婚約者ですよね?
最初の出会いから、ブリジッタはジルフリードの容姿は好ましく思っていた。
しかしいくら祖父同士の約束事で、互いの意見がまるで聞き入れられないままの婚約だと言っても、もう少し愛想良くできなかったのか。
ブリジッタはブリジッタなりに彼に歩み寄ろうとしたが、ジルフリードは彼女をまっすぐ見ることも無く、話しかけても生返事しか返ってこない。それ以外はこちらが何と言って返せばいいかわからないことを言ってくる。
「ジルフリード様は、どんな食べ物がお好きですか?」
「戦場では好き嫌いは言っていられない。虫でも木の根でも何でも食べられるようにならなくてはとお祖父様もおっしゃっていた」
「ジルフリード様はどのようなご本を読まれるのですか?」
「最近読んだのは人体の仕組みについて書かれた本だ。どこをどのように痛めつければ人が簡単に口を割るか。どこまでの加減を加えれば長く拷問できるか。とても役に立った」
そんな会話が続けば、あ、この人は私に嫌われたいんだ。この人は何を言えば私から婚約破棄を持ち出すか、試しているんだ。という考えに至った。
準男爵のヴェスタ家から伯爵家のルクウェル家に破棄など持ち出せるわけがない。
だったら早く破棄を持ち出してほしい。
約束を取り交わした互いの祖父もすでにもうこの世にはいない。
二人の婚約をこのまま続けるほど無駄なことはない。
「ジルフリード様、私に何かおっしゃりたいことはありますか?」
二人で公園を歩いていたとき、そう訊ねたことがある。ブリジッタとしては、婚約破棄を告げる機会を与えたつもりだった。
「ああ、すまない。疲れたか。少し休もう」
しかし、ジルフリードはブリジッタがどこかに座りたいと思っていると勘違いした。
「ジルフリード様は、このまま私と結婚してもいいとお考えですか?」
ならばともっと具体的な言い方をした。
「そうだな。しかし式を挙げるのはもう少し待ってほしい。私もまだまだ未熟者だ。騎士としてまだまだ実績が足りないうちに結婚はできない」
今ひとつ話が噛み合わないのだ。
彼と話がまったく通じないのは、自分の頭が悪いのだろうか。
それとも他の人とはちゃんと会話が成立していて、ブリジッタとだけこうなるのか。
もともとジルフリードは夜会が苦手らしい。どうしても参加しなければならない場合に、仕方なく参加するといった感じなので、夜会に顔を出す回数も少ない。
だから婚約者のブリジッタも彼が行かないと言えば、参加を諦めるしかなかった。
夜会が大好きというわけではないので、ブリジッタはそれなら仕方がないと、何も言わないでいた。
そして彼と合う機会もないまま日々は過ぎて行った。
「ジルフリードも、もっと華やかな婚約者なら夜会に参加するのも楽しいでしょうけどね」
彼の母親が友人たちにそう言っているのをブリジッタは貴族の御婦人方が贔屓にしているドレスショップで偶然聞いた。
それはブリジッタではジルフリードの婚約者として役不足だと言いたいのだ。
「そう言えばご子息は他のご令息たちほど夜会でお見かけしませんね」
「一緒にいる所を見られたくないのですわ。以前私が尋ねた際に、他の人の目があるから困るというようなことを申しておりましたもの」
「まあ、確かに、昔から貴族ではなかったわけですし、なんだかぱっとしませんものね。でも、妹さんは愛らしいお顔立ちをされていますけど」
「同じヴェスタ家のお嬢さんを迎えるなら、まだ妹さんの方が良かったですわ」
それ以上聞いていられなくて、ブリジッタは店を出た。
ジルフリードの母親に疎まれていることはわかっていたが、ジルフリードがブリジッタと一緒に夜会に出ることを、そんな風に思っているとは思わなかった。
彼の母親や自分の家族からの冷たい態度。そしてジルフリードとの噛み合わない会話に、顔を合わすこともままならならい日々、ブリジッタは次第に追い詰められていった。
いっそのこと、何もかも捨てて逃げだそうか。
そう思っていた時、事件は起った。