第三十一話 七百年の恋
燕尾服の女は薄暗い石階段を下へ下へと降りていく。
石階段が終わりに近づくと、部屋の入口から青白い光が漏れていた。
燕尾服の女は石階段から部屋の中へと入った。
部屋の中は荘厳な白亜の霊廟であった。
天井から魔法の青白い光を照らし出す、いくつものシャンデリアが吊るされ、広大な空間に歩く足音が響く。
霊廟の中央奥に白い大理石の棺が安置されており、一人の女が棺の隣に座って棺にもたれ掛かっていた。
女は真紅のイブニングドレスを着ていた。
髪はウェーブの掛かった赤毛だが、肌は透き通るように白く、もたれ掛かった棺の上に両手を置き頬を付け、目を閉じて佇んでいた。
燕尾服の女はドレスの女の方へ歩いていった。
ドレスの女が目を開け、口を開く。
「リリー。私の幸せなひとときを邪魔しないでくれる?」
リリーと呼ばれた燕尾服の女はドレスの女に答えた。
「エリシス。貴女の答えはいつも同じですね」
赤いドレスの女はエリシスと呼ばれた。
「変わらないわ。あの時から何も」
「七百年間、同じですよ」
「そう? これからも変わらないわ」
「これからも変わらないのですか? 棺の主、バレンシュテット大帝(※バレンシュテット帝国初代皇帝)が亡くなってから、ずっと同じですよ」
「いいのよ。それで」
「私には判りません」
「私は幸せよ。女として、妻として、あの人に添い遂げることはできなかったけど。あの人の剣として、盾として、こうして今も傍らに居るのだから」
バレンシュテット大帝が妻に選んだのは、エリシスではなく、自らの望む物を与えてくれた女性であった。
「神の理に背き、人を捨て、禁断の邪法を用いて、
「そうよ。私は誓いを立てたの。『あの人の剣となり、盾となって、あの人の傍らに居る。あの人の子孫を見守る』と。だから、私は誓いを立てた時の姿のまま、こうして永遠にあの人の傍らに居るの」
「判りました。ところで此処に来た理由を思い出しました」
「どうしたの?」
「フクロウ便が持って来ました。貴女に手紙です」
「私に手紙?」
そう言うとエリシスはリリーから羊皮紙の巻物を受け取り、封印を切って手紙に目を通した。
「あら? 北のイケメンさんからデートのお誘いだわ」
「アキックス伯爵からですか?」
「そうよ。東のイケメンさんも来るみたいね」
「ヒマジン伯爵ですね」
「リリー。貴女も行きましょう。イケメンさん達とダブルデートよ」
「場所はどこですか?」
「ハーヴェルベルクの酒場ね。私としては、ルードシュタットの迎賓館のほうが良かったのに。折角のデートなんだから、雰囲気良いところにして欲しかった」
「返答はどうされます?」
「貴女が書いて。『二人で行く』と」
「判りました」
そう言うとリリーはエリシスの元を離れ、入ってきた入り口へ向かった。
リリーは薄暗い石の階段を登りながら、エリシスの事を考える。
(・・・同じ女でも私には判らない)
(エリシス。貴女の愛は歪んでいる。しかし、とても美しい)
リリーは石の階段を登る足を止め、エリシスの居る霊廟の入口の方を振り向いた。
そしてポツリと呟いた。
「決して実ることの無い七百年の恋か・・・」