バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第二十四話 それはただの誘拐事件



 ロジィの治癒能力のおかげか、日々進化している医療技術のおかげか。とにかくデニスとサーシスは、無事に生還する事が出来た。重傷だったにも関わらず、その傷もすっかり癒えた二人は、今ではもう退院し、ギルドでの生活を再開させていた。
 あの事件から一か月。国は至って平和である。
「それにしても平和だよね」
「ここまで平和だと暇だよな」
「リリィ姫の影武者任務もないしねぇ」
 休憩室で呑気にお茶を飲みながら、ロジィはデニスとサーシスとともにのんびりと寛いでいた。
 事件を大事にしたくない事から、リリィが誘拐された話も、ライジニアを投獄した話も、公にはされていない。その噂が流れ、一時騒然となってしまったこの町には、救出されたリリィ自らが誤報であると発表し、その事件自体を揉み消してしまった。
 その影響から、事件を起こした上流階級の女達の話も公にはされていないが、国王の方からきちんとした罰は与えてくれたらしい。もちろんその罰とやらが彼女らの罪に見合ったものなのかどうかは知らないが、でもあれから事件は起こっていないし、国は至って平和だから、それはそれでまあよしとしよう。
「それにしても不思議なのは、マシュール王国から音沙汰がない事だよね。だって冤罪で王子様を牢にぶち込んじゃったわけだろ? よく何も言って来ないよね」
「上手く揉み消せたんじゃないのか?」
「揉み消せるわけないだろ。だって王子様を牢にぶち込んじゃったんだから。さすがに温厚な王子様だってキレるだろうし、そうじゃなくてもシンガ君やウィード君が何らかの行動に出るだろうよ」
「謝ったら許してくれたんじゃないのか? だってライジニア王子、温厚王子で有名だし」
「そうかなあ……?」
「そうだろ。デニスとは器の大きさが違うんだ」
「何だと!」
 取り戻せた日常、当たり前のようにいるデニスとサーシス。戻って来たいつもの日々に、ロジィはほっこりと表情を綻ばせる。ああ、幸せだなあ。
「ちょっと、ロジィちゃんからも何か言ってよ!」
「んー……あ、もしかしたらウィードが、本当に何とかしてくれたのかも」
「は?」
「何の話だ?」
 デニスにそう振られたロジィがそう答えれば、デニスとサーシスは揃って首を傾げる。
 しかしその時だった。騒々しい足音とともに、その平和が打ち破られたのは。
「たっ、たたたたいへんだっ、デニスッ!」
「ちょっとラッセル君、乱暴に扉を開けないでくれる? ギルドが壊れちゃうだろ」
 勢いよく飛び込んで来たラッセルに、デニスは溜め息混じりに注意する。
 しかしそれどころじゃないと慌てふためきながら、ラッセルはその報告を続けた。
「呑気にお茶啜ってる場合じゃねぇっての! 今リ……」
「ごきげんよう、皆様。お久しぶりですわ」
「っ!!!」
 ラッセルが状況を説明するより早く、その場に現れた人物に、三人は驚きのあまり勢いよく椅子から立ち上がってしまう。
 長い赤髪に、凛とした桃色の瞳。そして身に纏うのは、国一番の高級なドレス。
 そこに現れたのは他でもない。ヒレスト国の王位継承者にして、次期女王のリリィ姫であった。
「リ、リリィ姫っ?」
「何でこんな所に?」
「一か月も外出禁止なんて、エレナったらマジ鬼畜でしてよ。悪いのはキチガイ女どもであり、私ではありませんもの」
「……」
 突然現れたリリィは世話係に対する不満を口にすると、今度は嬉しそうな笑みを浮かべながらロジィへと飛び付いた。
「それよりもお義姉様! 初めまして、あなたの可愛い妹、リリィと申します。こうしてお会いしてお話出来る日を、ずっと楽しみにしておりました!」
「え? あ、えっと……?」
 突然の事に戸惑うロジィになど気に留める由もなく、リリィはそう名乗ると、今度はロジィの両手をキュッと握り締めて来た。
「本当はもっと早くお会いしとうございましたが、あの口煩いお父様の血を受け継いでいるお義姉様の事です。私がお義姉様のお姿をお借りして町で遊んでいるなどと知ったら、止めろ、止めろと口煩く言うに決まっています。それ故にお義姉様には本当の事をお話する事が出来ず、ゴンゴの皆様にも口止めをさせて頂きました。こんな遊び盛りの妹を許してね」
「……」
 何か、思っていたお姫様と違う。
「でもでも、やっぱりリリィは後悔しております。だってこんなにも早くお義姉様とお別れしなければならない日が来るなんて、思いもしませんでしたもの。こんな事ならもっと早くお義姉様にご挨拶をし、仲良し姉妹のあれこれをやってみたかったです!」
「え、お別れ?」
 お別れとは何の話だろう? まだ発表はされていないが、どこかに留学でもするのだろうか。
 しかしロジィが、そんな事をボンヤリと考えていた時だった。
「デ、デニスさん! 大変、大変だよぉっ!」
 バタバタと騒々しい足音を立てながら、今度はシフォンが飛び込んで来る。
 しかしシフォンがその大変な報告を口にするより早く、その大変な人物が部屋に飛び込んで来た。
「ロジィィィッ!」
「ロ、ロイ国王陛下っ?」
 まさかの国王の登場に、ロジィは悲鳴にも似た驚愕の声を上げる。一体何だ。何の騒ぎなんだ。
「すまない、ロジィ! 不甲斐無い父親を許しておくれ!」
「何をなさっているのですか、国王陛下! 勝手な行動はお慎み下さい!」
 何故、こんな一般ギルドに、こんなにも沢山の城の重鎮達が集まって来ているのか。
 国王に続き、沢山の兵士を引き連れてやって来たエレナは、ロジィの前でその沢山の兵士達とともに一斉に跪いた。
「お迎えに上がりました、ロジィ姫」
「はあ? 姫ぇ?」
 まさかの呼称に、ロジィだけではなく、その場にいたゴンゴの仲間全員が驚愕の声を上げる。
 本当に一体、何がどうなっているんだ?
