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第百四話 皇太子の帰還

 ラインハルト、ナナイ、ジカイラ、ティナの乗る二機の飛空艇は進路を空母ユニコーン・ゼロに向ける。

 眼下には、森林の一角に墜落した革命政府幹部が乗っていた輸送飛空艇の残骸が黒煙を上げており、周囲には、火災が発生していた。

 二人には、夕焼けに立ち上る黒煙が印象的に見える。

 ラインハルトがナナイに話し掛ける。

「終わったな」

「ええ」

「帰ろう」

「帰りましょう。皆のところへ」

 二機の飛空艇は、高度を上げる。





 道中、目の前が真っ白くなる閃光の後、大きな衝撃波と轟音が聞こえてくる。

 ハリッシュとエリシスが『禁呪』を使用して『死の山(ディアトロフ)』を破壊した時の閃光と轟音であった。

 立ち上る巨大なきのこ雲を見て、ティナが呟く。

「・・・凄い」

 ジカイラも口を開く。

「『死の山(ディアトロフ)』破壊が成功したのか・・・?」

 ラインハルトがナナイに話し掛ける。

「おそらく『死の山(ディアトロフ)』の破壊にハリッシュとエリシスが禁呪を使ったんだろう」

「あの、きのこ雲が・・・」

 『禁呪』は極めて強力な魔法であり、大破壊や大量殺戮をもたらすもの、次元に歪みをもたらすものなどが指定され、その使用は帝国政府によって禁止されていた。






 二機の飛空艇は、日没直前にユニコーン・ゼロに到着する。

 あたりが薄暗くなってくる夕暮れの中、ラインハルトとジカイラが操縦する二機の飛空艇がユニコーン・ゼロの飛行甲板に降下してくる。

 夕日の光を受け、滑空して飛行甲板に降りてくる選ばれし勇者の魂(エインヘリアル)は、黄金色に輝いて見える。

 ハリッシュ、クリシュナ、ヒナ、ケニーの四人と、帝国四魔将が飛行甲板で二機の飛空艇の帰還を出迎える。

 二機の飛空艇は飛行甲板に着陸した。

 出迎えの者達が飛空艇の周囲に集まる。

 ラインハルトとナナイが飛空艇が降りると、帝国四魔将が並んで出迎え、アキックスが二人を労う。

「二人とも、無事か? ご苦労だった」

「はい」

「ええ」

 ハリッシュとクリシュナがラインハルト達の元に駆け寄る。

「彼奴等はどうなりました?」

 ラインハルトが答える。

「奴等の輸送飛空艇を撃墜、北西街道沿いの森林の中に墜ちた。船体は大破して黒煙を上げていたよ」

 ハリッシュが答える。

「そうでしたか。墜落して奴等が生きているとは思えませんが、万が一があります。地上部隊の派遣を急がせましょう」 

 ラインハルトは頷く。

「そうだな」

 ラインハルトがハリッシュに聞き返す。

「『死の山(ディアトロフ)』の破壊には成功したようだな」

 ハリッシュが誇らしげに答える。

「『死の山(ディアトロフ)』は跡形も無く、消し飛ばしましたよ」

 クリシュナがハリッシュを褒める。

「あの魔法、凄かったわよ。ハリッシュ」

 エリシスが微笑みながら口を開く。

「見事な『禁呪』だったわよ。なかなかやるわね。眼鏡の色男さん」

 ハリッシュは照れながらエリシスに答える。

「ありがとうございます」




 ジカイラとティナが飛空艇から降りてくる。

「ジカさん!!」

 ヒナはジカイラの元に駆け寄り、そのまま抱き着いてキスする。 

 ジカイラが照れくさそうに諭す。

「ヒナ。みんなが見ているだろ?」

 それを見たティナが驚く。

「ええっ!? 二人って、いつの間に、そんな仲になってるの!?」

 ケニーも驚いていたが、やがてガックリと肩を落とす。

「・・・ヒナちゃん」

 ティナがケニーの肩を人差し指で突っ突きながら慰める。

「フラれたわね。女の子の紹介なら、お姉さんが相談に乗るわよ」






--夜。

