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第2章の第27話 語られる魔力の目覚め! 通過儀礼


それはロビーの向かいにあった小さな滝であった。象っているのは人類の文明の発展を祝う富と名声を込めてドラゴンを模していた。だが、その口から今は水は出ていない……。
ただ、ふわふわと浮く一滴の水があった。
それが天井のステンドグラスに吸い込まれていき、ピチョンと試合開始のゴングを鳴らした。
両者同時にエナジーア波、炎上爪を打ち合い、その相中で爆発が起きたのだった。


両者同時に前方に躍り出た。
「炎上爪!」
「「光刃爪!」」
レグドの燃ゆる爪と、
エルスの光る爪が、
暗闇の中、ぶつかり合い炎と光がドォンと爆ぜた。
両者の戦いが始まった。
ぶつかり合う度にドッ、ドッ、ドドンと炎と光が走り、爆ぜかう。
2人の間で突風が起こり、接戦から中距離戦に移行。
2人は高速移動を繰り返し、円を描く。
2人は、中距離戦を仕掛けるため、その両手掌に炎と光を集束させ、方や炎上エナジーア弾、方やエナジーア弾を撃ち続けた。
レグルスの本来の中距離技は飛来炎上爪であるが、今回のような連続射撃を求められる場においては、炎上エナジーア弾の方が速いのだ。
それは次第に炎と光が入り交じり、爆風の気流が生まれる。
戦いがさらに激しさを増していき、爆風の気流の中から、攻撃が外れた技が周囲に飛び交い、周りを破壊していく。
「ダダダダダッ」
「「ヤヤヤヤヤッ」」
両者円運動を描きながら、連続射撃で攻勢を仕掛け続ける。
円運動の気流に炎の熱と光が高まっていき、白い気流が赤熱と化した気流と化した。
次第に気流は熱量とその有効範囲が広がっていく。まるで土星の環のようだ。
「ダダダダダッ、ダアッ!!」
「「やあ!!」」
炎上エナジーア弾を連続射撃していたレグルスは、ここで流れを変えるために炎上エナジーア波を撃ちこんだ。
それに対してエルスは、エナジーア波でそれを押し込み、爆発させて相殺させる。
爆風の気流の中で爆発が起こり、さらに気流の有効範囲が広がる。
赤熱と化していた色がオレンジ色に変わり、周辺の大理石の床が溶解し、根負けしたかのように亀裂が入った個所からボロボロと宙に浮き上がる。
爆風の気流に呑まれて、その凶悪さが増そうとしていた。
「!」
「「!」」
ここで両者流し目を送り、周りの異様さに気づく。
このままここでそのまま戦い続けるのは、危険だと思った。だが、目の前の相手に対して逃げることはできない。
なら、必殺技でぶっ飛ばすしかない。
両者円運動回りながら、互いの必殺にかける。
エルスは腰を落とし、腰の外側に空いた両手を持ってきて、エナジーアを集束、畜力させる。
幻影的な尾が出現し、9つの尾に光が高まっていく。
それに伴い、空いた両手掌の中に光の球が出現し、周りから9条の光が渦を巻いて集まっていく。
((あの戦いを超えて、この身もこの技も進化している……!))
「「ハァアアアアア」」
これが新しい『九重(エンネアソロス)エナジーア波』だ。
対してレグドが扱う技も新技だった。
俺はこれまでの戦い、経験を通じて、炎上系と切断系の業を得意としていた。
なら、必殺技もそれに近いものだ。だがありていに言えば1つ誤算があった。
それは、先ほどエルスにザクッザクッやられた腕が痛み、満足じゃない体調(コンディション)だったからだ。
だが、そんな手でもエナジーアを高めることができる。
俺も腰を落とし、腰の外側に空いた両手を持ってきて、炎上エナジーアを集束、畜力させる。
(やられた右腕が疼く、パワーを留めるしかないできなクソッ!! 左手で炎上爪を刃を、刃の球に還るんだ!!)
俺は今のコンディションで、出来得る限り最善の技の形を考案した。
右手はパワーを留める。左手で炎上爪の刃を放出しつつ、空いた両手の中に炎上する球を創り出す。それは生まれて初めて見る業だった。
(炎の刃を原形とした極太の炎上エナジーア波か……急ごしらえだが名前は……)
「「……ッ」」
「……ッ」
両者、必殺技を放とう気構える。
「「『九重(エンネアソロス)エナジーア波』!!!」」
「『炎上爪光熱波』!!!」
9条の光の織り成す極太のエナジーア波だった。
大して向かい撃つは、高熱球から解き放たれた極太の炎上エナジーア波だ。
相中で両者の必殺技が大激突し、ドォンと組み合う半球と半球のようになる。
弾ける閃光。
弾け飛ぶ炎上。さらに炎上爪が周りに凶刃となって襲い掛かる。
爆風の気流が周囲を覆い、ドンドンその熱量が高まっていき。
遂に耐えられず、爆風の気流が周囲を巻き込みながら爆発四散した。

――吹き荒れる大瀑布。弾け飛ぶ炎上爪の乱舞。
天井のシャンデリアとステンドグラスを破壊。
螺旋階段の外観を損なうように穴ぼこにし、備え付けてあったエスカレータの扉を爆砕。
観葉植物を破壊し、高価なショーケースの中の骨董品も破壊していく。
ここの象徴ともいうべき、ドラゴンを模した口から水を流す金色の調度品も破壊。
罅割れていく大理石の床。穴ぼこになる高価な壁一面。
もう、正面玄関は滅茶苦茶だ。

だがそんな中でも、2人は負けまいと鬩ぎ合う。
「「ニギギギギギ!!!」」
「ヌゥオオオオオ!!!」
――両者の技がぶつかり合い、押しつ押されつの鬩ぎ合いが始まった。
「「「――ッッ」」」
だがそこは、怪我している分、レグルス(俺)が圧倒的に不利だった。
クソッ、体に力が入らない……ッッ。
ドォオオオオオと押し込まれていく。
クソッ、エナジーア波の押し合いで言えば、あいつ等に軍配が上がるか。
「クッ」
俺は早々に見切りをつけて、放出中の炎上爪光熱波を切り上げた。
その瞬間、俺はすぐさま回避行動を取って、俺のすぐ横を、『九重(エンネアソロス)エナジーア波』が通り過ぎていった。
それは壁に大きな穴を空けて、突き進んでいき。
静止軌道ステーションの横面を通過して、宇宙の彼方へ消えていった――

回避行動を取った俺は、後ろ向きに宙を高速で駆けていく。
無重力に浮かぶ、壊れた様々なモノが浮かんでいた。それらを横目に見ながら通り過ぎていく。
俺の身は心なしか震えていた。
(Lめ、いったい俺が気を失っている間に何があったんだ!?)
その時の俺には記憶がなく、あったとしても曖昧で、記憶と呼べるものか判然としない。
少なくともあいつは、暴走した俺を打ち倒したことには違いない。
だとしたら、なんて強さだ。
どうなってる。この短期間で何があった。
後ろ向きに高速移動で滑空していた俺は、その場で急ブレーキをかけて踏み止まる。
(恐れを飛ばせ! 先達として奴等の壁とあれ!!)
俺は自ら奮い立たせる。
引いていた俺を追いかけるように、正面からエルスが接近戦を仕掛けようとしていた。
すぐさま攻勢に打って出た。
「炎上爪!」
「「!」」
この距離だ。
お前の反応速度でも、腕でガードするか、弾くしかあるまい。
僕はそれに対して、腕でガードしようとした。
しまった、接近の距離感を誤った。僕はしまったと思った。でも、もう遅い。
思わず防衛本能が働き、その腕に自然と力が入る。
――その時だった。また、エルス(僕達)の前にもろい壁が現れて、砕け散ったのは。
前回の災禍の獣士戦に続き、これで謎の2回目の発生だった。
「「!」」
「!」
これには両者同時に驚いた。
これは、エルスが意図した技ではなかった。それは偶発的な産物だった。
この時レグドは完璧なタイミングを計った反撃だった。それが防げられて面食らってしまう。何だあのもろい壁は、以前にも見た事が……ッ。
それは一瞬の出来事だった。
その間にエルス(僕)は接戦を仕掛け、反撃をお見舞いする。エナジーア波だ。
「!」
ドォンとレグドはその攻撃を被弾した。
「ガッ!」
これだから、バリア(エンセルト)系はやり辛いんだ。
どんな強大な技も、そのちょっとした技で簡単に防げられてしまう。Lめ、なんてものを習得してやがる。それはさすがにズルいぞ。
「「今だあ! バリア(エンセルト)!」」
僕達はバリア(エンセルト)を張った。
その状態で僕達は撃つのは、エナジーア波の連射だ。
「「はあ――ッ」」
バリア(エンセルト)を張ったうえで、強化されたエナジーア波が飛ぶ。
おいっちょっと待って。フツーにエナジーア波を撃つより大きくないか。それは強化されていた。
「クッ」
と俺は守勢に回った。
ドドドンッと爆発が起こった。
「おおおおおっ」
被弾しまくる俺は、悲鳴を上げる。
このチャンスを逃すべきじゃない。エルスはエナジーア波を撃ち続けた。
「「ダダダダダッ」」
相次ぐ爆発に爆発の中。
俺はニッと笑い、なぜか嬉しく思った。よくぞここまで力をつけたなL。
俺は爆発の中力を込めて「ヌォオオオアアア」とそれを解き放った。
小爆発に次ぐ小爆発、連続でエナジーア波が叩き込まれていく。
だがその時、爆発の中から現れるは、炎上守護球だった。
それでもエナジーア波を撃ちこんでいくエルス。壊れない。
その時、張っていたバリア(エンセルト)が自然消失し、僕達はその場から後ろに飛び着地した。
「「ハァッ、ハァッ」」
((……どうやらバリア(エンセルト)で強化できるけど、同時に使い過ぎれば自然消失するのか……))
それがこの技の長所と短所だった。当然ともいえる仕様だった。
エナジーアを使いまわす以上、バリア(エンセルト)のエナジーアを消費して、エナジーア弾、エナジーア波等が強化される仕組みなのだろう。
エルスは、そう考えて納得した。
爆煙の中、張っている炎上守護球。
その煙が晴れていくと、傷を負ったレグドが立っていた。傷を負った個所から、エナジーアの粒子が立ち昇っていく。

