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第七章 魔族襲来


  第七章 魔族襲来





「…シルヴェーラ…綺麗だ…」 



 部屋から出てきたシルヴェーラを見るなり、呆然として言葉を失っていたガルディエルがやっと口にした台詞に、シルヴェーラは微かに赤面した。



「綺麗って…そんな恥ずかしいことを言うな」



 じろりとガルディエルに目をやって、シルヴェーラは腰に下げた蒼真を確かめて、王宮の庭園にある会場に素早く目を走らせた。



「恥ずかしいなんて、シルヴェーラが今までそういう格好をしなかったからだろ?すごく似合うのに」



 だからこういうことをしたら、無駄に命とは関係のない危険度が増すんだよ。まったく、人の気も知らないで…。



 しつこく食い下がるガルディエルに、シルヴェーラは今度こそ睨み付けて、低い声で言った。



「いいかげんにしろ。国の上層機関が集まる以上、何があるかわからないんだ。剣は、持ってるな?」 



 はっとしてガルディエルは真剣な表情に戻り、こくりと頷いた。



「よし、無茶はするなよ。それより、特級魔導士ディアゴ・ヴァルシュはどこだ?さっきから気になってるんだが、姿がないぞ?」



 シルヴェーラは目だけで会場を追いながら、ディアゴ・ヴァルシュの姿を探していた。



 必ず、あいつが何かの鍵を握っているはずなんだ…。



「ああ、ディアゴ・ヴァルシュはこの酒宴に使う酒を皆に配るんだ。もうすぐ来るはずだけど…」



「ディアゴ・ヴァルシュが?…万が一のことがあると困る、酒は飲むなよ」



 シルヴェーラは小声で言って、もう一度会場に目を通した。



 グリフライト王、ルーベリー王妃、フォンブルグ家の主人ベリアルディと長男アリアカルム、叔父、その妻と息子と娘。その他の親族、大神官、大臣…やっぱり、特級魔導士ディアゴ・ヴァルシュ以外の魔導士や剣士が一人もいない。普通騎士団ぐらい、準備するものを…。



 ディアゴ・ヴァルシュ以外の面子が揃い、シルヴェーラはしかたなくガルディエルと離れて席に着いた。会話はできないほど離れてはいるが、護衛ということで末席ではない。



 卓上には豪華な料理の他に細工の美しい銀杯が置かれていたが、酒はどこにもなかった。



 ディアゴ・ヴァルシュが運んでくるつもりか?



