212章 おなかすいた
3つの焼きそばを作り終える。2つはとっても個性豊か、一つは安心できるような仕上がりだった。
「ミサキちゃん、焼きそばを運んでくるね」
マイはノーマルテンションで、焼きそばを運んでいた。通常時はポジティブ、優しくて非の打ちどころのない性格である。
焼きそばを作り終えた直後に、強烈な空腹に見舞われる。先ほどまでは余裕だったので、突然の異変に驚くこととなった。
「おなかすきました。何かを食べさせてください」
腹ペコ少女の最大の敵は腹の虫。ちょっと体を動かしただけで、光速でおなかがすいてしまう。
お腹を空かせるたびに、他の従業員に迷惑をかけている。一緒に働いている人にとって、迷惑極まりない存在といえる。
「ミサキちゃん、食べ物は持ってきているの?」
「シラセちゃん、カバンの中にパン50個入っているよ」
ホノカの勤めている店から、パンを購入する。ほんのりとした甘さ、柔らかさに包まれてお
り、食べているものを幸せにする効果を持っている。
「パンの準備をするね」
「シラセちゃん、ありがとう」
シラセがパンを取り出す前に、黒い色をしたものが出現する。一瞬見ただけでは、食べ物なのかわからなかった。
「ミサキさん、試作品の焼きそばを食べてください」
焼きそばに墨色の絵具を塗ったかのように、真っ黒な色をしていた。あまりに真っ黒ゆえに、焼きそばなのか疑ってしまった。
「シノブちゃん、これはなにかな?」
「イカ炭を使った焼きそばです。焼きそばにイカ炭ソースをかけてあります」
空腹は最大の調味料。見た目の悪い焼きそばを、口の中に押し込んでいく。
「見た目は悪いけど、味はすごくいけるね」
おなかがすいていたこともあって、イカ墨の焼きそばをあっという間に完食。シノブは食べきったことに対して、大いに喜んでいた。
「マイさん、シラセさんもおいしいといっていました。みなさんから高評価を受けたので、商品化してもよさそうですね」
「黒い焼きそばを商品化するの?」
「はい。商品数を増やすために、試行錯誤をしているところです。お客様の反応を見ながら、最終的に判断します」
新しいビジネスを始めることで、さらなる利益を追求していく。店長としては、自然な行動といえる。ずっと同じままでいいという考えでは、衰退の一途をたどっていく。
シラセは口を開いた。
「女性客の多い店だから、黒い焼きそばはきついと思う。華やか、おしゃれな焼きそばを作ったほうがいいんじゃないかな」
真っ黒こげだと第一印象は悪い。見た目のいい焼きそばを作るのは無難な発想だ。
マイも同じ意見だった。
「お客様に出すものとしては、どうかと思う部分はある。食欲のそそられる色で、味の良いもの
をチョイスしていきたいかな」
シノブは顎に手を当てて、少しだけ考え込んでいた。
「そうですね。別のタイプにしましょう」
「シノブちゃん、新しい焼きそばを出すのはどうしてなの?」
「ミサキさんの焼きそばの反応を見ていたら、新しいものに挑戦したくなりました。握手会、サインの利益を投資しようと思います」
報酬として受け取っていたサイン会、握手の報酬は店に収めている。1カ月に100万ペソをもらえる女性に、サイン会、握手のお金は必要なかった。
「これまでの方針を変更して、オリジナル焼きそばを作ることになりました。焼きそば一つ一つから、従業員の味わいを感じられます」
オリジナルは吉と出るのか、凶と出るのか。ミサキにはまったくわからなかった。
シノブは話の方向性を変えた。
「アヤメちゃんはどんな感じですか?」
「元気に過ごしているよ」
当初はびくびくすることも多かったけど、徐々に緩和されていくこととなった。現在は前と変わらず、元気な姿を見せている。
「路上に捨てられていたのは、本当にびっくりしました。アイドル業界の社長は、人間の心を持っていないみたいですね」
「死んでしまえばいいと思ったんじゃない・・・・・・」
「本当にそう思います。地上に二度と出てこないでほしいです」
社長は裁判で、懲役70年を求刑された。情状酌量の余地はなく、厳しい判決を下された。
アヤメの心情を鑑みると、懲役70年はあまりにも軽すぎる。彼女の追った傷は、70年後に消えることは絶対にない。