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第二話 偽物姫の秘密


 リリィに変装する時、ロジィはまず髪の色から変える。この黒を落として、リリィと同じ赤に戻してもいいのだが、染めたり落としたりを繰り返すのは手間だし、何より髪が傷む。だからロジィは黒い髪はそのままに、上から赤い鬘を被る事によって髪の色を変える。
 髪が終わったら次は目だ。リリィは今のお妃様、ルビリア王妃譲りの桃色の目をしている。色はお妃様似だが、形は幸いにもロジィと同じく父親似だ。だからこうして桃色のカラーコンタクトを入れてニッコリと微笑めば……うん、どこからどう見てもリリィ姫だ。
「ロジィ、このペンダントを付けてくれ。発信機だ」
「うわあっ? ビ、ビックリした!」
 鏡を見てニコニコと微笑んでいたその時、突然後ろに現れたサーシスに、ロジィは飛び上がるようにして驚いた。
 今は変装中(着替え中)だぞ。何故、ノックもなく勝手に入って来たのか。
「せめて、ノックくらいしてもらえる?」
「気にするな。幼なじみの仲じゃないか」
「サーシスは幼なじみに何の権限があると思っているの?」
 恋人、もしくは同性の家族や友人と同じ括りだとでも思っているのだろうか。だとしたら考えを改めて頂きたい。
「それにしてもいつ見ても見事なモノだな。これでドレスを着てメイクを施せば、どこからどう見てもリリィ姫だ。腹違いでもそんなに似るモノなんだな」
「あの人の遺伝子がきっと濃いのよ。私もリリィ姫も、目の色はそれぞれの母親似だけど、目の形や髪の色、髪質まで全部父親似だもの。最悪だわ」
「最悪言うなよ。国王様が可哀相だろ」
 あれでもお前の事ちゃんと考えておられるんだぞ、と苦笑を浮かべるサーシスは、ロジィとは幼なじみの関係にあり、彼女の正体も過去も全て知っている数少ない人物である。
「でも確かに髪と目の色を変えただけでここまで似てしまうのなら……うん、確かにペニーさんは、お前の髪の色だけでも変えようとするだろうな」
 ロジィが被る赤い鬘を見つめながら、サーシスは納得するようにして頷く。
 長くて黒い髪に、凛とした漆黒の瞳。それがロジィのいつもの姿だ。出会った時からそうであり、常にその外見であるのだから、周りの者はみんな、それが彼女の真の姿だと思っている。当然、それが偽りの姿だと疑う者は一人もいない。
 しかし、実はそれは違った。目の色は確かに彼女の本来の色であるが、髪の色は黒じゃない。
 ロジィの本当の髪の色は赤。父親であるロイから受け継いでしまったその色を、ロジィは染める事によって敢えて黒にしているのだ。
 いくら王族がペニーとロジィを田舎の島に追放し、王家の歴史から無かった事にしたとはいえ、一度は民間人出身のお姫様として、世間に知られてしまった身だ。追放された島で静かに暮らしていたとしても、誰かが自分達の情報を搔き集め、その居場所を突き止めてしまうかもしれない。
 もちろん二人の追放先は公表されなかったし、二人の行き先を探す行為も禁止されてはいたが、でもだからといって、みんながみんなルールを守るわけではない。
 もしもそういった行為で彼女達の居場所がバレてしまえば、彼女達は好奇の目に晒される事になる。
 しかもロジィは王家の血筋の者だけに継承される、治癒能力の持ち主だ。その居場所がバレれば、その力を狙う悪人に危害を加えられてしまうかもしれない。
 だからペニーは娘の身を守るため、彼女の髪の色を変える事にしたのだ。
 赤だろうが何色だろうが、全てを塗り潰す事の出来る漆黒の色に彼女の髪を塗り替え、その正体が周囲にバレる事を防ごうとしたのである。
「そうよ、母さんは私の正体を必死に隠そうとしていたのよ。だから私の髪も、幼い頃は頻繁に黒に染めてくれていた。それなのに……」
「ああ、お前の秘密をオレが知ったのは、偶然だったな」
「偶然じゃないよ」
 うんうん、と懐かしそうに頷くサーシスに、ロジィは白い目を向ける。
 年も近く、物心付いた頃には既に仲の良かったロジィとサーシスは、いつも一緒に遊んでいた。だからその日もサーシスはロジィと遊ぼうと、彼女を家まで迎えに行ったのだ。
 しかし何を勘違いしているのかサーシスには、『幼なじみの家、もしくは部屋には勝手に入ってもいい』という謎のルールがあった。
 そしてその問題の日、勝手に家に上がり込み、部屋の中までやって来たサーシスは、そろそろ頭頂部から赤くなって来たその髪を黒く染めようとしている、ロジィの姿を見てしまったのである。
