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新しい生活

 ベルトラン卿たちは、ドロシーが通ってくることを快く受け入れてくれた。

「小さな子が来てくれるだけで、一気に家の中が明るくなるな」
「ほんとーに」

 最初申し訳ないと思って聞いてみたが、意外に二人は前向きだった。

 ドロシーはアリッサの部屋で勉強することにしたが、お茶の飲み方などはマージョリーも一通りの作法を身につけているため、同席することが多かった。
 ドロシーも、母方の祖父母のディレニー伯爵夫妻とは滅多に会わず、カスティリーニ家の祖父母は彼女が生まれた時には、既に他界していたため、祖父母とも言える年代の人たちとの触れ合いは新鮮に思えたようだ。
 また、それが刺激になってマージョリーにも覇気が生まれた。
 
 ドロシーにはマージョリーの病気のことは、わかる範囲で伝えた。

「マージョリーは脳梗塞と言って、脳の血管が詰まる病気を患って、体の半身に麻痺が残っています。今は失われた機能を補いつつ、もう少しよくなるように訓練をされています。言葉も少し不自由で、動きもゆっくりですが、辛抱強く向き合ってあげてくださいね」

 そう言うと、ドロシーは真剣な表情で頷いた。
 ドロシーはベルトラン達のことはとても素直に聞く。
 ちゃんと状況を見据え、理解し、人を労ることを知っている。
 
 マージョリーの看護とドロシーへの教育に加え、アリッサは離れの改装にも携わっていた。
 とは言え、彼女は建築士の作った設計図を確認し、工事の進捗を確認するだけだ。
 
 初めて建築士のゲンネルとの顔合わせにも、エルネストは当然のごとく立ち会った。
 ゲンネルは厳格な職人という風情の、気難しい雰囲気で、エルネストよりは十歳くらい年上だった。
 しかし見た目とは反対に、新しいことに挑戦的で探究心も旺盛だった。
 アリッサが提案した改修の内容に、彼はいたく感心した。

「これは新しい取り組みですよ。これまで伝統的な建築ばかりしてきましたが、きっと新しい需要があります。いやあ、さすが専門的に勉強をしてきた方は違いますね。考え方が斬新だ」

 ゲンネルは感動のあまりアリッサの両手を握りしめ、絶賛した。

「あ、ありがとうございます」
 
 前世からの知識なので、彼女が考えたものでもないのだが、と思いながらお礼を言った。

「ゲンネル、彼女が困っている。手を離せ」

 ぶすっと不機嫌なエルネストが口を挟む。

「も、申し訳ございませんでした」

 さっと手を離し、ゲンネルが謝った。

「大丈夫ですよ。ここまで絶賛してくれて嬉しいです」
「女性に対して遠慮がなさ過ぎる」

 自分は手の甲にキスまでしておきながら、ただ手を握っただけで文句を言うのはどうかと、アリッサは思った。

 それから何度か彼と打ち合わせを行い、現場の進捗具合を確認したのだが、その全てにエルネストは同席を希望した。
 それに加え、宣言したとおりドロシーがベルトラン家に来る時にも、必ず送迎してくる。
 そのことに関しては、ドロシーと彼の関係性を深めるため、アリッサも無理にしなくていいとは言わなかった。

 工事も大工を通常より多く導入し、そうして二週間の予定を二日ほど前倒しして、改修は完了した。

 工事の完成の目処が立つと、エルネストはカスティリーニ家から引っ越しの準備のために、人を手配してくれた。
 至れり尽くせりの心配りに、ただの教育係には過分だと言ったが、エルネストは譲らなかった。
 アリッサのことを頑固だと言ったが、彼も相当頑固だ。

「ここまでしていただいて、ベルトラン卿も感謝しています」

 しかしそこは文句をいうところではないと思い、感謝の意を伝えた。

「それは彼らからも直接聞いた。君は?」
「え?」
「君は、どう思ってくれている?」
「もちろん、感謝しています」
「そうか」

 アリッサの言葉に彼は破顔した。
 単なる教育係には破格すぎるくらいの待遇に戸惑いつつも、そんな笑顔を向けられると変に誤解してしまう。
 彼がアリッサに対して教育係以上の気持ちを抱いているのでは、という誤解を。
 
(そんな筈はない。彼にはもっと相応しい相手がいるはずだ。きっとドロシーのことを心配して、私に気を使っているだけよ)

 そう思うのだが、彼が普段女性に対しどう接しているかもわからないので、これが普通なのかどうか判断もできない。

 そして引っ越しを終え、離れに三人は移り住んだ。
 

 
 

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