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第四十七話 月明かりの入浴(前編)

 小隊は明け方に小休止を取る。

 ケニーは、伝令の死体を街道から少し入った薮の中に埋め、馬を放した鉄格子の付いた荷馬車を捨てて、幌馬車へ移った。

 ハリッシュがラインハルトとナナイに話しかける。

「あなた方は『目立ち過ぎます』。ローブを着て、幌馬車の中に居て下さい。」

 ラインハルトとナナイはローブを着てフードを被り、幌馬車の中に移る。

 ユニコーン小隊は編成を変更した。

 一台目の幌馬車は、ハリッシュとクリシュナが御者を務め、ラインハルトとナナイは荷台に。

 二台目の幌馬車は、ジカイラとティナが御者を務め、ケニーとヒナが荷台に乗る。

 小隊は「巡礼者一行」に偽装し、山脈沿いに大きく北に迂回して国境を目指した。









 二日間程、食事の小休止をとりながら、山脈沿いの街道を進む。

 幌馬車の荷台の中で、ナナイがラインハルトに話し掛ける。

「今頃、烈兵団は全滅しているでしょうね」

「ああ」

 幌馬車の御者をしているハリッシュにクリシュナが話し掛けた。

「何処か、お風呂に入れそうな場所はないかしら?」

「入浴ですか。確かに必要ですね」

 しかし、山脈沿いの細い街道沿いには、そのような施設は無かった。

 クリシュナは腰の水筒の蓋を開けると、口を近付けて小声で囁いた。

 水筒の口から、小さな女の子の形をした水の塊が出てくる。

 水の精霊(ウンディーネ)

 水の精霊(ウンディーネ)はクリシュナの左手の掌にちょこんと乗って、クリシュナを見上げた。

 クリシュナは水の精霊(ウンディーネ)に話し掛けた。

「私達、お風呂に入りたいの。何処か良い場所はないかしら?」

 水の精霊(ウンディーネ)はクリシュナの掌の上で、水のある方角を指差した。

 ハリッシュは幌馬車を止めた。

 クリシュナは水の精霊(ウンディーネ)が指差す方角へ、街道から木立の中へ分け行った。

 水の音が聞こえる。

 少し進むと、見上げる崖と開けた草原があった。

 そこには、切り立った小さな崖から清流が流れ落ちる小さな滝があり、滝は五メートル程の泉を作り、そこから清流が流れていた。

「ありがとう。綺麗なところね」

 クリシュナが水の精霊(ウンディーネ)に微笑んでお礼を言うと、水の精霊(ウンディーネ)はクリシュナにお辞儀して水筒の中に戻った。

 後を付いてきたハリッシュがクリシュナに話し掛ける。

「綺麗な良い場所ですね。今夜は此処に夜営しましょう。ラインハルトに伝えてきます」

 ハリッシュは幌馬車に戻ってラインハルトに伝えた。

 小隊は夜営の準備に掛かった。








 陽は傾き、夜の帳が降りてきた。

 食事を終えると、泉の周囲に天幕を張り、浴槽代わりの樽を置く。

 野戦炊飯車から熱源の魔導石を外して、湯沸し器の代わりにする。

 容器に水を入れると、直ぐにお湯が出来る。

 魔導石を置いている小棚の高さで温度が調整出来た。

 入浴は、「一人が入浴している間に、もう一人がお湯を用意する。」、「何かあっても対応出来るように」二人一組で入浴する事となった。








 月の明かりが泉を照らす中、入浴が始まった。

 最初は、ラインハルトとナナイの組であった。

 ラインハルトは裸になって体をお湯で流し、お湯で満たした樽の浴槽に浸かる。

 幌馬車に揺られ、疲れた体が解れていく。

 そのまま、満天の星空を見上げ、これからの事を考えた。




 大義の無い侵略戦争。

 勝っていたはずが、一転して敗走。

 無事に国境まで敵地を突破して、たどり着けるのか。

 補給をどうするのか。

 ラインハルトの悩みは尽きなかった。





 ラインハルトは、浴槽から上がり椅子に腰掛ける。

 ナナイが全裸で天幕に入って来た。

「ナナイ!?」

 ラインハルトは驚く。

「そんなに驚く事は無いでしょ? お互い、裸を見るのは初めてじゃないんだし」

 そう言ってナナイはクスクス笑うと、体をお湯で流し、樽の浴槽に浸かった。

 ナナイは浴槽に浸かりながら、泉を眺める。

 滝から流れ落ちる清流が、月の光を反射して輝く泉の水面に波を立てる。

 二人だけの空間に、清流の細流(せせらぎ)だけが聞こえる。

 ナナイはラインハルトに話し掛ける。

「綺麗ね」

「ああ」

「これが旅行だったら、良かったのに」

「そうだな」

 ナナイは浴槽から上がると、ラインハルトの背中を洗い流し始めた。

 照れるラインハルトをナナイが留める。

「いいのよ。私がするから」

 ラインハルトの背中にナナイの胸が当たる。女の肉の柔らかい感触が伝わる。

 ナナイはラインハルトの前に回る。胸と腹と洗い、ラインハルトの腰のタオルを捲った。

 ヘソまで反り返った男性自身が顕になり、ラインハルトが照れる。それはナナイの腕より太かった。

「いや、そこは自分で洗うからいいよ」

「今更、恥ずかしがらなくてもいいのよ」

 そう言うナナイも、間近で男性自身を見るのは初めてであり、顔を少し赤らめて恥じらっていた。

 二人は互いに体を洗い流しあった。

 体を洗い終えた二人は、月明かりを反射する泉の畔に立つと、抱き合ってキスした。







 クリシュナがハリッシュに尋ねる。

「あの二人、遅いわね。何かあったのかしら?」

 ハリッシュがクリシュナに答える。

「あの二人なら、大丈夫ですよ。相手が一個中隊でも返り討ちにするでしょう」

「ちょっと見てくる」

「クリシュナ!」

 ハリッシュが止めるのを聞かず、クリシュナは泉の周囲に張られた天幕を捲り、中を覗く。

 クリシュナが中を覗くと、月明かりを反射する滝と泉を背に全裸で抱き合い、ねっとりと舌を絡めてキスするラインハルトとナナイのシルエットが見える。

(えええええッ!?)

