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第六章 聖女


   第六章 聖女





「でやあああっ!」



 ガルディエルの振り降ろした剣を横に向けた剣で受けて、弾き返すのと同時にシルヴェーラはガルディエルに向かって振り降ろした。



「くそっ!」



 ギイィイイン、と鈍い振動が腕に伝わってきて、指先を痺れさせる。



「腕上げたじゃねーか!」



 ガルディエルが払った剣を後ろに下がって避けて、シルヴェーラは防具の奥でにやっと笑った。



「そりゃ、師範がいいからだろ!」



 ガキッ、と顔の前で十字に合わさった剣を、シルヴェーラはすいっと力を抜いて横に流した。



「うわっとっと!」



 ガルディエルがよろめいて、慌てて体勢を直して剣を構えた。



「誉めたって何もねーぞ!かかってこい!」



「ちっ!」



 短く舌打ちしたガルディエルが、すっと膝を落として剣を横に払った。



 いい攻撃!



「まだまだ!」



 ガルディエルの剣をはじき、シルヴェーラは身体をひねった。



「ほら、がら空きだぞ!」



「空いてねえよ!」



「空いてるって、言ってる!」



 空を舞って、シルヴェーラの足が軽くガルディエルの胴を蹴る。



「があっ!」



 苦し気にうめいて、ガルディエルがゲホゲホとむせた。



「おい、そんなに力は入れていないはず…」



「くそっ!」



「ぐっ!」



 一瞬気を抜いたシルヴェーラは、ガルディエルが苦し紛れに払った剣をまともに腹部に食らってよろめいた



「シルヴェーラ!?」



 体格差を考えて防御の魔導を施していた防具のおかげで、衝撃はほとんど吸収していた。



 見た目ほどの衝撃はなかった。



「…大丈夫だ」



 シルヴェーラは一瞬ふらつたものの身体につけた防具を脱ぎ捨てた。



 そのまま休憩するように、壁に背を預け座り込んだ。



「馬鹿力め!」



 危なかったと安堵しながら、シルヴェーラは心配そうに覗き込んでいるガルディエルに向かって言った。



「なんて情けない表情してるんだ。防御がなければこのあたしをふっ飛ばしていたんだぞ?少しは喜べ。反射力と攻撃力が付いてきた証拠じゃないか」



 ガルディエルはほっとしたように笑みをこぼして、シルヴェーラの隣にすとんと腰を降ろした。



「よかった。まさかシルヴェーラがまともに食らうとは思ってなから、思いっきり振っちまったんだ。大丈夫か?」



 すっとガルディエルの手が伸びてきて、シルヴェーラの頭をそっと気遣うように優しく撫ぜた。



「痛くなかったか?」



 ここ連日の訓練のせいで、めっきり力強くなったガルディエルの胸を隣に感じて、シルヴェーラはどきりとして目を逸らせた。



「大丈夫…それより、あまり近付くな。汗臭い…」



「ああ、ごめん…」



 自分できつい言葉ばかり言っているとわかっていても、ついシルヴェーラはガルディエルと近付くことを敬遠していた。



 ギルドへ行くと言って二人で城下町へ行ったとき、どさくさ紛れに求婚されてしまっていたことに、答えていなかったからだ。



『この国で紅いものを贈って自分の気持ちだと言ったら…』



 まさか、それが求婚になるなど、異国の民であるシルヴェーラが知る由もなかった。さらにその上で互いに酒を注ぎあって呑むと、受諾なのだそうだ。



 ガルディエルもわかっていたからこそあえて黙っていたのに客に騒がれて、ばれてしまったのだが。



 その後は、店にいた客たちにお祝いだなんだと大騒ぎになり、否定も肯定も出来ていないままだった。



 胸の奥で、何かが引っ掛かる。言葉では、言い現わせない。



 ぐにゃぐにゃして、もやもやして、形にならなくて…。 それを、なんて言えばいいのかがわからない。



 ガルディエルはずずっと身体を少し離しながら、片膝を抱えて顔をシルヴェーラの方に向けて頭を乗せた。



「…シルヴェーラ、最近俺のこと避けてないか?」



 ぎく、と心臓が縮み上がりそうになって、シルヴェーラは慌てて愛想笑いを浮かべた。



「気のせいだろ?あたしは、別に避けてなんか…」



 いない、とはっきり言い切れなくて、語尾が濁った。



 あたしを見ないでくれ。頭の中がぐちゃぐちゃになる。今までなかった感情が、あたしの知らない感情が頭をもたげる!



