第四十六話 敗走
ハリッシュが部屋の前で繰り返しラインハルトを呼ぶ。
「すみません!起きて下さい!!ラインハルト!緊急事態です!!」
ラインハルトが答える。
「どうした? こんな深夜に?? とりあえず、中へ」
ラインハルトはハリッシュを部屋の中へ入れる。
ハリッシュはベッドの上で横になっているナナイに気が付く。
「・・・ナナイも一緒でしたか。すみません」
気不味そうなハリッシュにナナイは苦笑いする。
「いいのよ、ハリッシュ。どうしたの?」
ハリッシュが答える。
「偵察に出ていたケニーが、メオスの伝令を捕まえました。伝令から引き出した情報によると、メオスは、エルフ、ドワーフと同盟を結んでいて、既に我々はこの三カ国連合軍の重包囲下にあり、十万を超える大軍が総攻撃を準備しているとの事です。」
「なんだって!?」
ラインハルトが驚く。
ナナイも絶句して立ち上がり、両手を口に当てる。
ハリッシュが続ける。
「連合軍の総攻撃は、明後日の夜明けとの事です」
ラインハルトが呟く。
「・・・明後日」
ハリッシュが中指で眼鏡を押し上げる仕草をした後、話し始める。
「ラインハルト。私は、小隊が今すぐ『撤退』する事を具申します。我々、ユニコーン小隊は独立戦隊です。烈兵団の指揮下ではありません。この包囲から脱出しないと、烈兵団共々、我々は全滅します」
ナナイもハリッシュに同意する。
「烈兵団には何の義理も無いわ。私達は一刻も早く敵の包囲から脱出しましょう」
ハリッシュが続ける。
「ここから国境まで三百キロの逃避行です。遠回りですが、北回りの山脈沿いの細い街道を抜けましょう。暗い内に移動した方が、良いです。」
ラインハルトは決断を下した。
「我々は今すぐ撤退する。烈兵団に内密にな。彼等に知らせる必要は無い。囮になってもらう。ナナイ、女の子達を起こしてくれ。ハリッシュはジカイラを頼む。それと、ケニーと捕らえた伝令は何処に?」
「判ったわ」
ナナイはそう言うと部屋を出て、女の子達を起こしに向かう。
ハリッシュが答える。
「ケニーは、捕虜と隣の陣屋です」
ラインハルトとハリッシュの二人は部屋を出て、ラインハルトは隣の陣屋へ、ハリッシュはジカイラを起こしに行った。
ラインハルトが隣の陣屋に入ると、ケニーと縛り上げられたメオスの伝令がいた。
ハリッシュの魔法で洗いざらい喋った伝令は憔悴していたが、入ってきたラインハルトを睨み付ける。
ラインハルトは伝令の猿ぐつわを外した。
「バレンシュテットのハイエナども! お前らは、皆殺しだ!! もう終わりだ!!」
伝令はラインハルトに悪態をついた。
ラインハルトはサーベルを抜くと、伝令の胸を突き刺して殺した。
「だったら、お前が先に死ね」
ラインハルトは冷酷に死んだ伝令に向かってそう言い放つと、ケニーに指示する。
「我々は此処から撤退する。烈兵団に内密にな。ケニーも脱出準備を頼む。捕虜の死体を麻袋に入れて鉄格子付きの荷馬車に乗せ、陣地の外で処分してくれ」
「了解!」
ケニーはすぐに取り掛かった。
小隊は到着当日という事もあり、荷物をほとんど開梱していなかったため、撤退準備は迅速に進んだ。
「来て早々、移動かよ。しかも夜中に」
寝起きのジカイラが愚痴をこぼす。
「全員揃ったな? 行くぞ」
ラインハルトの指示で小隊は出発した。
幌馬車二台と鉄格子付きの荷馬車の三台で移動し、烈兵団の王都攻囲陣地の出口に差し掛かる。
ハリッシュが門番に右手を向けて魔法を唱える。
「
ハリッシュの掌に魔法陣が現れる。
門番の二人の烈兵団兵士が眠った。
「事を荒立てる必要は、ありませんからね」
ハリッシュは傍らのクリシュナにそう言って、微笑んだ。
門番が眠った陣地出口を小隊は通り抜けた。
ユニコーン小隊の馬車列は、烈兵団の攻囲陣地を離れて深夜の闇の中、細い街道を北へ向けて進んでいった。