ちが芽生えていた。
「ミサキさんの付き添いとして、クドウアヤメさんも走ります。何かあったときは、すぐにいってください」
「アヤメちゃんも、一緒に走るんですか?」
「はい。ミサキさんのペースに合わせてくれますよ」
「わかりました。参加させていただきます」
「1時間以内にゴールできなかった場合、自動リタイアとなります。自動リタイアとなった時点で、10キロマラソンは終了です」
完走できる、完走できないにかかわらず、マラソンは自動で終了する。ミサキは今回のルールを理解した。
50くらいのおばさんの視線は、サインに向けられることとなった。
「エマエマさん、ズービトル、ルヒカさん、DRAZさんのサインをお持ちなんですか?」
「はい、そうです」
おばさんは鼻息が急に荒くなった。
「一度でいいので、サインを入手したいです」
エマエマ、ズービトル、ルヒカ、DRAZはサインをしたいときだけ、サインをする歌手である。お金で解決するのは不可能だ。
50代の女性は、サインに瞳を輝かせていた。顔の皺が寄ることによって、60代、70代であるかのような錯覚を受けた。