「「……エナジーアの粒子……完全には防ぎきれなかったようだね」」
「何っ!?」
俺は額に痛みが走り、その手を置いて見てみたら。
(何だと……!!)
俺は心の底から驚いた。
俺の額から流血(エナジーアの粒子)していた。あの時、炎上守護球を張っても、完全には防ぎきれなかったのだ。
(バカな! 俺の炎上守護球の上からダメージを与えたというのか!?)
俺は血のついた手を見るのを止めて、エルスを見た。
(この短期間でこの仕上がりよう……なんて潜在能力を秘めてるんだ!?)
完全に誤算だ。奴は俺の予想を上回る成長を遂げていた。
俺は自分自身に、怒りを滾らせた。
「おっおのれ――っ!!」
この短期間で、修業をさぼっていたLが隊長格の俺を上回るだとっ。そんな事許してなるものか――っ。
「……フッ」
レグドは怒り、その身に力を込める。
対してエルス(僕)は構えを取り、鼻で笑う。
いいぞ、前回と比べてLと上手く同調(シンクロ)してる。それにあいつの速さにも付いてこれてる。
僕は、成長を実感していた。
まんざらあの死にかけの戦いも捨てたもんじゃなかったな。
レグドは身構えた状態で、その炎上爪を燃え上がらせる。
((その技は何度も見てるよ! ……別パターンも試してみるか!))
先に駆け出したのはエルス(僕)だ。少しでも有利な状況を作ってやる。
続いてレグドが追いかける。
横並びで追いかける。少しでも有利な状況を作るため、高速移動するエルス、それを追いかけるレグド。
その差はグングンと縮まっていく。当然だ、わざと追いつけるスピードで移動しているのだから。
レグドが攻勢を仕掛ける。
燃ゆる爪を何度も振るって、『飛来炎上爪』を撃つ撃つ撃つ。
斜め背後から急襲が迫る
エルス(僕)は連射射撃に定評のあるエナジーア弾で迎撃を行う。
パワーではレグドが勝り、連射射撃ではエルスが勝るようだ。
((なるほど、打ち合いのパワーではあちらが上だが、連射射撃ではこちらが勝るな。……あくまでノーマル(このまま)の状態でだが))
エルスは冷静に分析していた。
おそらく戦闘力では、あちらが上だろう。だが個体に応じて当然得手不得手あるから、僕達が有利な状況さえ作れば……勝てる!)
それが勝利の風を呼び込む鉄則だ。
だが、同時に長々と戦えない理由もあった。
((体格差では大人と子供なんだよな。……だから、当然長引けばあちらに傾くな。なら、子供ながらの機動力を見せてやる!))
なおも続く飛来炎上爪とエナジーア弾の打ち合い。
その激しい打ち合いの中、レグドは長年の戦闘経験の勘で、炎上爪の軌道を曲げる。
それはエナジーア弾の上を飛んで、奇襲を仕掛ける。
だがそれに対して当然エルスは、バリア(エンセルト)を張って直撃を防いだが、それが破壊されてしまう。
やっぱり、そう上手くいかないよな。炎上爪1発でこっちのバリア(エンセルト)を破壊してくるんだし。
舞い上がる火の粉。
僕達の身は昂り、この身に気迫を込める。
「チッ! はぁあああああ」
「「クァアアアアア」」
いいだろう。肉弾戦もしてやる。
横並びで高速移動をし続けるエルスとレグド。
追い越し追い越されまいと何度も入り交じり合いながら、バァン、バァン、バァンと拳と蹴り、時には立ち昇るオーラで身体強化したうえで体当たりをかましたりもした。
エルスの身からエナジーアの光が立ち昇り、気炎と化す。
レグドもその身から炎上エナジーアの炎が立ち昇り、気炎と化した。
壁面近くになったところで、中空で高速戦闘を仕掛け、互いに拳を振り切って、パンチをお見舞いし合う。
交差し合う互いのパンチの軌道。
エルスのパンチのリーチは短く、その分早く到達点に達する、狙うは相手に左肩狙いだった。
先ほど、怒り狂ったエルスが右腕をザクッザクッ刺し、ほとんどその機能を使えなくさせていた。
だが、そこをつけ狙うのは不平等(アンフェア)だ。
だから、あえて左肩を狙う。
「グッ、ウォオオオオオ」
痛みに耐えかけるレグド、振り切れなかったパンチを気迫の力で突き出し、エルスの顔面にお見舞いする。
「「ニギッ」」
その瞬間、ドォンと遅れて殴られた箇所に衝撃破が襲った。
レグドは左肩に、エルスは頬に衝撃波が襲い、両者はその圧に突き飛ばされて、ドォン、ドォンと壁に叩きつけられるか、床に叩きつけられるなどした。
「グハッ」
壁に叩きつけられたレグドは口から呼気を吐いた。壁がクレーター上に凹む。
「「ガアッ」」
大理石の床に叩きつけられたエルスはバウンドし、口から呼気を吐いたのだった。
その呼気から漏れ出たのは、エナジーアの粒子だ。人間でいえば唾だ。
戦闘意欲が折れないレグドは、その壁に手を当ててエナジーア弾を撃ち、挟まったその身を宙に投げ出す。
「グッ……」
無重力空間であることと、エナジーア生命体であるレグドは中空で「クソッ」と呟いた。
大理石の床に叩きつけられたエルスはその場で寝返りをうち「「ハァッ、ハァッ」」と呼吸をつきながら、顔を拭って、宙に浮かんでいるレグドを見上げた。
その時、足がガクッときた。
「「……ッ」」
思わず僕は膝を折り、手を床についてしまった。
人間で言う立ち眩みみたいなものだ。
だが、今の僕はエナジーア生命体だ、そんな症状すぐに回復し、顔を上げてあいつを見た。


――僕はあの時の場面を思いだした。
あの時、攻撃の出が速い僕のパンチがあいつの左肩に一瞬早く決まったけど。
あいつは気迫だけで、それを振り切った……。
あいつのパンチが僕の顔に当たり、リーチの差もあってこんなダメージを受けたのか。
「ハァ……」
(接戦の殴り合いは、ダメぽいな……)
それはリーチの差分力が、深く入りやすいということだ。
それだけの力の差があるということだ。
僕はすぐに立ち上がって、腕で顔を拭った。
つまるところ、単純な肉弾戦ではレグドに軍配が上がる。
((これは、上手い事応用を利かせないと接戦は望めないな……))
「「ハハッ」」
「……笑ってやがる」
(余裕か……?)
俺はそう思ってしまう。
それともこの戦いを通して、笑ってしまうほど……本能的な喜びでも表しているのか。
僕はこの時、半分諦めてニッと笑った。
「?」
(何だあの笑みは)
((別に隠してたわけじゃないけど、人間の時でもできたんだ))
エルスは身構えた。
ここから何か起こす気だった。


――他所、アンドロメダの宇宙船にて。
アンドロメダ王女、デネボラ、ヒース、シャルロット、その他の兵士以下の皆さんはモニター画面に映るその戦いを見届けていた。
「何かやる気ですね」
シャルロットがそういい。
「2人の戦闘力は?」
その戦闘力が気になったヒースがいい。その風向きが変わったことを告げるように――
「――ちょっと待って! ……エルスが何かやる気だぞ!」
アンドロメダ王女が注視した。
「「「「「……」」」」」


身構えたエルスはその身に力を込める。
カタカタと大理石の破片が小刻みに動き、パラパラと粉塵が舞い上がっていく。
ここは無重力のエリアなのにだ。
「!」
まさかという思いで、レグドは身構えた。
そして――
「「――ハアッ!!」」
ドォンとそれは不慣れながらもエナジーアの気炎と魔力光のぼんやりとした光が同居していた。
「何っ!?」


「戦闘力は……1700!!」
その数値を読み上げるデネボラ。
前回の戦いの数値で言えば、彩雲の騎士1000、災禍の獣士2000だ。
ブチ切れた時の戦闘力はおおよそ5000だ。
ここで彩雲の騎士エルスは1700まで上昇したことになった。


「そのオーラの変化……アースポートでも不審に思ったが、地球人お前……」
「「そうだ。僕は魔力に目覚めている!」」
エナジーアの気炎と魔力光を帯びるエルス。
魔力を帯びるには溜めがいる。戦闘中でいえば動かざるを得ないため、どうしても発現できなかったのだ。
だから、この時のチャンスを待っていたんだ。
そして、僕は魔力が目覚めるあの時の記憶を回想した――


