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第三十二話 帝国四魔将

 革命政府からの転進命令によってユニコーン小隊は首都ハーヴェルベルクに帰還した。

 郊外にクリシュナがストーンゴーレムに作らせた仮設飛行場から飛空艇での移動であったため、小隊の移動に掛かる時間やメンバーへの負荷も従来に比べて、大きく改善された。

 首都であるハーヴェルベルクに着いた小隊は、革命軍司令部に出頭し、着任を報告した。

 ラインハルトが訓練命令を受領し、その詳細が判明した。

 訓練は、基本職のジカイラ、ハリッシュ、ケニー、ティナ、クリシュナ、ヒナが対象であった。

 ラインハルトとナナイはそれぞれ上級騎士(パラディン)聖騎士(クルセイダー)で既に上級職であったため、対象外である。

 ジカイラが文句を言う。

「つくづく世の中は不公平に出来ていやがる。オレ達だけ訓練かよ?」

 小隊の参謀格のハリッシュが口を開いた。

「まぁ、まぁ。ちょうど良い機会ですよ。実戦経験も積みましたし、皆で中堅職にクラスチェンジしましょう」

 ジカイラか怪訝な顔をする。

「クラスチェンジ?」

 したり顔でハリッシュが説明する。

「基本職より中堅職のほうが様々なスキルを使えるようになり、ステータスでも有利になるので、是非、中堅職になるべきですよ」

「ま、どんな職があるのか判らないからな。とりあえず訓練所に行こう」

 ジカイラがそう言うと、六人は司令部から訓練所に向かった。





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 司令部の一角でラインハルトとナナイの二人きりになる。

「さて、私達は休暇だな」

「そうね」

「市内の散策に行こう」

 ナナイが笑顔を見せる。

「デートのお誘い?」

 少し照れながらラインハルトは冗談混じりに答える。

「そうだ。伴をせよ。大尉」

「お伴しますわ。少佐殿」

 ナナイは悪戯っぽくそう言うとラインハルトと腕を組んだ。

 革命軍司令部に着任報告した後だったため、二人とも軍服に帯剣したままであったが、そのまま市内へ向かった。

 田舎の工房育ちのラインハルトにとって、首都であるハーヴェルベルクの商店街の人通りの多さはウンザリしたが、活気のある街角に並ぶ商品など珍しいもので溢れていた。

 大貴族の令嬢であるナナイにとっては、庶民の暮らしぶりや通りにある屋台など、全てが新鮮であった。

 二人は屋台でお菓子を買い、公園の噴水広場で遊ぶ子供達を、並んで座って眺めながらお菓子を食べ、商店街であちこちの店を覗き、小物を買うなど楽しい一時を過ごした。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜になる。

 二人は通りに面した都会的なテラスのある海産レストランに入る。

 先の任地であったメオス王国は、森と湖の国であったため、海産物料理は久しぶりであった。

 ささやかながらコース料理を頼み、二人で海産物料理を堪能する。

 ナナイはコース料理の最後に出されたフルーツを摘みながらカクテルを飲んでいた。

 ラインハルトも白ワインを少し飲む。

 他愛の無い話で穏やかなひとときを過ごす。



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 時間を少し戻した、首都ハーヴェルベルク 通りに面した安酒場

 酒場の一角にフードを深く被ったローブの男が三人、席に座っていた。

 安酒場の雰囲気には合わない、明らかに豪華過ぎるであろうドレスを着た美女が二人、店に入ってローブの男たちの席に座る。一人は真紅の、もう一人は紫のイブニングドレスを着ていた。

 真紅のドレスの女が口を開いた。

「ごめんなさい。遅くなって」

 リーダー格のローブの男が席に招き入れる。

「エリシス、良く来てくれた。リリーも一緒か」

「お久しぶりです。アキックス伯爵」

 席に着いた二人の女は、店員に飲み物を頼む。

 リーダー格のローブの男、アキックス伯爵が話し始める。

「北部の私、東部のヒマジン、西部のナナシ、南部のエリシス。『帝国四魔将』と呼ばれる帝国四個方面軍の司令官四人全員が集まったな。早速、始めよう。この一年間、皇太子殿下の監禁場所の探索結果はどうだった? 私のところは成果無しだ。ヒマジン」