「やあ、みんな久しぶりー」
 そんな混乱の中、今度はのほほんとした声とともに、マシュール王国の重鎮達が姿を現す。
 その重鎮こと、ウィードとシンガを従えてやって来たライジニアに気が付くと、リリィは不思議そうに首を傾げた。
「あら、ごきげんよう、ライジニア王子。今日は何故こちらに? 城でお待ち下さるように申し上げたハズですが?」
「ごきげんよう、リリィ姫。お気遣いには感謝致しますが、彼女を迎え入れたいと申したのは私どもなのです。それなのにその私どもが、城でのほほんと彼女の到着を待っているわけには参りません。むしろ、こちらから迎えに行くというのが筋ではありませんか」
「あ、あのー、一体何のお話でしょうか?」
 正に混沌としたこの状況に、ゴンゴのリーダーとして、デニスがそろそろと手を上げて質問する。
 するとライジニアは、「えっ?」と驚いたように目を丸くした。
「あれっ? ウィード、もしかして何も言っていないの?」
「はい、時間がなかったもので」
「ええー、そうなのー?」
 てっきりもう話が通っているモノだと思ったよーと、困ったように溜め息を吐くと、ライジニアは今でいいから説明するようにと、ウィードを促した。
「ロジィ」
「え、な、何……?」
 ツカツカと歩み寄り、目の前でニッコリと微笑むウィードに、ロジィはビクリと肩を震わせる。
 一見ニコニコと笑っているように見えるが、何故だろう、何か嫌な予感しかしない。
「あなたのお父上の勘違いによって、ライジニア王子が地下牢に投獄されてしまった事は、覚えておいですか?」
「え、あ、はい、覚えています、けど……?」
「ライジニア王子は、我が国の次期国王となるお方だ。つまりとっても偉いお方なんです。そんなお方を誤って投獄するなど、本来は絶対に許されない行為だ。国際問題となり、同盟を破棄されたとしてもおかしくはない。ですが、あなたを私の婚約者としてマシュール王国に引き渡す事を条件に、この度の王子への無礼は不問と致す事となりました」
「え……? え?」
 え、ちょっと待って。何、婚約者? え、どういう事?
「すまない、ロジィ! 国を守るためにはマシュール王国からの条件を飲まなければならなかったんだ! 申し訳ないが、大人しくウィード殿と結婚してくれ!」
「え、えええええええ?」
 結婚っ? 嘘だろ? 私、まだまだ遊びたい盛りなんですけど!
「ウィードってば、リリィ姫に変装していたキミに一目惚れしちゃってさあ。あの女の子は誰なんだって、ずっと捜していたんだよね。それなのにようやく見付けたその影武者が、ウィードが不審者扱いした上に、ぶった斬ろうとしちゃったキミだろ? 何とか謝って好意を伝えたくても、ウィードの性格上難しくてさ。それでもウィードが、どうしてもキミが欲しいって言って聞かないから、どうしようかって悩んでいたんだよね」
「そしたら丁度、オレと王子が誤って投獄されちゃっただろ? だからそれをネタに、ロイ国王様を強請ってロジィを貰い受ける事にしたんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何、その話? そんなの勝手過ぎるよ!」
 自分の意志など関係なく、国の平和のためにウィードと結婚してマシュール王国へ行けだって? 
 何だそれ。そんなの勝手過ぎるだろ!