「あ、血がでてる、唇の端…」



「え?」



 不意にガルディエルに言われて、シルヴェーラはつっと唇を薬指でなぞった。



「ああ、さっき一撃くらった時に、つい反射で食いしばって切れたんだろ。大したことない」



 ぺろっと血が付いた指先を嘗めると、じっとシルヴェーラを見ているガルディエルと目が合った。



「まだ血が滲んでる、じっとしてて」



 そう言うなり、ガルディエルは身を乗り出すと、くいっと片手でシルヴェーラの顎を持ちあげた。



 何事か、と考える暇もなく、ガルディエルは唇の端に口接けた。



 え…?



 思わず目を見開くシルヴェーラの目の前に、目を伏せたガルディエルの顔があった。



 まつげ、長い…。



 一瞬関係のないことを思って、ガルディエルがふと顔を離した瞬間、シルヴェーラははっと正気に戻った。



「離せっ!」



「嫌だ」



 突き放そうとしたシルヴェーラの手を、ガルディエルは素早く掴んで壁に押しつけた。



「やめ…!」



 シルヴェーラが避けるよりも早く、ガルディエルはシルヴェーラの唇に自分の唇を強く重ねた。



 唇が、熱い…身体が、熱い!



 身体中の血が、全身を駆けめぐる!



 だんだん真っ白になっていく頭で、シルヴェーラはさっきまで形にならずよくわからなかった、一つの感情に辿り着いた。



 嘘だ、こんなことって…あたしが、ガルディエルを…!



 強く重なった唇は、一瞬離れかけて、今度は激しくシルヴェーラの舌を絡めとった。



 意味を知った上で、外せなかった耳飾り。



 どうして、いつのまに…こんなに胸の中に入り込んでいるなんて!



「好きだよ、シルヴェーラ…」



 唇を離したガルディエルが、シルヴェーラの銀色の髪に頬をうずめて囁いた。



「この前のこと、考えてくれないか…?」



 崩れ落ちそうなシルヴェーラはただ、ガルディエルの背に手を回し、その存在を確かめるように力を込めた。



 蜂蜜色の髪が零れ落ち、シルヴェーラの首筋をくすぐる。そこから、不思議なくらい幸せな熱が帯びてくる。



 セレフォーリア…許してくれ…。すぐに、消えるから。あたしはすぐにいなくなるから…ここにいる、今だけだから…!



 互いの鼓動が聞こえる。吐息が触れる。



「だめだ、ガルディエル…」



 精一杯の抵抗。これ以上、抗えない。



 身体が熱い。瞼が震える。



 恐怖に?歓喜に?



