第二十二話 帰郷
ユニコーン小隊の面々は、住み慣れた寮を引き払い士官学校を後にした。
東北戦線へ向かう途上で、小隊はラインハルトとティナの実家に立ち寄ることにした。
位置として、首都ハーヴェルベルクから交易公路沿いに北上し、幾つかの貴族領を抜けた、ルードシュタット侯爵領の片隅にラインハルトとティナの実家『ヘーゲル工房』はあった。
他の小隊メンバーの実家は、ハリッシュとクリシュナは南方の出身で、獣人荒野を抜けた先の帝国軍支配領域の港湾都市に、ケニーとヒナは、遥か東方の帝国軍支配領域の都市に実家があった。
捨て子であったジカイラに帰る家は無く、ナナイには、ルードシュタット侯爵領に実家の居城があったが、父親が病床に伏せて療養中であった。
ラインハルト達は革命軍の大型輸送飛空艇で士官学校から実家近くの都市へ向かう事となった。
大型輸送飛空艇は、士官学校の飛行場からラインハルト達を乗せてゆっくりと飛び上がり、高度五百メートルほどで水平飛行に入る。
ラインハルト達は大型輸送飛空艇のラウンジで寛いでいた。
ナナイとヒナは紅茶を飲みながら談笑し、ティナとクリシュナはフルーツパフェを食べていた。
ハリッシュは難解な呪文書を読んで一人の時間を満喫し、ケニーは強化弓とショートソードの手入れに勤しんでいた。
ジカイラがラインハルトに話し掛ける。
「革命軍が飛空艇を出してくれるとは、
ラインハルトが苦笑いしながら答える。
「よせよ。少佐殿なんて呼び方」
「デッキに行こうぜ」
ジカイラに誘われ、二人はデッキに出た。
二人は外に出て景色を見る。
快晴で風も無い穏やかな天気であり、遠くに白い雲が見えた。
ジカイラがデッキの手すりに捕まり遠くを眺めながら呟く。
「涼しいな」
高度五百メートルほどの上空は、地上より三度ほど外気温は低く、湿度も低いため心地良かった。
「おい。あれって・・・」
ジカイラがラインハルトが声を上げて指を差す方角を見ると、先日の海戦で拿捕した旗艦のガレアスが港に係留されているのが遠くに見えた。
「改めて見てもデカい船だな」
ジカイラの感想を聞いたラインハルトが思い出したように話す。
「よく、あの大きな戦艦の甲板に斬り込んだな。無茶をする」
ジカイラは苦笑いして返した。
「船尾楼に斬り込んだお前に言われたくないな」
ラインハルトも反論する。
「こっちはナナイが一緒だ。十分に勝算はあった」
ジカイラは議論はせずアッサリと引く。
「確かに。それは認める。バジリスク小隊を護衛に連れるより、ナナイ一人を連れて行ったほうが強いだろうな」
そういうとジカイラは煙草を吸い始める。
ジカイラは大きく煙を吸って吐く。そして呟く。
「『無茶をする』って? いちいち理由が必要なのか?」
「ん?」
ジカイラは、デッキの手すりにもたれ掛かり、遠くを眺めながら再び呟く。
「いちいち理由が必要なのか? オレがお前のために命を張る事に」
ジカイラの呟きを聞いたラインハルトは何も言わなかった。
ラインハルトは「フッ」と鼻で笑うとジカイラに向けて拳を握った右手を差し出す。
ジカイラはラインハルトの差し出した拳に自分の拳を合わる。
その後、ラインハルトはデッキへ戻って行った。
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半日程して大型輸送飛空艇は実家近くの都市へ降りた。
小隊はそこから二台の馬車へ乗り換え、ラインハルト達の実家へ向かう。
二台の馬車がラインハルト達の実家『ヘーゲル工房』に到着したのは、夕刻に差し掛かった頃であった。
「帰ってきたな」
ラインハルトは懐かしそうに実家を眺める。
ティナは馬車から降りて実家へ走っていく。
「ただいまー!!」
「お帰りなさい」
ティナの声を聞いて、姉のフローラが出迎えに出て来る。
工房の奥から父親のオットーも出てきた。
「帰ってきたか! 二人とも立派になったな!!」
ラインハルトもオットーに挨拶する。
「ただいま。
「壁新聞で読んだぞ。オレの息子と娘がハーヴェルベルクの街を救った英雄だってな。オレも鼻が高いぜ。さぁ、家に入って休め」
小隊の面々も馬車から降りてきた。
ナナイがラインハルトの傍らに来てオットーに挨拶する。
「初めまして。ナナイです。お世話になります」
挨拶するナナイにオットーが笑顔で答える。
「おぉ。ラインハルトの彼女か? ティナからの手紙に書いてあったぞ。『初日から女の子を口説いていた』ってな。息子の彼女が、こんなに
