バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第一話 偽物姫の影武者任務


 城というのは何と華やかで煌びやかなモノであろうか。国一番のただ大きいだけの建物であり、高価な装飾品や芸術品が所々に無駄に多く飾られている。
 そこで働く者や生活する者の多くも、お金を掛けているせいか、外見だけは美男美女揃いで美しい。
 高い地位になればなるほどに高価な物となる彼らの衣装。彼らが物言わぬロボットであるのなら、それはそれは目の保養となるのだろう。
「……」
 国王の待つ謁見室。そこへ向かう途中、上流階級の女性達に蔑むような目を向けられた。
 わざとらしく口元を押さえてパタパタと目の前の空気を払い退ける者もいれば、汚らわしいと言わんばかりに表情を歪めながら立ち去る者もいる。中にはバカにしたような笑みを浮かべながら、聞こえないように悪口を言い合っている者さえもいた。
(何よ、運良くお金持ちのお家に生まれただけじゃない。それだけで自分達が偉いって勘違いしてるんだわ。ムカツク)
 憎悪しか感じられない彼女らの視線に合わぬようにして、ロジィは下を向いて歩く。
 彼女ら上流階級の人間は、一般市民を見下していた。王族や貴族の血が混じる自分達は偉い存在であるとお高く留まり、その下で生活をしている一般市民を下等だ何だのとバカにして見下している。
 だから一般市民の分際でありながら国王に気に入られ、こうして直々に呼ばれている自分達の事が、彼女達は気に入らないのだ。
 そして気に入らないからこそ、こうやってわざとらしい態度を見せて、自分達に嫌がらせをしてくるのである。
(くそっ、忌々しい)
 一般市民の多くは知らない、城の人間達の闇の部分。しかしそれに晒され、ロジィが心の中で悪態吐いた時だった。
「ごらん、ロジィちゃん。お城のご婦人方が僕に好意の目を向けているよ。いやあ、こうして女性陣の熱い視線を浴びながら城内を歩くのは、何度やっても気持ちのいいモノだねぇ」
「……」
 何をどう捉えたら、この軽蔑の視線が好意の眼差しに見えるのか。
 茶色のマントを翻し、黒色のサラサラロングヘアーを靡かせながら前を歩く年上の男に、ロジィは呆れた眼差しを向けた。
「あんな風に微笑まれちゃうなんて、やっぱりモテる男は辛いよなあ。でもそれ以上に辛いのは、僕に寄せられるこの数多の好意の中から、たった一つを選ばなくっちゃならない事だ。あそこで僕を見ながらお話をされているのは、僕よりかなり年上のお姉様方だけれど……うん、問題ない、守備範囲内」
「……」
 何が守備範囲内だ、偉そうに。逆にお姉様方から見たら、お前なんか守備範囲外だ。
 紫紺色の切れ長の瞳をだらしなく緩ませ、満足そうに微笑んでいる低身長のリーダー、デニスに、ロジィは溜め息を吐いた。
「あのね、デニス、いつも言っている事なんだけれど……」
「デニス、お前には一体何が見えているんだ?」
 しかしロジィがそれを口にするより早く、デニスの隣を歩いていた青年が先にその間違いを訂正する。
 金色の髪をオールバックに固めた、肉付きの良い体格をしている青年、サーシスは、黒縁丸眼鏡の奥にある呆れた眼差しを、勘違い男こと、デニスへと向けた。
「どこをどう見たらそう見えるんだ? お前はポジティブに捉え過ぎだ。もっとよく見てみろ」
 呆れたように溜め息を吐いた彼、サーシスは、その青い視線を、向こうで冷たい視線を向けている二人の女性へと移した。
「どう見ても、オレに好意を向けている」
「違うわ! あんたもポジティブに捉え過ぎだわ!」
 問題は、彼女らが好意を向けているのは誰かというところではない。そもそもその眼差しが、好意ではなくて軽蔑だというところである。
 しかしそう主張するロジィの声など聞こえているのかいないのか。サーシスは自身のその金色の髪を、崩れないように優しく撫で上げた。