★彡
――それはあの時の戦い、災禍の獣士に負けた彩雲の騎士は、スバルとLに分離して、もう間もなくスバルが意識を失った後の話だった。
その精神世界にて――
スバルは、黒い影と相対していた。
黒い影から、剣を投げ渡されて、半ば強制的に剣術を受けた。
お互いに剣を持ち、剣戟に押し負けたスバルは尻餅をついていた。
だが、その黒い影の正体が掴めなかった。
(こいつは、何者なんだ……?)
それが僕の疑問だった。
「――なるほど、なんて体たらく、弱過ぎる! まさかここまでとは……」
悲観した黒い影の人は首を振った。
これには相手も、凄い対応に困る。
「……今、汝の目には我はどう見る?」
「……どう見るって……ただの黒い影にしか……」
それが僕の認識だった。実際、ただの黒い影としか見えないもん。
これには考える黒い影の人「うんうん……」と頷く、そして「やはりか……」とも。
「?」
「……これは僥倖だったな」
「? なに?」
「本来であれば、お前は何も知らずに一般人として生きた。ホントの意味の一般人であれば、お前は我を認識できず、姿も声も聴けず、この場所さえこれなかっただろう」
「……」
「だが、生を受けてからお前は、今までの人生において、虐めにあい、体を傷つけられ、泣き喚いた。正直、辛い人生を送った。さぞ辛かっただろう」
「……ああ。痛かった」
「顔面を殴られたり蹴られたりしたことや、頭に強い衝撃を受けたことは?」
「ある」
「精神的に追い詰められて、自殺まで考えたことは?」
「……ある。そのせいでうちの犬が死んだ」
僕は打ち震えてた。それは悔しさからにじみ出る後悔と怒りだ。
うんうんと頷く黒い影。
「正直、辛い人生を歩んだことだろう。キッカケがなんであれ、お前は生きるためにその目と耳が常人より進化していたんだ」
「なに……?!」
「あの宇宙からの攻撃を受けて、未曽有の事態にさらされた地球は、いや、お前の中に眠る力は、その危機感を感じた。
それからすぐにエナジーア生命体と接触し、魂から精神、精神から肉体まで、生命の危機を感じ、力が揺さぶられた。
実際にお前は、肉体が死ぬ寸前まで追い詰められただろ?」
「……」
僕は頷いて答えた。こいつ、見ていたのか。
「肉体の死は、その器が、精神が崩壊し、眠っていた魂の力が目覚めやすくなっていた。
人は死を認識した時、条件反射で遠ざけようとするものだ。だが、ゆるかやかに死という実感を感じたはずだ。
ぬるま湯のように暖かった血の池が、段々と冷えて、冷たくなっていく我が身の肉体……。
そして、痛覚が消えて――。
……なんという、体の感覚だった?」
「……痛覚がなくなった後は……、こう目の前が真っ暗になって……、今までの人生を振り返るようにコマ送りに見えた。
その先にあったのが虚無で、『不思議と気持ちよかった』……『何かに抱かれてるみたいで』……」
「……」
うんうんと頷く黒い影。
「――その感覚は大事だ! それは忘れるなよ!」
「?」
その影は指を一本立てて、横移動する。
とそこへ、通路の奥の方から、また別の黒い影が出てきた。
「……2人、いたのか……」
「準備は?」
「できてるわよ」
何だ、準備とは。
新しく現れた黒い影は、元来た道に戻っていく。
僕の相手をした黒い影は、僕に言葉を投げかける。
「ついてこいスバル! 死んでいく今のお前なら、眠っている力を呼び覚ますことができる!」
「!」
そうして僕は、その黒い影についていくのだった――


☆彡
――着いた場所は、同じ石造りの場所で、こう儀式的めいた場所だった。
中央の場所には、何かの魔方陣が描かれていて。
その周囲には、いくつかの松明の炎があり、色々な炎の色をパチパチと上げていた。これはいったい何だ……っ。
僕は周りを見渡した。

0.『完全なる虚無』。
それは空っぽ、何も存在しないだ。
X.『無色透明だったものが移り変わり、夜空に見える星々が見える、不思議な色合い』
Xは、XYZをひとまとめした三要素から構成されている。
それぞれ、
Xの『純属性(カータロスアトリビュート』。
Yの『混沌(ケイウス)』(重力・電磁気力・弱い力・強い力・反重力・???の宇宙の6つの力を司り、また混沌を司る、すべての万物の素である。原子・ダークマター・ダークエネルギー等の総称)宇宙ガスの不安定な色合いである。
Zの『秩序(シィマパン)』(世界に干渉し、世界の法を書き換える、世界の理の外。秩序であり、新たな概念を作る)。
宇宙には色がある。
その色はクリーム色、平均色のベージュ色ともいい、宇宙のラテ『コズミックラテ』と研究者たちによって名付けられている。
一昔前は、宇宙の色は何色か。
と問われれば誰でも、真っ暗な背景に夜空の星々が散りばめられた様は、漆黒だとされていた。
ガス状星雲の輝き、銀河の輝き、恒星や中性子星輝き、そうした光を反射した惑星や衛星の照り返しの輝きもあるだろう。
それが全体を埋め尽くしてしていたら、正しい輝きなどわかるだろうか。
最大の問題は光だろう。
光が物体に当たり、反射することで、その物体の色として私達は認識する。
その光は、膨張する宇宙の捻じれによって、光の波長がある。
つまり、届いてくる可視光線を捩じればよく、それを捩じる機械が、重力場観測装置だ。
後は既存の電波望遠鏡や宇宙マイクロ波背景放射で、宇宙の色を見ればいいわけだ。
その色が、宇宙ラテ(コズミックラテ)である。

僕は吸い込まれるようにそれを見上げた。それは知的好奇心をそそられたからだ。
「………………」
僕は見上げていた顔を降ろし、松明の炎は他にもあることを感づかされて、僕の足は自然と運び、歩きながら1つ1つ見上げていく。
1.無属性のコズミックラテ
2.炎の赤、
3.闘気のオレンジ、
4.念力(エスパー)のピンク
5.電気の黄色、
6.風の黄緑、
7.植物(木)の緑、
8.氷の水色、
9.水の青、
10.魔力の瑠璃色(ラピスラズリ)
11.エナジーアのオーロラ色(紫やピンク、緑色)、
12.毒の紫、
13.霊力の紫水晶(アメジスト)
14.幽霊(ゴースト)の江戸紫色(青紫と赤みのある京紫)
15.大地の茶色、
16.金属の銀色、
17.太陽のサンライトゴールド、
18.月のムーンライトシルバー、
19.光の白、
20.闇の黒。
0とX、1~20と合わせて22種類。
22、22……エンジェルナンバー22だろうか。
エンジェルナンバー22はマスターナンバーとして呼ばれ、数字の中でも特別な意味を持っています。
信じる心を持ち続ける事で、奇跡や新しい、素晴らしいチャンスを『恵』んでくれる。
だが、炎が灯っていない……?
今見えるのは、21個だけだ。
「……」
1個だけない、何でだ……。僕は不可思議に思う。
エンジェルナンバー21。
それは、天使たちがあなたの夢の実現を手助けしてくれる……という噂が有名だ。
これは数字で言えば、
ラッキーセブン777のゾロ目が有名どころで、実はそこには、あなたに隠された大切なメッセージが眠っているのだ。
隠されたそれに気づけるか否か……どちらにしろ、何かしら行動を起こさなければならない。
自分ならできる、きっと成功する。
日頃からポジティブな言葉を使い、前向きな行動ができるか否か。
もし、実現させたい夢や希望があるなら、何度も口に出してみよう。
仲間との繋がりが、いつかそれは、大きなチャンスを引き寄せて、現実味を帯びてくる。

【――スバルが知的好奇心をそそられたのは、『純属性』ピュア(カータロス)を頂点に置いた、『混沌』カオス(ケイウス)と『秩序』オーダー(シィマパン)だった】
【無色透明にして、何にでもなれる色合い】
【それは可能性の多様性だった】
【そして、スバルが最初に見たのは、完全なる『虚無』ナティネース(アニパルシィア)。万物の根源としての無。何も存在しないだ】
【完全なる無色……】
【それは虚しい、勝利への渇望……】
【その2つは、世界の循環、新たな宇宙創造への『道理』リーズン(ロゴス)だ】
【0とX、無と有、終わりと始まり】
【虚無と充実、空虚と存在、欠落と充足】
【憎(無関心)と愛。不純と純真。不作(凶作)と豊穣、育み分け与える真心】
【創世と終焉の下位互換であり、この宇宙(世界)を繋ぐのに必要な不可欠な力】
【原罪と福音、災い転じて福となす、幸福を分け与える】
【真理の福音、この世の真理にして摂理、崩壊と構築、それが世界の総循環――】
創世    終焉
|     |←ねじる
充実(純) 虚無の構図

「う~ん……」
(何でこんなにあるんだろう? タイプ相性か……?)

【スバルは論点がズレていた。それは世界の素であり、これから儀式を行う上で、必要不可欠な魂の力だ】

――ちなみにスバルが言っていたタイプ相性とは強い弱いではなく、有利か不利かである。
戦術とはそもそも、作戦や指揮系統、戦う兵士や得物、兵糧や野営を行う場所等。
さらに、時間、場所、気象や気候、人数や体調、心理状態、使っている得物の傷の具合や経験値等でいくらでも変わる。
タイプ相性とは、紙が1枚ではなく2枚や3枚などの折り重なった視点から見えてくる複合的な要素だ。
属性と性能。
1枚目の紙は先に述べた通り。エナジーアや炎などの属性があれば、波性能やソード性能がある。

性能表。
1.射撃性能(無属性の普通の攻撃)、
2.ブレイク性能(質量、落石や強化された拳などのパンチなど)、
3.カーソル性能(狙撃)、
4.ガス性能(自ら光る宇宙のガス、煙、塵、ホコリ、ガス、影、魔など)、
5.ソード性能(剣で切りつけるなど)、
6.ユラギ性能(宇宙の揺らぎ、重力場、波動、魔導、霊圧、エナジーアなどの放出系を含む)。
6、6……エンジェルナンバー6。
それは数字の中に6がある場合、あなたは輝いていますという隠れたメッセージ。
スバルの使命について、ポジティブな精神で多くの人々と接し、新たな世界を切り開いて欲しい。
そして、与えられた素晴らしいパワーを、人々に分け与えていく。
ありがとうの意味、感謝が還元されて、それが愛、慈しみ、癒していく。
誰かがあなたを見ている、見守っている、だから物事がうまく進むよう、どこかで……。
それがエンジェルナンバー6の意味。
余談、仮に、属性21と性能の6を足せば、27になる。
これはエンジェルナンバー27で、あなたの努力を認めるという意味だ。
正しい道を歩んでいます。
このまま努力を重ねていけば、いつか夢と目的の場所に辿り着ける。新たな人生の扉を開く事ができるでしょう。
2の意味は、愛と誠実、信念を貫くこと。
7の意味は、目覚めとチャンスを掴み取りなさい――という意味である。まさしくこれ以上はない、素晴らしい――


