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第三十八話 秘密警察

 その夜。

 ラインハルトは自分の部屋のベッドで横になっていた。

 ・・・眠れない。

 昼間の出来事がラインハルトの頭をよぎる。

 ラインハルトが軍人になったのは、家族や故郷を守るためであった。

 ラインハルトが国境の街ヴァンガーハーフェンを無血開城させたのは、流血を、戦争を終わらせるためであった。

 烈兵団みたいな連中に、やりたい放題させるためではなかった。

(自分がやってきた事、戦ってきた事は間違いだったのか?)

 ラインハルトは悩んでいた。

 時間だけが過ぎていく。

 既に夜中になっていた。

 ラインハルトは、ベッドから起き上がると、自分の部屋を出て、ナナイの部屋に向かう。

 ラインハルトは、誰かに自分を肯定して欲しかった。








 ラインハルトは、ナナイの部屋のドアをノックする。

「ナナイ、起きてるか?」

 ナナイがドアを開けて顔を出す。

「どうしたの? こんな夜中に。中に入って」

 ナナイは既に休んでいたようで部屋は既に暗く、ベッドの枕元にランタンが灯されており、ナナイは下着の上にガウンを羽織った姿でラインハルトを招き入れた。

 ラインハルトは、ナナイの部屋に入る。

 ナナイはベッドに腰掛けて、隣にラインハルトに座るように促す。

「すまない。こんな夜中に」

「いいのよ」 

 ラインハルトはナナイの隣に座り、悩みを打ち明けた。

 ナナイからの答えは簡単明瞭であった。

「貴方は何一つ間違った事はしていないわ」

「そうか。良かった。何よりも君に認めて貰えたことが嬉しい」

 ラインハルトは安堵した。胸の中でモヤモヤしていた(わだかま)りが消える。 

 ナナイはラインハルトの手を握る。

「私がついているわ」

「ありがとう」

 しばしの間、無言の時が流れる。

 





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 突然、ナナイが聞き耳を立てる。

 ナナイは羽織っていたガウンを脱ぐ。

 形の良い豊かな双丘が顕になる。

 ナナイは、はだけた胸をそのままにラインハルトの首に両腕を回すと、自分はベッドの上に横になり、自分の上にラインハルトを引き倒した。

 驚いたラインハルトがナナイに尋ねる。

「どうしたんだ? ナナイ?」

「シッ! 静かに!」

 ラインハルトとナナイの二人は声を潜め、ベッドの上で『行為中』を装った。

 




 
 

 廊下が軋む音が聞こえる。

 忍び足だが、気配を殺しきれていない。

 何者かが廊下を歩いてくる。

 僅かな金属音を立てて、ゆっくりとドアのノブが回された。

 何者かが音が立たないように、ゆっくりとドアを開ける。

 しかし、蝶番が擦れる音を立てる。

 何者かが部屋に入ってきた。










 ナナイは起き上がり、左腕で毛布を手繰り寄せて胸を隠し、侵入者を一喝する。

「何者だ!! 夜半に婦人の部屋を覗くとは無礼であろう!! 官、姓名を名乗れ!!」

 そう言うとナナイは右手で枕の下に忍ばせてある短剣を探る。

 ラインハルトもナナイの隣で起き上がる。

 ナナイの問い掛けに、侵入者は闇の中から蛇のようにゆっくり姿を表した。







「ヒヒヒ。お楽しみ中でしたか。これは失礼」

 丸眼鏡に軍服を着た骸骨のような男。

 それに付き従う、丸眼鏡の真っ黒なせむし男のような影が数人。

「私は、革命党秘密警察のアキ少佐と申します」

「秘密・・・警察」

 そう呟くナナイの顔から、みるみる血の気が引いていき蒼白になる。 

 ラインハルトには、ナナイの体が小刻みに震えているのが判った。

 ナナイの枕の下の短剣を探る手は、いつの間にかラインハルトの手を握っていた。

 




 秘密警察。

 それはアスカニアでは、”死”そのものを意味した。






 ラインハルトがアキに尋ねる。

「その秘密警察のアキ少佐が、こんな夜中に私達に何の用件だ?」

 そしてアキと周囲の侵入者を観察する。

(一人、二人、・・・七人。アキを入れて侵入者は全部で八人か)

(せむし男のような形状。音の立たない革鎧。ジカイラと同じツヤ消し黒色(フラット・ブラック・)塗装(コーティング)。夜間戦仕様か)

(アキは丸腰。他の侵入者の武器は、指先から伸びている、あの鉤爪だけ。それも至近距離の武器のみ。屋内戦仕様か)

(・・・こいつら、秘密警察の暗殺専門部隊か!!)

 アキはラインハルトとナナイを指差し、質問に答える。

「私が・・・ではなく、革命党は興味があるのですよ。革命軍の英雄である貴方と反革命分子の貴女。あなた方二人の関係にね。それで確認に伺いました」

 ラインハルトがアキに質す。

「私と彼女の関係?」

「お二人は『男女の関係』であると?」

「夜中に男女が一緒に床に就いていたら、することは一つだろう? 野暮な事は聞くな。まして御婦人に」

「これは失礼。しかし、その女はコソコソと裏で反政府活動を行っている『皇太子の婚約者』。いわば反革命そのものですよ?」

 アキの言葉にラインハルトは驚く。しかし、平静を装って返答する。

「それがどうした? 見てのとおり、今は私の女だ」

(コイツらの狙いはナナイか!!)

 ラインハルトは、ナナイを狙う秘密警察を『敵』と認識した。緋色の肩章(レッド・ショルダー)が絶望のオーラを放つ。

 ラインハルトは体勢を変え、ナナイを背中に庇うように秘密警察と対峙する。

 途端に秘密警察のアキと暗殺部隊は、大きく後ろへ飛び退き、闇の中に姿を隠した。

 アキと暗殺部隊の丸眼鏡だけが、闇の中、ランタンの光を反射して不気味に輝く。

「ヒヒヒ。英雄殿。貴方の間合いには入りません。私など、瞬殺されてしまう。我々は貴方と争うつもりは無いのですよ」

「なら、どういうつもりだ?」

「言ったとおり。我々は、お二人の関係の確認に伺っただけです」

「『男女の関係』だ。まだ、なにかあるのか?」

「いいえ。確認は取れました。党にはそのように報告致します。ヒヒヒ。では、これで失礼します。お楽しみの続きをどうぞ。ヒヒヒヒヒ」

 アキはそう言うと、影達と共に闇に姿を消した。
 

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