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250章 エマエマの歌

 3番手として、エマエマが登場する。 

「エマエマです。よろしくお願いします」

 エマエマも一人で、同行しているものはいなかった。声だけによるライブを、みんなの前で披露される。

「今日はオリジナル曲を三曲歌います。最初の曲は、「ラストイヤー」です」

「ラストイヤー」という曲名を聞いて、心に刺さるものがあった。エマエマの中では、今年を最後にしようとしているのかなと思った。

 歌詞を聞いていると、引退をにおわせるニュアンスはなかった。それにもかかわらず、歌手人生を今年で終えるのかなと思ってしまった。引退の話を聞いたことで、脳に強烈な補正がかかっ
てしまっている。

 一曲目を終えると、エマエマは頭を下げる。

「二曲目は、「心の痛み」です」

 ズービトル、ルヒカと比較して、ネガティブな曲名となっている。ルヒカはずっと前から、自分の思いに気づいてほしい、苦しみをわかってほしいと思っていたのかもしれない。

「三曲目は、「10年後の私」です」

「10年後の私」の主人公は、誰なのだろうか。ミサキはそのことに注力して、歌を聴こうと思った。

 ミサキは歌詞を聴いて、エマエマ自身の10年後であると感じた。彼女は歌以外において、自分のやりたいことを持っている。本当の夢を持てることに対して、とってもうらやましいと思えた。

 エマエマは三曲目を終えると、やり切ったような表情をしていた。ミサキはこれを見て、本当に引退するのかなと思った。

「ミサキさん、サインをお願いします」

 引退のことを考えていたからか、反応にタイムロスが生じることとなった。

「ミサキさん、呼ばれていますよ」

 シノブの言葉を聞いて、ようやく立ち上がることができた。

「エマエマさん、すみません」

 エマエマは首を静かに横に振った。 

「ミサキさん、サイン、握手をお願いします」

 返事をしたものの、2割ほど声のトーンは小さくなっていた。

「わかりました・・・・・・」

 心の動揺を悟られないようにすればするほど、感情はおおいに乱れることとなった。平常心を取り戻せるよう、鼻で大きな呼吸をおこなった。

「ミサキさん、とっても優しい方ですね」

「そうですか?」

「はい。一人の女性として、ファンになりました」

 ミサキは照れ笑いをする。顔は見えないものの、とっても輝いていると思われる。

 黒いボールペンでサインをしようとしていると、エマエマにストップをかけられた。

「黒いボールペンではなく、青いボールペンでサインしてください」

「青いボールペン?」

「はい。私の住んでいたところでは、青いボールペンのサインが一般的です」

「そうなんですか?」

 エマエマはこくりと頷いた。

「世界的にみると、青のほうが多いですよ」

「わかりました。青いボールペンでサインします」

 エマエマから青いボールペンを受け取った。

 青いボールペンのサインは、おおいに違和感があった。ミサキの頭の中には、サイン=黒が定着してしまっている。

 ミサキはサインを書き終えると、エマエマに手渡しする。

「ありがとうございます。一生の秘宝にします」

 エマエマは一枚のサインを、三重のケースで包んでいた。絶対に汚したくない、劣化させたくないという強い意志を感じる。

 エマエマはサイン色紙に、黒のボールペンでサインをする。ミサキの意向を、汲み取ろうとしているのが伝わってきた。

 サインを終えると、特性三重ケースの中に入れる。サインを大切にしてくださいという、メッセージを受け取った。

「ミサキさん、サインをプレゼントします。今回だけの特別版なので、市場に出回ることは絶対にありません」

「エマエマさん、ありがとうございます」

 エマエマは前触れもなく、頭を撫でてきた。ハッピーサプライズに、心はおおいにポカポカした。

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