第四十九話 敗残兵狩り
ユニコーン小隊は、山間の寒村に着いた。
僅かな牧畜と農耕の村であった。活気というものが全く無い。
幌馬車の御者をしているジカイラが呟く。
「寂れてんなぁ・・・」
隣に座るティナが相槌を打つ。
「そうね」
先頭を行く幌馬車のハリッシュが宿屋を見つけた。
「宿は、此処しか無いようですね。」
クリシュナが微笑む。
「屋根が在るところに泊まれるだけ、良いじゃない」
ハリッシュが荷台のラインハルトに話し掛ける。
「今日は此処に宿泊しましょう」
「そうだな」
ハリッシュは幌馬車を宿屋の脇に止め、クリシュナと宿屋の中に入って行った。
宿屋の中は、食堂と酒場を合わせたような作りになっており、薄暗く寂れていた。
「いらっしゃい」
宿屋の女主人らしき女性が出迎えた。
寂れた寒村の宿屋には似つかわしくない、真っ赤なドレスを着た東洋系の妖艶な女性で、腰からエストックを二本下げている。
ハリッシュが女主人に話す。
「食事付きで八人、泊まりたいのですが」
「いいよ。他に客はいないから。部屋は二階、二人部屋だよ。食事は今晩と翌朝の二回。料金は前金で、四部屋で銅貨八枚だよ」
「判りました」
ハリッシュは女主人に料金を支払う。
「まいど」
ハリッシュはクリシュナに指示する。
「皆に泊まる準備をするように伝えて下さい」
「判ったわ」
クリシュナが外に居る小隊メンバーに此処に宿泊する旨を伝えた。
「建物で眠れるのも久しぶりだな」
ジカイラが幌馬車から荷物を運びながら、ケニーに話し掛けた。
「そうだね」
ラインハルトとナナイは、ローブを着て目立たぬように、こっそりと部屋へ向かう。
宿屋の一階のホールを通り過ぎる際に、宿屋の女主人とラインハルトの目が合った。
ラインハルトはフードを深く被り直し、二階へ階段を上がっていった。
--夜。
宿屋の一階の食堂兼酒場で、小隊は夕食を取った。
女主人が料理を給仕と配膳をしていた。
ジカイラがケニーに話し掛ける。
「こんな場末の宿屋に、随分、色っぽいお姉さんだな」
ケニーも苦笑いする。
「うん。あのドレス、スリットから太腿が見えるんだよね」
女主人は、最初は小隊のメンバーを観察していたようだが、ラインハルトに色目を使い始めた。
ラインハルトは、気にも止めていなかったが、女主人の色目は、ナナイの神経を逆撫でした。
食事が終わり、今後の行程について小隊で打ち合わせを始めた。
ハリッシュがテーブルの上に大きな地図を広げ、説明を始めた。
「現在位置はここ。バレンシュテット国境まで、あと二百五十キロ程ありますね」
ラインハルトがハリッシュに話す。
「あまり進んでいないな」
「ええ。北へ大きく迂回しているので」
ナナイが地図についてハリッシュに尋ねる。
地図上に青い色の線が引いてあり、ナナイは気になった。
「地図に引いてある、この線は何?」
「この線より先は、帝国北部方面軍の支配領域です」
「この帝国北部方面軍の支配領域に逃げ込むというのはどう?」
「確かにメオス王国軍は追ってこないでしょう。しかし、山脈を超えて北西側ですよ?」
ジカイラが口を挟む。
「飛べれば、すぐなんだがな・・・」
ティナも意見を言う。
「飛空艇か、飛行船で山脈を超えれば、近そうね」
ハリッシュが説明する。
「『飛空艇』は
ケニーが呟く。
「飛行船・・・か・・・」
ジカイラが冗談交じりに言う。
「メオス軍の飛行船を奪って、それで逃げるってのはどうだ?」
ラインハルトが賛同する。
「悪くないな。問題は『どこにメオス軍の飛行船があるか』だな」
ここまで打ち合わせしたところで、しばしの外出から戻ってきた女主人が打ち合わせに割り込んでくる。
女主人はラインハルトの耳元に顔を近づけて話す。
「隊長さん。もうすぐこの村にメオス軍の部隊が来るわよ」
ラインハルトは立ち上がって、女主人を見る。
「・・・メオス軍がこの村に来るって!?」
小隊のメンバーに緊張が走る。
「そうよ」
何事でもないかのように女主人は話す。
「各員、武装して部屋で待機。やり過ごせるなら、やり過ごそう」
「「了解!」」
ラインハルトの号令で、小隊は一斉に戦闘準備に掛かった。
ユニコーン小隊は戦闘準備を終え、二人一組で宿屋の部屋に潜む。