 その時、もわっと白い煙が中央に上がり、ディアゴ・ヴァルシュが姿を現した。



「王家の葡萄園で取れた葡萄酒です。今日はガルディエル王子の王位継承の酒宴。みなさま心ゆくまでお楽しみください」



 ディアゴ・ヴァルシュがすいと指を動かすのと同時に、各席に葡萄酒の瓶が現れふわりと浮き上がった。



 すでに栓が抜かれている瓶は、ディアゴ・ヴァルシュの魔導でひとりでに銀杯に琥珀色の葡萄酒を注ぎだした。



 集まった人々の間から、ほう、と感心する溜息が漏れて、ガルディエルは葡萄酒の注がれた銀杯に指をかけた。



「乾杯」



「乾杯!」



 ガルディエルは銀杯を掲げ、皆が各自の銀杯に注意が行ったのを見計らって、口元へやっただけで口を付けずに卓上に置いた。



 何かあった時に酔っ払っていては困るので、シルヴェーラも今日は大好物の葡萄酒も控えている。目の前にあって飲まない、というのは結構辛いものがある。



「どうしました、王子?今日は王子のための酒宴、主賓が飲まずにどうして祝賀といえましょう?」



 せっかく周りを誤魔化せたというのに、シルヴェーラはディアゴ・ヴァルシュの目敏さに内心舌打ちした。



 ガルディエルが困ったようにシルヴェーラに視線を流して、シルヴェーラは自分の銀杯に注がれた葡萄酒をゆらりと揺らして一口飲んだ。



 …本物、だな…銀杯だから毒ではないだろう。仕方ないか、皆注目してしまってるし…。



 シルヴェーラは軽く頷くと、飲んでもいいという合図を送った。



 ガルディエルは口元へ銀杯をやると、琥珀色の葡萄酒を一気に飲み乾した。



 その様子をじっと見ていたディアゴ・ヴァルシュが、にいっと口元に笑みを浮かべた。



「では、この辺で余興を楽しんでいただくとしましょう。そうですね、お手伝いは、王子の護衛の方にしていただきましょうか」



「なに!?」



 ぎょっとするシルヴェーラに構わず、ディアゴ・ヴァルシュはパチンと指を鳴らした。



 シルヴェーラの身体はふわっと宙を舞い、長方形になって向かい合っている卓のぬけた中央に降ろされた。



「なにをする!」



 人形のように扱われて苛つきながら睨み付けるシルヴェーラに、ディアゴ・ヴァルシュはしれっとした顔で言った。



「なに、少しばかり、余興の手伝いをお願いするだけのこと」



「断る!」



 にやり、と笑みを浮かべたディアゴ・ヴァルシュは、ガルディエルに尋ねた。



「よろしいか?ガルディエル王子」



 ガルディエルが承知するはずないだろうが!



 ふん、と鼻で笑った直後、シルヴェーラは見事に裏切られたのだった。



「構わぬ、好きにしろ」



「ガルディエル王子!?」



 シルヴェーラはガルディエルを凝視し、その瞳に何も映っていないのに気付いた。



 まさか、操られてる!?



「正気に戻れ!ガルディエル!」



 駆け寄って肩を揺さ振るシルヴェーラに、ガルディエルはうるさそうに手を振り払ったのだ。



 シルヴェーラはガルディエルの銀杯を取り、わずかに残った液体を舌先に付けて、顔をしかめた。



 毒じゃない。でも、これは、人を操るための呪液!



 直後、ディアゴ・ヴァルシュがけたたましい笑い声を響かせた。



「無駄だ、普通の人間が一旦呪液を口にすると、呪を解かないかぎり正気になど戻らぬ。余興のために、おまえだけ普通の葡萄酒を飲んでもらったのだ。存分に、我を楽しませてくれよ。飽いたが最後、死ぬ時だと思うがよかろう」



「貴様…一体何者だ!」



 ガルディエルを背にかばいながら言うシルヴェーラに、ディアゴ・ヴァルシュはさもおかしそうに目を細めた。



「おもしろい、我に名乗らそうというのか?聞かぬ方が良かったと、必ず後悔しようものを」



 ばさり、とディアゴ・ヴァルシュは頭に深くかぶせた黒い衣を後ろに払った。



 顔が、違う…!?



 濡れたように艶やかな漆黒の長い髪、黒い瞳…目を見張るほどの美しさは、忘れもしない、ガイゼラートでシルヴェーラの髪を奪った魔族。



 特級魔導士の証、額の五芒星紋も今は消え、代わりに魔族の証、第三の目、紫の瞳がシルヴェーラを見ていた。



 すべてはまやかしだったのだ。



「貴様ぁっ…!」



 宮殿に漂う気配は、紛れもなく魔力。



 シルヴェーラは甦る屈辱に肩を震わせ、ぎりっと睨み付けた。



「我は魔族最高神官ディアゴ・ヴァルシュ。二千年前魔族の長となったヴァーゴの末裔。この国は我ら魔族の支配下に墜ちるのだ!」



 魔族最高神官…!?



「させるか!」



 シルヴェーラは一瞬怯んだものの自分の周りに結界を張り、蒼真を引き抜いた。その手で、膝から下の裾を切り裂いて捨てる。



 ああ、やっぱり邪魔になる!