ナナイは少し照れ臭そうに笑顔で返していた。
ユニコーン小隊全員が実家に招き入れられる。
ケニーは工房に興味があり、製造途中の魔導エンジンなどを観ていた。
その様子を観ていたオットーがケニーに話し掛ける。
「兄ちゃん、魔導
「はい。少しなら。士官学校で勉強しましたので。」
「それはいい!! よし! 兄ちゃん、兵役が終わったらウチに就職しろ!!」
ジカイラも工房で見つけた馬車鉄道の客車の車軸を動かしたりしていた。
オットーがジカイラに話し掛ける。
「こっちの兄ちゃんは、客車の車軸を持ち上げられるのか!?」
「え? まぁ、この程度なら」
「その車軸は、普通、大人二人掛かりでなきゃ、持ち上げられないシロモノだ! 二人とも兵役が終わったらウチに就職しろ!! 何なら小隊全員でもいいぞ!」
ジカイラが呆れたようにオットーに言った。
「そんなに人が居ないのかよ?」
オットーは笑って返した。
「ウチみたいな中小企業は、万年、人手不足なんだよ。一日三食、寮完備だ。今の御時世で良い待遇だろう?」
ケニーは苦笑いしながら返事をした。
「考えておきます」
夕刻になり夕食 兼 宴会が開かれる。
夕食の支度はティナとフローラが中心でやっていた。
ジカイラとケニーはオットーに気に入られて、すっかり酔い潰されていた。
アルコールが苦手なハリッシュは早めに部屋に引き上げていた。
酔ったオットーは、あれこれと用事をナナイに頼んでいた。
ラインハルトは、オットーから「息子の嫁扱い」されているナナイを気遣ったが、ナナイは「彼氏の父親に自分が認められ受け入れられた」と嬉しそうに用事をこなしていた。
オットーが小隊の皆に話す。
「ティナとラインハルトは自分の部屋があるが、他の人は寮の空いてる部屋で休んでくれ」
ラインハルトは、酔い潰れたジカイラとケニーを寮の空いている部屋へ連れて行って寝かせてくる。
その間にナナイ、ティナ、クリシュナ、ヒナは、入浴しに行った。
オットーがラインハルトに声を掛ける。
「お前も疲れただろう。風呂に入って休むと良い」
工房には住み込みで働く職人や女工のために男湯と女湯の二つの浴場があった。
オットーに言われて、ラインハルトも風呂に入り湯船に浸かって旅の疲れを癒やした。
ラインハルトは風呂から上がり、実家に住んでいた時のようにパンツ一枚の姿で自分の部屋に向かう。
そして自分の部屋のドアを開ける。
「お帰りなさい。遅かったのね」
ラインハルトを部屋で出迎えたのは、ノーブラでバスローブ姿のナナイであった。
「ナナイ!?」
ラインハルトが驚いていると、ナナイが口元に手を当てクスリと笑いながら答える。
「あら。お
ナナイの言葉を聞いてラインハルトは以前、自分が使っていたベッドを見る。
ラインハルトのシングルベッドに枕が二つ置いてあった。
ナナイは少し照れながらラインハルトに話す。
「もう・・・お
ラインハルトは気不味そうに口を開く。
「ベッドはナナイが使ってくれ」
「あら? 私と一緒じゃ嫌?」
「嫌じゃないけど」
「なら良いでしょ。貴方も疲れているんだから休んで。」
ナナイに押し切られるようにラインハルトはベッドに入る。
ナナイもバスローブを脱いでベッドに入り、傍らのラインハルトに甘える。
「ねぇ・・・腕枕して」
「ああ」
ラインハルトは左腕でナナイに腕枕をした。
ラインハルトの腕枕でナナイは天井を見ながらラインハルトに話す。
「素敵な家族ね」
「
「いいのよ。気にしないで」
ナナイは、そう言うと寝返りをうってラインハルトの側を向き、自分の左足をラインハルトの足に絡め、左手をラインハルトの胸の上に置く。
ナナイの左手に鍛え上げた男の固い筋肉の感触が伝わる。
次に左足と左手から体温が伝わってくる。
最後にゆっくりと脈動する心臓の鼓動が伝わってくる。
ナナイがラインハルトの顔を見上げると、ラインハルトもナナイを見つめていた。
ラインハルトのアイスブルーの瞳とナナイのエメラルドの瞳。
二人の目線が合う。
ラインハルトは右手でナナイの顔に掛かっていた金色の髪を指先で
ナナイは目を閉じてラインハルトの腕の中で包まれているような感触を確かめる。
(・・・ずっとこのままがいい)
そう想いつつ、ナナイは眠りについた。
ラインハルトは、傍らで穏やかな寝息を立てるナナイの寝顔を眺めていた。
異性に関心が無い訳ではない。
僅かに毛布をめくるとナナイの形の良い大きめの胸が見える。
ラインハルトは明け方まで眠れなかった。