 ああ、わからなくなる…。



「いやだ、嫌いなら、殺してくれ…」



 ガルディエルが苦しげに呻いて、蒼いシルヴェーラの瞳と目を合わせた。



 朱を帯びた金色の瞳が、熱にうるんでいる。



 おまえの鼓動がこんなにも早いのは、どうして?ガルディエル…。



「シルヴェーラ…死んでもいい…おまえを抱けるなら…」



「…おまえが初めてならよかった…。そうしたら、これほど幸せな言葉はないのに…」



 仲間の裏切り、暴行、幾度となく要求された見返り。力もなく、金もなく、ただ持っていたのは自分自身のみ。



 なまじ外見がよかったがために起こった、どうしようもない、代償という名の暴力。



 辛かった。そんなことを言わなければならない自分自身が。



「そんな悲しいことを言わないでくれ。初めてでいいんだ。俺が初めてで…」



 ガルディエルの言葉に、シルヴェーラの目から涙があふれた。



 自分を綺麗に見えないようにし、いつもボロボロの旅装束を着ていた。男の形をしていた。言葉使いも悪くしていた。すべて、自分を守るため。



 誰の目にも、止まらぬように。誰の興味も、引かぬように。



 けれど、ガルディエルの優しさを知った。温かさを知った。



 それに気付かないように、目を瞑ろうとして、避けようとしていた。



 それでも今、その腕に、その胸に、抱かれたいと、望んでしまった。



「刻み込んでくれ。二度と、忘れないように…」



 涙が零れ落ちる前に、ガルディエルはシルヴェーラを力強く抱きしめた。



 その腕の中は、逞しく、熱く、シルヴェーラを陶酔させた。



 ああ、初めてだ。こんなに幸せを感じるのは…。



「泣くな。愛してる。シルヴェーラ」



  



 それは夢か現か。



 あまりにも儚い、ただ一度きりの逢瀬——。





      *





 ゆらゆらと湯槽の湯が揺れた。



 シルヴェーラは浴槽に両腕を乗せて水晶宮の天井を仰ぎ、先程のガルディエルとの会話を思い出していた。







『ヴァーゴの国では、今まで王族の中で処女宮に生まれたものは、一人もいない。唄を聴いたことあるか?古の唄。その唄の一部が、予言みたいになってるんだ。



  時は満ちやがてきたる



  魔族が生まれ二千年の時を経て



  蒼き聖剣と共にヴァーゴの聖者



  ヴァーゴの大地に降り立つ



  ティファ・ビシシェナエントの名の下に



 その聖者とは、人間が創られた時に、魔族になった男を嘆き悲しんで女が祈りを捧げ聖女になったといわれたことから、ずっと女だと伝えられているんだ。



 そして、十七年前、処女宮の満月の晩に生まれた娘がセレフォーリアだ。



 十七年前、唄によるとちょうどその二千年目に当たるんだ。つまり、その聖者はセレフォーリアって事になる。セレフォーリアは父の妹が嫁いだ先のフォンブルグ家の生まれで、王家ではないけど王族の血を継いでいる。



 生まれた時から、セレフォーリアにはずっと護衛が付いていた。館から出ることさえ許されず、いつも消えそうな笑顔を見せるだけだった。



 そのセレフォーリアが、叔母が亡くなってまもなく消えたんだ。きっと、セレフォーリアは伝説の聖者だったんだ…』



 そう言って、ガルディエルはシルヴェーラを腕に抱いたまま、鍛錬場の天井を見つめた。



 ガルディエルが何を思っているのかなど、シルヴェーラにはわからなかった。



 ただ、ガルディエルはもうセレフォーリアを諦めている、それだけが伝わってきた。



『そういえば、明日は満月だったな…。もしセレフォーリアが生きてるなら、明日で十七になる。セレフォーリアが十七になったら俺と結婚するはずだったんだ…。



 俺も今年で十八歳になるし、それこそ父さんがぶっ倒れでもしたら、即行に結婚させられることになる。セレフォーリアがいない今、相手が誰になるかもわからない。



 もしよければ、このままここに留まらないか?シルヴェーラが嫌じゃなければ、父さんたちに会ってほしいんだ…この前耳飾りを贈ったときに言った言葉は、嘘じゃない。俺の気持ちだ』



 少し気恥ずかしさをまといながらも、真剣な眼差しでガルディエルは言った。



 シルヴェーラは、何も答えられなかった…。



『…とにかく、明日は俺の正式な王位継承式一円の始まりとして、酒宴があるから絶対に出席してくれ。俺の護衛だといって、同席できるようにしておく。正装は明日の朝用意させるから。俺は、本気だから…』