「それよりもロジィ。今日のオレの髪に乱れはないだろうか? 今日は城に行く日だったからな。朝からワックスでガッチリと固めて来たのだが……どうだ、イケているだろう?」
「うん、イケてる、イケてる。乱れるどころか、全部ガチガチに固まってるよ」
 心底どうでもいい。
 女性達の眼差しの意味を説明する事を諦めたロジィは、サーシスの頭を見る事もなく、適当にそう答えてやった。
「確かに毛は一本も乱れていないけど。でもサーシス君、何なんだよ、そのガチガチの頭は。いつもはテカテカしていない頭が、今日はワックスでテッカテカになっていて気持ち悪いよ」
「何を言う。今の流行りは一糸乱れぬガッチリ固めだ。風くらいで靡くなど以ての外。そしてこの頭の良くなる黒縁丸眼鏡。インテリ好き女子には堪らないだろう」
「何を言っているんだい、それくらいで頭が良くなるわけがないだろう。それよりも今も昔も人気なのは、このサラツヤストレートロングヘアーだよ。見てよ、この女子もが羨む艶やかな黒髪を。オーガニックシャンプーで日々ダメージケアしている努力の賜物さ」
「何をしようが、おっさんは守備範囲外だろう」
「誰がおっさんだ! 口には気を付けな、この若造がッ!」
 僕の方がモテる、いいやオレの方がモテると、どうでもいい言い争いをするリーダーと幼なじみの二人に、ロジィは彼らの背後で頭を抱える。
 上流階級の女性陣が向ける、蔑んだ眼差し。それが理不尽で、不愉快だったハズなのに。
 それなのに何故だろう。彼女らに蔑まれて当然だと、そう思ってしまったのは。
「失礼します」
 そんな冷ややかな視線の間を通り抜けて、ようやく辿り着いた謁見室。
 扉を開ければ、そこに広がるのは無駄に広くて豪華な部屋。そしてその無駄に奥行のある部屋のわざわざ一番奥で、これまた無駄に豪華な椅子に腰を下ろしている赤髪赤目の中年男性。
 そう、この立派な衣装に身を包んだ彼こそが、我が『ヒレスト国』の国王陛下、ロイ王様である。
「ごきげんよう、国王陛下。この度はお招き頂き感謝致します」
 ツカツカとロイ国王陛下の前に歩み出たデニスが跪き、恭しく頭を下げれば、それに倣うようにしてロジィとサーシスもまた頭を下げる。
 ロイの後ろに仕える兵士の何人かが、やはり一般人である自分達を汚らわしげに見下ろすが、デニスもサーシスもそんな事は気にしない。
 何故なら彼らが気にするのは女子の視線だけであって、男にどう思われようが何の興味もないからである。
「こちらこそキミ達の働きには感謝している。楽にしてくれて構わない。早速話を始めよう」
 彼らに姿勢を崩すようにと命じると、ロイは側近である宰相だけをその場に残し、他の兵士達を退出させた。
「敵を欺くには、まずは味方にも真実を知られるわけにはいかないからな。さて、早速依頼の話であるが、今回もまたロジィにリリィの身代わりをお願いしたい」
 ロイが度々彼らをこの城に招く理由。それは国王の一人娘であり、次期王位継承者となるリリィ姫の身を守るべく、その囮役をロジィに依頼するためであった。
「近々アーリア国で開かれる舞踏会に、我が国からはリリィ姫が招かれているのだ。アーリア国と我がヒレスト国は、長年に渡って友好的な関係を築けておる。その関係をこれからも続けるためには、姫にアーリア国の舞踏会に参加してもらわなければならない。しかし彼女は次期女王であり、私のこの力の唯一の継承者。その力を目的とし、彼女の遠出を狙って襲い掛かって来る者も少なくはない」
「ええ、分かっております。だからこそ、このロジィを姫様の影武者とし、敵の注意を偽物の姫、ロジィへと集中させ、本物の姫様を安全にアーリア国に届けようという事ですね」