「何を勘違いしたのか知らないけど、「ロジィの頭から血が出てる!」ってあなたが大騒ぎし始めて。母さんもあなたには真実を教えちゃったのよね」
「そうだ、そのせいでオレはペニーさんから真実を知らされるハメになったんだ。お前の重い秘密なんか知りたくもなかったのに。いい迷惑だ」
「何が迷惑よ。自業自得じゃない」
 謎ルールはあったものの、サーシスとロジィはまるで兄妹のように仲が良かった。だからペニーもサーシスの事は信頼していたのだろう。「あなたにならロジィの秘密は教えてもいいかもしれない。だからこれからもロジィの事をよろしくね」と頭を下げてから、ペニーはサーシスにロジィの秘密と正体を話したのである。
「あの話を理解するのに、一週間は掛かったぞ」
「サーシスっては考え過ぎで、熱出して倒れちゃったもんね」
 ロジィの言う通り、サーシスはその話を聞いて幼いながらの葛藤や悩みに苦しめられ、熱を出して倒れたりしたのだが。
 しかしそれでも何とか受け入れて、彼女の秘密をともに守ってくれているのである。
「しかしまあ、幼なじみとしてのよしみだ。自業自得ではないが、お前の秘密くらい一緒に背負ってやろう」
「わあ、ありがとう、サーシス。さすがギルド・ゴンゴで一番のイイ男っ」
「ははは、そうだろう、そうだろう。ありがとう、もっと言って」
 ニコニコとわざとらしい笑顔で褒めてやれば、サーシスもまたわざとらしい笑顔で礼を述べる。
 そんなくだらないやり取りを終えてから、ロジィはサーシスの持って来てくれたペンダントを手に取った。
「ところでサーシス、発信機って?」
「ああ、今回の任務、オレ達ゴンゴの者は同行しない事になった」
「えっ、何でっ?」
 ゴンゴの仲間は同行しない? え、何故?
「城の騎士団がオレ達の同行に反対したんだ。マシュール王国を相手にするのに、オレ達一般人はいても邪魔なだけだそうだ。敵を欺くには、まずは味方からという事で、騎士団にはお前がリリィ姫と入れ替わる事は知らされていないからな。姫は自分達が守ると張り切るあまり、オレ達一般人の同行を拒否したんだそうだ」
「え、でも、私は捕まらなくっちゃいけないんでしょ? 本気で守られたら困るんじゃないの?」
 リリィに扮したロジィがわざと捕まる。そしてマシュール王国が使っているアジトを見付け出し、ヤツらを一掃する。
 それがロイの考えた作戦だったハズだ。
 それなのに何も知らない騎士団に、ロジィが守られるのは困るのではないのだろうか。
 ロイは騎士団のその申し入れを許可したのだろうか。
「だから、その発信機だ」
「え?」
 そう疑問に思うロジィの手にあるペンダントを、サーシスはそっと指差す。
 そうしてから、サーシスは今回の作戦の変更点を説明した。
「騎士団が本気でお前を守ろうとすればする程、敵はお前が本物だと思い込む。敵の目を欺くためにも、国王様は今回の騎士団の申し入れを受け入れた。だが、今回の作戦はお前が囚われるところにある。お前は出来るだけ自然に囚われるように努めてくれ。その後、国王様が最も信頼している女騎士、エレナ殿率いるヒレスト国軍と、ゴンゴの選抜チームが、その発信機を頼りにアジトを見付け出し、一気に攻め込む手筈だ」
「分かった。じゃあ私は、迎えが来るまで大人しく捕まっていればいいの?」
「ああ、そうだ。オレとデニスは本物のリリィ姫の護衛に付くから、お前の迎えはラッセルが行く事になっている。ラッセルが迎えに来たらさっさと脱出し、マシュール王国のアジトの壊滅に加わってくれ」
「分かった」
「ああ、でも……」
 そこで一拍置いてから。サーシスは念を押すように言葉を続けた。
「お前はラッセルが迎えに行った後も、指示があるまで決して正体は明かすな。今回の相手は大国、マシュール王国だ。完璧にリリィ姫に化けられる者がいるとヤツらに知られるのは、こっちに取っても痛手となるからな。さすがに命の危険を感じたらそうも言ってはいられないが、でもそうじゃない限りは何をされても決して反撃はするな。いいな?」
「そう念を押されると何か緊張しちゃうけど……。でも分かったわ。今回だって最後まで上手にリリィ姫を演じてみせる。任せてよ」
「ああ、期待している」
 ロジィの返事に満足そうに微笑んでから、サーシスはその部屋から立ち去って行く。
 パタンと閉じられたその扉。
 サーシスが部屋から退出したのを確認すると、ロジィはリリィになるための、最後の仕上げへと取り掛かった。

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