 愛おしそうに、ガルディエルはシルヴェーラを抱きしめた。



 背中に回した手が、傷痕に触れる。



『気付かなかった…怪我の痕か?』



 そっと背を撫ぜられて、シルヴェーラが思わず身をよじる。



『触るな。くすぐったい』



『ああ、悪い、つい…。見ても、いいか?』



『見るようなものじゃない。醜い傷痕だ』



『おまえに醜いなんて、似合わない言葉だ』



『買いかぶり過ぎだ』



『買いかぶりなもんか。俺が惚れた女だ』 



 他愛ない言葉遊びに、不思議と笑みが零れる。



『恥ずかしい奴だな』



『その顔、好きだ』



 ガルディエルがシルヴェーラの唇をついばむように口接る。



『こら、いい加減にしろ』



 照れ隠しに顔を背けると、ガルディエルはシルヴェーラの耳朶にある葡萄の耳飾りを食んだ。



 チャリっと、房がすれる音が響く。



『嫌だ』



『おまえは!そればっかり!』



『シルヴェーラだって、だめばっかり』



 ぐうの音も出ずに、シルヴェーラはガルディエルの胸に顔をうずめて降参した。



『あれから、耳飾りずっとつけてくれてるんだな』



『…それは、おまえにもらったものだから…。頼むから、明日の打ち合わせをさせてくれ』



『せっかくなら、もっと色っぽい話をしたいもんだけどな』



 シルヴェーラの髪を撫ぜながら、ガルディエルがいたずらっぽく言った。



『わかったから…明日はできるだけ、席が離れないようにしておいてくれ。何があっても、おまえを守れるように』



 蒼真の輝きで、必ずガルディエルの力になると決めたから…。



 そんなことは知らないガルディエルが、困惑したように呟いた。



『守られるのが前提で、剣の稽古をしてたわけじゃないんだけどな。俺だって、自分の身くらい、自分で何とかしたいし』



『何ともしなくて構わない。あたしは金の聖魔剣士だ。誇りをかけておまえを守る。約束だ。無茶はしないでくれ。今はそれが一番の心配だ』



 下手に剣など教えなければよかった、と今はほんの少し後悔しているシルヴェーラだった。



 素人を少々訓練したところで、焼け石に水だ。変に自信を持たれた方が厄介だ。



『シルヴェーラにとったら、俺は頼りない男なんだな…』



『勘違いするな。おまえは王子、あたしは剣士。役割が違うだけだ。王子が剣に長ける必要はない』



『優しいな。シルヴェーラは』



『優しいのは、おまえの方だ。ガルディエル』



 上半身を起こし、シルヴェーラはガルディエルの額に口接けた。



『約束してくれ。無茶はしないと』



『あ、ああ。わ、わかった』



 シルヴェーラからの初めての口接けに、ガルディエルは驚いて目を丸くして口ごもった。



『じゃあ、あたしはここの風呂を借りるから。入ってくるなよ?』



『え、だめなのか?』



『だめに決まっている!おまえは自室へ戻れ!』



 シルヴェーラは真っ赤になって衣服を胸にかき集めると、ガルディエルの額をぺしっと叩いて立ち上がった。



『じゃあな、おやすみ!』



 そう言って短い逢瀬の後、シルヴェーラはそそくさと鍛錬場を出て隣の小さな浴場へ入っていった。







 ガルディエルの、王位継承式…。もし、何者かが王宮を狙っているのなら、きっと国の上方機関が集まる酒宴に何か仕組むだろう…。



 特級魔導士ディアゴ・ヴァルシュの目は、明らかにシルヴェーラを狙っていた。王家のガルディエルではなく、シルヴェーラ個人を。



「一体、何があるというんだ…?」 



 シルヴェーラはざぶんと湯槽に潜ると、軽く黒大理石の浴槽を蹴った。



 すっかり身体に馴染んだ温泉は心地よく、ヴァーゴに来てからシルヴェーラの肌と髪は見るまに艶やかになった。



 脱衣場に近い浴槽の端に着いたシルヴェーラは、雫を散らして立ち上がった。



「とにかく、すべては明日だ!」





      *





「ちょっと待て、これが正装だって?」



 次の日の朝。ガルディエルがアイシュナに言って用意させた正装は、絹で出来た真っ白な襞がいくつも付いた華麗な女剣士用ものだった。



 しかも、襞の一枚一枚に銀糸と蒼糸で大輪の花が刺繍されていた。 



