170章 ユタカの夢
ユタカはホノカに挨拶する。
「ホノカさん、こんばんは」
ホノカは挨拶を返した。
「ユタカちゃん、こんばんは」
二人はわずかな時期だけ、一緒に働いていたので、お互いの顔や名前を知っている。会話する場面は見たことがなく、親しい間柄なのかはわからない。
ユタカはカバンの中から、巨大な弁当箱を取り出す。弁当箱というよりも、小さなタンスみたいだった。
「ミサキちゃんのために、おにぎりを作ってきた」
おにぎりの数は20個。ミサキのおなかを膨らませるために、相当な数を作ってきている。
1時間くらい前に、こがし味噌ラーメン20人前、餃子15人前、麻婆豆腐10人前、その他のデザートを食べたばかり。腹ペコ少女のおなかはパンパンに膨れていた。通常の10倍の食事をとる女性にも限界はある。
「ミサキさん、しっかりと食べてね」
ユタカの優しさにこたえたいけど、おにぎりを食べるのは無理である。ミサキはやんわりと伝えることにした。
「ホノカちゃんからもらったパン、ラーメン20人前、餃子15人前、マーボー豆腐10人前、デザートなどをたんまり食べたの。すぐに食べるのは難しいので、明日の朝に食べるね」
「わかりました。明日の朝に食べてください」
ユタカの視線は、すぐに食べてほしいと訴えかけている。ミサキは視線を逸らすことで、現実逃避をしようとする。
ユタカは話の内容をずらりと変えた。
「ミサキちゃん、温泉に入る場面はとてもよかった」
「ユタカちゃん、ありがとう」
「水着なのはとても残念だった。タオルを巻いていたら、視聴率はさらにあがっていたと思う」
視聴率70パーセントの時点で、常軌を逸脱している。タオルで入っていたとしても、視聴率は変わらなかったと思われる。
「私はアイドルではないから、大胆なことはできないよ」
「ミサキちゃんは多くの人にとって、アイドルみたいなものだよ。シノブちゃんの前では絶対にいえないけど、アイドル写真集撮影、CM撮影などに力を入れてほしい」
「私は腹ペコ少女。それ以上、それ以下ではない」
「ミサキさんは夢を追いかける権利を持っている。放棄するのは、非常にもったいない」
ユタカは顔の角度を下に傾ける。
「私は2年前まで、歌手を目指していた。5度目のオーディション落選を最後に、歌手人生にピリオドを打った」
5度もオークションに挑戦する精神力はすごい。ミサキは一度落ちた時点で、夢をあきらめようと考える。
「歌手に未練は残っていないので、焼きそば店で仕事しようと思う」
ユタカの目を見ていると、真実でないのは伝わってきた。来年のオークションの時期になったら、歌手オーディションを受けていると思われる。
「ユタカちゃん、歌を聞いてみたい」
ミサキの言葉に、ユタカは目を泳がせた。
「家の中でカラオケをしたら、近所迷惑になるよ」
「カラオケ専用ルームがあるの。こちらなら、近所迷惑にならないよ」
豪邸の中には、トレーニングルーム、カラオケボックス、マッサージチェアなどが設置されて
いる。一度も使用しておらず、宝の持ち腐れとなっている。
ユタカはゆっくりと立ち上がる。彼女は全身で歌を歌いたい、歌を歌いたいと訴えかけていた。