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第二十三話 信頼の結果



「そこまでだ! 全員武器を捨てて手を上げろ!」
 そういえば仲介人のところに行ったヤツ、帰って来るの遅くねぇか?
 男達が不安そうにその話を始めた時、突然、リビングの扉が勢いよく蹴り開けられた。
 突然の展開に男達が驚く中、先陣を切って突入して来たその人物に、彼らは更なる驚愕の声を上げた。
「なっ、お、お前は確か、リリィ姫の……」
「世話係、エレナ?」
「な、何でお前がこんな所に?」
 銃を片手に突入して来たのは、リリィ姫のお世話係兼護衛係のエレナであった。
 こんな所に来るハズのない人物の登場に狼狽える男達には構わずに、エレナは引き連れて来た兵士達に、彼らを捕えるように命じた。
「くそっ!」
 次々と捕まって行く仲間達を前にして、ロジィの頬を叩いていた男は、その果物ナイフをしっかりと握り締める。
 そして傍らで縛られたまま倒れているロジィへと、乱暴に掴み掛った。
「お、お前らこそ動くな! こっちには人質が……」
 しかし男がロジィを捕える前に、ロジィが動いた。
 エレナに気を取られた男の隙を突くと、彼女は両足を振り上げ、その両足で男の頭部を挟み込み、そのまま引き倒す形で男の脳天を床に叩き付けた。
「が……っ!」
 まさかの反撃に受け身が取れず、床の上でのた打ちまわる男を見下ろしながら立ち上がると、ロジィは早々に外しておいた縄を、男の上にポイッと投げ捨てた。
「ロジィ!」
 その声に、ロジィはハッとして顔を上げる。
 もしかして心配してくれていたのだろうか。顔を上げたその先では、険しい顔をしたウィードが、物凄いスピードでこちらに走り寄って来ていた。
「あ、ウィード。あの、えっと……」
「貴様、何のつもりだ?」
「え……?」
 危険な目に遭わせてすまなかった、でも無事で良かった、ロジィ……と、しっかりと抱き締めてくれるかもしれないと、期待していた自分が悪かったのだろうか。再会するなり突然、怒りの眼差しを向けられたロジィは、一体何が悪かったのかと首を傾げた。
「何のつもりかと聞いている?」
「え? え……?」
 何のつもりかと聞かれても何の事だか分からない。動機も真犯人も聞き出したハズなのだが……あ、もしかして上流階級の女の誰の仕業なのか、名前まで聞き出すべきだったのだろうか。
「違う! あの男を倒すとはどういうつもりなのかと聞いているんだ!」
「……え?」
「その上で何なんだ、これは! どうやって自分で縄を解いたんだ!」
「どうって……友達に忍者がいて、その子に縄抜けのやり方を教えてもらって……」
「縄抜けだと? ふざけるな! やり直せ!」
「え、ええええ?」
 わざわざ縄を拾い、鬼気迫る表情でにじり寄って来るウィードの思惑が分からない。
 すると後からやって来たラッセルが、のほほんと笑いながらウィードの肩を叩いた。
「な、ウィード。助けなくっても大丈夫だっただろ?」
「ああ、最悪だ。本当に最ッ悪だ!」
「……」
 なぜ、こんなにも文句を言われなくてはならないのか。解せぬ。
 しかしそんなウィードに対して、いい加減にロジィが文句の一つや二つを言おうとした時であった。
 この場にいた全ての男を取り押さえたエレナが、三人の前にやって来たのは。
「みなさん、リリィ姫救出と犯人確保のご協力、ありがとうございました。感謝致します」
「ああ、エレナ殿。こちらこそ、ご協力感謝します」
 ビシッと敬礼で挨拶をするエレナに、ウィードもまた敬礼で返す。
 そういえば何故、ここにエレナがいるのだろうか。
「エレナ殿に協力を要請したんだ」
「え?」
 不思議そうに首を傾げるロジィから、彼女の疑問を読み取ったのだろう。ウィードは、エレナがここにいる経緯を簡単に説明した。
「エレナ殿は高い位を持った方だが、一般人に好意的だった。だから話さえすれば、オレ達に力を貸してくれると思ったんだ」
 確かにエレナは他の高位にある者達とは違い、一般人を自分達と対等に見ていたし、一般人を見下している他の上流階級の者達の事を嘆いていた。だからそんな彼女であれば協力してくれるのではないかと、ウィードは考えたのだ。
「エレナ殿と話をさせてくれるのなら、リリィ姫の居場所を教えると、兵士と交渉したんだ。彼らはオレがロジィを人質に取っていると思っていたから、大人しくオレの条件を飲んだ。そしてエレナ殿と面会する事が出来たオレ達は、彼女に軽い状況説明と、リリィ姫の居場所を伝えた。もちろん最初はエレナ殿も半信半疑だったが、倉庫付近にいた実行犯を捕え、リリィ姫を救出出来た事によって、オレ達の事を完全に信じてもらえる事が出来た。そして彼女に詳しい状況説明と作戦内容を伝え、協力してもらったんだ」
「オレ達の話なら信じてもらえなくても、エレナさんの話だったら城のヤツらも国王様も信じるだろうし、彼女だけじゃなく、これだけ沢山の兵士に実行犯の自白を聞かせれば、真犯人も言い逃れは出来ないだろうってウィードが言ってさ。だからお前が眠っている間にリリィ姫を助けたオレ達は、エレナさん達とともに、お前や実行犯を待機させておいたこの隠れ家に来た。そして見張りのヤツや、やって来た仲介人を捕えた後、家の中に潜入し、実行犯の自白を聞く準備を整えておいたんだよ」