宿屋の女主人がラインハルトの部屋をノックして小声で呟く。
「来たわよ」
そう言うと女主人は一階へ降りていった。
ジカイラが身を潜めながら外の様子を伺う。
「手斧に
村に侵入してきたメオス軍部隊から、兵士三人が宿屋に来て、女主人に詰問していた。
「女。バレンシュテット軍の兵隊を見かけなかったか?」
「知らないわ」
「外の幌馬車はなんだ?」
「ウチのお客さんの、巡礼者御一行の幌馬車よ」
「巡礼者?」
「そう」
「宿泊者は二階だな。確認させて貰うぞ」
「巡礼者に無礼を働くと、バチ当たるわよ?」
「仕事だ」
そう言うと兵士たちは、ホールから階段を二階へ上がって行った。
宿屋の二階は、階段から、ヒナ、ティナの部屋、ケニー、ジカイラの部屋、ハリッシュ、クリシュナの部屋、一番奥にラインハルト、ナナイの部屋があった。
兵士達は一番手前の部屋のドアをノックする。
「メオス軍だ。確認のため、失礼する」
兵士は、そう告げるとドアを開けた。
覗き込む兵士に対して、身構えるティナとヒナ。
二人の服装は、兵士には『巡礼者』として見えた。
「僧侶と巡礼者か? 女二人だけで巡礼か?」
ティナが怪訝な表情の兵士の質問に答える。
「隣の部屋に用心棒がいるわ」
「用心棒?」
ティナの答えに怪訝な表情を見せた兵士は、ジカイラとケニーの部屋をノックする。
「メオス軍だ。確認のため、失礼する」
兵士は、そう告げるとドアを開けた。
覗き込む兵士に対して、海賊剣の柄に手を掛けて構えるジカイラと、愛用のケニー・スペシャルの柄に手を掛けて構えるケニー。
ジカイラが兵士に尋ねる。
「何の用だ?
ジカイラの質問に兵士は答えなかった。
「質問しているのは我々だ。お前たちが巡礼者の用心棒か?」
兵士の質問にジカイラが答える。
「そうだ」
ジカイラの答えを聞いた兵士は、ジカイラとケニーを一瞥すると部屋から出て、隣のハリッシュとクリシュナの部屋をノックした。
「メオス軍だ。確認のため、失礼する」
兵士は、そう告げるとドアを開けた。
覗き込む兵士に対して、クリシュナを背に庇うように、杖を持って身構えるハリッシュ。
二人の服装は、兵士には『用心棒』と『巡礼者』として見えた。
「用心棒と巡礼者か?」
兵士の質問にハリッシュが答える。
「そうです」
ハリッシュの答えを聞いた兵士は部屋から出て、隣のラインハルトとナナイの部屋をノックした。
「メオス軍だ。確認のため、失礼する」
兵士は、そう告げるとドアを開けた。
覗き込む兵士に対して、部屋の奥のベッドに並んで腰掛け、深くローブのフードを被るラインハルトとナナイ。
ローブの中で剣の柄に手を掛けるラインハルトとナナイ。
「改めさせてもらう」
兵士はそう言って部屋の中に入り、ナナイのフードを捲った。
フードの下から出てきたナナイの顔。『一見しただけで判る、明らかに高位の貴族令嬢の顔』を見て、兵士は驚愕する。
「貴様! 『巡礼者』ではないな!?」
兵士が怒声を発した瞬間、ナナイのレイピアが兵士の喉を貫く。
ラインハルトとナナイは羽織っていたローブを脱ぎ捨てる。
倒れる兵士の死体からナナイはレイピアを抜いた。ラインハルトも抜剣する。
「おい! どうした!?」
怒声を聞きつけたメオス軍の兵士二人がラインハルトとナナイの部屋を覗き込む。
部屋を覗き込んだ兵士の胸をラインハルトのサーベルが貫く。
ラインハルトは、そのまま絶命した兵士を廊下へ押し出した。
ナナイがラインハルトの脇をすり抜けて低い姿勢で廊下を走り抜け、もうひとりの兵士に斬り掛かる。
「うおっ! 騎士か!?」
ラインハルトとナナイを見た兵士は驚き、そう言って構えようとしたが、ナナイの放ったレイピアの刺突が兵士の胸に深々と突き刺さる。
ラインハルトが兵士の死体からサーベルを引き抜き、隠れながら廊下の窓から外を伺う。
「勘付かれたか?」
「いずれ勘付くわ」
ナナイも兵士の死体からレイピアを引き抜き、ラインハルトと窓を挟んで向き合って、隠れながら外の様子を伺う。
部屋から他の小隊メンバーが廊下に出てくる。
ハリッシュが中指で眼鏡を押し上げる仕草をして、小隊メンバーに話す。
「戦闘開始・・・ですね」