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手紙と裏切り

 文吾が去った後にがらがら音がするので表に出ると、工事が行われている。1つ目の豚顔料理人の勤める店が多く排水を出すので、水道管の老朽化が酷いそうだ。江戸時代の石水路はひび割れ、木樋は腐る。放置していた新政府も対策を迫られる。

「騒音が凄いです」

深雪の店に来る客は商品説明を聞こうにも、この五月蝿(うるさ)さなので聞かずに帰ってしまう。小売は薄利多売。1日売り上げがないだけでたいへんなことになる。
 玄助はつぶれては働き口がなくなると、深雪に注文をとってくるようねだる。深雪は妖しの中でも上流の家柄。食いつなぐだけの資産はあるけれど、玄助と裏横丁の店を回ってみる。

「倉庫……備品は全部揃っているね」

クリーニング屋の洗濯板とソーダ水と石鹸は足りているし、米屋の容器とカップは割れていない。

「世間話だけでも明日以降の集客に繋がると考えましょう。お邪魔になっていなければ良いのですが」

深雪はその月の赤字より将来の売り上げを心配する。
 雑貨店に戻ると手紙が来ている。許婚(加梁)の旧家からの暑中見舞いとある。普段連絡のない相手から手紙をもらうと心配になる。

「一度ご挨拶に行かなければいけませんね」

鳳神社の東の神木の所には何処に繋がっているか分からない扉がある。そこから許婚の旧家に行ける。異世界通りと裏横丁以外で、唯一許可を取れるのが加梁の旧家への往復だった。

 扉の先にある暗いトンネルを抜けると侍屋敷が見えてくる。門番などいない上に長屋とあまり変わらないものだ。しかし最近、擬洋風といって外見だけ洋館にした建物に改築されるようになった。

「ごめんください。(みなと)さま」

座ってお茶を飲んでいる飄々(ひょうひょう)とした青年に声をかける。加梁の両親はすでに退去し、お手伝いさんだった人物が住んでいる。冷気は抑えられているとはいえ、近寄ってしまうと病弱なこの人には厳しい。

「あら深雪さん。加梁さんのお参りですか?」

屋内は江戸時代の木造建築。板張りの床を歩き、客間に案内される。遠巻きにしてテーブルにそっとお土産の助惣焼(おこのみやきのようなもの)を置く。

「はい、よろしかったらお土産になります」

玄助と行った縁日(フェスティバル)で味を知った。作っているお店を覚えたので、周りに紹介したくもなる。
 湊は手すりに掴まりながら立ち上がる。だが、喜ぶことはなく険しい顔をする。

「最近この辺りは不審なものがいるのです……」

深雪は気付く。術式がかけられている。術式で鈍らされていた五感を取り戻す。湊を奥の部屋に移動してもらい、玄関から外に出る。

「待っていましたよ」

白蝋王がいる。ただし、1対1ではない。深雪の横に後を追ってきたらしい玄助が駆け寄ってくる。幸いにも巻き込むような人間は他にいない。

 深雪は鋭い氷塊(バレット)を作り出す。珈琲に入れる角砂糖のようなものが五月雨(さみだれ)のように降り注ぐ。白蝋王の手下の蝋人形は面白いように砕け散る。破片をつないで即興で直すも、かたはしから破砕されて守りに回る。

「みゆみゆ~?」

 
挿絵


(イラストはGIL.様に描いていただきました。感謝!)

玄助の声に悪い予感がする。味方なのに何故に疑問符なんだろう。氷を生み出す術のさなかで横を向く余裕はない。予感は現実という線で繋がる。

ガシャーン!

深雪の髪に付いている雪だるまのガラスのブローチが、横からの攻撃で砕ける。受けた拍子に深雪は何メートルか吹き飛ばされてしまう。

「く……ろ……?」

銀狐の妖しはすでに人型ではなく片腕を鋭い剣に変えている。
 白蝋王が気持ちの悪い微笑みを浮かべている。相手を貶す微笑みだ。

「雲龍入道の所へ行った姑獲鳥(うぶめ)が狂ったというのに」

敵の言いたいことがぼんやりと伝わってくる。雲龍の所に行って大蛇丸に金を取られたのは大分前のことになる。そして取られたのはお金だけではない。

「……心も奪われていた……のですね」

今までの親しい関係は簡単に崩れ去った。失望して身体がプルプル震えてくる。

「駄目な雪女です。玄助は大丈夫と信じるとは……!!!」

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