「その通りだ、デニス。それに今回は、アーリア国の第三王子とリリィの婚約の話も出ておる。それが実現すれば、我らがヒレスト国とアーリア国の絆はより強固なモノとなるのだ。そのためにも、リリィには何としてでも時間通りにアーリア城に着いていてもらわねばならない。危険な仕事ではあるが、ロジィにリリィの替え玉を任せたい。もちろん成功した暁には、多額の報酬を約束しよう」
「お任せ下さい」
 多額の報酬というフレーズに、デニスの目が輝いた気がしたが、それについては触れないでおこうと思う。
「何せこのロジィ、何故がリリィ姫様に背格好が似ておりまする。この長い黒髪を赤く染め、姫様似の凛とした瞳を黒から桃色へと変えれば、その姿はリリィ姫様と瓜二つ。どちらが本物の姫様か、身近な者にも見分ける事は難しくなりましょう。後は身の振る舞い方に気を配り、胸に詰め物をすれば完璧でございます」
「……」
 余計なひと言に思わずデニスを蹴り飛ばしそうになったが、そんなロジィを、隣にいたサーシスが寸前のところで取り押さえた。
「うむ、ロジィは子供っぽく、リリィは大人っぽい。年の差二つであるにも関わらず、化粧を施せばリリィと見分けが付かなくなる事は、私もよく分かっておる」
「……」
 子供っぽいって何だ。王様じゃなかったら、どついて(殴打して)いたぞ、クソジジイ。
「その上で、彼女の腕が確かである事も知っておる。しかし今回は、一つだけ気掛かりな事があるのだ」
「気掛かりな事?」
 不安そうに表情を歪ませるロイに、デニスは訝しげに眉を顰める。その後ろで、ロジィとサーシスも同じように眉を顰めれば、ロイはその気掛かりな事とやらを口にした。
「これまでリリィの力を狙って来る者は、金目当ての輩といった国内の悪漢ばかりだったのだが。しかしどうも最近、マシュール王国が不穏な動きをしているようなのだ」
「マシュール王国?」
 マシュール王国。
 このヒレスト国と隣接しているその他国の名に、その場にピリリとした緊張が走った。
「マシュール王国ともまた同盟国として、長年に渡って友好関係を築き上げて来た。しかし今の国王、モンクシュッド国王は、どうもその関係が気に入らないらしくてな。最近になって、どうも不穏な動きをしているようなのだ」
「不穏な動き? まさか、戦の準備ですか?」
「さすがにそれはないとは思うのだが。しかし我が国との同盟関係は気に入らずとも、リリィの力は欲しているという情報も得ておる。それ故、此度の姫の遠出を狙って、何か仕掛けてくる可能性も大いにあるのだ。そうなると、悪漢を相手にしてきたこれまでとは話が違ってくる。国が動いているのだ。これまでとは比べ物にならない程の危険な目に遭うかもしれない」
「問題ありませんよ」
 その国王からの話に、珍しくも不安そうな表情を浮かべるデニスを押し退けて、ロジィは一歩前に歩み出る。
 そうしてから国王を真っ直ぐに見上げると、その瞳に似合った凛とした声で、彼女ははっきりと言い放った。
「私はこの城の人達と違って、生温い生き方をして来たわけではありません。自分の身くらい自分で守れるように、日々鍛錬もしています。それに私の周りにいる仲間達は、その腕も確かながら、信頼も出来る心強い人達です。例え相手が国内の悪漢だろうが、他国の政府軍だろうが問題ありません。陛下は報酬さえ約束して下されば結構です。それに見合った仕事くらい熟してみせます」
「コ、コラ、ロジィちゃん! 国王様相手に何て言い方を……」
「良い。こちらの依頼を確実に熟してくれるのでれば、多少の無礼は咎めない」
 国王陛下に対して何て失礼な言い方をするんだと、デニスが慌てて注意を促すが、それに対しては不問にすると伝えると、ロイはその視線をデニスとサーシスへと向けた。
「では、この件についてまずはロジィ本人と打ち合わせがしたい。二人は一度退出してもらえるか?」
「はっ。承知致しました」
「お前も下がってくれ」
「はっ」
 デニス、サーシスに続いて、ロイは側近である宰相をも引き下がらせる。
