夜会での出会い
その日、ブリジッタは珍しく夜会に参加した。
もちろんジルフリードのエスコートはない。
彼はまだ国境警備の任から帰って来ていないと言っていた。
だから彼女も出ないつもりだった。
しかし、珍しくジルフリードの母のジュリアーナが、エデルソン伯爵の夜会には顔を出すようにと言ってきたからだった。
都合があって一緒に行けないが、現地で落ち合おうと言われ、ブリジッタは一人で参加した。
今思えば、ブリジッタのことをよく思っていない彼女が、あんなにも熱心に夜会に出るように言ったことに、もっと不審感を抱くべきだった。
夜会に赴くと、そこにはいないはずのジルフリードがいた。その隣にはジュリアーナ様がいる。
「え、ジルフリード様?」
予定が変わったのか。ブリジッタが彼の予定を事前に知ることは滅多にない。
もしかしてこれは自分を驚かせようと、ジュリアーナ様が采配したのだろうか。
好かれていないと思っていたが、こんな演出をしてくれるとは、ブリジッタは彼に声を掛けようと近づいた。
人の頭の間から、もう一人女性の姿が見え、ブリジッタは立ち止まり息を呑んだ。
ジュリアーナの反対側、ジルフリードの右側に初めて見る女性がいた。
ブルネットの髪が目立つ。ジルフリードの方に笑顔を向け、何やら彼に話しかけている。
(誰?)
彼に妹はいない。ジュリアーナともにこやかに話ているのも見える。
遠目からでも彼女が美しいのがわかる。
ブリジッタがその場に立ち止まったまま動けずにいると、ジルフリードが顔を動かしてこちらに視線を止めた。
緑の瞳が見開かれ、彼も息を呑んだのがわかった。
彼は女性と母親に何か言って、こちらへと近づいて来た。
「ブリジッタ」
「ジルフリード様・・お久しぶりです」
「元気だったか?」
「はい、何とか」
「そうか・・」
婚約者同士なのに、とても素っ気ない会話だった。
「その、彼女は母の妹の子で、マリッサと言うんだ。今度社交界デビューするために今我が家に滞在している。今夜は私がエスコートを・・母上が、君は来られないと言うから」
「ジルフリード様がいらっしゃらなければ、私に来る夜会の招待状は殆どありませんもの」
今夜参加しろと言ったのはジュリアーナ様だ。そしてブリジッタが参加しないとジルフリードに言ったのもジュリアーナ様。
「私は、ジュリアーナ様に嫌われておりますから」
「母上が君を? そんなことはない。いつも私の前では君を褒めているよ」
「まあ、どのように仰っているのですか?」
「大人しくて優しいと」
「そんな風に思って頂けていたなんて、嬉しいですわ」
「ジルフリード、今夜のあなたのパートナーはマリッサですよ。いつまでも放っておくものではありません。こちらに知り合いもあまりいないのですから、あなたが相手をしてあげないといけません」
そこへジュリアーナがマリッサをつれて二人のところへやってきた。
「こんばんは、ジュリアーナ様」
「こんばんは、ブリジッタ。具合はもういいの?」
「え?」
「あなたのお母様から少し前から伏せっているとお伺いしたいたので、今夜はいらっしゃらないと思っていました」
「ブリジッタ、そうなのか? しかしさっきは・・」
「ジルフリードお兄様、私喉が渇きました。飲み物のある所へ連れて行ってください」
ジルフリードが何か言いかけるのをマリッサが話しかけた。
「しかし・・」
「私も喉が渇きましたわ。お願いね」
ジュリアーナにも頼まれたので、ジルフリードは「君の分も持ってくる」とその場を離れた。
「お似合いだと思いません?」
並んで歩いて行く二人の背中を見て、ジュリアーナ様がブリジッタに問いかけた。
「可愛らしい・・方ですね」
ブルネットの髪に深いガーネットのような瞳。マリッサという名の少女は確かに可愛らしかった。