「お前を狙っていた動機と、その真犯人には驚かされたけどな」
「そう、だったんだ……」
 つまりウィードは、実行犯が確実に真実を語る状況を作り出し、それを国王からも信頼の厚いエレナに聞かせる事が目的だったのだ。
 なるほど、確かにこの方法なら、上手く真犯人を捕まえる事が出来そうだ。
「ウィード殿とラッセルさんがお話された通りです。ここにいた男達の話は全て聞かせてもらいました。ロジィさんには、上流階級の者達が大変なご迷惑をお掛けしてしまいました。二度とこのような事が起きぬよう、事件に関わった者は全て厳重に処罰致します。誠に申し訳ございませんでした!」
 そう言うや否や、エレナはロジィに対して勢いよく頭を下げる。
 そんな彼女に対して、ロジィは慌てて首を左右に振った。
「い、いえ、そんな、とんでもない! 特に私は何もされていませんし。それよりも私のせいでリリィ姫を巻き込んでしまいました。こちらこそごめんなさい」
「いえ、姫がサーシスさんに手伝わせて城から抜け出し、勝手にあなたの姿を借りてしょっちゅう町で遊んでいた事は私も知りませんでした。これは私の監督不行き届きのせいです。姫には私からガッツリとお灸を据えておきますので、どうぞあなたはお気になさらずに」
「……」
 ニッコリと微笑むエレナの、その笑顔が怖かった。
「それでは私は現場の後始末がありますので。これで失礼します」
 ビシッと敬礼で挨拶をすると、エレナはその場から離れ、部下である兵士達に指示を出しに行く。
 すると今度はウィードが、静かにその場から立ち去ろうとした。
「あ、あの、ウィード」
「どうした? お前は、デニス達を早く助けに行きたいんじゃないのか?」
「いや、そうなんだけど……」
 ロジィに呼び止められたウィードは、不安そうに瞳を揺らすロジィに、不思議そうに首を傾げる。
 これでようやくデニスとサーシスを助けに行けるのだ。それなのに何をそんなに不安そうにしているのだろうか。
「その……ライジニア王子は、やっぱり無実だったんだよね?」
 その問い掛けに、ウィードは不機嫌そうに眉を顰める。今更何を言っているのだろうか。そんなの当たり前じゃないか。
「今回の事件は、ヒレスト国の上層部の女達が、お前に嫉妬して勝手に起こした事件だ。王子だけじゃなく、マシュール王国自体が無実。お前もそう聞いていただろう?」
「そ、そうだよね……。って事は、やっぱり怒るよね?」
「は? 何が?」
「だって勘違いで王子様を地下牢に閉じ込めたんだもの。王子様はもちろんの事、マシュール王国のみんなが怒るよね?」
「……」
 もともと、同盟の存続が危ぶまれていた国同士だ。特にマシュール王国のモンクシュッド国王は、同盟などさっさと破棄し、ヒレスト国を支配下に置きたいと考えている。
 そして今回、ヒレスト国の勘違いという情けない理由で、マシュール王国の王子にリリィ姫誘拐の罪を着せ、地下牢に閉じ込めてしまった。
 だからこれを機に、マシュール王国が怒って同盟関係を解消し、ヒレスト国に攻め込んで来てもおかしくはない。
「大丈夫だ」
「え?」
 もしかしたらこの事件がきっかけで、二国の間で戦争が始まってしまうのではないだろうかと、彼女は不安に思っているのだろう。しかしそんなロジィに柔らかい笑みを浮かべると、ウィードはロジィの額にそっとキスを落とした。
「……っ!」
 突然の事に驚いて、顔を真っ赤にしながら目を白黒させているロジィに、自然と口角が吊り上る。
 そんな男慣れしていないロジィの黒い髪に触れながら、ウィードは更に言葉を続けた。
「お前が不安に思っているような事は起こらない。この先も二国の同盟はずっと続く。大丈夫だ。お前はオレを信じて待っていてくれればいい」
「ウィード……?」
「その髪飾り、やっぱりお前の黒い髪によく似合っている」
 リリィ姫だけが得られると思っていた、ウィードの柔らかい微笑み。それを紛れもなくロジィに向けてから、ウィードは一足早くその場を後にする。
(何で、こんなに私ばっかりが振り回されなくっちゃいけないんだろう……?)
 ウィードが自分に見せる行動や言動、そしてその時々に見せられる彼の表情。
 それにドキドキさせられたり、イライラさせられたり、そしてまたドキドキさせられたり。
 何故、自分ばかりがこんなにも感情を左右させられなくてはならないのだろうか。何かちょっとだけ悔しい。
(でもそれが嬉しいって思ってしまうあたり、やっぱり私ってダメなんだろうなあ)
 そんな自分自身に呆れて溜め息を吐くと、ロジィはさっきまでウィードが触れていた、自身の髪にそっと触れる。
 カツンと手に当たるのは、ウィードがくれた白い花の髪飾り。
 それをそっと髪から外すと、ロジィはまだ近くにいるだろうエレナの姿を捜した。

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