 クリシュナは両手の指を口に当てて絶句し、顔を真っ赤にして、その様子を見つめる。

 ハリッシュがクリシュナの隣に来て、小声で話し掛ける。

「クリシュナ。他人の入浴を覗くものではありませんよ?」

 ハリッシュが話し掛けても、クリシュナは両手の指を口元に当てて顔を真っ赤にし、絶句して固まっていた。

「クリシュナ?」

 ハリッシュはクリシュナが見つめる目線の先を見た。

 ラインハルトとナナイが愛し合う様子が見える。

 ハリッシュは中指で眼鏡を押し上げる仕草をした後、クリシュナに言う。

「・・・男の私が言うのも何ですが、絵になる二人ですね。古代の彫刻家が見たら、きっと彫刻にした事でしょう。ただ、貴女にも、私にも、あの二人の『大人の関係』は刺激が強過ぎます。行きますよ。クリシュナ」

 そう言うと、ハリッシュはクリシュナを夜営に連れ戻した。

 





 ラインハルトとナナイは入浴を終えて天幕から出てきた。

 ラインハルトとナナイは、夜営の焚き火を囲む列に加わる。

 湯上がりのラインハルトが小隊メンバーに話しかける。

「先に失礼。次はハリッシュとクリシュナかな?」

「そうですね。では、失礼します」  

 そう言ってハリッシュは立ち上がり、天幕へ向かった。

 クリシュナは真っ赤な顔で下を向いて、上目遣いにチラッとラインハルトを見ると、ハリッシュの後を追いかけて走って行った。

 






 次はハリッシュとクリシュナの組であった。

 ハリッシュは体をお湯で流し、お湯で満たした樽の浴槽に浸かる。

「ふう・・・」

 湯気でハリッシュの眼鏡が曇る。

 ラインハルトと同様にハリッシュもあれこれと悩んでいた。

 ハリッシュは、浴槽から上がり椅子に腰掛ける。

 クリシュナが全裸で天幕に入って来た。

 ハリッシュが驚く。

「クリシュナ! 一体、どうしたのですか!?」 

「今まで何度も一緒にお風呂に入ったじゃない」

「それは、お互いに毛も生えていない子供の頃の話でしょう? 普段はおっとりしている貴女が、どうしてこのような時は男前になるのですか!?」

 うろたえるハリッシュをそのままに、クリシュナはハリッシュの背中を洗い流し始めた。

「・・・さては、先程、ラインハルトとナナイの二人の姿を見て・・・」

 ハリッシュの言葉に赤面してクリシュナは答える。

「へ、変な想像しないでね!! ・・・もう」

 そう言いつつ、ハリッシュの背中を流すクリシュナは、ハリッシュの肩口に傷跡を見つける。

「これ・・・」

 そう言ってクリシュナは、ハリッシュの傷跡を指で触れてなぞる。

「それですか。気にしないで下さい。傷跡は『男の勲章』ですから」

 クリシュナはハリッシュの肩口に残っている傷跡の由来を知っていた。

 子供の頃、近所の年長の子供がクリシュナの人形を取り上げたため、ハリッシュが取り返そうとして喧嘩になり、相手から噛みつかれた時の怪我であった。

 ハリッシュの体は、ジカイラのようなボディビルダーの如き屈強な体ではなく、ラインハルトのようにプロボクサーの如く練り上げた体でもなく、痩せてガリガリの体であった。

 ハリッシュには、ラインハルトのような強さや天賦の才は無い。

 かといってジカイラのようなアウトローにもなれない。

 ケニーのように手先が器用な訳でもない。

 ハリッシュは「合理的ではない」「効率が悪い」と言って、他人と争ったりする事を避けていた。
 
 自分が馬鹿にされても笑って誤魔化していた。

 しかし、そのハリッシュが唯一、捨て身で戦う時があった。

 それは『クリシュナを守るとき』であった。

 ハリッシュの体には、そういった傷跡がいくつもあり、クリシュナは、それらの怪我が全て自分に由来する事を知っていた。





 クリシュナは後ろからハリッシュの両肩の上に手を乗せると、目を閉じてハリッシュの首の後に額を付けた。

(どうして、今まで気づかなかったんだろう)

 クリシュナは、ハリッシュへの想いと感謝で胸が一杯になる。




 ハリッシュが、動きを止めたクリシュナの様子を伺う。

「どうしました? クリシュナ?」

「・・・くせに」

 言葉が聞き取れなかったハリッシュは、もう一度クリシュナを呼んだ。

「クリシュナ?」

 クリシュナはハリッシュの正面に回ると、両手をハリッシュの頬に添え、自分の顔を近づけた。

 クリシュナの琥珀色の瞳がハリッシュを見詰める。

「本当は弱虫のくせに」

 そう言うクリシュナの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。 




 クリシュナは目を閉じてハリッシュの唇に自分の唇を重ねた。
 

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