 ヒマジンと呼ばれたローブの男が答える。

「オレのところも成果無しだ」

 アキックスがもう一人のローブの男を呼ぶ。

「ナナシ」

「自分のところも成果無しだ」

「エリシス」

「私のところも成果無し」

 エリシスが口を開く。

「帝国の四個方面軍が総力を挙げて、これだけ探して見つからないなんて。死霊(ゴースト)でも、悪魔でも、(ドラゴン)でも、飛空艇でも、見つからないところって?」

 ヒマジンが答える。

「恐らく地上じゃないな。地下施設か、悪魔や死霊(ゴースト)が立ち入れない、透視もできない強力な結界がある未探索の施設か」

 ナナシが問い質す。

「というと? 」

 アキックスが具体的な場所を挙げた。

「帝国大聖堂、帝国魔法科学省、帝国軍要塞『死の山(ディアトロフ)』、同じく帝国軍要塞『狼の巣(ヴォルフスシャンツェ)』といったところか」

 エリシスが苦笑いしながら話す。

「また、厄介なところね。私達の支配領域外で、堅牢な施設ばかり」

 アキックスが状況を説明する。

「我々が任地を離れて直接、これらの施設に方面軍を率いて乗り込む訳にもいかない。外国軍の介入を招いてしまう。信頼出来る者を送り込むしかない。」

 エリシスが微笑みながら言う。

「誰か宛てがあるの?」

 アキックスが答える。

「心当たりがある」

 アキックスがそう言うと、酒場の別の席のチンピラがエリシスとリリーに絡んできた。

「よう、姉ちゃん達。こっちで一緒に呑まねぇか?」

 エリシスが口元に手を当ててクスクス笑う。

「随分、ベタなチンピラに絡まれたものね。」

 アキックスがチンピラを制止した。

「よせ」

「何だと!」

「よさんか」

「てめぇ! ナメた真似しやがって!!」

 チンピラはそう言うと、仲間を呼び集めた。

「おい! お前ら!!」

 呼ばれたチンピラの仲間達がアキックス達を取り囲む。

 アキックスがその場を取り繕う。

「此処では店に迷惑が掛かる。裏へ行こう」

 そう言うと、五人とチンピラの集団は席の会計を済ませて、店の隣の薄暗い小路へと向かった。






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 通りに面した安酒場の隣の薄暗い小路。

 チンピラの集団がアキックス達の前に群がっている。

 前に出てきたチンピラがアキックス達五人に向かって言う。

「お前ら、オレが誰だか知ってるのかぁ? あぁん? ここいら辺を仕切っている二代目フナムシ一家の首領サキ・ナカジマ第一の子分、ハンタ・ブリタン様だ!!」

 アキックスがキッパリと言う。

「そんなものは知らん」

「私達がお相手するわ」

 そう言って、エリシスとリリーがアキックスの前に出る。

 ヒマジンがアキックスにこっそりと耳打ちする。

「ここは不死王(リッチー)のエリシスと真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)のリリーに任せよう」

「行くわよ。リリー」

「はい」

 エリシスの言葉を合図に二人はハンタ・ブリタンの後ろにいる男たちに駆け寄った。

 二人はそれぞれ人差し指の指先でチョン、チョンと男たちを次々に突付いていく。

 二人に指先で突付かれた男たちは、白目を剥き、口から泡を吹いて気絶する。

 不死者の王(リッチー)真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)のスキル、気絶接触(スタン・タッチ)であった。

 男たちはエリシスとリリーを殴り倒そうとするが、二人の美女は華麗に避ける。

 あっという間にハンタ・ブリタン以外の男たちは気絶してしまった。

 ハンタ・ブリタンの顔が恐怖に歪む。

「ヒィッツ!! 何なんだ!? お前ら??」

 ハンタ・ブリタンの正面に立ったエリシスは、気絶接触(スタン・タッチ)のスキルを切って、両手でハンタ・ブリタンの頬に触れる。

 人肌の温かさというものが全く無い、死体のようなエリシスの冷たい手の感触がハンタ・ブリタンを更に恐怖させる。

 エリシスがハンタ・ブリタンの顔に自分の顔を近づけて囁く。

「私とキスする? 吸魂接吻(ディメンダーキス)で生きている人間の魂を引っこ抜くと、その時の表情のままで絶命するのよ。・・・今の貴方の顔。その表情、すごく良いわ。剥製にして、さっきの店の入口に飾っておいてあげる」