 そうする事によって人払いを終え、部屋にロジィだけを残すと、ロイは不機嫌そうに眉を顰めた。
「今のは厭味か、ロジィ?」
「いいえ、ただの本音です。お金さえくれればそれに見合った仕事はしますし、友人もこの城の人間とは違って、みんな信頼出来る、とーっても良い人達ばかりです」
「はあ……。何故、こうも年頃の娘は反抗ばかりして来るのか……」
「陛下がウザいからです」
「ウザ……っ? それ、リリィにも言われた……」
 何で二人してこんな風に育っちゃったんだろうと頭を抱えてから。ロイは改めて視線をロジィへと向け直した。
「ところで、最近どうだ?」
「別に」
「何か困っている事はないのか?」
「ありません」
「勉強はどうだ? ちゃんとしているのか?」
「あなたには関係ありません」
「歴史や地理、時事など、お前は社会科が苦手だったな。ちゃんと勉強はしないといけないぞ。何でも力で押し通そうとするのは、お前の悪い癖で……」
「さっさと用件を話してもらえますか、国王陛下。私、あなたと違って暇じゃないんです」
「酷いっ! 酷いぞ、ロジィ! 何で反応がほぼほぼリリィと同じなんだ!」
 ロジィの冷たい反応に、国王は顔を両手で覆い、ワッと泣き出してしまう。
 しかしそんな国王陛下に同情する事もなく、ロジィは彼を冷たく見据えながら、これまた冷たくフンと鼻を鳴らした。
「陛下は虫が良過ぎるんじゃないですか? 全部無かった事にしようと私を田舎に捨てたクセに、必要になったからって王都に呼び戻すなんて。正気の沙汰じゃないと思います」
「王都じゃない! ああ、そうだ、私は王都、いや、このヒレスト城にお前を呼び戻したかったのだ。それなのにお前が、そんな事をしたらある事ない事ネットで拡散して炎上させてやるって脅すから、こうやって王都付近にある町に引っ越す事で手を打ってやったんじゃないか!」
「何を偉そうに。どっちにしろ、やってる事に変わりはないじゃないですか」
「それに、そういうつもりでお前を呼び戻したわけじゃないって、何度も言っているだろう。母さんが亡くなって、お前が途方に暮れているんじゃないかと心配しただけなんだ!」
「ホント、好都合な理由があったものですよね。私の事、いざという時のリリィ姫の身代わりとしか思っていないクセに」
「そんな風に思った事なんて一度もないぞ! ただリリィを守る事は、国を守る事でもあるんだ。だから仕方なくだな……」
「だからこっちも仕方なくお金で動いているんじゃないですか。何か問題あるんですか?」
「母さん! 娘が冷たいっ!」
 再び顔を両手で覆い、天国の母親に泣き付き始めたロイを、ロジィは相変わらず冷たい目で眺める。
 彼女らの住むこの国、ヒレスト国。それを治める国王、ロイ国王。その力を継承し、次期女王となるのが彼の一人娘であるリリィ姫……というのが、国民が認識している情報であるが、その実は違う。
 もちろん、リリィ姫が次期女王というのは間違いないのだが、ロイの娘は彼女一人ではない。
 多くの国民が知らない事ではあるが、このロジィもまた、ロイの実の娘なのである。
「何が母さんよ。あんたの奥さんはルビリア王妃。私の母さん、ペニーとあんたは赤の他人。その赤の他人に、いつまでも甘えるのは止めて頂けますか?」
「あ、赤の他人なんてそんな言い方はないだろう! これでも私達は愛し合った仲なんだ!」
「それを黒歴史として処分したのは、どこの誰ですかね?」
「あ、あの時は仕方がなかったんだ! 私もまだ若く、力がなかったんだから!」
「いいですよね、男は。仕方がないの一言で片付けられるんですから。それで一番被害を受けたのは、一体誰だとお思いなんですか?」
「で、でもその時にはもうお前がお腹の中に……」
「は? 今度は私のせいにする気ですか? でもそれがどうしました? それでも結婚しなければ良かっただけなんじゃないんですか?」
