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第十話 それぞれの想い

 小隊の女の子達が夕食の準備を始める。

 ラインハルトとジカイラは二人並んで食堂のソファーに座った。

 ジカイラがラインハルトに話し掛けた。

「なぁ・・・。お前とナナイって、付き合ってるの?」

「ああ」

 ラインハルトの気のない返事にジカイラは話を続ける。

「ナナイは美人だし、お前みたいに口数が少ない男には、ああいう鼻っ柱が強いのが良いんだ。お前には、お似合いだよ。」

 ジカイラは鼻先でナナイの方を指して話続ける。

「それに、あの後ろ姿を見ろ。 ・・・出るところは出ていて、締まるところは締まっているだろ? イイ女だ。絶対に離すなよ。早く一緒になっちまえ。」

「そうだな」

 ラインハルトはジカイラに(うなが)されるようにナナイを見た。

 制服にエプロン姿で、そそくさと食事の準備する微笑ましいナナイの後ろ姿。

 じっくりと後ろから見たことは無いが、改めて見てもスタイルが良い。

 ジカイラは続ける。

「それに、あの(ケツ)。大きくて上を向いているだろ? あれは『安産型(あんざんがた)』というんだ。きっと、五人は固いぞ」

 ラインハルトは素朴に疑問を持った。

「五人って・・・?」

 ジカイラは何を今更という感じに話す。

「お前とナナイの子供だよ。お前の子作り次第では、十人はいけそうだ」

「おいおい。」

 ラインハルトの呆れたような返事に対して、ジカイラは更に話を飛躍(ひやく)させる。

「お前とナナイの子供なら、どちらに似ても美形で頭脳明晰(ずのうめいせき)だろうし。上級騎士(パラディン)聖騎士(クルセイダー)の子供ってことで、(ドラゴン)でも倒せる勇者が産まれそうだな」

 ジカイラが一通り話したところで、ナナイがスープの盛り付けに使っていたお玉を持ったまま、二人の方へ歩いてくる。

 ジカイラがラインハルトに耳打ちする。

「・・・マズい。聞こえたっぽい。こっちに来る。オレは、ああいう『委員長タイプ』は苦手なんだ。適当に話を合わせろよ、なっ!?」

 ラインハルトは無言で(うなず)いた。

 ナナイは二人の前に来ると、腰に両手を当ててジカイラに詰め寄った。

「ちょっと! すごーく『イヤらしい視線』を感じるんですけど!!」

 ナナイはご機嫌斜めであった。

 ナナイは、ジカイラを(こころよ)く思っていない。

 いつも飄々(ひょうひょう)としていて掴み所が無く、下世話な話や品の無い冗談を好む。

 何故、ラインハルトとジカイラという性格が正反対の二人の仲が良いのか、ナナイには分からなかった。

 ジカイラの脳裏にナナイにビンタ一撃でノックアウトされたキャスパー男爵の醜態が浮かぶ。
 
「いや、ほら・・・。ナナイは美人だし、ラインハルトとお似合いだなぁ~って。なぁ?」

 焦って、しどろもどろに答えるジカイラに同意を求められ、ラインハルトも返事をした。

「うん」

「ホント?」

 ナナイは怪訝(けげん)な表情でジカイラを見た後、ラインハルトのほうを見た。

 ナナイの綺麗なエメラルドの瞳がラインハルトを伺う。

 嘘は言ってなさそうだった。

 ジカイラは続ける。

「んで、本人たちの前でアレだが、ラインハルトとナナイなら十人くらい子供が作れるだろうなぁ~。二人の子供なら(ドラゴン)でも倒せる勇者が産まれそうだなぁ~、って。なぁ?」

「うん」

 再びジカイラに同意を求められ、ラインハルトは相槌を打ちつつも 

 (だいぶ省略はしているが、確かに嘘は言っていない)

 と思った。

 ジカイラの話にナナイは驚いた。

 ナナイは、ラインハルトと子供を作るなんて、まだ考えたことも無かった。

 ラインハルト本人が目の前にいることもあって、恥ずかしくなる。

 「もう・・・気が早いんだから」

 ナナイは、照れながら答えると、お玉を片手に上機嫌で食事の支度の続きをするため戻っていった。

 ジカイラは安堵(あんど)の息を漏らした。

「ふぅ。危なかった。・・・あのオカッパ頭の二の舞は御免だ」

 ラインハルトがジカイラに諭す。

「ナナイは、その手の話に免疫が無いから、下ネタや下品な話題を嫌う。気を付けてくれ。」

 ジカイラは素直に謝る。

「すまない。つい。・・・しかし、オカッパ頭を一撃で張り倒した、あの『侯爵令嬢』が、お前の前だとまるで『恋する乙女』だ。女ってのは恐ろしい」

 ラインハルトはジカイラに自分の考えを述べた。

ユニコーン小隊(ここ)に居る時は『ルードシュタット侯爵令嬢』じゃなく、『小隊副長のナナイ』でいいだろ?」

「ああ。オレは堅苦しいのは苦手だからな」

 ジカイラも同じ考えだった。

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 食事中にハリッシュから『歩兵戦と騎兵戦の新しい陣形』について提案があり、ラインハルトとナナイ、ハリッシュの三人は、食事が終わった後も、そのまま話し込んでいた。

