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第三十九話 ファーストキス

 アスカニア大陸では、秘密警察は恐ろしい組織として、知られていた。

 だが、ラインハルトは秘密警察に狙われる覚えは無かった。

 だから、彼等が押し入って来ても、恐れより怒りが先にきた。

 ラインハルトは、彼等がナナイを狙うならば、一戦交えるつもりでいた。



 しかし、ナナイは違った。

 ナナイは、執事のパーシヴァルを通して反政府活動を行っていた。

『秘密警察に狙われる覚えがあった』のだ。

 ナナイは、直感的に自分が行っていた反政府活動が露呈し、秘密警察が自分を殺しに来たと思った。







 秘密警察のアキと暗殺部隊は、ナナイの部屋から姿を消した。

 部屋からラインハルトとナナイの二人以外の人の気配が無くなっていた。

 ラインハルトは、腰掛けているベッドから立ち上がろうとする。

 途端にナナイがラインハルトの右手首を掴む。

「嫌ッ! 行かないで!!」

 ナナイが叫ぶ。

 ラインハルトは驚いて、ナナイの様子を伺う。

「一人にしないで! お願い!!」

 ラインハルトに縋り付くナナイの悲痛な声は、叫びに近かった。

 ラインハルトには、抱き付いてきたナナイが、未だに小刻みに震えている事が判る。

 ナナイは、死の影と孤独に怯えていた。 

「もう大丈夫。大丈夫だ。・・・私は傍にいる。傍にいるよ」

 ラインハルトはそう言ってナナイを抱き締めた。

 ナナイは、ラインハルトの胸に顔を埋める。

 最初にラインハルトの温もりがナナイに伝わる。

 次にラインハルトの心臓の鼓動が伝わる。

 ナナイは、やがて自分がラインハルトの無償の愛に包まれていることが判る。

 ナナイは、次第に落ち着きを取り戻していった。








 落ち着きを取り戻したナナイは、泣き出した。

「ナナイ?」

 そう言うとラインハルトは、ナナイの両肩に手を置いて胸から離し、正面からナナイの顔を見つめた。

 ナナイのエメラルドの瞳がラインハルトを見詰める。

 その目から大粒の涙が零れ、頬を伝う。

 ナナイの中で、今まで堪えていた想いが堰を切って溢れ出す。

「私、貴方を捲き込みたくなかった! 言えなかった!! 言えば貴方は全てを捨てる! 犠牲にする!! ごめんなさい!」

 そこまで言うと、ナナイはラインハルトの胸元に顔を埋めて、再び泣き出した。

 大貴族ルードシュタット侯爵家の当主として、三万五千人の家臣団の長として、小隊の副長として、ナナイは強くなければならなかった。

 気丈に振る舞ってきた。

 ナナイは、皇太子の捜索救出という反政府活動についても、自分が全ての責任を負い、死ぬつもりでいた。

 しかし、『死』が『秘密警察』という形になって目の前に現れた時、ナナイは、無意識に救いを求めていた。

 自分より強く、自分を庇護してくれる、自分に無償の愛を注いでくれるラインハルトという存在に。

 ラインハルトは、自分の胸で幼子のように泣きじゃくるナナイの頭を撫で、優しくその胸に抱いた。





 少しの間、ランタンが灯る暗い部屋に二人きりの時が流れる。






 ラインハルトはナナイの頬に両手を当てて、その顔を起こすと、右手の親指で頬を伝う涙を拭う。

 ラインハルトのアイスブルーの瞳と、ナナイのエメラルドの瞳が見詰め合う。





 二人はそのまま目を閉じて唇を重ねた。




 ナナイは両腕をラインハルトの首に回し抱き付く。

 二人はキスを繰り返した。

 

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