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四面楚歌

「ジルフリードは士官学校でも上位の成績でしたわ」
「はい、存じております」
「今は学校を出たてのひよっこで、国境警備のために赴任していますが、いずれは上級大将にもなれる実力はあると思います」

 それは息子を妄信しているわけでもなく、本当にそうなる可能性をジルフリードは持っていた。
 彼の成績がいいことは、在学時代にいやと言うほどジュリアーナから聞かされた。ジルフリード本人はそんなことをひけらかす人間ではなかったし、もともとブリジッタとは滅多に顔を会わすこともなかったため、交わした言葉はそれほど多くない。
 
「ですから、あの子がこれから父親の爵位を継ぐため、そして軍での身分を確固たるものにするためには、多くの有力者に認めてもらう必要があります」
「はい」
「そのために、あなたは何ができますか?」
「え?」
「聞こえませんでしたか? ジルフリードがこれから出世するために、あなたは、あなたの家は何ができますか?」

 そうジュリアーナに問われ、ブリジッタは何も思いつかなかった。
 準男爵の爵位は父で終わる。ブリジッタがジルフリードと結婚して得るものはあっても、ジルフリードには何もない。
 ブリジッタは俯いたまま、ドレスのスカートをぎゅっと掴んだ。

「マリッサの実家は伯爵で、父親は財務官ですの。父方の叔父は地方の監督官で他にも公職に就いている方が大勢います。本人もとても美人でジルフリードと並ぶとお似合いでしょ?」
「私はジルフリード様に相応しくないと?」
「今更ですわ。私は最初から反対していました。両家の婚姻を決めた者はもうこの世にいないのに、我々がその約束に縛られる理由がありまして?」

扇の下から聞こえるジュリアーナの声が、ブリジッタの耳にやけに大きく聞こえた。

「でも…でも、ジルフリード様は…」
「あの子は祖父を敬愛していますから、あの方の言いつけだと言うことで、それを忠実に守っているだけです。けれど、他に目を向ければ、もっと違う行き方もあると気づくでしょう」
「それがマリッサ嬢だと?」
「私としてはマリッサでなくても、他にも話は来ていますの。どれも良い条件ですから、困っているところです。ああ、そう、あなたの家からも、妹では駄目かと打診もありましたわ」

なぜ自分はここに立って、婚約者の母親からこんな話を聞かされているのだろう。しかも、身内からも裏切られていたとは。

涙がこみ上げてきて目が霞む。唇をキュッと噛んで、すんでの所で涙を堪える。
向こうからジルフリードがマリッサと共に、グラスを持って歩いてくるのが微かに見えた。
いつも素っ気ない素振りのジルフリードが、柔らかい笑みを浮かべている。
ブリジッタに向けられることのない笑み。

(そう…他人になら、あんな顔が出来るのね)

ブリジッタの中で何かが壊れた。
もう彼女には、どこにも味方がいなかった。


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