 食事の片づけが終わった後、ジカイラとケニーが屋外の指定場所へゴミを捨てに行き、寮へ帰ってきたところ、寮の入り口のテラスでヒナがベンチに腰を掛けて(たたず)んでいた。

 ヒナが悩んでいるように見えたため、ジカイラは声を掛ける。

「どうしたんだ? まるで『子供を孕(はら)んだけど、父親が誰だか分からない。』といった顔して。」

 ヒナが恥じらいから顔を赤らめ、勢いよく立ち上がって反論する。

「誤解されるようなこと言わないで!! 私は、まだ・・・」

 ヒナは、そこまで言い掛けると急に口籠(くちご)もり、再びベンチに座ると下を向いて話し出した。

「私は・・・まだ、その・・・男の人と・・・したこと・・・ない。・・・処女(ヴァージン)だし」

 ケニーが心配してヒナに話し掛ける。

「それで、ヒナちゃん。どうしたの? こんなところに座って」

 ヒナは話し出した。

「ラインハルトさんやナナイを見ていると(まぶ)しくて。それに、みんなしっかりしているな~と思ってね。私は何も取り柄がないから。自己嫌悪中」

 そう話すと、ヒナは月の出ている夜空を眺める。

「私の家はね。上の兄弟が皆、役所勤めで。それで私も役所を受けたんだけど、落ちちゃって。それで両親と喧嘩して、士官学校に来たんだ」

「そうなんだ」

 ケニーの相槌にヒナが呟く。

「逃げてきた。のかな・・・」

 ジカイラは呆れたようにヒナに告げる。

「あのなぁ・・・。そんな事で落ち込んでたのか!?」

 ジカイラの言葉を聞いたヒナはジカイラの顔を見る。

「ラインハルトとナナイ。あの二人は言うなれば『おとぎ話の勇者とお姫様』みたいなものだ。そんなのと自分を比べてどうする? 『おとぎ話の勇者は(ドラゴン)を倒せるが、自分は(ドラゴン)を倒せない』って落ち込むのかよ?」

 ジカイラの話にヒナが返す。

「ジカさんは強いし、ケニーたんは器用で弓が使える。ティナは料理上手で回復魔法が使える。ハリッシュは難しい魔法が使えて、クリシュナは精霊が召喚出来る。なのに私は・・・」

 そう言うとヒナは俯(うつむ)いた。

「確かにオレは模擬近接戦じゃ学内最強に近いだろう。けど、オレだってラインハルトとナナイには勝った事は無いぞ? あの二人は上級職で人間離れしてる」

「ヒナちゃんは、氷結魔法が使えるじゃないか! 落ち込むことなんて無いよ!!」

 ケニーの言葉にヒナは驚いた。

「ありがと。ケニーたん優しいのね。」

 ヒナとケニーのやり取りを聞いていたジカイラが、徐(おもむろ)に煙草を取り出して口に咥えると、火をつけて煙草を吸い始めた。

 この世界では14歳から成人となり、結婚も飲酒喫煙も解禁であった。しかし、士官学校内での喫煙は火事予防のため、場所が指定されていた。

「あー。ジカさん、煙草吸ってるぅー。ワルいんだー」

 ヒナがジカイラを茶化す。

「は? オレは元海賊の無期懲役囚だぞ?? 今頃、気付いたのかよ?」

 ジカイラは悪びれた素振りも見せず、煙草を吸い煙を大きく吐く。

「お前ら密告(チク)るなよ? ラインハルトに迷惑が掛かるからな。」

 ジカイラは続ける。

「あの『ガリ勉ハリッシュ』が使えない氷結魔法がヒナには使える。『婚活』しに此処(ここ)に来ている貴族子女に比べたら、十分、立派だ。何もしない者には誰も振り向かない。『一芸に秀でる者』、『ひとかどの人間』ってのは、人知れず努力しているものさ。」

 そう言うとジカイラはヒナの顔を覗き込む。

「それに、俯(うつむ)いていたんじゃ、せっかくの美人が勿体無いぜ?」

 ジカイラの言葉にヒナが顔を上げる。

 月明かりがヒナの顔を照らす。

 ポニーテールに結った東洋系の黒髪に黒い瞳、整った美しい顔立ちが浮かび上がる。美人だ。

 ヒナは微笑んでジカイラに尋ねた。

「ジカさん、ひょっとして私の事、口説いてる?」

 ヒナからの問いにジカイラは何も言わず煙草の火種を地面に落とすと、それを踏み消し、ヒナたちに背中を見せたまま、開いた右手を二回程振って寮の中へ帰って行った。

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