――それは、この世界の摂理を表し、この宇宙の概念を司る炎でもあった。
その周りには堀があって、水が流れていた。
「何だここは……?」
僕は辺りを見渡した。こんな場所初めてだ。
「ここは、儀式を行う場所だ……!」
「……儀式?」
何だそりゃ。
「お前から説明しろ」
「……」
その黒い影はコクリと頷いた。
わかりやすくするために、僕に剣術を仕込んだのは黒い影Aとする、これから儀式を行う黒い影をBと扱う。見た目的に黒い影としか認識できないからだ。
「そこに座って」
「?」
僕は言われるがままに、その魔方陣の中心に座った。
「あなた、どこまで話したの?」
「あの宇宙人にあって、肉体の死についてまでだ。まあ、ギリギリの瀬戸際だな」
これには黒い影Bも嘆息した。
「要は、現在進行形の炎の宇宙人に負けてからの、肉体が死にゆくことは触れてないわけね」
「そうだな。エナジーア変換が強制的に解けて、その反動の負荷がかかっていることは説明していない。正直、肉体的には致命的だろうな。
外でこいつの体を治してくれる奴の存在を願うばかりだ。
……説明するのも難しい。そーゆうのはお前たちの得意分野だろ?」
「ハァ……」
これには黒い影Bも嘆息してしまう。
「後は任せた」
「わかったわよ……。いーいスバル君!」
「んっ?」
何というか黒い影Bに注意されても、しっくりこない僕がいた。
「少し話が前に戻るけど!
肉体が死にかけて、君は心の死というものを身近に感じたはず。その先にあったのは永遠の虚無。
それを感じた君は、精神の崩壊を経て、何かに抱きしめられる心地よさを感じたはず!
肉体を入れ物だと捉えて、精神と魂を繋げているのが心よ。それが解き放たれようとしていた。
だけど、そうはならなかった……!
際どい所で、宇宙人ちゃんの助けが入り、君は命の水というものを感じて、死から淵から生きたいと、渇望したはず! ……違う?」
「……はい」
僕は心を込めて返事した。
ニコリと笑ったような気がした。
「臨死体験を経た君は、空っぽだったはず、強く望んだことはなに?」
「……もう一度アユミに会いたい」
「それだけじゃ不十分ね。言ってみなさい、自分の欲望を!!」
「……あいつを倒したい、勝ちたい。……アユミと一緒に帰りたい」
「弱いわね」
「……ッ」
その黒い影は身をかがめて、僕の顔を覗き込んだ。
「魂の力が、魂の望む声が……弱い」
「……ッッ」
僕はショックを受けて、項垂れた。
「――う~ん、このままじゃあの子死んじゃうかもね」
「っ!」
僕は顔を上げた。
「あいつが向かう先は、あなたが返りたい場所だもの。それを奪おうとしている、消そうとしている。もう余り時間がないかも」
「っ」
僕は立ち上がろうとした。
だが、その黒い影Bが僕のおでこに指を置いただけで、起てなかった。
それは人体構造上、その一点を抑えられただけで、力では立てない仕組みだった。
「っ!?」
「わかる? 自分の無力さが、非力さが!?」
「ッッ」
「フンッ!! 男ならもっと傲慢になりなさい!!!」
「!?」
「今までのあんたは、虐められて、心が折れて、立ち向かえずにいた!!
立ち向かえたのは、あの子あってのもの! その掛け替えのない柱を失おうとしている!!
失ったら最後、それは謙虚でも恭謙(きょうけん)ですらない。立ち向かえなくなる、人として死ぬ!!!」
「――!!」
僕は言いたいことが何かが分かり、落ち込んだ。
(――そうだ、アユミを失えば……僕は立てない)
苦む顔。
(立ち上がれない……ッ)
「……ッッ」
僕は遠巻きにこの人に諭されて、悔しさが滲み出た。
――そして、そうだ、この状況ならば、この子の今の状態ならば、真実心の叫びが聞こえる。今しかない……ッッ。
「――心を渇望せよ! 欲望を欲せよ! 汝、新たに何を望む!?」
「……ッッ」
「汝の魂はこの時もって、死んだ! 生まれ変わるためには、不変のルールをシコウ!!」
「……」
「暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢、そして嫉妬!! 汝の心の在り方は!?」
「あいつを倒し、アユミちゃんも助ける、そして地球とアンドロメダ、双方を救う道を探る!!」
「足りない!! 貪欲に望めよ!! それは通過点に過ぎない、もっとその先へ――!!!」
「……ッッ!! 真理を探究したい!! この星を飛び出して、宇宙を知りたい!! もっとその先へ行きたい!!」
ニコッと笑みを浮かべる。
「汝の心の在り方、しかと見た!! その名は『禁欲』!!!」
その瞬間、松明の炎が激しく燃え盛った。
さらに儀式は進む。
魂の在り方が定まった。
魂の儀式、その魂の炎が燃え盛り、天蓋へ向けて各色の炎が伸びる。
一点に交わった炎はうねりとなって、渦を巻いて、天蓋から地表へと降りてくる。
地表に降りてきた気流のドーム、
天蓋の炎のうねり、
それを繋ぎ溜めるために電気が流れて、両者の世界を繋ぐ。
その時、チカチカとした光が現れて、世界を隔てるためにガラスのフィルターが形成される。
炎がすべてを呑み込んでいく、この時、スバルは目を閉じた――


儀式の外観では、渦巻く火炎のドームが形成されていた。いくつもの炎の色が入り乱れる火炎ドームだ。
その火炎ドームが光熱を発し、辺りを閃光で覆いつくす。


儀式の内観はとても静かで、部屋が様変わりしていた。
白だ。虚無の白だ。誰もいない、音も何も聞こえない。
僕は思わず立ち上がった。何だここは。
「おーい、誰もいないのか――っ! お――いっ!」
僕は叫んだ。返事は帰ってこない……
何なんだいったい。ここはどこなんだろう。
「!」
ここで僕は、あることに気づいた。スッポンポンの裸だった。何でだ僕はさっきまで服を着ていたはずだ。
「……どうなってる? 誰もいない、なんで裸なんだ?」
疑問がつかない、どこ何だここは?
僕が初めて一歩を踏み出した時、そこの床は雲のように白い蒸気だった。
その時、後ろからそよ風が流れて、瞬く間に突風が吹いた。
「!?」
白い蒸気が流されていき、この世界にある全ての蒸気が一点に集まっていく、巨大な雲の塊だ。
なおも、突風が吹きつける。
何だ、何が起こってるんだ。
巨大な雲がモゴモゴと動き、形を成していく、それは見る見るうちに小さくなっていき、それに従い光熱を発した。
瞬く間に閃光を発し、あまりの眩しさで僕は目を瞑った。


目を開けるとそこは混沌だった。
いつの間に移動したんだ。
辺りの視界は全て黒、臭いというものを感じず、忌避感が増長され、辺りにガス雲が漂っていた。
「うっ……気持ち悪い、何でだ!?」
僕は辺りを払った。ガス雲を遠ざける。
「!」
光りだ。
僕の目の前には、光の化身が立っていた。
「お、お前は……」
ニタリと笑みを浮かべる光の化身。
その者が僕に手を向けると。
ドクンと胸に傷みが走った。
「……えっ……!?」
それは胸から崩壊が始まっていた。
「あ、あああっ!?」
何だこれは何だこれは……ッ
その崩壊が止まらず、僕を構成する、体の全身が崩落していく。
「ああっ!? あ――っ!?」
こんなの常識の埒外だ。
僕の自分の手を見た。
崩壊、崩落していく、僕の手はパッパパパッパッと黒白の光を放ちながら、天に地に粒子と化していく。
その原因は決まってる。あいつが原因だ。
僕は光の化身を見た。向き直り、歩み出したその時、ボロリと足の感覚を失い、僕は倒れた。
「っ!?」
僕は足を見た。その足が崩壊していく。
「クッあああ!?」
僕は歩く術を失った。
(ダメだ!!! もうこの足じゃアユミを迎えに行けない!! いや! それどころか僕も!!!)
「うわぁあああああ!!!」
僕は恐怖のあまり頭がおかしくなって、その原因となっている奴を見た。
その手を伸ばす。
瞬く間にその手も崩落し、黒白の粒子が光りながら、あいつの元へ運ばれていく。
「おっ、お前は誰だッッッ!?」
「……俺はお前、お前は俺。僕と俺は2人で1つの存在!」
「なに……!?」
「世界が崩壊し、新しく世界を形作るために、破壊と再生をもって、新たな世界を形作る! これは創造再生への過程(プロセス)!」
「ぷ……プロセス……!? 何を言って、あああああっ!?」
胸、足、手が崩壊を経て、いよいよ首のところまで崩壊が迫っていた。
「虚無、混沌、創造再生を経て、魂の在り方が生まれ変わる!」
「あっああっちょっと待てっ!!!」
口のところまで崩壊していく。もうまともに喋れない。
「……フッ、産声を上げるには痛みが必要だ。まだ道理を知らぬお前は、座して待て」
スバルの全身が崩壊し、辺りに漂うは粒子の集まりだった。
そして、また光の化身もスバルその者であり、自ら崩壊し、粒子となって、俺とお前が再び1つとなり、この世界を形作る。
黒白の波動を放ち、巨大な光となって。
この混沌の場に、気持ち悪いガスと虚無の世界にあった白い蒸気が流れ出し、
混沌と虚無が入り交じる。
ガスと蒸気が入り交じり、ここに新たな世界を創り上げようとしていた。
その中核をなすのが、1つとなった巨大な光の球だった――