「小娘ごときに何ができる!」



「試してみなければ、わからん!」



 魔族最高神官ディアゴ・ヴァルシュのあざ笑う声に、シルヴェーラの感情の中から綺麗に恐怖を拭い去った。



 今あるのは、ただ怒りのみ。



「屈辱は二度と受けん!」



 ダッと駆け出すと、ディアゴ・ヴァルシュに向かって蒼真を振り翳した。



 ギイィイイン、と剣と剣がぶつかり、シルヴェーラはぎょっとして身を引いた。



「ガルディエル!?」



 いつのまにか、ディアゴ・ヴァルシュの前にガルディエルが腰の剣を抜いて、立ちふさがっていたのだ。



「相当力が有り余っているように見えるのでな、おまえが疲れてくれるまで、ここにいる我の傀儡でも相手してもらおうと思うてな。よい考えであろう?」



 蒼真を構えて、じり、と足を焦らすシルヴェーラに、ガルディエルは無表情のまま剣を構えた。



「少々傷つけてもかまわぬぞ?我が必要なのは、その王子の血肉だけ。妖魔を相手にするより、さぞ楽しめるであろう?行くがよい、王子ガルディエルよ!」



 ディアゴ・ヴァルシュの声に、ガルディエルはシルヴェーラに向かって剣を振りかざした。



 まさか、こんな所でガルディエルと戦うなんて!あたしは自分と戦わせるために、ガルディエルを鍛えたって言うのか!?



 振り降ろされる剣を受けて、シルヴェーラは思わずぐっと足を踏張った。



 最初の頃と違って力が、強い!



 ガルディエルの剣を横に払った瞬間、シュッとシルヴェーラの頬を何かがかすめた。



「大臣!大神官まで!?」



 操られた人形のような彼らは、手に手にナイフやフォークを持ち、シルヴェーラに向かってきているのだ。



「確か聖剣は人を斬ってはならぬはず。我の傀儡を相手にどこまで出来るか、我はここでゆるりと見物させていただくとしよう」



 ディアゴ・ヴァルシュは軽やかな笑い声を残して、ふわりと宙に身体を踊らせた。



「待て!卑怯者!」



 後を追って宙に浮いたシルヴェーラに、ディアゴ・ヴァルシュはにやりと笑みをこぼすと計算通り、とでも言うように優雅に指を鳴らした。



「おまえが相手をせぬというのなら、あやつらに踊ってもらうのもよかろう。殺せ、殺すのだ。王子よ、おまえの手で!」



 ディアゴ・ヴァルシュの嬉々とした声に、シルヴェーラははっとしてガルディエルに目をやった。



 見下ろすシルヴェーラの視界で、ガルディエルは剣を手に年老いた大臣に切り掛かった。



「やめろ、ガルディエル!」



 止めに入ろうとしたシルヴェーラの周りを囲むように、何かがきらりと光った。



「そう簡単にやめさせるわけにはいかぬ。早々に切り上げては、余興にならぬであろう?どうしても止めるというのなら、この水晶弾を始末してから行くが良い」



 きらきらと光が踊るように、槍の先端のように尖った水晶弾がシルヴェーラの結界目掛けて激しく攻撃し始めた。



 バチンバチンと結界が水晶弾を跳ね返してはなお、何度でも撃ちつけてくる。



 魔導の結界を揺るがす唯一の攻撃…水晶弾。



 力の差は歴然。



 すべて、ディアゴ・ヴァルシュの手の中で踊っているにすぎないというのか!?



 腕を斬り、身体を傷つけながらも、ガルディエルは決して大臣を一撃で仕留めようとはしない。



 他の人間は呪が解けていないのに、血まみれの大臣だけは激痛のために正気に戻り、必死にガルディエルから逃げ惑っている。



「断末魔の叫びほど、楽しめるものはないよの」



 まるで宴か舞踊でも見ているかのように、うっとりとした声を漏らし、ディアゴ・ヴァルシュは満身に喜びを浮かべて観覧している。



 水晶弾は容赦なく結界に激突し、少しでも弛めようものなら、突き破る勢いだ。



 人の動きを封じた挙げ句、殺し合いを観覧させるなんて、なんて卑劣な!