「は? 勝手だと?」
「っ?」
 しかしそんなロジィの意見に対して、ウィードが冷たい声で反論する。
 その声に思わずビクリと肩を震わせてからおそるおそる振り返れば、ニコヤカ過ぎる程ニコヤカに微笑むウィードと目が合った。
「オレは将来、国王陛下の側近となる偉い身分の者です。そしてあなたは一般人といえど、ロイ国王陛下の血を引いており、我が国も喉から手が出る程欲しがっている、治癒能力の持ち主だ。そんなあなたを、この偉い私が貰うのです。マシュール王国のモンクシュッド国王とてよからぬ事は考えにくくなりますし、我が国とあなたの国の争いは避けられるばかりはでなく、その絆はより強固なモノとなります」
「そ、それはそうかもしれないけど、わ、私の気持ちはどうなるって言って……」
「は? あなたの気持ち? あなた、私の事が好きだとおっしゃいましたよね? あなたはこれで私の未来のお嫁さんです。あなたの気持ちは尊重されていますが、何かご不満でもあるんですか?」
「いや、それは言……いましたっけ?」
 言う前に冷たく切り捨てられたような気がするが、気のせいだっただろうか?
「あなたの国がとんでもない失態を犯したにも関わらず、私の国とあなたの国の絆は強くなり、同盟破棄の危機も脱した。争いも起こらず、これから先も今までと変わらぬ平和が続く上に、私とあなたの恋も実った。みんなが幸せとなれる結末です。それなのに、あなたはこれのどこが勝手だとおっしゃるんですか?」
「いや、それは、その……」
「それよりもロジィ。これは一体どういう事ですか?」
「え?」
 そう言ってウィードが懐から取り出した物。それはお茶会の時、彼がリリィに変装していたロジィの髪に付けた、白い花の髪飾りであった。
 これはウィードがリリィのためにと買って来た物だから、彼女に渡して欲しいとエレナに頼んでおいたハズなのだが……何故、それがウィードの手元にあるのだろうか。
「お義姉様ったら、とんだお茶目さんですわ。それはウィードがお義姉様に差し上げた物ですのに、私への贈り物だと勘違いしているんですから」
「え?」
 その声に、ロジィは視線をリリィへと移す。
 キョトンとしながら首を傾げるロジィに、リリィはニコニコと微笑みながら言葉を続けた。
「お姉様がウィードを好いていらしたのも、ウィードが『リリィ』に好意を持っていたのも、私は知っておりましたよ。ですから何だかんだ言って、お茶会にはお義姉様が参加するように取り計らいましたのに。それなのにお義姉様ったら、せっかくウィードがお義姉様にと選んで来た贈り物を私に寄越すんですもの。ですからそれは、きちんとウィードに返しておきました」
「え?」
 リリィが真相を語ったその瞬間、ウィードにガッシリと肩を掴まれた。
「私からの贈り物はお気に召しませんでしたか?」
「え、あ、い、いや、そうではなくて、ですね……」
 怖い、怖い、怖い、怖い。
 ニッコリと微笑むウィードのその目が怖い。
「私からの贈り物をリリィ姫に差し上げるとは、妹思いのお姉様ですね。ねぇ、ロジィ?」
「あ、あの、だから、それは、その、私じゃなくって、リリィ姫に差し上げた物だと思って、ですね?」
「あなた、本当にいい加減にしやがって下さいよ。あの時私は既に、『リリィ姫』があなたであると気が付いていたと言ったでしょう? それなのに何故、それがリリィ姫への贈り物だと思うのですか?」
「そ、それはその、だから、あの、演技だと、思って、その……」
「いいでしょう、言い訳の続きは馬車の中でたっぷりと聞きます。さあ、行きますよ、ロジィ。あなたを迎える準備に一か月も掛かってしまったんだ。今まで会えなかった分、これからたっぷり愛してあげますからね……ベッドの上でな!」
「ひぃぃぃぃっ!」
 掴まれた肩をそのまま引かれ、無理矢理連れて行かれそうになったロジィは引き攣った悲鳴を上げる。
 そして今まで一緒に育って来た幼なじみへと、必死に助けを求めた。
「サーシス! サーシス助けて!」
 そんな彼女と目が合うと、サーシスは瞳に浮かんだ涙をそっと拭った。
「おめでとう、ロジィ。恋が実って良かったな」
「何言ってんの!」
 違う、そうじゃない! 助けてくれ!
「正直寂しさはある。物心付いた頃から、お前とはずっと一緒に育って来たんだ。しかしだからと言って、オレが引き止めるわけにもいくまい。お前はこれから、お前自身の恋を叶えるのだから。だからその……ううっ、た、たまにはオレの事も思い出してくれよな……ぐすっ!」
「違う! 違うよ! これは感動の別れのシーンじゃなくって、ただの誘……」
 バタン。
 ついさっきまでの穏やかな日常は夢か幻だったのか。
 ロジィが全てを言い切る前に、その日常へと繋がる扉が無情にも閉められる。
 そしてそのまま、ロジィは有無を言わさずマシュール王国へと誘拐されて行ったのである。

しおり