 帝国四魔将は、麾下の兵団をそれぞれの領地に帰還させると、自分達はユニコーン・ゼロでラインハルト達の帝都帰還に同行する。

 ユニコーン・ゼロの艦内では、アルケット艦長の計らいにより細やかながら慰労会が催される。

 慰労会は、ラインハルト達が主役だったが、艦内の整備班や運行スタッフたちも参加して、慰労会は大いに盛り上がった。

 グラスを片手にヒマジンがアキックスに話し掛ける。

「終わったな」

「ああ。革命政府は倒れた。アスカニア大陸を覆った七年間の動乱の時代は終わる。これから帝国の復興に取り組まねばならない」

 エリシスとナナシが二人の元に来る。

「復興前にやることがあるわよ」

「うむ」

 四人は、ラインハルト達の方を見る。





 ラインハルトとナナイは礼装とドレスで着飾り、整備班や運行スタッフを労っていた。

 整備班の一人が話し掛ける。

「自分達も鼻が高いですよ! なんたって、皇太子殿下座乗艦の乗組員ですから!」

「ははは。ありがとう」




 慰労会の喧騒の中、ナナイはラインハルトの傍らで、その横顔を見詰めながら考える。

 皇太子として周囲に明るく振る舞っているが、時折、遠くを見る目、影のある寂しさが表情に出る。

 死の山(ディアトロフ)闘技会場(アリーナ)で、動死体(ゾンビ)となった皇妃の、自分の母親の骸を手に掛けた事、斬った事がその心に穴を開けた。

 純朴な田舎の工房育ちの青年であり、無口でクールな反面、内面は純粋で激情の持ち主。

 強く、優しく、誇り高く、純粋であるが故に、その心は()()のだ。

 自分がラインハルトの受けた傷を癒やし、支えねばならない。 

 ナナイは心に決める。


 



--深夜。

 慰労会が終わり入浴を終えたラインハルトは、自室のベッドに座り窓の外を眺めて、一人で考え事をしていた。

 広がる雲海が月の光を反射し、幻想的な光景を作り出している。

 革命政府は倒した。

 やるべきことをやり遂げた。

 皇太子は自分であった。

 もう、自分とナナイを引き離そうというものは何もない。

 アスカニア大陸の動乱も終わり、秩序と平和が戻るだろう。




 両親を殺したのは、革命政府。

 父の、皇帝の記憶は、全く無い。

 母の面影と手の感触。微かな記憶が残っている。

 母は、既に亡くなっていて動死体(ゾンビ)になっていた。

 母の骸を斬ったのは、ナナイを守るため。やむを得なかった。

 頭では、理屈では判っていても、辛い。




 ナナイは、ラインハルトの部屋のドアをノックする。

「どうぞ」

 ラインハルトの返事にナナイは部屋の中に入る。

 ナナイはベッドでラインハルトの傍らに腰掛けると、ラインハルトを労う。

「お疲れさま」

 ラインハルトは微笑んで答える。

「お疲れさま。終わったね」

 ナナイは、ラインハルトの上に向き合って乗ると、両腕をラインハルトの首に回し、舌を絡めてねっとりと深くキスした。

 キスし終えた後、ナナイは羽織っていたガウンを脱ぐ。

 形の良い、美しい双丘がラインハルトの目の前に現れる。

 ナナイは、自分の顔を見上げるラインハルトの頬を両手で撫でると、微笑み掛ける。

 そして、ナナイはラインハルトの頭を撫で、自分の胸に抱き抱える。

 死の山(ディアトロフ)円形闘技場(コロシアム)で、皇妃の亡霊がラインハルトにそうしたように。

 ラインハルトが口を開く。

「・・・ナナイ?」

 ナナイがラインハルトに告げる。

「男の人だって、泣いてもいいのよ。肉親や友人が亡くなって辛い時は。・・・今は私と二人きり。誰も見ていない。私が貴方の全てを受け止めるから」

「・・・ナナイ」
 
 ラインハルトはナナイを抱き締める。

 ナナイの肌の温もりと優しさがラインハルトを慰めた。

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