第八話 戦闘糧食研究会
--夜。
風呂上がりにラインハルトは夜食に何か無いかと思い、食堂へ向かう。
食堂に入ると、ティナが何やら書類を書いていた。
ラインハルトは、ティナの書いている書類を覗き込む。
「何を書いているんだ・・・? 予算申請書? 『戦闘糧食研究会』??」
ティナが楽しそうに答える。
「そう。皆で『お料理サークル』やろうと思って。小隊の女の子四人で相談して決めたの。学園生活は楽しまないとね」
ラインハルトは、少し
「サークル活動はともかく、この『戦闘糧食研究会』ってのは・・・?」
ティナは、料理サークルが予算申請書の中で、名称が『戦闘糧食研究会』となっている経緯について話し始めた。
「最初は自分たちのお小遣いでやろうと思っていたんだけど、ナナイが「『自主研究会』の形にして、学校に活動予算を出して貰いましょう。」と言って予算申請する事になってね。それで『戦闘糧食研究会』という名前にしたの。」
そして、自慢げに続ける。
「学校の予算で晩御飯のおかずが一品増えるんだから、感謝してね」
ラインハルトは、感心した。
「しっかりしているな。 ティナは良いお嫁さんになるよ」
その言葉にティナは椅子から立ち上がり、ラインハルトの腕を取って顔を見上げる。
「じゃあ、お兄ちゃんのお嫁さんにしてくれる?」
更にラインハルトの顔に自分の顔を近づけて、静かに
「
ティナの栗色の大きな瞳がラインハルトを見つめる。
突然のティナの言葉にラインハルトは驚く。
ティナのことは、小さい頃から同い年の
今まで恋愛対象の女性として意識した事は無かった。
(どう答えれば良いのか・・・)
沈黙の時が流れる。
ラインハルトの困惑を見て取ったティナは、少し寂しげな顔をした後、クスリと笑う。
「な~んてね。」
そう言うと、ラインハルトから離れ、背中を見せる。
「お兄ちゃんってば、最近はナナイばっかりで、全然、かまってくれないんだもん」
「だから・・・」
ティナが、そう言い掛けた瞬間、暖かい物がティナを包んだ。
ラインハルトは、背中からティナを抱き締める。
そして、耳元で
「・・・すまない。寂しい思いをさせたな。許してくれ。」
ティナは、
ラインハルトの腕の中。
自分だけに許されていた安らぐ場所。
ラインハルトの手に自分の手を重ねる。
「いいの。許してあげる」
ティナは、そう言うとラインハルトの元を離れ、書類の作成を続けた。
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『戦闘糧食研究会(お料理サークル)』は大成功であった。
士官学校は軍の基地や駐屯地と同等の施設であり、施設内での娯楽は少なかった。
ティナ達が掲示板に「参加者募集」の張り紙をしたところも、平民組だけではなく、貴族組からも多くの女子生徒の参加申込者が殺到する。
彼女達、参加者の関心の多くは「ナナイとティナの二人と仲良くなりたい」「料理の腕を上げたい」ということであった。
従来、貴族達の出会いの場は、舞踏会やサロンなどがあったが、革命政府が「反革命的である」として、それらの開催を禁止してしまった。
そのため、貴族子女達は、士官学校や各種学校に出会いの場を求めた。
士官学校へ来る貴族子女の多くは、貴族とはいっても地方の下層貴族や騎士位の出身であり、革命前なら帝国最高位の侯爵令嬢であるナナイには「
ナナイは、サークルに来た彼女達にとって「憧れの的」「セレブのイメージリーダー」といった存在であったため、戦闘糧食研究会(お料理サークル)は、そのナナイに会う事ができて仲良くなれる絶好の機会であった。
また、補給処での事件やペア決定も彼女達の関心事であった。ナナイを助け、キャスパー男爵一味を叩きのめし、おとぎ話のようなペア申し込みをした「あの金髪の貴公子は誰か?」ということで、ティナからラインハルトの事を聞きたがった。
ナナイは彼女達からラインハルトとの関係を
「ご想像にお任せしますわ」
とニッコリ微笑んで返していた。
彼女達の話題の多くは「誰と誰が付き合っているのか?」「意中の相手は誰か?」といった年頃の女の子たちのものだった。
また、意中の相手を自分に振り向かせるため、料理の腕を上げることには真剣であった。
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キャスパー男爵の心中は穏やかではなかった。
キャスパー男爵が士官学校内で女子生徒とすれ違うたび、彼女達はキャスパー男爵をチラッと見て、クスクス笑って通り過ぎるのであった。
これには理由があった。
戦闘糧食研究会(お料理サークル)で、ティナが「補給処での事件」を
『女の敵・レイパー・キャスパー』、『ビンタ一発・ノックアウト男爵』、『元祖・鼻血ブー男爵』といったキャスパー男爵の不名誉な二つ名が士官学校内に広まっていた。