 ぎり、と歯軋りするシルヴェーラに、ディアゴ・ヴァルシュはよろよろと倒れた大臣につまらなさそうに目をやった



「もうよい。その男は飽いた」



「よせ!」



 シルヴェーラが止める暇もなく、ガルディエルは躊躇いもなくずばっと大臣の首を刎ねた。



 なんてことを…!自分の手を汚さず、ガルディエルに手懸けさせるなんて!



「さあ、どうする?王子を止めるならば、行けばよかろう?」



 薄く笑みを浮かべながらも、水晶弾の攻撃を弛めないところが、かなり性格の悪さを示している。



 いくら悪態を吐いたところで、シルヴェーラはどうにもしようがなかった。



 ディアゴ・ヴァルシュ自体、シルヴェーラが一撃で仕留められるような相手ではなく、水晶弾の攻撃を防ぐので精一杯と言ってもいい状態なのだ。



「ほう、大臣ごときでは動じぬと見られる。ならば、どうやっても動いてもらうようにするまでのこと。王子よ!己れの手で、王と王妃を血に染めるがいい!」



 なんて、なんてことを!



 じわりと手に汗を握らせながら、シルヴェーラは蒼真を持つ手に力を込めた。



 殺し合いなんて、させるわけにはいかない!まして、血の繋がった親子でなんて!



「やめろーっ!」



 まさに切り掛かる瞬間、シルヴェーラはガルディエル、グリフライト王、ルーベリー王妃を別々に結界に封じた。



 一瞬、己の結界が緩むのがわかる。



「馬鹿め!」



 直後、ディアゴ・ヴァルシュの勝ち誇った声が響いて、結界を突き破った無数の水晶弾がシルヴェーラの身体に襲いかかった。



 もうだめだ!…蒼真!



 どうにも出来ず、ただ蒼真を握り締めて目を閉じた時だった。



 蒼真から強大な力があふれだし、目を閉じていてなおまぶしい閃光が空間を揺らしたのだ。



 何が起ったのかわからなかった。



 目を開けたシルヴェーラの手の中で、蒼真はまばゆいばかりに蒼く輝いていた。



 ただ呆然とするシルヴェーラの視界の隅に、同じように輝く紅い光を見付けた。



 あれは…ガルディエルの緋水晶!



 光が、すべての力を無に還した。水晶弾は力を失ってバラバラと落ちていき、シルヴェーラもディアゴ・ヴァルシュも己の力を失った。



 庭園の床に叩きつけられる寸前で態勢を整え、二人は地上で向かい合った。



 …蒼真の刀身が、白銀から青銀に!



「それは、伝説の蒼き剣…。王家の緋水晶と共鳴するのはただ一つ、聖女セレフォーリアが持っていた蒼水晶のみ…貴様、生きていたのだな!?」



 あたしが、セレフォーリア!?



 ガン、と頭を殴られたような気がした。



 蒼水晶って…この、蒼真の柄にはめこまれた水晶が!?



「どうやら、八年前しとめそこねた貴様が落ちた亀裂が、次元流砂だったようだな。このようなことになるのなら、完全に息の根を止めていたものを…!」



 忌ま忌ましそうに呟いたディアゴ・ヴァルシュの言葉で、シルヴェーラはそれまで見え隠れしていた真実がやっと見えた気がした。



 背中の傷跡は、ディアゴ・ヴァルシュによるものだった。



 襲われた時に次元流砂に落ち、偶然マグノリア大陸のアデルバイドに転移したのだ。



 そして転移先で記憶をなくしたまま、親父に拾われて…。



「まとめて灰にしてくれようぞ!」



 怒りに声を震わせたディアゴ・ヴァルシュのつぶやきが聞こえ、シルヴェーラは咄嗟に全員に結界を張った。



「させるか!」



 宮殿内がゴウッと朱炎の海と化したのは、その直後だった。



 用済みとなった人々を屑のように燃やそうなんて、どこまで人を虫けらのように思っているんだ!