「そういうわけにはいかないだろう。私にだって責任というものがあってだな……」
「何が責任ですか、偉そうに。結局責任なんか取れていないじゃないですか」
「うっ」
「途中で放り出すくらいなら、初めから結婚なんかしなければ良かったんですよ。放り出された身としては、そっちの方がありがたかったんですけどね」
 ロジィの冷たい言葉にかなり落ち込んでいるロイであったが、彼に同情する気なんてロジィには微塵もない。
 ロジィの母親であり、ロイの前妻でもあるペニーは一般人だった。
 しかしひょんな事からペニーはロイと出会い、そして恋に落ちた。ロイがペニーを愛していたのも、彼女と幸せになるつもりだったのも本当だろう。もしもロイが一般人であったのなら、それは実現されていたかもしれない。
 しかし当時はまだ王子であったロイと、一般人であるペニーとの結婚を、王族を始めとする上流階級の者達は快く思わなかった。未来のお妃様だと言われていたご令嬢達を差し置いて、ただの一般人がその地位を手に入れようとしていたのだ。お妃様候補であった彼女達はペニーを恨み、妬んだし、お妃様候補には関係のない貴族達も、下民と見下す一般人の血が、王族に混じる事を嫌がった。
 そしてその結果、ペニーは城の者達に『成り上がりのお姫様』と罵られ、悪質な虐めを受けた。酷い時にはまだ赤ん坊であったロジィをも、『混血』や『混ざり者』と呼び、暴力を振るわれた。現に彼女の体には、赤ん坊の時に負ったという、消えない傷がいくつか残っている。
 そして度重なる悪質な虐めによって、遂に精神的な病から体を壊してしまったペニーは、彼女の希望によってロイと離婚。そして城のお偉いさん方の手によって、王都から遠く離れた田舎の島に追放。ロイと夫婦であったという事も汚れた黒歴史として扱われ、王家の歴史からも家系図からも抹消されてしまったのだ。
 そしてその後、ロイはお妃様候補であったルビリアと結婚し、リリィ姫を誕生させた。
 一般市民というだけで、自分達には酷い仕打ちをしておきながら、自分は新しい妻と子を迎えて幸せに暮らしているのだ。罵詈雑言を浴びせるくらいの言語の自由は、勘弁してもらいたい。
「やはりお前は、私の事を恨んでいるのか?」
「恨んでなんかいませんよ。あなたが私にくれたこの力。この治癒能力だけには感謝していますからね」
「……」
 ロイがくれた力。それは王家の者が代々受け継ぐ、癒しの力であった。
 ヒレスト国の王家の子供達には代々、生き物の傷を治せる特別な力が受け継がれていた。
 もちろんその力の大小は受け継ぐ者によって変わるが、現在の国王の第一子であるロジィにも、母親が力を持たない一般人であるにも関わらず、その力がかなり強く継承されていたのだ。
 しかしこれは王家だけに代々受け継がれていく癒しの力。それを一般人であるロジィが持っている事が知られては大変な騒ぎになるだろうし、それを悪用しようとする輩にロジィ自身が狙われてしまう危険だってある。
 だから絶対に他人の前では使うなと、ロジィはペニーに言い聞かされていた。
 そのため、他人の前でこの力を使う事は決してないが、こっそり使う分には何かと便利だ。だって仕事で多少怪我を負ってもすぐに治せてしまうのだから。
 この前の怪我だって、この力を使ってこっそりと治してしまった。おかげでデニスには怒られず、反省文も書かされずに済んだ。全部この力のおかげだ。だからこの癒しの力を与えてくれた事に関しては、ロイにはかなり感謝しているのである。
「ロジィ、何度も言うが、その力を無闇矢鱈に使用してはならん。万が一、お前が使っているところを誰かに見られたらどうする。その力を欲する者は国内外に沢山いるんだぞ。国が騒ぐだけならまだいいが、お前自身が悪人に狙われる事になったら……」
「そんなの、母さんに聞かされていたから分かっています。改めてあなたに言われるまでもありません」
