第二十九話 無血開城
--国境の街ヴァンガーハーフェン、メオス王国軍守備隊
ヴァンガーハーフェンの街の櫓から悲鳴に近い叫びが聞こえる。
「ゴーレムです! ゴーレムが来ます!!」
「なんだと!?」
街の防備に就いていたクルト隊長は、街の出入口の上にある櫓門に登って外を見る。
巨大な四体のストーンゴーレムが歩みで起こす地鳴りと共に街に迫って来ていた。
「クソッ! 大砲と
伝令にそう伝えると、クルト自身も前線に出る。
巨大なゴーレム達が防御陣地に迫る。
クルトは、攻撃を命令する。
「個別照準! 撃てっ!! 撃てぇ!!」
メオス王国軍の大砲が次々と火を吹き、
しかし、ゴーレム達には、まるで効果が無かった。
王国軍の大砲は、帝国軍の大砲に比べてはるかに旧式であり、砲弾ではなく、砲丸を打ち出す物であった。
溶かした鉄を鋳型に流し込んで作る丸い砲丸は、ゴーレムに当たっても、めり込むだけであった。
投石器は更に酷く、ゴーレム達は飛んで来た石を面倒臭そうに手の甲で払い除けるだけであった。
四体のストーンゴーレム達は、メオス王国軍の防御陣地に踏み込む。
メオス王国軍の馬防柵は、割り箸で作った玩具のように次々とゴーレム達によって踏み砕かれる。
「ダメだ! 逃げろー!!」
「ああっ! おい! お前ら!! 逃げるな!!」
クルトは必死に命令するが、大砲や投石器を動かす兵士たちは、我先に蜘蛛の子を散らしたように逃げ出していく。
「ロープだ! ロープを足に掛けて動きを止めるんだ!!」
クルトは周囲に居た兵士達に命令し、自分もゴーレムの足元へ向かう。
クルト達は、ストーンゴーレムの足にロープを掛けて五人ほどで引く。
しかし、ゴーレムは何事も無いかのようにクルト達を引きずりながら歩いていく。
四体のストーンゴーレム達は、足と手で置き去りにされた大砲や投石器を破壊していった。
街の防壁に迫ったストーンゴーレムは、ゆっくりと拳を握る。
そして大きく振りかぶると、街の
「うわぁーー!!」
王国軍の兵士達は次々に櫓から飛び降りて逃げ出す。その直後、ゴーレムの巨大な拳が横殴りに
四体のストーンゴーレムは、街の正面側にある四つの
「なんだ!? 止まったぞ??」
クルト達は呆然と動きを止めた四体のストーンゴーレムを見上げるしかなかった。
ラインハルト達は、ゴーレム達の戦いぶりを望遠鏡で観察していた。
四体のストーンゴーレムは、防御陣地の馬防柵や大砲、
「そろそろ頃合いだな。行こう。ナナイ」
「ええ」
ゴーレム達が目的を達成して動きを止めたことを確認したラインハルトとナナイは、ヴァンガーハーフェンへ馬を進める。
ラインハルト達はストーンゴーレムの足元に数人のメオス軍兵士を見つけ、近づいていく。
ラインハルトは、兜に鶏の頭のような飾りをつけた軍人に呼び止められる。
「待て!! 何者だ?」
「ユニコーン小隊隊長、ラインハルト少佐。軍使だ。責任者と話がしたい」
「しばし、待たれよ」
そう言うと兜に鶏の頭のような飾りをつけた軍人は、街の中に小走りで走っていく。
メオス王国軍の六人の兵士がラインハルト達に対して警戒し、武器を構えたまま対峙する。
--ヴァンガーハーフェン市庁舎、メオス王国軍本陣
「帝国軍の軍使が来ただと!?」
「はい。若い男女、二人の騎士です」
クルト隊長から報告を受けた二人の将軍ガローニとナブは驚く。
「とにかく会おう。ここへ通せ」
「はっ!」
ガローニは、傍らのナブに話し掛ける。
「帝国軍はどういうつもりだろうか?」