「そうだけど、何かまずいか?」



 わざわざアイシュナに付いてきたガルディエルは、鮮やかな緋色に金糸の刺繍の衣装をまとった立派な王子姿。



 いつも無造作に束ねている蜂蜜色の巻き毛を下ろし、黙っていればその朱金の瞳に惑わされる女もいるのではないだろうか、と思うほど見違えていた。



「まずいも何も…あたし、今までこんな派手な正装なんて着たことなんてないぞ。普通の男性剣士用のものはないのか?」



 今までずっと旅をしながら妖魔退治をしてきたのだ。ぴらぴらと邪魔になる衣服を着ていては命にかかわる。



 それに、いくら剣士用に仕立てあっても、正装用の女物となるとやはり襞は多いし裾も長くなる。



「せっかくだからたまには着飾ってみろよ。絶対似合うと思うけど」



 他人事だと思って簡単に言ってくれるガルディエルに、シルヴェーラはむっと膨れながら衣の襞をちょんと摘んだ。



「こんなに襞がついていたら、踏んでしまうだろう」



「そんなこと言ったって、他はもっと襞や飾りが多いのばっかりで、シルヴェーラに似合いそうなの選んだつもり…あ…」



 はっとして口元を覆うガルディエルに、シルヴェーラはにやりと口元に笑みを浮かべた。



「これ、ガルディエルが選んだのか?」



「ま、まぁな…」



 アイシュナに用意させるって言ったくせに…。



 一生懸命シルヴェーラに似合いそうな衣装を探しているガルディエルの姿が浮かんで、思わずシルヴェーラはガルディエルの頬にそっと手を当てた。



「な、なんだ?」



 ガルディエルが怒られるとでも思ったのか、びくりとして声を上擦らせた。



「仕方ない、仮にも王子の護衛がみすぼらしい姿をしていては、王子の器量が問われるからな」



「そうか。よかった。俺が選んだんだ。これもつけてくれ」



 ガルディエルは嬉しそうに言って、持ってきた装身具を入れた宝石箱を置くとシルヴェーラの部屋を出ていった。



「やれやれ、まさかあたしまでこんな格好させられるとは…」



 シルヴェーラは溜息を吐きながら、諦めて衣装箱に入っている問題の衣装を取り出した。



 一人旅の間はずっと綿や麻の旅装束や剣士の衣装を好んで着ていたのだが、水晶宮に世話になり始めてからはガルディエルの意向か、アイシュナが用意するのは男性用でも絹でできた上物ばかりだった。



 大体妖魔退治につき確実に一着ぼろぼろになるんだから、絹なんて勿体なくて着れなかったんだよな…。



 すべすべしている絹の衣をまとって、ガルディエルが持ってきた宝石箱を開けて、シルヴェーラは中に入っている宝石に思わず目を覆った。



「これ、全部つけるのか?」



 装身具はシルヴェーラの髪と瞳の色に合わせたかのように、すべて銀細工と蒼玉で出来ていた。



 本当、ある所にはいくらでもあるんだな、金目の物って…。



 髪飾り、首飾り、額飾り、腕輪、指輪、どれをとっても、高価なものばかりだった。



 その中に、耳飾りはない。蒼玉と紅玉が入った葡萄の房の耳飾りはそのままつけてほしいということだろう。



 女は長髪が当たり前のこの世界で、肩のあたりまで短くなったシルヴェーラの髪はどれほど物珍しそうに見られることか。



 あの魔族に切られていなければ、あたしだって…。



 髪飾りは付けなかったものの、金目の物が自分の身体にぶら下がっていると思うと、それだけで肩がこりそうだ。



 銀糸の額飾りはつけたまま、銀細工の額飾りを上から被せた。デュマからの贈り物には、外せない訳がある。



 しかし銀でそろえられてしまうと、どうしても聖魔剣士の金の指輪が浮いてしまう。



 仕方なく麻ひもに指輪を通し、シルヴェーラは首にかけると正装の胸元へ滑り込ませた。



 指輪そのものに力はないが、身分を証明する一つであり、なくすと面倒になる代物だ。



「シルヴェーラ、準備は出来たか?」



 扉の外でガルディエルの声がして、シルヴェーラはいつもより襞の多いすそを気にしながら、銀糸の包みごと蒼真をしっかりと腰に挿した。



「今行く」



 そろそろ太陽が真上にくる。ガルディエル王子の王位継承の酒宴が、始まる。

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