――そこはまるで宇宙のような場だった。
黒い影AとBがいて、スバルは座して意識を失ったように俯いていた。
儀式の魔方陣が、この場に浮いていて、この世界を形作っていた。
天に色々な色が混ざった光の球があり、無色透明となって一振りの儀式の剣と化してス――ッと降りてくる。
武器のモデルに近いのは、古代の鉄剣『七支刀』が近いだろう。
七支刀、石上神宮に伝承される七支刀で、左右に三つの枝刃が互い違いについた鉄製の剣で、その形状から武器ではなく祭事や儀式に用いられた儀刀あるいは呪刀と考えられている。
七支刀は、元々『六叉の鉾』として伝えられていて、刀身に刻まれた銘文により、現在は七支刀と呼ばれている。
見た目的には琥珀色で、突く、切ることはできず、儀式の祝詞、舞にて使用されていたとみるべきだ。
だが、この剣は特別だ。『二十七至刀』と呼称すべきだ。
左右に13の枝刃が互い違いについていて、より鋭利に、それぞれ光を放っていた。
刀身は無色透明で、周りの風景と同化していた。
使い方としては、切るというより、突き刺すがいいだろう。
儀式の執行人黒い影Bの前に止まる、『二十七至刀』。
儀式の執行人がそれに手を向けると、その手に収めるように儀刀が浮遊し、その柄を掴む。
「魂の創造再生を経て、これより、精神と心の儀を執り行う!」
あたしはその儀剣を目の前に持ってきて、祈りを捧げる。
「これより舞うは、神々に捧げる祈りの舞」
舞うは、祈りの舞。それはスバルを中心として置いて、その周りで鼓舞するものだった。
「神々に捧げよう、この祈りの舞を! 神々の御前にて、添えまつるは、言の葉なり!」
ここから言の葉を歌いながら、舞を踊っていく、それは捧げ歌だ。
「第一行節、『肉体の回生』!
天におわします、我等の父と母よ。
願わくば、御名を崇めさせたまへ、彼の者はスバル。
その者の肉体は、現世(うつしよ)にて傷つき、生死の淵にある。
回生の儀式へて、より高次元の存在への進化、体の創りをどうかより昇華させたまへ――」
一周回り、演舞は2周目に入る。
「第二行節、『罪の許し』!
生命の理を侵す、我等の所業を許したまへ。
御心が天に還るべく、あぁその時まで地の世界で糧の繁栄を。
我等の日用を、生き繋ぐ糧を今日も与え、明日、未来へ紡ぐ所業にて、栄華と繁栄を。
罪を犯し、罪を許すがごとく、あなた様からの試練を与えたもれ、我等を許したまへ――」
2週目を回り、演舞は3周目に入る。
「第3行節、『魂の創造再生』!
肉体の回生の儀式、罪の許しにて、彼の者の魂の在り方を説いました。
不変の魂のシコウは『禁欲』!!
その欲の在り方は、真理の探究!! この星を飛び出して、宇宙を知り、その先を行き、生のある限り己が望むことを成すことなり!
真の道理を経て、真実を求める事。
時には道も誤り、虚偽もしよう、必要な時には合わせよう。あぁされど! 人としてその道を決して踏み外さないことを願う。
真実の道理、幾多の困難が待ち受けよう。
されど、真理の道程を歩むならば、時には立ち向かう、勇気も併せ持たねばならない。
数多の敵と戦える力を!!
が、彼の者の勇はか細い。
どうかあなた様の勇気を、彼の者にほんの少しでもいいので、分け与えたまへ――」
3周目が終わり、いよいよ演舞は最終局面へ。
舞を歌い、鼓舞していた黒い影Bはスバルの正面に舞い立つ。
「第4行節終幕、『精神と魂を繋ぐ心の産声』!
この通過儀礼を経て、彼の者の魂の象徴、その扉の鍵を開錠するこの儀剣にて、眠れる力を呼び覚ましたまへ――」
――ドンッ
その瞬間、その黒い影Bは意識を失っている、いや入っていない空の精神体に、儀剣を突き刺した。
それは激痛ものだった。原初の叫び声を上げた。
「あ――っ!!」
――ズブズブとあるべき場所へ還るように、儀剣がその胸に浸透して、入って還っていく。
「ああっ!!」
「その痛みは、この世に新しく生まれてきた原初の痛みなり!
願わくば、胎児のときの精神的ストレスと痛みを思い起こし、そして産声を想起させよ!!
傷みを通じて、彼の者の魂と精神を繋ぎ、心の在り方を改め、すべてを還元せよ!!」
――ズブズブと浸透していき、枝刃の全てが入り、手元にあった柄まですべてが浸透し、トプンと入っていった――
「あーんっ!!」
そして、ガクッと首を折ったスバルは、項垂れた。
その瞬間、宙に浮いていた魔方陣が反応し、ぼんやりと発光した。
この世界を形作っていた恒星、惑星、衛星が動き出し、どこからか飛んできた彗星が楕円形軌道で回る。
それは魔方陣の軌道に乗っていた。
「――これにて、肉体の回生、罪の許し、魂の創造再生、精神と心を繋ぐ心の呼び声、総じて目覚めの通過儀礼を修了とする」
黒い影Bはやり切った感があり、フゥ――ッと一息をついた。
とその横から「お疲れさん」と軽口を叩きながら、黒い影AがBの肩に手を置いた。
その際、睨み返す黒い影B。
だが、長年の経験則からか「ハァ……」と重い溜息をつく黒い影B。
それはもう、なんだか諦めているようだった。
――ゴゴゴゴゴ
その時だった、この宇宙に似せた空間が振動したのは。
ガス星雲が、銀河が、散開星団が現れては、動いていく。
どこからともなくやってきた流星群が通り過ぎていき。
その中でも、スバルを中心点として、恒星が頭の上に来て、惑星、衛星が軌道上に乗って動いていく、楕円形軌道の彗星が過ぎ去っていく。
「儀式が終了して、あたし達の精神体が還ろうとしているわね」
「ああ。……スバル、目覚めた時には、俺達の事を――」
黒い影のAとBのその体が崩壊し粒子となって、還っていく。
――ゴゴゴゴゴ
一足早く、俺達はその世界からつまみ出された。
いや、還ったと捉えるべきだ。


外の世界、その外観では、儀式の祭壇に出来上がっていた巨大な光熱球が発光しながら。
――ゴゴゴゴゴ
巨大な光熱球から何条もの黒白の閃光が放ち。
一点に凝縮し、黒白の極致的大閃光を放つ。
それは、この精神世界の崩壊であり、再び、スバルを主として置いた世界の再構築であった。


――それは不思議な夢だった。
どこまでも広がる宇宙空間の中、赤ちゃんまで戻ったスバルは、気持ちよくて、何かに抱かれているような感覚だった。
それはバリアみたいなもので、赤ちゃんのスバルを護っていた。
――次に見えたのは、赤い液体の中、それはお母さんのお腹のある羊水の記憶だ。
へその緒で繋がった僕は、その中で蹴りを入れた。
速く速く、この中から出たいと思った。
外の世界へ。
……その中にもう1人いたんだ、小さい双子が……。
――次に見えたのは、雨が降る中、自然分娩で赤子が初めて外の世界に出てきた時だった。
赤子は鳴いておらず、呼吸をしておらず、このままではマズい状態かにみえたが。
助産師の女性が赤子を抱いて、背中からトントンと軽く叩いたことで、
赤子の口の中に溜まっていた羊水を吐き出させた。
そして、初めて産声を上げたのだ。今にして思えばあれは初めてのストレスと痛みだった。
……だけど、すぐに緊急手術に入る。
その手術中に僕から何かを、医師たちが取り上げた。
僕は止めて、取り上げないでと、手を伸ばすけど、赤ちゃんの声じゃどうにもならなかった……。
僕は、力の一部を失った……。
――次に見えたのは、保育器の中に納まる僕だった。
そこへ誰かがやってきて、まだ小さい僕の手を取り、注射針を刺した。
余りの痛みで僕は泣き出して、周囲に危険を報せることしかできない。
ニヤける人影だったのを覚えてる。
――母に抱かれた僕は、病室にて初めての授乳を受けた。
それはなんか甘くて、ミルク的なものだった。
まだこの時の僕は、味はこれしかわからず、僕はもっといろんな味を知りたいと思った。
――それからしばらくすくすく成長して、ハイハイを覚えた頃、うちの犬に危ないよそっちへ行っちゃいけないよと、背中の服を甘噛みされて、持ち上げられたのを覚えてる。
そのまま持ち去られて、僕は嫌々と泣き出した。これには困った顔をしたうちの犬がいた。
――それからそれから、色々な記憶がコマ送りにフラッシュバックで思い起こされて、僕という人格を司る上で重要な記憶と経験だった。
――忘れていた記憶も思い起こさせた。
それは園児の時の記憶で、長馴染みのアユミちゃんとの出会い。何人もの同じような男女の園児たち。そして――
「今日から、皆さんと一緒に過ごします。チアキちゃんです。みんな仲良くしてねー!」
「「「「「はーい」」」」」
先生はその子の紹介をして、園児たちは仲良く返事を返した。
――次に見えたのは、力強いチアキちゃんが、この時はまだか弱い僕の手を引っ張っていく姿だった。
その隣にはアユミちゃんがいて、僕達3人はどこかにいくようだった。
その子の面影は、どことなくつい最近あった少女の顔立ちに似ていなくもなかった。


そこは虚無でも混沌でもない、新たな創造再生へた世界だった。
床一面には、雲が流れて光に照らされていた。
その光の大本は巨大な光の球だ。
天には広大な宇宙空間が見えて、幻想的なオーロラのカーテンが揺らめていた。
その巨大な光の球の中で眠っているのは、スバルその者だった。
いや、スバルの形を成した、魂そのものと見るべきだろう。
魂はそのまま、長い年月をかけて、熟成していくのだった。


