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第三十七話 蹂躙

 小隊がソンドリオに到着したのは、すっかり暗くなってからであった。

 街の入口で見張りの兵士が声を掛けてくる。

 ラインハルトが名乗ると兵士の態度が一変する。

「ヴァンガーハーフェンを無血開城した緋色の肩章(レッド・ショルダー)のラインハルト少佐ですね。御高名は伺っております。どうぞこちらへ」

 兵士は小隊を宿舎へ案内し、小隊は宿舎に入った。

「この街の司令官の元へ行く。ナナイ、後は頼む」

「判ったわ」






 ラインハルトは後のことをナナイに任せ、ラインハルト、ハリッシュ、ジカイラの三人は、ソンドリオを占領する司令官のもとへ向かう。 

 街中では烈兵団の兵士達が略奪や暴行を行っていた。

 民家や商店が略奪され、逃げ遅れた女性や子供、老人が暴行を受けていた。

 地獄絵図である。

 ラインハルトは民家を略奪していた兵士に尋ねた。

「この街を占領している部隊の司令官はどこにいる?」

「うるせえ!!」

 兵士はそう答えると次の民家に向かおうとしていた。

 ラインハルトは、ジカイラとハリッシュに目配せすると、もう一度さっきの兵士の襟首を掴んで民家の壁に叩きつける。

「てめぇ! 何しやがる!!」

 ラインハルトは、件の兵士に芝居がかった口調で話し始めた。

「いいかね? ()()。 残念ながら我々は、()()がいくつかの『野戦法規に違反している事実』を黙認する事は出来ない」

「はぁ?」

 兵士は怪訝な顔をする。ラインハルトは続ける。

「よって、直ちに私の権限により略式軍事裁判を行う。弁護人は無い。この二人が証人だ」

 ラインハルトはジカイラとハリッシュの二人に目配せする。

 二人はラインハルトに目配せに合わせて頷く。

 ラインハルトは続ける。

「当軍事法廷は、被告人による『野戦法規違反』が我が軍の士気に多大なる影響を与えると認めざるを得ない。 よって『死刑』を申し渡す」

 そう言うとラインハルトは右手の掌を上に向けてジカイラに差し出した。

 ジカイラは待ってましたと言わんばかりに腰からナイフを取り出すと、柄の方を向けて、差し出されたラインハルトの右手の掌の上に置く。

 ラインハルトはジカイラから受け取ったナイフを握ると、兵士の喉元に突き付けた。

「刑は直ちに執行されるものとする。・・・何か言い残す事はあるかね? ()()?」

 ラインハルトのアイスブルーの瞳が冷酷に兵士を威圧する。

「ちょっ!! 待て! 待ってくれ!! 何なんだ!? あんたら?」

 兵士は慌ててラインハルトを正視する。

 帝国騎士(ライヒスリッター)十字章(クロス)緋色の肩章(レッド・ショルダー)、そして少佐の階級章が兵士の目に入る。

「し、失礼しました! 少佐殿!!」

 兵士は慌てて直立不動の姿勢を取ってから、ラインハルトに敬礼した。

「よろしい。()()。もう一度だけ聞く。この街を占領している部隊の司令官はどこにいる?」

「酒場でーーあります!!」

 兵士は大声で言うと、酒場の方向を指差した。

「判った。先程の軍事裁判は取り消す」

 ラインハルトの答えを聞いて兵士は安堵する。

 ラインハルトは人差し指で兵士の胸を突っ突きながら兵士に言いつける。

「いいかね? ()()。将校の前では直立不動だ。忘れるな!」

「了解しました!!」

 兵士はそう言うと、ラインハルト達が見えなくなるまで、その場で敬礼していた。

 三人は酒場へ向かう。

 ジカイラが堪えきれず笑い出す。

「いやぁ~、傑作だったわ。どこから見ても立派な革命党政治将校だった」

 ハリッシュも褒める。

「名演技でしたよ」

 ラインハルトが二人に答える。

「私は自分が政治将校だとは名乗っていない。向こうが勝手に勘違いしただけさ」








 三人は酒場に入る。

 中では烈兵団の隊長が娘に暴行している最中であった。