 怒りに震えながら、シルヴェーラは自分の望月紋の能力に不安を感じた。



 一人しか存在しない六芒星紋デュマ・アルセウスを除けば、事実上順列二位に位置する望月紋。五芒星紋は近いと思っていたのに。



 こう人数が多くては、火炎の温度を上げれば結界が破れるのも時間の問題だ…。勝負する以外、生き延びる道はなさそうだな…。



 蒼真をしっかりと握り締め、自分自身の結界を強化した。



「ティファ・ビシシェナエント!ガルディエルの緋水晶と共に、ヴァーゴの民をお救いください…!」



 いまだかつて口にしたことすらない祈りの言葉を紡ぎ、気を失っているガルディエルの緋水晶が煌めいているのを確認してシルヴェーラは覚悟を決めた。



 一刻も早く勝負を付けないと、あたしの体力が持たない!デュマ、親父、蒼真…!あたしに、力を…!



「貴様、あれだけの人数を結界で維持し、その中から離れるとは…上級魔導士か!?」



 炎の中でシルヴェーラを包む結界が、そこだけなにもないかのように丸く浮かび上がっている。 



 水晶弾のような物質を遮断するのは相当な力がいるが、火水風などの自然を相手にする場合、魔導士は少ない力で効力を発揮する。



「正確には特級まであと一歩の上級魔導士と、マグノリア三指に入る金の聖魔剣士だ!行くぞ!」



 手札は多い方がいい。しかし、相手には知られない方がいい。上級魔導士という切り札を隠しておいたのは正解だったようだ。



 デュマ・アルセウスの贈り物、銀糸の額飾りは魔導士の証の額の紋章を気配から絶つ。



 同様に蒼真の銀糸の包みも聖剣の気配を隠す。



 つまり、能力のあるものほど、シルヴェーラ本人さえ気を付ければ、気配は一般人と受け取ってしまうのだ。



 シルヴェーラは一気に炎の中を突っ切りながら、朱炎をまとうディアゴ・ヴァルシュに切り掛かった。



 ばさっと黒い袖が翻り、蒼真は空を斬った。



「笑止!いくら魔導士や聖魔剣士といえども、その身体には痛みが付きまとうもの。どこまで耐えられるか、試してもらおうぞ!」



 直後、風が囁いたかと思うと、目に見えないかまいたちがシルヴェーラを襲った。



 自分以外にも結界を張っている分、普段より自分の結界の力が弱っているのに!



「くそっ…!」



 なんて威力だ…!こんなもの、何度も持たないぞ…!



「どうした、まだまだこんなものではないぞ!」



 ディアゴ・ヴァルシュの楽し気な声が響き渡る。



 その声にすら、苛立ちを覚える。



「うるさい!」



 結界がたわむ。保ち続ける時間も気力も持ちそうにない。



「口だけは強者のようだ!」



「黙れ!」



「黙るのは貴様であろう!」



「ああ、黙らせてやるさ!根競べは嫌いな質でね!」



 シルヴェーラは覚悟を決めて蒼真の刀身を媒介に、魔導の精霊交渉に出た。



 精神力を異常に消耗する精霊交渉だけは、使いたくなかったのに!



「我を加護するすべての者、我を認めし聖なる者よ。汝等、我に敵対する魔族より、ここにありし我以外のすべての人の命を加護されん!我が名はシルヴェーラ!」



 蒼真の刀身からきらきらと光が煌めいて分離し、ふわりと舞い上がる。



 ここで自分と他の人全員と言ってしまえば、精霊は迷わずシルヴェーラを優先してしまう。



 わかっているからこそ、加護に己は含めない!