☆彡
【――いったいどれだけの年月が経った!? 1年が、10年が、100年が、それも途方もなく長い時間に感じられて、目を覚ました時には、ほんの数秒だった】
この精神世界にて目を覚ました僕は、儀式の祭壇にて立っていた。
色とりどりの魂の炎は消え失せて、それは修了したことを端的に告げていた。
僕は自分の手を見た。
何の変化もない。何も感じられない。静かだ。
「……」
僕は顔を見上げた。
「……僕は何者なんだ……? どこからきてどこへ行く? いや――」
それは自然に口をついて出た呟きだ。
見上げていた姿勢の僕は、顔を下ろした。
「僕はまだ、生まれてすらいないのか……?」
その時だ。
声が投げかけられたのは。
「――そうだ」
それは男の声だった。
石造りの通路の奥から、黒い影AとBだったものが現れた。
それは人だった。男性と女性。
古めかしい衣装に身を包み、それでいて、高位の役職に就く男女のようだった。
「……目覚めはどう?」
今度は女性から言の葉を投げかけられた。
「……静かだ……僕という人格を想起した感じがする。……いや、元々、僕は僕だ」
「――……無事、アクシデントはあったけど、目覚めは上手くいったようね」
「?」
アクシデント、何かあったのか。それは僕の意識の外だった。
今の僕が知る由はない。
名も知らぬ男女2人は、祭壇の階段を登り、僕の目の前にやってきた。
「……その声、やはり黒い影の2人は、あなた達だったか」
「「……」」
何も言わない、それは肯定の意思表示だった。
「……教えてくれ。僕は何者なんだ? この世界は? あなた達は? なぜ突然見えるようになった?」
「……フッ」
「そうね。順を追って説明しましょう」
女性の人は僕に背を向けて、歩み出した。
ついてこい、という事か。


【魔導書庫】
そこにはいくつもの棚が立ち並び、現代の世界では失われた文字が綴られていた。
古代語とかいうやつだろう。
その部屋の奥にて、教鞭をとっていたのは女の人だった。
その黒板には、魔力の目覚めに関する通過儀礼が記されていた。
通過儀礼=魔力の目覚め。
現世で『肉体が死の淵』
前座で『魂の在り方禁欲の志向』
主題で『肉体の回生』『罪の許し』『魂の創造再生』『精神と魂を繋ぐ心の産声』
崩壊と再生を経て『還元』
幕引きで『熟成と睡眠』『目覚め』
これをひとまとめにしたことにより、僕の魔力が目覚めたという事だ。
「――以上のように通過儀礼を修了したことで、体・精・魂が飛躍的に昇華した!」
「なるほど」
僕は何となく理解を示した。
「だから、僕の中の魔力が目覚めたことで、あなた達が見えるようになったのか……」
僕は一通りの説明を受けた。
「……今のお前なら、エナジーア生命体になっても、その速さに精神がついていけず、遅れが生じることはない」
「? それはなぜ?」
「これはあくまで俺なりの仮説だが、エナジーアとはおそらく、エネルギーに+@した新たなエネルギーの一種の事だからだ。
現代社会で生きるお前には、こう言った方がとっかかりがいいだろうか?
energy(エネルギー)
大きく分けて『熱エネルギー』『力学的エネルギー』『電気エネルギー』『科学エネルギー』『光エネルギー』そして『波動エネルギー』の6つだ!
熱エネルギーで代表的なのは、炎や核エネルギー。
力学的エネルギーで代表的なのは、人が動くときにエネルギーを発している事だ。
電気エネルギーはそのまま、電化製品が代表例だろう。
化学エネルギーは、蛍のお尻が発光する現象など。
光エネルギーは、太陽光発電または電波といったところだ。
そして波動エネルギーは、音や振動、水や空気といった物や。重力場の事も指す。
この6つがエネルギーの総称だ!」
僕はなるほどと頷く。
確かに小学校の授業で習った覚えがあるな。
「対して、+@は『自然界のエネルギー』『精神や魂のエネルギー』『目に見えない宇宙のダークエネルギー』『別次元のエネルギー』『未知の多元的エネルギー』の事を差す!
つまり、そのエネルギーと+@をひとまとめにしたものが……!」
「エナジーア!?」
コクリと頷く男の人。
だとしたら、認識のレベルを超えてるぞこれ。
「……だが、あくまで仮説の範疇だ。真の理解は尋ねてみないとわからない。
それこそ、教授等クラスでないとわからないだろう。もしくは向こうにある諸説を見るとかかな」
それは人に聞くか、本で見るしかわからないというものだった。
なんにしても難儀しそうだ。
「――話を戻すぞ。
以前のお前の肉体は、その変換に耐えられず、その電子分解から生じるプラズマだった。
プラズマとは電気の事だ。電気は光の速度よりも遅く、その速度は光速の三分の一程度だ。
つまり、光速が1秒間に約29万9792㎞進むから、これが雷速の場合だと約10万㎞前後ぐらいしか進まないということだ。
当然、お前はあの小さな宇宙人についていけず、何もできなかったということだ」
「……」
「だが今のお前なら、その足りなかった点を補うことができる。どれ表にしてやろう」
男の人は、前に書いてあった通過儀礼の図を消して、新たにその速度表を書き記した。
名も知らない小さな宇宙人が、約30㎞の光速。
スバルが、約10㎞のプラズマ。そしてその足りない速度を補うのが+@、つまり魔力の目覚めだ。
「――とまぁこんな感じだ」
「なるほど。……じゃあ気になっていたんだけど、もう1つ、直流と交流の違いってわかる?」
「そんな事か!
おそらく統べる直流と協力の交流の違いだろう!?」
「知ってるの?」
「いや、おおよその範疇だ!」
これにはガッカリくるスバル。だが――
「が――確信もある! どれ表にしてやろう」
男の人は、さらに直流と交流の図を描いた。
一直線なのが直流、二相の線が上下運動の区間で途中途中で交わっているのが交流だ。
「直流と交流で代表的なのが、電気だが……! お前達エナジーアの理論でいえば、少しくくりが違う!
わかりやすい例えが、初めの時と恒常の時の違いだろう!
初めに直流が750のエナジーアを引き出せるとする。交流の場合は二相の遅れが生じ600のエナジーアしか引き出せない。
それは初めの時、一直線のエナジーアの方が目的の場所に早く着くからだ!
これが初めの時とする!
一方、恒常の時は、そのエナジーアを近い距離から遠い距離において考える!
ある一定の区間までは直流が圧倒的に勝るが……。
ある境界線を境に逆転現象が生じる!!
当然、1人でできることは限られてくるし、2人でうまく協力し合いえば、それ以上の力を得ることができるわけだ!」
これには僕も「なるほど」と頷く。
「だが、もちろんこれは、あちらの炎の宇宙人も当然ながら心得ていることだ!
何が言いたいかと言えば、初めのうちは直流の方が圧倒的に有利だからだ!! だからあちらは時間をかけて、交流型に趣を変えるだろうな!」
「やっぱり……」
うすうす感づいていたことだが、支配から協力とはそーゆう流れだ。
「――が、こちらが協力の交流型を初めから用いる以上、ハンデは当たり前で、その特性を逆手にとるしかない!」
「!?」
「お前はクリームパンは好きか?」
「え……それはまあ……」
「そうか! なら例えがわかりやすい。
協力粉やドライイーストだけじゃ味にそっ気がなく、パン生地がパサパサしているだろ? だから、砂糖やスキムミルク、溶き卵や塩を用いることで味わいが増す。
要はそーゆう事だ! だからお前は、パンの生地じゃなく繋ぎになれ!」
「繋ぎはわかるわよね? ぬるま湯や無塩バターを使うのを忘れずにね。
+@のカスタードクリームを作りましょう。材料はたったの4つ! 卵、牛乳、砂糖、薄力粉で簡単に作れるわよ!
いわゆるこれが+@の魔法ね! スバル君と宇宙人ちゃんとで、おいしいクリームパンになりましょう!」
「!?!?!?」
もう訳がわかんない……っ。
えーと多分、かの宇宙人さんがパンの生地で、地球人の僕がその他の材料やカスタードクリームになれ、というものだ。
(ちょっと待て!! 支離滅裂だ!! 誰か要約してほしい!?)
僕は混乱の極みにあった。
――パン生地
・強力粉200g
・ドライイースト小さじ1
・砂糖大さじ2
・スキムミルク大さじ1
・溶き卵30g
・塩小さじ三分の一
その他の材料
・ぬるま湯100㏄
・無縁バター
カスタードクリーム
・卵黄3個
・牛乳2カップ(400ml)
・砂糖(上白糖)70g
・薄力粉30g
・バニラオイル少々
――が、美味しいクリームパン作りの材料である。


「――よしっ、説明はこれくらいしてすぐに始めるぞ!」
「!」
「お前を強くする時間、つまり修行だ!」
「とにかくスバル君をギリギリまで追い詰めましょ♪」
「えっ……!?」
「それこそ、一つまみの塩の結晶となるぐあいに♪」
僕は女の人に向き直る。その人は朗らかに。
「だって――っ魔力に目覚めたといってもコントロールはできていないもの! 普通にコントロールを覚えようとしたら間に合わないものね……うん。
だから、最短ルート!
剣の切りつけと魔法による被弾で、あなたの力を無理やり起こすの。
大丈夫! この世界で肉体が死んでも、それは精神体だからすぐに元通りだから!
死というものを身近に感じ取ることで、自ずと魔力とは何なのかわかるはず、大丈夫死なないから!
だって――精神と肉体を追い詰めないと、不思議な心地よさと何かに抱かれている感じを、コントロール下に置けないものね。クスクス。
そもそも魔法すら習得できないもの。ウフフフ」
「……」
これには言葉を失う男の人。
(完全に嫉妬じゃないか……! あの力を目の当たりにして狂ってやがる……っ!」
ニコニコする女の人が立っていた。
(……この腹黒女……僕になんの恨みがあるんだ……?!)
僕は怯え、顔が引きつっていた。
「大丈夫ーっ♪ 手加減は履き違えないからー! ねぇ……?」
「……」
言葉を失ったスバルが立ち竦んでいた。