 父親の忠告になど耳を傾けず、ツンとそっぽを向いて拒むロジィの反応に、ロイはまたもや顔を両手で覆って泣き出してしまう。
 しかしそんな父親に、ロジィは更に冷たく、そして苛立ちを露わにしながら言葉を続けた。
「あなたを恨んではいません。一生関わりたくないとは思っていますけど。だからここに呼び戻された事に関しては、かなり迷惑に思っています」
 そう、一生関わろうとはせず、追放したままでいてくれればそれで良かったのに。それなのにコイツが、ロイが、わざわざ田舎の島からこの町にロジィを呼び戻したのだ。
 病弱になってしまった母親、ペニーから自身の生い立ちを聞かされたロジィは、自分の身は自分で守らなければならないと考えるようになった。幼い頃から武術や剣術を学び、高い戦闘能力を身に付けたロジィは、その後、デニスが隊員を募集していたギルド『ゴンゴ』に入団する事になった。
 ギルド『ゴンゴ』。分かりやすく言えば何でも屋さんだ。住民から寄せられる様々な依頼を熟したり、人々の生活を脅かす魔物を退治し、町を守ったりする事を生業としている。
 しかし彼女達が暮らすのは、人の少ない田舎の中でも、更に人の少ない島だった。人がいなければその生活を脅かす魔物も少なく、解決して欲しい依頼だって尚の事少ない。そんな状況なのだ。当然、ゴンゴの経営も厳しい状況であった。
 そして時は経ち、ペニーが病で亡くなり、ロジィの居場所であったゴンゴも潰れかけていたある日、ゴンゴに一通の手紙が届いた。
 その手紙こそが、ロイからの手紙だったのだ。
 ただ呼び戻したところでロジィが帰って来ない事は、ロイとて知っていたのだろう。だから彼は、彼女が所属するゴンゴへと手紙を出した。『ロジィにリリィの影武者をお願いしたい』と、その悪魔の囁きを、ロジィ本人ではなく、ゴンゴのリーダーであるデニスへと送ったのである。
「何が、『そちらに、リリィ王女と背格好が似ている少女がいるとの情報があった。是非彼女にこの重大な任務をお願いしたい。一度城に来て、話を聞いてもらえないだろうか』よ。白々しい!」
「で、でも結果的に良かったじゃないか。お前の仲間達だって喜んでくれているし!」
 普通であれば、「誰がこんな依頼受けるか!」と、蹴ってしまえばいいだけのこの話。
 しかしそれが出来なかったのは、この国王が、「受けてくれるのであれば、多額の報酬を支払う上に、この王都でギルド運営をする許可と、そこで暮らすための資金の援助もしよう」と、デニスを始めとするゴンゴの仲間達を買収したからだ。
 もちろん、ロジィの生い立ちなど知らない仲間達は大喜び。ロジィの了承など得る事もなく、二つ返事でその任務を受けて、さっさと引っ越してしまったのである(王都に住むなんて絶対嫌だとロジィが我が儘を言った時は、仲間達とかなり揉めた)。
「仲間を買収するなんて卑怯です」
「でも、そのおかげでギルドは潰れなかったし、人員も増えた。悪い事ばかりじゃないんだからいいじゃないか」
「そうですね。都会は人も魔物もいっぱいいるから、引っ切りなしに依頼が来て、逆に忙しくて大変なんですけどね」
「私もこうやって、依頼に託けてお前に会えるし……」
「それについては、私にはデメリットしかありません」
「うう……っ」
 取り付く島もない冷たいロジィに、心が折れそうになるロイであったが、だからと言っていつまでも泣いているわけにはいかない。だってこれから依頼についての大事な話をしなければならないのだから。気持ちを切り替えなくてはならない。
 親子関係の問題についてはまた今度にする事にすると、ロイは改めてロジィへと視線を向け直した。
「それはそれとして。ロジィ。ここから先は依頼の話なのだが」
「それについてはお任せ下さい。私はいつも通り、リリィ姫に変装して敵の目を引きつけます。そしてその隙に本物のリリィ姫は目的地へ。ご安心下さい、絶対に失敗などしません」