 そう言うとエリシスはハンタ・ブリタンの頬を舐めた。

 冷たいナメクジが頬を伝っていくような感触がハンタ・ブリタンを戦慄させる。

「ワァアアァー!!」

 ハンタ・ブリタンは絶叫すると、腰のベルトに下げていた鞘からダガーを抜き、エリシスの腹に突き刺す。

 ハンタ・ブリタンは、エリシスの腹に突き刺したダガーから手を離すと、二歩、三歩と後退る。

 刺されたエリシスは不死王(リッチー)であり、既に不死者(アンデッド)である。

 傷口から血も流れなければ、痛みも感じない。

 エリシスは腹にダガーを突き刺したまま、平然とハンタ・ブリタンに歩み寄る。

「酷いわ。女に刃物を突き刺すなんて。ドレスが台無しよ」

 そう言うとエリシスはハンタ・ブリタンの右手に触れた。

「ああああぁ」

 麻痺接触(パラライズタッチ)

 ハンタ・ブリタンは全身が麻痺した。

 叫んだ口が閉じなくなる。

 たちまち壁を背に寄り掛かって座り込み、動けなくなった。

 エリシスが自分の腹に刺さっているダガーを引き抜くと、その傷口は立ちどころに塞がる。

 そして、壁に寄り掛かって動けないハンタ・ブリタンの服を引き抜いたダガーで切り裂き、全裸にした。

 ハンタ・ブリタンは口からよだれを垂らしながら、恐怖に見開いた目でエリシスを凝視する。
 
 エリシスは動けないハンタ・ブリタンの前にしゃがんでニッコリ微笑みかける。 

「女に突き立てるのは刃物じゃなくて、コレよ、コレ。・・・でも、私の小指と同じサイズね。こんなに小さくなっちゃって。そんなに怖がらなくていいのよ。・・・はーい。もう一枚、脱ぎましょうね」

 エリシスはそう言うと、恐怖で縮み上がって小さくなったハンタ・ブリタンの男性器を手で摘み、指先でその包皮を剥いた。

 エリシスは魔法を唱える。

гниль,(グニー、)
(腐れよ。)

Благосло(ブラゴスロ)вение(ヴェニーイェ・) богини(ボギーニ・) яда, (ヤダ、)болезней(ボレズニェ・) и(イ・) коррупции(カロッツェ)
(毒と病気と腐敗の女神ブラグザバスの祝福。)

Возвра(ボズラ)щение(シェーニェ・)  в(ヴ・) почву(フォーチョヴ)
(土に還れ。)

 ハンタ・ブリタンの男性自身を摘むエリシスの掌に魔法陣が現れる。

 摘み上げた男性自身は、たちまち赤黒く変色して化膿し、腐っていく。

 エリシスは腐った男性器を引き千切った。

「あらら。貴方のオチ●●ン、取れちゃったわよ。もう女の子に悪戯、出来ないわね。」

「ヴァ、アアアー」

 ハンタ・ブリタンが麻痺して言葉にならない声で泣き叫んだ。

 ヒマジンが呆れる。
 
「うわ~。七百歳越えてる年増女の私刑(リンチ)はエグイわ~」

 エリシスが反論する。

「失礼ね! 私は『永遠の二十三才』よ。『お肌の曲がり角(※二十五才の意)』もまだなんだから」

 アキックスが止めに入る。

「エリシス。もうその辺にしてやれ。殺すな」

「判ったわ。これで最後。ドレスのお礼よ」

 エリシスはそう言うと、ハンタ・ブリタンの額に右手の人差指を当てて、魔法を唱えた。

проклятие,(プロクラーツィエ、)Брендинг(ブレンズィング・) дурака(ドゥラカ)
(呪え。愚者の焼印)