「おい! 誰も入ってくるなって言っただろうが! ・・・って、アンタらか」

 隊長がズボンを直して三人の方を向いた。
 
 娘は両腕で胸を隠し、その場にへたり込む。



 ラインハルトは娘を一瞥すると、隊長を睨みつけ言い放つ。

「今すぐ部下に暴行と略奪を止めさせろ」

 隊長は悪びれた素振りも見せずラインハルトに答えた。

()()()は革命軍から認められた権利さ。それにオレ達は、アンタらの指揮下じゃない。そう言う事は烈兵団団長のイタ大尉に言ってくれ」

 ラインハルトが剣の柄に手を掛けると、ハリッシュがそれを制止する。

 隊長は、今にも斬り掛かってきそうなラインハルトの様子を見て、萎縮し媚び出した。

「いやぁ、アンタらのおかげで勝てたんだ。捕虜の中の好きな女を犯って構わないぜ? おっと、コイツは勘弁してくれ。コイツはオレのお気に入りでね」

 隊長はそういうと、先程、暴行していた娘の髪を引っ張った。

 娘の顔が髪を引っ張られる苦痛に歪む。

 ラインハルトの怒りが頂点に近いことを察したハリッシュが、その場から離れようとラインハルトに話し掛ける。

「ラインハルト。彼と話しても時間の無駄です。行きましょう」

 ハリッシュの言を受けて、ラインハルト達三人は酒場の入口の方へ足を向けた。

 隊長が更にラインハルトに媚びる。

「おおっと、気が利かなくて済まなかった。アンタ、それだけ()()なんだ。用意しておくのは女じゃなく、()()()()()()()()

 ラインハルトの怒りが限界を越えた。

 ラインハルトは振り向きざまに抜剣し、隊長に向けてサーベルを一閃させた。

 魔導師のハリッシュはもちろん、剣闘士のジカイラでさえ、その速度に反応できなかった。

 ラインハルトのサーベルの剣先は隊長の顎先を僅かにかすめ、切り裂いた。

 切り傷からの血が隊長の顎先から滴る。

 隊長は、ラインハルトに命乞いをしだす。

「か、勘弁してくれ。コイツも好きにしていい。コイツはな、咥えるのが上手いんだ。なっ? だから助けてくれ。なっ? なっ?」

 ジカイラが後ろからラインハルトの首と右腕に腕を回して羽交い締めにする。

「落ち着け! 落ち着けって!! お前がコイツ殺したって、革命政府から第二、第三のコイツが送り込まれてくるだけだ!」

 ハリッシュもジカイラに続いてラインハルトを説得する。

「落ち着いてください! いつもクールな貴方らしくないですよ、ラインハルト!!」

 二人の制止を受けて、ラインハルトは剣を鞘に収めた。

 三人は酒場を後にして、宿舎へ戻った。

 道中、ラインハルトは終始無言であった。









「お帰りなさい」

 宿舎の広いリビングに戻って来た三人をナナイが出迎える。

 しかし、ラインハルトを始め、帰ってきた三人の表情は険しかった。

 ティナが宿舎の外に興味を持つ。

「何やら外が騒がしいね。お祭りでもやっているのかな?」

 宿舎の外で行われているのは、お祭りではなく、略奪と暴行の地獄絵図である。

 クリシュナとヒナもティナに釣られて宿舎の外に出ようとした。

「出るな!!」

 ラインハルトが一喝する。

 その場に居た全員が驚いた。

(とても、あの地獄絵図は小隊の女性達には見せられない)

「すまない。翌朝まで自重してくれ」

 丁寧な口調に直してラインハルトが言い直す。

 ラインハルトは苦悩していた。

 ハリッシュが助け船を出す。

「まだ敵の敗残兵が周囲を彷徨いているのですよ」

「えー。つまんない」

 ティナがむくれる。

 ナナイは、ラインハルトの普通ではない様子から察した。

(何か、外には私達に見せたくないものがある) 

「みんな、私の部屋でゲームしましょう。お菓子もあるわよ」

 そう言うとナナイは女の子達を自分の部屋に連れて行った。 

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