☆彡
【修行場所】
――そして、僕達は修業場所に移動し、ギリギリの戦いをさせられたのだった。
それはとても修行とは呼べないものだった。
男の人は、剣を振るい、殺さないように真空波を飛ばして攻撃する。
女の人は、両手掌の上に炎の球を発生させて、投げつけてきた。
それらを喰らい、悲鳴を上げて僕は倒れ伏す。
ヤバい、本気で死ぬ。

【――生き物の進化には、恐怖が必要だ!】

僕は中止を促そうと、声と手を挙げて静止を望んだ。
「やめてくれぇ。さすがに死ぬ!!」
だが、心が冷たい女の人が僕の前に立って。笑い立てる。
「大丈夫よ大丈夫ーっ!
それに急がないと、このままじゃあの子が死んじゃうかもしれないでしょー? クスッ」
その挙げていた手を、女の人は蹴り飛ばし。
「ほら立ちなさいよ。ほらほら」
腰に下げていた杖を手に取り、それを何度も僕の顔面にあてがう。
その一撃が目に当たる。片目が潰された。
「ギャアアアアア」
「アハハハハ! 大丈夫よすぐに再生するわ!」

【その事を知っている女の人は、それを体現していた】

痛苦に耐えかねて、スバルはその場で何度も転げ回る。
耐えられない。強くなるためとはいえ、ここにいたらそれこそ終わる。
「グッ」
僕はすぐさま立ち上がり。
「チックショオーッ!!」
と声を荒げて、その場を逃げ出した。
だがそんな中でも笑みを浮かべる女の人。
「逃げられないのよ。ここはあなたの精神世界だからぁ。だから、どこにいようが手に取るようにわかるわぁ。ホホ」
(……こいつ、性格が悪ぃ。まるでSM女王だァ……)
石造りの通路を逃げるスバル。
後ろから氷柱の雨が迫ってくる。天井から落ち、通路からも生えて、それが迫りくる。
その音を聞いた僕は後ろを振り向いて、絶句した。
ダメだ逃げろ逃げろ。
後ろを向いていた僕は、目の前を向いて、通路の途中に左へ行ける道を見た。
助かったあの道へ行こう。
曲がった先にいたのは、剣を持った男の人が立っていて、走ってきた僕の頭が、偶然にもその胸に当たる。
「痛てて。えっ何で!?」
いつ、先回りされたんだ。
「どこに逃げようが無駄だ」
その手に持った剣を振り上げて。
「ハッ」
「フッ」
袈裟切り一閃。
ズバッと血しぶきが上がった。
「うわぁあああああ」
悲鳴を上げるスバル。
こっちの道はダメだ。元来た道に戻らないと。
その時、男の人が。
「『白雷』ホワイサンダー(レフキケラヴノス)」
と呟き、僕の足を雷撃が貫いた。
「いぎっ!!」
僕は痛みを我慢して、そんな足でも逃げる。
元来た道は氷漬けで、石造りの通路に氷柱の世界となっていた。
僕の体から赤い鮮血が滴り、それが僕の逃げた道を容易に示していた。
通路を抜けた先は、川の上に橋がかけられていて、その先には緑豊かな花が咲いていた。
「足が、血が止まらない……痛い、体が熱いよ」
僕は思わず、潰れた目の方に手を当てると、潰れた目が再生していた。
「……っ」
(見える!? えっ何で!? さっき潰れたはず!?)
もう、訳がわからない。失った視力が戻るなんて。
その時、後ろからコッコッコッと足音が聞こえた。
その音が僕の恐怖心を増長する。
血の気が引いていく僕は、青ざめた。
「『白雷』ホワイサンダー(レフキケラヴノス)」
「『旋風衝』フウァールウィンド(アネモストロヴィロス)」
雷撃がもう片方の足を貫き。
爆風が僕の体を襲い、花畑に飛ばす。
そこにドサッと僕は落ちてきた。
僕は、「ウウッ」と呻き声を上げた。
「に、逃げなきゃ」
僕は逃げようと身を起こしたその時だった。
片足を真空波が襲い、もう片方を氷柱が突き刺した。
そこの空は暗く、日が落ちた夕焼け空と夜の間だった。
「あああああ!!! あ、足、足がぁああ!!!」

【それはスバルから逃避行を奪い、肉体的に、精神的に追い詰めるものだった】

「にぎっ、痛い、痛いっよおっ!!」
僕は上半身の力だけでも逃げようとした。
ズリズリと無様でも何でもいい。僕は動く両手を動かして、花畑の方に進む。
そこへ声が投げかけられる。
「いい場所に飛んだわね」
「ここがお前の墓場か」
「!?」
ザクッ、ドンッと左手には魔法の杖が突き刺し破り、右手には剣が差して貫通した。
「ギッ、ギャアアアアア!!!」

【死地にて、両足、両手を奪い、恐怖のどん底に叩き落とす。完全に退路が失われた】

「キャハハハハ!! ねえ見て聞いてよ、情けなぁ~これがあたし達の主人格だなんて信じられな~い!」
「……」
女の方は完全にキテいた。
それに比して男の方は寡黙だった。少し、これには同情してしまう。

【死線にて、もしかしたらという甘えが、ない。精神的ストレスと痛みをこれでもかと与える】

「しゅ、主人……格……?」
「なに、聞いてたの? じゃあ教えてあげる」
女の人は、僕のみぞおちに蹴りを入れる。
「うっ」
「自分という人格を司るのは、何もこれまでの人生、経験、環境だけじゃないの。
もっと原初的なもので、それは血の歴史なの」
さらに女の人は、僕のみぞおちに蹴りを2発入れる。
「生命の誕生には、父と母がいる。もっと言えばご先祖様かな?
あたし達の成り立ちは、その血は、子孫に受け継がれている。血の記憶ってやつで、原初の本能ってやつよ。
キッカケになったのは、あの小さな宇宙人ちゃんとエナジーア生命体になった時かな。
あれが原因で、あたし達が呼び覚まされた! 『遺伝大隔世』ってやつよ!!」
さらに女の人は、僕のみぞおちに強烈な一蹴りを浴びせた。
ボグッ
「ウッ、ゲホッゲホッ! 過去の死んだ人たち?」
「ええ、だから」
魔法使いの女は、その杖を左手から引き抜いた。
「あたし達は、我が子にある仕掛けを施した」
「!?」
「フンッ!! その結果があなただなんて、あたしは今、猛烈に! 強烈に! 激烈に! 痛烈に気分が悪い!! 誰にでもいいから、八つ当たりしたくてたまらない!!」
怒りに任せた女の魔法使いは、その手に持った杖で僕の後ろ頭を殴打してきた。
「イギッ!!」
叩き込まれる魔法使いの杖。
僕はたまらず、自由になりはしたが手に穴が空いた手で、僕の頭を守った。
痛い痛い、ガードの上から痛みが直に響く。
「なんであたし達が死ななければならないのさ!!! 何で何で!!!」
叩かれる叩かれる。
「なんであたし達の血を引いて、生まれたのがあんたみたいな『失敗作』なんだよ!!!」
叩かれる度、僕はショックを受けて、その目を一度開けた。
「あんたなんか生まれるんじゃなかった!!!」
「――ッッ」
叩かれる度、罵詈雑言が浴びせられる。

【それは世界からの拒否だ拒絶だ!! 差別的扱いだ!!】
【だがここで抗えなければ、その心の叫びは途絶えてしまう――】

「あんたなんかいらない!!! その血に眠るあたし達の子供と入れ替われ!!! 魔方陣を組みなおして、血と精神を繋げて、もう一度分解してやろうか!!! あっ!?」
「おっおい、それはいくらなんでも言い過ぎ……演技でも、さすがにヒドイ……ッ」
俺は段々可哀そうに思えてきて、静止の言葉を投げかけたが。
「うっせーぞ!!! 小さい勃起不全(インポ)がッ!! 前線で戦闘ばかりしてたから神経が千切れたんだろうがっ!!」
「「ッッ!!?」」
こ、怖い……。ってかヒドイ……ッ。
「演技とか関係ねえ!!! こいつ、全然動かねえ!!! ちったあ男らしく肉欲的に動けやっ!!! 性欲を爆発しろぉおおおおお!!」
「……っ」
(怖えぇ)

【――無理……!! ドン引きものだ!! それはかとなく男として、原初からの本能に抗えず、ここは鳴りを潜めてしまう……】

遂に男の人の剣士まで飛び火した。
この時スバルは、女の裏側を知ったのだ。
「そうは言うけどな、お前小さいんだよ!! もっと肉欲的なら立ってるわ!!」
その瞬間、男の剣士は右手に刺してあった剣を引き抜き、再び、ザクッと突き刺した。
「グッ、いっ!!」
「あーんヒドーイ!! 人の祖国を滅ぼしたくせに!!」
ドッドッ
「何が酷いもんか!! お前だって、その下の口に暗器を忍ばせて、俺の命を取りにきただろうがっ!!! クソアサシンの売女(バイタ)がッッ!!」
ザクッザクッ
「何よ!! その後、無抵抗なあたしを辱めたでしょうが!! 処女を返せ――っ!!」
ドスッドスッ
「嘘つけっ!! 血が出なかったぞ!! さしずめ暗器を忍ばせた際、自分から破ったんだろうがっ!!」
ザクンザクン
「ヒドーイ!! 女子にそんなこと言う!?」
「何が女子だ!! お前今年でピ――歳だろうがっ!! 昔踊り子のエロい衣装を着て、舞と歌を歌っていたのはよかったが、もう骨じゃねーか!! 骨!! ハハッもう風化してるわ」
「そんな事を言うならあんたは、骨すら残らない灰でしょうが!! あそこは全然気持ち良くないのよ!!! あたしの青春返せ――っ!!!」
「返せるもんか!! 俺達もう死んでるんだぞ!!」
「グッ」
「ヌグッ」
その瞬間、叩きつけていた、または突き刺していた剣の動きが止まった。が、被害にあったスバルの身はピクピクと痙攣していた。
ここまでくればもう悲惨、無残、不憫ものだ。
ダメだ死ぬ、これは死ぬほど痛い。精神的にも肉体的にも……死ぬほど辛い……ッ。
「だいたいだな、子供を産んだんなら母乳が出るもんだろうが!! 何が母乳の出が悪くて乳母が必要だ!! お前達祖国の文化を持ち込むな!! あれすっごい恥ずかしいだぞ!!」
男の人が、スバルの上に踏みつける。
「何よこっちの文化持ち込んでいいって言ったじゃない!!」
女の人が、スバルの上に踏みつける。
「言ってない!!」
「言った!!」
「言ってない!!」
「ヌグググッ、だからあんたがそんなんだから、あそこの器が小さいって噂が立ったのよ!!」
「あの噂が広がったのはお前か――っ!! そんな事言うならお前だって、あそこの陰毛が剛毛なんだろうが!!」
「ちょっとなに口走ってるのよ!! あんただって胸毛の処理しなさいよね!! 胸を乗せたの時、むず痒いのよ!!」
「ううっ」
「ああっ」
ついに言い合いの我慢の限界が迎え、ものに当たる2人。その被害にあうのはもちろんスバルの役目だ。
なんかものっっっすごい不憫に思えてくる……ッッ。
2人は何度も地団太を踏む。ドカッドカッドカッとこれは痛い。
「あっ、ギッ、グッギッ」
その時、ブチッとスバルの血管が浮き上がり、怒りが達していく。