 ハンタ・ブリタンの額に入れ墨のような文字が浮き出た。

玉無し(ノーボール)臆病者(チキン)・ブリタン>

「その焼印は、貴方が生きている限り絶対に消えないわ。皮を剥いでも、焼いて潰してもね」

 エリシスはそう言うとその場を離れた。

 リリーがエリシスに尋ねる。

「この男はどうしますか?」

「表通りに捨ててきて」

「判りました」

 リリーはハンタ・ブリタンを引き摺って行くと、路地裏から表通りめがけて放り投げた。

 真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)のリリーに人間の男を放り投げるなど、簡単な事であった。

 放り投げられた全裸のハンタ・ブリタンは、通りを越え、通りを挟んで向かい側の海鮮レストランまで飛んでいった。






 ラインハルトとナナイがフルーツと食後酒を楽しんでいると、突然、空から全裸の男が降ってきた。

 全裸の男は、海鮮レストランのラインハルトとナナイの席のテーブルの上に落ちる。

 ナナイが驚いて悲鳴を上げる。

「きゃっ!?」

「なんだ!?」

 ラインハルトも驚いた。

 ラインハルトは立ち上がって、男が飛んできたであろう方向、通りの向かい側を見る。

 紫のドレスの女が向かいの安酒場の隣の小路に隠れるのが見えた。

「ナナイ! 通りの向こう側からだ。行こう!」

「ええ」

 ラインハルトとナナイは店員に多めの金を渡すと、垣根を飛び越えて、通りを越えて走った。

 二人は安酒場の隣の薄暗い小路に入る。







 小路には、既にたくさんの男たちが倒れており、三人のローブの男とドレスの女が二人いた。

 五人組のうち、二人のローブの男が前に出る。

(・・・追い剥ぎ、または盗賊か?) 

 ラインハルトは敵が盗賊だと思い、傍らのナナイに指示を出す。

「私は右。君は左。一撃で決めるぞ!」

「了解!」

 ナナイの返事を合図にラインハルトとナナイは、一気に相手との間合いを詰め、全力の一撃を放った。

 大きな鈍い金属音の後、切り結んだ互いの剣が金属の擦れる音を立てる。

(バカな! 受け止めただと!? 見切られた? いや、太刀筋を読まれたか??)

 全力の一撃を剣で受け止められた事にラインハルトは驚き、一気に酔いが冷める。

 ラインハルトは、ガレアスのゴブリンも、メオス王国の戦士も一刀両断してきた。

 しかし、ローブの二人の男はそれぞれ一瞬で剣を抜き、ラインハルトとナナイの一撃を剣で受け止めていた。

 ラインハルトと切り結んだ相手のローブがめくれ、竜紋が描かれた籠手がラインハルトに見えた。

(竜紋の籠手! まさか!! 竜騎士(ドラゴンナイト)か!?)

 ラインハルトとナナイは呼吸を合わせて後ろへ飛び退き、相手と間合いを取る。

(相手は雑魚ではない。力量が五分なら、五対二で人数分のだけ、こちら側が不利か)

 ラインハルトと切り結んだローブの男(アキックス伯爵)が、左手を開いて突き出し、声を掛けくる。

「待たれよ! そなた、緋色の肩章(レッド・ショルダー)とお見受け致すが!」

 第二撃を放とうとするナナイをラインハルトは左腕を伸ばして制止する。

「待て!!」

 ナナイは、驚いてラインハルトの方を見る。

 ラインハルトはローブの男(アキックス伯爵)の問いに答える。

「だとしたら?」

 ラインハルトの返答を聞き、ローブの男(アキックス伯爵)が問い質す。

緋色の肩章(レッド・ショルダー)なら、帝国騎士(ライヒスリッター)の筆頭であろう! 何故、革命軍などに居るのだ!?」

 ラインハルトがローブの男(アキックス伯爵)の問いに答える間も無く、通りから叫び声が聞こえる。

「賊だー! 賊が出たぞー!!」
 
 通行人が表通りからラインハルト達がいる小路を見て叫んでいた。

「ちっ! いずれまた会おう!!」

 そう言うと、ローブの男(アキックス伯爵)達五人は、薄暗い小路を路地裏へと走り去って行った。

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