「彼らが圧倒的に有利な状況で軍使とは。・・・判らない」
しばらくしてクルトは、二人の騎士ラインハルトとナナイを市庁舎へ連れてきた。
会談は、王国軍本陣のある市庁舎の会議室で行われる事となった。
ラインハルト達が会議室に入ると、二人の軍人が起立して二人を出迎える。
「初めまして。ユニコーン小隊のラインハルト少佐です。こちらは副官のナナイ大尉」
ラインハルトはメオス王国側の軍人達に挨拶し、ナナイを紹介する。
「お初に御目に掛かる。メオス王国軍ヴァンガーハーフェン防衛軍の将軍ガローニだ。こちらはナブ将軍」
ガローニも挨拶し、ラインハルト達にナブを紹介する。
「どうぞ。掛けて下さい」
ガローニは、緊張してラインハルト達に着席を促した。
「失礼します」
そう言って、ラインハルトとナナイは席に着く。
ガローニが口を開く。
「して、我が軍に話とは。一体どのような用件かな?」
凍てつくようなアイスブルーの瞳を向け、ラインハルトは淡々と話し始める。
「貴軍の撤退を認める。四十八時間以内だ。ヴァンガーハーフェンを明け渡せ」
「「何だと!?」」
王国軍の二人の将軍ガローニとナブは動揺を隠せなかった。
ラインハルトは続ける。
「彼我の戦力差は圧倒的だ。我々は、貴軍を街ごと焼き払うこともできるし、貴軍を街ごと
ガローニが返答する。
「待て! 待ってくれ!! 自分の一存では即答致しかねる! せめて軍議で決める時間をくれ!! 」
ラインハルトが聞き返す。
「この街の防衛責任者は貴方ではないのか?」
ガローニが答える。
「いや。私がこの街の防衛責任者だ」
ラインハルトがチクリとカマを掛ける。
「なるほど。この街の防衛責任者が軍議で伺いを立てる
国王がこの街に居る事がラインハルト達に露呈した事に、「しまった!」という焦りの色が二人の将軍の顔色に出る。
ラインハルトからの問いに二人の将軍は何も言えなかった。
もっともラインハルトの側は、ケニーの潜入調査によって、予めこの街にメオス国王が居る事は知っていた。
ラインハルトが問い質す。
「その軍議にはどの程度の時間が必要ですか?」
ガローニが重い口を開く。
「二時間ほど頂ければ」
「了解しました。ここで待たせて頂きます」
メオス王国軍の二人の将軍は、起立してラインハルト達に一礼すると足早に会議室を出た。
二人の将軍の向かう先は、メオス王国の国王ポクリオン王のところであった。
ナブは、傍らの兵士に命令する。
「全隊長を至急、応接室に集めろ。緊急の軍議を開く」
ガローニは、足早に歩きながら隣のナブに話し掛ける。
「あれが・・・あれが帝国軍の
「そうだ。まだ若い」
会議室でラインハルトとナナイは回答を待つことになる。
ナナイがラインハルトに尋ねる。
「上手くいくかしら?」
「彼らに勝算は無いからね。成功すると思う」
ナナイが悪戯っぽく冗談を言う。
「もし、このまま貴方と私、二人ともメオス王国軍に捕まったら?」
ラインハルトは笑って答える。
「その時はナナイのために戦うさ」
応接室では国王と二人の将軍、全隊長が集まって緊急軍議が開かれる。
ガローニとナブが既に講和の考えに傾いていたため、二人の将軍がいきり立つ隊長達を説得する形で軍議は進んだ。
ガローニが悔しそうにポクリオン国王に奏上する。
「国王陛下。もはや我が軍には敵に抗う術がありません。我が軍は、ヴァンガーハーフェンを明け渡し、街道の次の街ソンドリオまで撤退致します。何卒、玉体を王都へお運びになられますよう」
