208章 距離感
ミナギがいなくなったあと、アヤメにストレートな質問をぶつける。
「アヤメちゃんは、強姦されたことはあるの?」
「私は話を持ちかけられたこともなかったよ」
社長に媚を売る=トップアイドルになるための条件ではない。アイドルになるためには、別の要素を求められる。
「体を許すくらいなら、アイドルをやめたほうがいいよ。強姦の傷は一生付きまとうことになりかねないから」
ミサキは小刻みに頷く。
「アヤメちゃん、仕事はうまくできるかな?」
「わからない」
「アヤメちゃん、仕事に不安があるの?」
アヤメは不安が大きいのか、体をぶるぶると震わせていた。
「バンジージャンプのあと、たくさんの悪いうわさを流された。書き込みを見るたびに、心の傷は拡大していった」
ストレス解消のために、心ない書き込みをする人はたくさんいる。他人を攻撃することによる、快楽を得るのを目的としている。
ミサキは優しい手つきで、アヤメの背中をゆっくりとさすった。
「アヤメちゃん、仕事の失敗は仕事で取り返すしかないよ」
「そうだね。依頼してくれた人のためにも、精一杯の力を尽くしていく」
捨てる人もいれば、救ってくれる人もいる。どんな状況であったとしても、すべての人間が敵に回るわけではない。
アヤメは大きな欠伸をする。
「ミサキちゃん、膝枕をお願いしたいです」
「いいよ。すぐに準備する」
ミサキの膝の上に、アヤメの頭が乗せられた。何も食べていない期間の長さからか、以前よりも軽く感じられた。
「ミサキちゃんの膝枕は最高だニャー。とっても気持ちいいニャー。心を洗われているように感じるニャー」
アヤメの猫言葉を聞き、ミサキはくすっと笑った。
「ミサキちゃん、どうかしたの?」
「アヤメちゃんの猫言葉を聞いていたら、懐かしさを感じてしまった・・・・・・」
「前にもこんなことあったね・・・・・・」
「うん・・・・・・」
昔のままのようでいて、昔のままではなかった。いろいろと接したことによって、距離感の変化は確実に変化している。
「ミサキちゃん、無一文でごめんね」
「お金はこれから稼いでいこう」
「そうだね。しっかりと稼いでいくね」
一時的に無一文になっても、実力次第ですぐに取り戻せる。人間は時間が立てば、元鞘に収まるようにできている。