第四十八話 月明かりの入浴(後編)
ハリッシュとクリシュナが入浴を終えて天幕から出てきた。
湯上がりの二人とも、顔は上気したように頬は赤くなっていた。
特にハリッシュは、曇った眼鏡を掛けたまま恍惚となって、宙に幻を追っている表情になっていた。
ジカイラがハリッシュに声を掛ける。
「おい、ハリッシュ。大丈夫か? 長湯でのぼせたんじゃないのか??」
「大丈夫です」
ボーッとしたままのハリッシュが答えた。
ハリッシュとクリシュナは、夜営の焚き火を囲む列に加わる。
「次は私達ね!」
そう言って、ティナとヒナが天幕に向かった。
ティナは体をお湯で流し、お湯で満たした樽の浴槽に浸かる。
「ん~」
熱めのお湯が、疲れた体をほぐしていく。
ティナは浴槽から上がって椅子に腰掛け、体を洗い流し始める。
ヒナが全裸で天幕に入って来た。
浴槽に入るため、体をお湯で流しているヒナをティナが眺める。
「ヒナちゃん、スタイル良いね」
「ええっ!? 胸はティナの方が大きいんじゃない?」
ティナが自分の胸を触りながら、答える。
「私、大きさは自信無いなぁ。形は良いと思うんだけど」
「私も。ナナイほど大きさは無いと思う」
「ナナイは、ホラ・・・大人だし」
「「・・・はぁ」」
二人一緒にため息をつく。
ヒナが浴槽に浸かる。
しばしの沈黙の後、ティナがヒナに話し掛ける。
「ねね。ヒナちゃんは、誰か好きな人いるの?」
「ええっ!?」
ヒナの顔が赤くなる。
お湯に浸かるヒナの肩を、ティナがツンツンと突っつきながら話す。
「応援するから、お姉さんに誰か教えなさいよ」
ヒナは赤くなりながら、俯いて小声で言った。
「・・・さん」
「え? 誰!?」
「ラインハルトさん」
「ええっ!? ヒナちゃん、お兄ちゃんの事が好きなの!?」
ヒナが慌てて、ティナの口を塞ごうとする。
「シーッ!! 静かに!! 聞こえちゃうじゃない!!」
「け、けど、お兄ちゃんには、ナナイがいるし」
ティナの言葉にヒナが寂しげな表情を浮かべる。
「・・・うん。ナナイには、とても勝てないな・・・って。だから・・・遠くから見ているだけ」
ヒナは浴槽から上がって椅子に腰掛け、体を洗い流し始める。
ヒナが夜空を見上げて、続ける。
「けどね。最近は、ジカさんが良いなぁ~と思ってるの」
ティナがヒナを茶化す。
「恋多き乙女ですな~」
ティナにイジられ続けたヒナが反撃に出る。
「そういうティナはどうなの!? 好きな人、いるの?」
「ええっ!? 私??」
「私が教えたんだから、ティナも教えてよ」
ティナは赤くなって口籠る。
「・・・・」
「え? 誰??」
「・・・お兄ちゃん」
ティナの答えにヒナは驚く。
「ええっ!? そ、それって、禁断の・・・」
「兄妹でも血は繋がっていないから、赤ちゃんだって産めるし!」
そこまで言うとティナは俯いた。
「けど・・・お兄ちゃんにはナナイが傍にいて、二人とも愛し合っているみたいだし。ナナイに『私のお兄ちゃんを取らないで』って言いたいけど、私なんて、とても入り込めないな・・・」
「・・・そっか。ティナも私と一緒だったんだ」
「・・・うん」
月明かりを反射する滝と泉を背に、二人は満点の星空を見上げた。
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ティナとヒナは、入浴を終えて天幕から出てきた。
二人は、夜営の焚き火を囲む列に加わる。
「最後はオレ達だな!」
そう言って、ジカイラとケニーが天幕に向かった。
ジカイラは体をお湯で流し、お湯で満たした樽の浴槽に浸かる。
浴槽にお湯を足しに来たケニーにジカイラが話し掛ける。
「なぁ、ケニー」
「どうしたの? ジカさん??」
「オレは一つ悟った事があるんだ」
「うん」
「それは、この世の中ってのは、つくづく不公平に出来てやがるってことだ!!」
「うん」
「ラインハルトとナナイ、ハリッシュとクリシュナが、それぞれ組で風呂に入るのは判る。アイツらはデキているからな」
「うん」
「けど、オレと一緒に風呂に入るのが、なんでお前なんだ!? ケニー!!」
そう言うとジカイラは浴槽から身を乗り出して、浴槽にお湯を足しに来たケニーの頭を腕で抱え、締め上げる。
「痛たたたた! 痛いよ! ジカさん!!」
「ったく・・・しょうがねぇな」
そう言うと、ジカイラはケニーを放して浴槽に肩まで浸かった。
ケニーが小声で呟く。
「僕だって、ヒナちゃんと一緒が良かったな」
ジカイラは浴槽に浸かりながら、泉を眺める。
滝から流れ落ちる清流が、月の光を反射して輝く泉の水面に波を立てていた。