第四十一話 『平等の混沌』と『階層の秩序』
ユニコーン小隊は一路、先行している烈兵団主力を追い掛ける形で、メオス王国の王都エスタブリッシュメントに向かっていた。
一日の行程は、およそ三十キロメートル。国境から王都まで、約三百キロメートル。
国境からソンドリオまで三十キロメートル。ソンドリオから王都まで約九日間の道程であった。
日中は幌馬車に揺られながら移動し、昼に小休止を取り、再び移動する。
時間と共に陽は傾き、夜の帳が下りてくる。
小隊は、街道から少し入った木立で夜営を行う。
食事はティナが中心に用意し、被服や寝具などはクリシュナが中心に用意していた。
「夜の見張りくらいオレに任せろ。ラインハルトとナナイ、ハリッシュ。三人は、小隊運営でかなり負荷が掛かっている。夜は寝かせてやってくれ。」
小隊のメンバーにそう言い出したのは、ジカイラだった。
「すまないが、後を頼む」
そう言ってラインハルトは幌馬車の中で眠りに入った。
昨夜、一睡もしていないラインハルトは、秘密警察の件も重なり、流石に疲労の色が浮かんでいるのが見て取れた。
ナナイがラインハルトを気遣い、同じ幌馬車の中に入る。
ハリッシュとクリシュナも、もう一台の幌馬車で眠りについた。
夜の見張りは、ジカイラとケニー、ヒナ、ティナが行う事となった。
焚き火を囲んだ見張り中、ティナがジカイラに話し掛けた。
「ジカさん、意外に優しいのね。」
「オレは何時だって優しいぞ?」
ヒナがツッコミを入れる。
「誰にでも、そうなの?」
「特定の人間だけな」
「そうなんだ」
夜営地の周囲を偵察してきたケニーが、焚き火に加わる。
「周囲を見回ってきたよ。人の気配は無いね」
「お疲れさま」
ティナはケニーに飲み物を渡す。
「ありがとう。ティナちゃん」
ケニーはティナから飲み物を受け取ると、一口飲んだ。
ジカイラが口を開く。
「しかし、あの『秘密警察』とやり合うかもしれないのに、皆、以外に冷静なんだな」
ジカイラの問いにケニーが答える。
「そりゃ、秘密警察は怖いよ。けど、みんな、ラインさんの世話になっているからね」
ヒナもケニーに追従する。
「私も助けて貰った事があるし。それに一人じゃないから。小隊の皆がいる」
ティナが明るく答える。
「私は
ジカイラが木の枝で焚き火を突っ突きながら、真剣な表情で話す。
「みんな、『革命』と『帝国』について、真剣に考えた事はあるか?」
ティナが問い質す。
「『革命』と『帝国』?」
ジカイラが答える。
「厳密には『革命政府』と『帝国政府』と言うべきかな」
ヒナが答える。
「漠然としか考えた事は無いよ。直接、関係する事って、あまり無いから」
ケニーも同様の答えを言う。
「僕も。政府がどうなっても、直接、絡みがないから」
ジカイラが続ける。
「今まではオレも皆と同じだった。海賊だったから、殆ど海の上で暮らしていたからな。『陸の上はどうでもいい』だった。けど、此処に来て、この小隊に来て、考えるようになったんだ。」
ティナが聞き返す。
「この小隊に来て?」
ジカイラが答える。
「そう。ラインハルトとナナイ。あの二人を見ているうちに色々、考えるようになったんだ」
ヒナが相槌をうちながら、付け加える。
「そう言えば、ナナイって大貴族の令嬢だったね」
ジカイラが答える。
「そうだ。あの二人は『平民』と『貴族』さ。今は革命政府の下の革命軍に居るから、あいつらは一緒に居られる。けど、帝国政府が復活したら、どうなる?」
ケニーが呟く。
「一緒に、居られなくなる・・・ね」
ジカイラが続ける。
「そのとおり。ナナイの実家が密かにやっている反政府活動のように、今の大陸の動乱を終わらせようとするなら、革命政府に監禁されている皇太子を探して救い出すしか無い。そうすれば強力な帝国軍が革命政府を潰して帝国政府が復活する。帝国政府の、帝国軍の圧倒的な武力による『階層の秩序』が復活する、平和になるってことだ。しかし、あの二人は一緒に居られなくなる。下手したら婚約者のナナイは皇太子の嫁にされちまう」
ティナが悲しげな声を上げる。
「そんな! 酷い!」
ジカイラが続ける。
「革命政府による奴隷貿易、麻薬取引、人身売買。この『平等の混沌』が、今の大陸の動乱が続く限り、大勢の人間が犠牲になる。しかし、あの二人は一緒に居られる」
ヒナが木の枝で焚き火を突っ突きながら呟く。
「・・・ある意味、究極の選択ね」
ジカイラが続ける。
「ああ。『革命政府』と『帝国政府』。こいつらは対極にある。『平等の混沌』と『階層の秩序』だ。この際、どちらが良いかは置いといてだ。」
ジカイラは急に明るい口調になる。
「そこでオレは、色々と考えた。帝国政府が復活して平和になった後も『あの二人が一緒に居られる方法』だ!!」
ケニーが尋ねる。
「そんな方法があるんだ!?」
ジカイラが自信有り気に語る。
「おう! ひとつは、オレたちで革命政府に監禁されている皇太子を探し、『皇太子を救い出す時にナナイとの婚約を破棄させる』。『ナナイとの婚約を破棄しないと助けないぞ?』と皇太子を脅かして婚約破棄させるんだ!!」
ヒナが苦笑いする。
「そんなに上手くいくかな? 他には??」
ジカイラが続ける。
「二つ目は『皇太子を救出したら、小隊で海賊になる』だ! 海の上なら『平民』も『貴族』も関係無いからな! そのまま新大陸にバックレるでも良い!!」
他の三人が笑う。ティナが答える。
「あははは。ジカさんらしいね」
ジカイラが続ける。
「オレなりに真剣に考えたんだぞ!? 尤もハリッシュとクリシュナが一緒に海賊になるかは判らない。あいつらは二人とも『平民』だ。革命政府でも帝国政府でも関係無いからな」
ヒナがジカイラを見つめて感心する。
「ジカさん、仲間想いなんだね」
ジカイラは照れ臭そうに頬を掻きながら答える。
「ん~。ラインハルトは、アイツはダチだからな」
場の雰囲気が和やかになり、他の三人は雑談を始めた。
ジカイラは遠い目をしながら、夜空を見上げる。
(・・・そして『三つ目』がある。それは『皇太子を殺す』だ)
(皇太子の存在に縛られなくなった帝国軍は革命政府を潰す。どこかの貴族が皇帝に即位して帝国政府は復活する)
(帝国政府が復活してアスカニアが平和になったら、ナナイの実家のルードシュタット領の片隅で、あの二人でひっそり暮せば良い)
(皇太子殺害は『大逆罪』だ。少なくとも、この大陸には居られなくなるだろうな)
満天の星空の中、夜は更けていった。