ポクリオン王は、ガロー二の無念を汲み取り、重い口を開く。
「あい判った。忠勇なるメオスの戦士達よ。そなたたちは良く戦った。我が軍は元の国境まで戻るだけだ。これは敗北ではない。口惜しいのは、彼奴らの奴隷商人にさらわれた民を取り返せなかったことだ」
ガローニが答える。
「これを機会に講和する事を提案致します。我が軍はソンドリオまで撤退しヴァンガーハーフェンを明け渡す。代わりに奴隷商人にさらわれたメオスの民を返せと」
「うむ。それが良かろう。無益な流血は余も望むところではない」
メオス王国にはメオス王国なりの『戦う理由』があった。
ラインハルトとナナイの待つ会議室にメオス王国軍の二人の将軍が戻ってきた。
ガローニは、ラインハルトに軍議の結果を話す。
「我が軍は、貴軍の提案を受け入れる。我が軍はヴァンガーハーフェンを明け渡し、街道の次の街ソンドリオまで撤退致します」
ラインハルトとナナイはガロー二の回答に安堵する。
ガローニは続ける。
「貴官に二つ頼みがある。我が軍は先の戦闘で多数の負傷者が居る。負傷者の後送に時間の猶予が欲しい。猶予を七十二時間頂けないだろうか」
「了解しました。それで、もう一つとは?」
「我が国は、これを機会に貴国と講和したい。国境は元通りだ。貴国の奴隷商人にさらわれたメオスの民を返して欲しい」
ラインハルトとナナイは互いに顔を見合わせる。
(それがメオス王国が攻めてきた理由か)
ラインハルトは、メオス王国の開戦理由を理解する。
そして、ラインハルトはガローニに返答する。
「講和は自分の裁量を越えた政治判断です。政府にその旨、上申致しますので政府からの回答を待って頂きたい」
「了解した」
「では、これで失礼致します」
ラインハルト、ナナイ、ガローニ、ナブの四人は起立して互いに一礼し、会談の席を後にした。
ラインハルトとナナイは帰路につく。
街の外に並ぶ四体のストーンゴーレムの足元を通り抜けて、ユニコーン小隊のメンバーと合流する。
木立の影で休息を取るクリシュナとその傍らにハリッシュが居た。そこから少し離れたところに馬を休めるジカイラ、ティナ、ヒナ、ケニーが居た。
ハリッシュがラインハルトに話し掛ける。
「どうでした?」
「メオス王国軍はヴァンガーハーフェンの開城を受け入れたよ。七十二時間後、我が軍が進駐する。」
「おぉ。流血は避けられましたね」
小隊のメンバーがラインハルトの元へ集まり、ラインハルトはメオス王国軍との会談の結果を皆に話した。
ジカイラが呆れたように口を開く。
「革命政府は、奴隷貿易をやるために外国の国民を拉致していたのかよ? そりゃ戦争にもなるわな」
ハリッシュも呆れたようだった。
「そんな事をしたら、どんな小国だって立ち向かって来ますよ。呆れますね」
ケニーも同様だった。
「最悪だな。なんか、僕たちまで悪事の片棒を担いでいたような気分がする」
ナナイは妙に納得したようだった。
「革命政府の悪事の一端が判ったってことね」
ティナは、不安げにラインハルトに尋ねる。
「ねぇ。お兄ちゃんの力で、さらわれた人達を家に帰してあげられないの?」
ラインハルトが答える。
「私から拉致被害者を帰国させてメオス王国と講和するように革命政府に上申するよ」
ラインハルトは、羊皮紙にその旨を書いて上申書を作った。
夕刻になり、革命軍がヴァンガーハーフェン郊外に到着し、ユニコーン小隊と合流した。
そして会談から七十二時間後、両軍によるヴァンガーハーフェンの無血開城と引き渡しが行われた。