「いや、今回は少し違う」
「違う?」
 リリィ姫に扮したロジィが、城の兵士やゴンゴの仲間達を連れて城を出発する。それによってリリィを狙う悪党の目を引きつけ、その隙に本物のリリィが目的地へと向かう。ロジィをリリィと間違えて追って来た悪党どもは、様子を見てから必ずロジィに襲い掛かって来る。それを逆に返り討ちにしてやってから悪党どもを捕える。これが、ロジィがリリィに成り代わる時の任務の流れであり、今回もそうだと思っていたのだが。
 しかし少し違うとは、一体どういう事なのだろうか。
「今回は相手がマシュール王国だ。いつもの悪党どもとは規模が違う。襲って来たヤツらを捕えたとしても、まだ弟二軍、弟三軍がいるかもしれない。そしてその二軍、三軍にお前が偽物であるという事がバレれば、本物のリリィに危害が及んでしまう。それは困る。それを防ぐには、お前を襲う一軍だけでなく、全ての軍を潰さなければならないのだ」
「それなら、私はどうしたらよろしいのですか?」
「わざと捕えられてくれ」
「わざと?」
 何故、捕えられる必要があるのか。
 それに首を傾げれば、ロイは真剣な面持ちのままに話を続けた。
「マシュール王国の目的は、おそらくリリィの持つ治癒能力だ。マシュール王国の不穏な動きとは、我らが王家の血に流れる治癒能力を持ち、且つ次期女王となるリリィを手に入れる事。そして我が国の力を得てからの同盟破棄。おそらくはこれだ」
「同盟破棄、か。そうしたらマシュール王国は、この国に攻め込んで来るのでしょうか?」
「おそらくはそうだろう。モンクシュッド国王が欲しているのは、我が国の治癒能力であり、我が国との友好ではない。もともと戦好きな野心家だからな。領土の拡大でも狙っているに違いない」
「つまりリリィ姫が連れ去られれば、それと同時に私達国民の命も危うくなる、か……。でもそれは分かりましたが、それと私が捕えられなくてはならないのと、何の関係があるのですか?」
「リリィが他国へ渡るため、どこの国にも属さないルミナス森林を通るのは、彼らにとっても好機なのだ。だから確実にリリィを誘拐するため、マシュール王国はかなりの勢力を注ぎ込んで来るだろう。そのためにヤツらはどこかでアジトを作り、そこを拠点として活動するハズだ。お前も捕えられれば、そこに連れて行かれるだろう」
「つまり私に、ヤツらの拠点となる場所を見付けて来いという事ですか?」
「そういう事だ。リリィを無事にアーリア国に向かわせるため、お前がヤツらの目を欺き、更にヤツらのアジトを特定する。そしてその後、そのアジトを一気に叩く。そうすればリリィ誘拐に関わったマシュール王国の軍隊を全て潰す事が出来るし、そこが潰されれば、モンクシュッド国王もすぐには次の行動には出られない」
「でも、その後はどうするんですか? 軍隊を壊滅させれば、やっぱりマシュール王国は怒って同盟を破棄するのでは? そうなるとやっぱりうちの国に攻め込んで来ると思いますが……」
「その後は私が直々にマシュール王国に向かう。そしてモンクシュッド国王と話し合いにて和解する。国民に血を流させるわけにはいかないからな」
「……」
 大嫌いな父親だけれど。
 でもこうやって、国民の事を第一に考えているところだけは尊敬している。
「それよりもロジィ。これはいつも以上に危険な任務だ。もちろんそれなりに報酬は弾むつもりだが……。引き受けてもらえるな?」
「ええ、もちろん。謹んでお受けいたしますよ、ロイ国王陛下」
「ありがとう、ロジィ。では、デニス達を呼んで来てもらえるか? 正式に契約を結びたい」
「承知致しました」
 了承の意を表し、他人行儀に退出するロジィを、ロイは寂しそうな目で見送る。
「すまないな、ロジィ」
 奥の方で、静かに閉められたその扉。
 そこに消えて行った彼女を見つめながら、ロイは申し訳なさそうにそう呟いた。

しおり