【それは怒りだ。相手に対する怒り、自分に対する怒り、世界に対する怒り、何かなんでもいい。怒りを引き金に目覚めようとしていた】

「貧乳!!」
「インポ!!」
「彫が深い顔!!」
「万年お腹下し!!」
「シワ、シミ、ホクロ、ソバカス、おできもの!! 汗疹(あせも)、湿疹(しっしん)!!」
「鼻毛が生えてる!! 寝しょべん大王!! 尻に剛毛!!」
「育児放棄女!!」
「レンタル女の抱き枕大王!! 女の敵!!」
「虫歯女!! 口臭が臭いんだよ!!」
「なっ!? そんな事を言うならね、あんたも虫歯や戦闘で歯が抜け落ちて、金歯を仕込んでるんでしょうが!! 歯並びが悪いのよ!! あーっクサックサッ!!」
「加齢臭!! 香水で誤魔化すな!!」
「なっ……にぎぎぎっ!! 皮下脂肪、デプンデプン腹!! 汗と油のニオイで臭いのよっ!!」
ザクッザクッ、ドスッドスッと言い争うたびに、その剣と杖を突きさしていた。
その足で踏まれているスバルは、自分の上で口論し合っている2人に、怒りを滾らせていた。
ブチッブチッと切れていく。

「――オイッ」

「何だ!?」
「何よ!?」
「どうせお前の子孫なんて、何の取柄もないんだろ!?」
「あら~あなたの子孫でもあるのよっ! フンッ」
「性格醜女(ブス)」
「毛深い醜男(デブ)」
「そんな事言うならアユミを侵すぞ、この野郎!! お前より断然マシだからな!!」
「あんな酸っぱい汗の臭いがするメスガキのどこがいいのよ!!」
「磯臭い、海の微生物が死んだような臭いよりマシだ。あの年で乳がデカいだろ!! 将来発育上等だ!!」
「何ですって!? そーゆうけどね、どうせ乳輪もデカいんでしょ!? 使い込まれたあそこの先端が黒い!!」
「あそこはまだ産毛だ!」
「剛毛になるでしょ! あの性格の悪さならっ!!」

――ゴゴゴゴゴ

「そんなに言うなら勝負だ!! このアバズレ!!」
「そのインポとぶら下がっている球袋!! 氷瀑でぶっ飛ばしてやろうか!! この無性のおっさん!!」
最後に2人は僕の体を踏みつけて、距離を取った。
もうこれは痴話喧嘩だ。
本気でふざけてるのかこの2人は。何が僕の修行なもんか。
人のアユミを持ち出した以上、僕の怒りは頂点に達していた。
剣を構える男。
片手に杖を持ち、片手に冷気の球を発生させる女。
そして、僕の頭の上にて両者の放った技がぶつかり合い、爆発したのだった。
両者が放ったのは、真空波、もう片方は冷気の球だった。
この瞬間、僕の身は、何かに抱かれるように、ぼんやり光を放っていた。
それが僕の身を守り、ダメージを軽減してくれる。

【それは無意識下での魔力の発現だった! ――だが――】

「『氷柱』アイシクル(パゴクリスタロス)!」
「怨魔乱舞刃」
突き出した手から、地を這う氷柱と宙を飛ぶ氷柱が迫る。
その剣に怨魔の気炎を纏い、一払いでいくつもの真空波に怨魔を乗せた技を放つ。
氷と怨魔がぶつかり合い、パワーでは怨魔が勝り、連射数では氷が勝り、ドォンと爆発が起こった。
場に爆風が吹き寄せる。
「このハゲ」
「ハゲてない!! 俺の血筋はフサフサだ!! お前こそ女性型脱毛症じゃないのか!!」
男はその場で飛ぶ。
「失敬な!! こっちの親もフサフサよ!! 誰が好き好んでハゲの遺伝を入れるか!! 事前調査は抜かりないわ!!」
女はその場で杖を構え、クルクル回す。
「怨魔轟臨!!」
「海神の海流爆叉の杖!!」
大ジャンプした男は、必殺技を仕掛けるため、その身と武器に怨魔の気炎を纏う。
杖をクルクル回していた女は、それを放り投げるように投じて、凄まじい海水を召喚し大うねりの渦を化す。それは海水の龍に見えた。
両者の技がぶつかり合い、怨魔の気炎が爆ぜて、海水の龍の頭を潰す。
その海水の身を切り裂きながら、術者に迫る。
「チッ! だからこの技は反則なのよ!! ガードブレイクにカウンターブレイクだし!!」
女はその手を突き出して。
「『水牢』ウォータープリズン(ヒュドールフィラキィ)!!」
「!」
ヒュドールは、古代ギリシャ語で水を差す。
中世ではネーロン、ネーロスときて、現在進行形のギリシャ語はネロ。
ヒュドールと言えばずいぶんもったいぶった言い方に聞こえるが、今のこの人達を見れば、ずいぶん昔に生を受けて死んだとわかる。
死因こそ不明だが、きっとロクでもない死に方をしたのだろう。
――これ以後、スバルは魔法を覚えることになるが、古代、中世、現代の単語の表現が統一されていないのは、血や魂の記憶による混濁の影響かも知れない――
海水を切り裂いていた途中で、水が形態変化して、水の牢獄と化した。
何もないところで、この水の量、その高い実力が伺える。
それはもう水の牢というより、水の牢獄だ。
人は水の世界では呼吸ができず、ただただ苦しむしかない。その先に待ち受けているのは、惨めな溺死だ。
俺は「ガボボッ」水中で息をついた。
「フンッ、おとなしく」
その時、天に雷光が駆け、稲妻が落ちてきた。
ドガァアアアアアン
それは水牢を突き破り、海水を通じて、辺り一帯すべてに電撃を与える。
「グッ」
「ギャアアアアア!!!」
それは術者の男性も、眼下にいた女性も感電させたのだった。
ドサッと花畑に落ちる男性。
ケホッと黒い煙を吐く女性。ヘアスタイルがすごく乱れていた。
ドスッと杖が地表に落ち、地面に突き刺さる。
「よっよくもやったわねぇえええええ!!!」
「ハアッハアッ。いいだろう」
怒り心頭の女性。
ユラリと起き上がる男性。
「この際、どっちが強いかはっきりしようぜ!」
「ええ、望むところよ!」
駆ける、
駆ける、
2人とも決着をつけるため、技を携えてぶつかり合った時。

「いい加減にしろ!!!」

ピタッ、ピタッと両者の足が止まる。
だが、怒り心頭の2人はスバルに向き直り、怒りを滾らせていた。
これにはスバルも「へ……」とマヌケ顔で呆けてしまう。
それは怒りの形相だった。鬼だ、鬼がいる。
「誰のせいだと思ってるッ!!」
「口出ししないでッ!!」
2人は息の合った動き(コンビネーションプレー)を見せて、スバルに急接近して。
ドガンッとぶっ飛ばした。
「「勝負の邪魔だ(よ)!!!」」
ヒュルルルル、ドサッ……と宙で何回転もして、草花の上に落ちたのだった。
「さあて続きをやろうか」
「ええ、戦いの勘を取り戻すのにちょうどいいかもね」
2人は睨み合い、興ずるまま再び、戦闘に入るのだった。
スバルは再び意識を失い、その花が散ったのだった……。
なんか、すっっっごい哀れだ。

【――スバルの魔力は目覚めはしたが、そのコントロールは難儀したのだった……】
【この我の強い2人は、その後しばらく戦闘と罵り合いが続き、喧嘩では男が勝ち、罵り合いでは女が勝ったのだった――】

女の乳房から剣が生えて。
男の大事な下半身が氷瀑を受けたのか、ボタボタと赤い雫が落ちていた。
その光景を見ていたスバルは、ただただ言葉を失うのだった――……


☆彡
――そして現在、静止軌道ステーション正面玄関にて。
スバルが魔力に目覚めた事を知ったレグドは。
「――なるほど。納得!」
宙にて身構えるレグド。
その眼下にいたエルスはプルプルと震えていた。その行為に不審に思うレグド。
「?」
(……あの後、僕がどれだけコントロールに苦心したことか……! しかもッッッあの後クリームパンを作ったのは僕じゃないかァ……ッ!!!)
(うわぁ……記憶を共有できるからわかるけど、この子大概苦労してるなぁ……。……なんか、ものすっっっごい不憫!!!)
こんな子、さすがにどこにもいないだろう。
エナジーア生命体になったことで、スバルの記憶をLも共有したのだった。だが、これには幾ばくか同情を禁じ得ない……ッ。こんなシリアスな場面で失笑なんてありえない。


TO BE CONTINUD……。

しおり