第六十一話 神殺しの竜王
ーー晩餐会が終わった夜。
ラインハルトの部屋にナナイが来る。
「お疲れ様。まだ、仕事しているの?」
ガウン姿のナナイはラインハルトに声を掛ける。
「小隊の物資の残りを集計して、必需品を手配しなければならないからね。」
そう言いつつ、ラインハルトはナナイのほうを向く。
「けど、今夜はこの辺りにしておく。急ぐものではないからね」
「そう?」
「そうだよ」
「うふ」
ナナイは微笑むとラインハルトの膝の上に座り、首に腕を回して甘える。
「皇太子探索の任務を引き受けて、大丈夫なの?」
「ああ。アスカニアに秩序と平穏を取り戻すためさ。それに、ハリッシュやジカイラとも、よく話し合った上だよ。皇太子を探し出して、君との婚約破棄を要求する。ダメだったら、君を連れて、皆で新大陸にでも行こうと」
「本気なの?」
「本気だよ。君さえ良ければ」
決意を聞いたナナイが潤んだ目でラインハルトを見詰める。
「・・・貴方が新大陸に行くなら、私も一緒に行くわ。その時はルードシュタットの家は捨てる。私は貴方の傍に居たいの」
「ありがとう」
「私の家の事情に、巻き込んでしまったのに。私こそ、お礼を言うわ。ありがとう」
ナナイは両手でラインハルトの頬に触れるとキスした。そして、ラインハルトの頭を胸に抱き締める。
ーー翌日。
ラインハルト達の元に帝国軍の制服が届けられる。
革命軍の制服はグレーの詰襟だったが、帝国軍の制服は黒のブレザータイプであった。
帝国軍の制服のほうがデザインが先進的で、カッコ良いものであった。
各自、帝国軍の制服を着てホールに集まる。
「帝国軍の制服が良く似合っているよ。大佐殿」
ジカイラがラインハルトをからかう。
「今までどおりで頼むよ」
ラインハルトは苦笑いする。
朝食を終えた頃、アキックスの使いが来る。
「城塞で伯爵がお待ちです」
小隊の面々は、城塞へ向かった。
城塞の入り口でアキックスが出迎える。
「おはよう諸君! 良く休めたかな?」
「久しぶりにゆっくり休めました」
ラインハルトの答えを聞いたアキックスが微笑んだ。
「それは良かった。今日は私の友人を紹介しよう」
そう言うとアキックスは、小隊を連れて城塞の中を通り抜け、通路を進む。
通路は城塞の外まで続いており、城塞の裏の死火山の中腹をくり貫いて作られていた。
一行は通路の突き当りにある死火山の噴火口跡の広大な空間に来た。
見上げると天井はなく、噴火口から陽射しが差し込む。
そしてアキックスの先にそれは居た。
砦ほどの大きさはあるであろう、巨大な生物。
その鱗は、差し込む陽射しを反射して黄金色に輝いている。
ジカイラが驚きを隠せず言葉にする。
「すげぇ!! 本物だ! 本物の
ハリッシュが眼鏡を中指で押し上げる仕草をした後で呟く。
「まさか、伝説の
アキックスが眠っている
「友よ。寝ているところ、済まないな。友人達を紹介する」
アキックスの言葉に、
「・・・ほう? お主の友人か?」
「そうだ。私の『心の友』の娘達だ」
アキックスから紹介されて
「名乗るが良い」
「ナナイ・ルードシュタット侯爵」
「覚えておこう」
「皆、紹介しよう。我が友、
アキックスから小隊を紹介されたシュタインベルガーは、小隊のメンバーを値踏みするように眺める。
ラインハルトを見た時に、シュタインベルガーは、その目を細める。
「ほう?
シュタインベルガーの問いにラインハルトは率直に答える。
「大切な人々を守り、アスカニアに秩序と平穏を取り戻すために」
「小気味良い答えだ」
そう言うとシュタインベルガーは再び元居た場所に戻って行った。
「では、失礼します」
ラインハルトはアキックスとシュタインベルガーに一礼すると、小隊のメンバーと来た通路を戻って行った。
アキックスはシュタインベルガーの傍らで、小隊を見送る。
シュタインベルガーがアキックスに話し掛けた。
「あの若者達が皇太子探索の任に?」
「そうだ」
「その昔、同じ問いに同じ答えをした者が居た」
「その者とは?」
「バレンシュテット大帝。『最初の皇帝』と言ったほうが判りやすいか」
「あの若者達が大帝と同じ覇道を歩むと?」
「歩む道が『王道』か『覇道』か。それは判らぬ」
アキックスは噴火口を見上げて考える。
「友よ。宿業の道を歩む若者達を、祝福してやってはくれまいか?」
「良かろう。我が鱗は如何なる刃も通さぬ。我が炎は神をも焼き殺す。望む時にその力を貸し与えよう」
「ありがとう。我が友」
アキックスはシュタインベルガーの首の横の鱗を撫でる。
シュタインベルガーは目を細めて再び眠りについた。