 

 ―――シルヴェーラ、シルヴェーラ、シルヴェーラ…それで、いいの…。



 かまいたちの中に、精霊たちのささやきが聞こえる。



「あたしはいい!願いを聞き届けてくれ!」



 ———シルヴェーラ、シルヴェーラ…願い、聞こう…。



 やがてそのささやきが光となって集まり、大きくなって、ガルディエルを含む王族たちを包み結界と成した。



 …よかった、メルカルス大陸では初めてだったけど、成功した!



 それを見たディアゴ・ヴァルシュの目付きが豹変した。



「小賢しい!気が変わったわ、貴様からなぶり殺しにしてくれる!」



 精霊交渉の呪文詠唱で維持する精神力ががっくりと落ちたシルヴェーラの結界は、勢いを増したかまいたちによって絹を裂くように破れた。



 次の瞬間、シルヴェーラの肌に激痛が走った。



 これが、魔族の最高神官の力か!?今まで戦ってきた妖魔とは、比較しようがない!



 見る間に純白だった衣が深紅に染まる。



 熱と真空の刃は嘲笑うかのように、シルヴェーラに襲いかかった。



「あっ…!」



  パシッと音がして、左の耳飾りがはじけ飛んだ。ガルディエルが贈った、蒼玉と紅玉の入った銀の葡萄の耳飾りが。



「…畜生…!!」



 ここであたしが敗けても、精霊たちの加護で王宮の面子は守られる。でも、ディアゴ・ヴァルシュの攻撃がここで留まるはずがない。



 ヴァーゴ国民に広がり、やがてはメルカルス大陸をのみこむだろう。



 でも、いまは…!



 青銀に光る刀身の蒼真を握り締め、シルヴェーラは膝をつくことなく、ぎりぎりと歯を震わせた。



「まだ立てるか。おもしろい…貴様が命乞いする姿、是非見とうなったぞ!」



 敗けるわけにはいかない!この国が滅びようと、そんなこと関係ない!



 あたしは、あたしは、ガルディエルを護る!初めて愛した男を!



「神よ、最高神ティファ・ビシシェナエントよ。ヴァーゴの聖者の名にかけて…ディアゴ・ヴァルシュ、おまえを討つ!」



 志は一つ!それがどんなものよりも、力の源になる!



「おのれ、小癪な!」



 蒼い光が、シルヴェーラを包む。



 シルヴェーラは無意識のうちに、蒼真の結界に包まれていた。



 力を貸せ、蒼真!



「ディアゴ・ヴァルシュ、覚悟!」



 狙うのは額にある第三の目!



 その紫の瞳に宿る、魔族の命!



「死ぬがいい!」



 シルヴェーラに向かって放たれた真空の刃は、蒼真の結界に弾かれ消し飛んだ。



「なぜ、その傷付いた身体で…!」



 青銀に輝く蒼真が、ディアゴ・ヴァルシュの第三の目を貫いた。



「消えろ…!」



 シルヴェーラに渾身の力で第三の目を貫かれ、ディアゴ・ヴァルシュの黒い双眸が驚きに満ち、そして絶望へと変わっていった。



「おのれ…人など…弱く、醜いだけの、物に…」



 最後まで自分の力を信じて疑わなかったディアゴ・ヴァルシュの肉体は、呟き終わるとさらさらと崩壊し、砂塵へと還った。



「…かっ、た…」



 身体中の力が抜けて、シルヴェーラはがくんと膝をついた。



 朦朧とする意識の端で、ガルディエルが駆け寄ってくるのが見えた。



 ああ、ガルディエル…無事で、よかった…。



「シルヴェーラ!」



 倒れる寸前で抱き留められて、シルヴェーラは意識を手放した。



 



 …助けてくれたんだ、セレフォーリアと、おまえの心が…。

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