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苦しみから解放される唯一の方法

つまりあなたが感じていた痛みというのはその副作用のようなもので、その苦しみから解放される唯一の方法は薬の服用をやめることだったのですよ。」
真也は自分の体がどんどん冷たくなるような気がしていた。しかし彼の頭の中でその事実を受け入れることが何故かできなかった。いや、本当は分かっているのだ。だがそれでも認めたくない、そう思った。
真也がソフィアの言葉を理解するとともにその思考がどんどんと黒くなっていく。自分は一体なぜここにいるのだろうか、どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのだろうか、この痛みは、苦しみは、この気持ちは……全て……作られたもの……? 真也が暗い考えに支配されていく最中、彼の脳内に優しい女性の声が届いた。
(真也さん!)
それに続いて再び優しくも力強い声が頭に響いた。
(真也、大丈夫か。俺の言ってる事が分かるか?)
(レオナ先輩……)
(良かった、まだ正気みたいね)
(え……伊織!? 美咲ちゃんまで……)
(おーっと真也君。ここは病院ですよ。静かにしないと怒られてしまいます)
(あ……)
(まったくもう、世話の焼ける人ですね。真也さん。ソフィア様のお話は本当のことなんですよ? 落ち着いてよく聞いてください)
「お兄様に呼ばれてきたらお母さまがいなくなっててびっくりいたしまして、探し回ってたらお姉さまにここに連れてこられて……。
わたくしもソフィア様にお聞きするまで、真也さんに何が起こっていたのか存じませんでしたけど。真也さん。これはお芝居ではありません。ソフィア様は……ソフィア・サーヴィス様は真也さんのご病気を治して下さった方です。そしてこれから先
、真也さんをお守りしてくれるお医者様なんです!」
「真也は……真也は本当に何も知らなかったんだ。でも今はどうか分からない、きっといつか、真也を傷つける。お願いしますソフィア先生。真也をこれ以上追い詰めないであげてください」
「あらあら、困ったものです。そんなに泣かないの」
●登場人物メモ(第4版より一部抜粋)
■シンヤ:本作主人公。元の世界では高校生であったが、ある日、突如として異能力者『殻獣』が支配する異世界に拉致された。その後『世界災厄』によって作られたという人工空間で5年間の修行を強いられることとなる。その間の体験は全て現実と虚構の区別のつかない夢のようなものであり、その中で得たもの全てがこの世界での彼を形作る要素となった。また現実世界での彼の記憶と感情は封印され、全て忘れてしまう。
■ソフィア・サザーランド/レイラの母親。故人であるが、『オーバード』の力と技術の研究において世界的な功績をあげた研究者であった。
彼女はその死後、研究資料を全て凍結し世間の目からその存在を隠す。そして娘の遺言に従い自らの研究資料を全て破棄した。
だが後に彼女の存在は『殻獣災害の真実を知る者』、『人類を救った偉大な存在』などと呼ばれることとなり。一部の者たちの間では伝説的な人物として扱われ、その生涯と娘の存在が美談とされる事となったが……。それは彼女の思惑とは異なるものだったという事をここに記すものである。
■間宮まひる:シンヤの実妹である中学3年生。彼が行方不明になった当時10歳、彼女が最後に見た彼は12歳で止まっていた。そのせいもあって非常に彼を心配していたが、最近になって現れたソフィアと姉の交流を見るにつけ自分の不安が解消していくのを感じており安堵すると同時に、心の片隅で寂しさを覚えるようになる。
【ソフィア・サーヴュ】/レイラの母親。故人であるはずの人物がこの世界のどこからか観測出来る不思議な点についてはまだ解明できていない。その容姿、名前等全てが謎のままではあるが……。唯一判明している点はレイラの名前の由来に関わっているということだけである。
なお、生前の名前はアレクサンドラ=レヴァイン。旧姓、ソフィア。
◆Middle03◆決戦前夜~作戦会議 翌日の昼、放課後。EHVにログインしたメンバーは円卓を囲み、最終確認をしていた。
今回のボスモンスター討伐にあたり作戦を立案したのはルイスだったが、彼曰く。『一番重要なのはその情報だよね』とのことだった。
真也は横から口を挟める雰囲気ではなかったが……その発言に少しの違和感を覚えたものの。その理由を探れるだけの余裕はなかった。なぜならば。
この場の誰一人として、まともな表情をしてなかったからだ。特に、伊織に関しては酷い有様だった。
(いや、ほんとに……なんでこうなるんだろう)
伊織以外の面々も一様に目の光は濁りきり。焦点は虚空に向けられているようであった。まるで死人のように無気力でありながらも口の端にはうっすらと笑いさえ浮かんでいて、それはどこか病的であった。
だがその異様な空気の中にあっても真也だけは比較的正常を保っていた。
理由は明白。彼がまともじゃないから。
ただ、それでもまともな方だというだけで、彼の顔色は悪く目はどんよりとしていたし。全身からは生気が感じられなかったが。
真也は内心ため息をつきつつ。この場で唯一の知り合いに声をかけた。
声をかけられ、まどろみの中から引き戻されたかのようにハッと正気にかえった美咲に視線を向けると、彼女もまたこちらを見ていて。真也と目が合うとその顔が驚きに染まる。そしてあわてた様子で手を振ってきた。
そんな様子を見ると少しばかり、気持ちが明るくなった。少なくとも自分だけはしっかりしていないと、とそう思うことが出来たのだ。
だがそんな彼の思いを踏み躙るように後ろから大声で呼びかけられる。
それは普段の明るい姿とはかけ離れてはいたが、間違いなく津野崎の声であった。
その声の主を見ると、相変わらず死んだ魚のような目をしており、目元には大きなクマが出来ていた。
「間宮さん!」
「はいっ!?」
急に大声で話しかけられた事で驚いた真也に構わず。津野崎はずずいと近寄ってくると、そのまま肩に手を置いた。
先ほどまでの暗いムードも相まって不気味さを際立たせる彼女ではあったが、真也に語りかけるその姿には熱があった。
瞳にも光が戻り、口調も早口に変わっている。
「あのですね! いいですか? 今回間宮さんの異能の力は使いどころが難しいですが。まあ、ないわけではありません。なので……」……だが。それもつかの間のことであった。彼女は再び元の暗さと狂気を宿した瞳に戻り、淡々と話し始める。
どう見てもいつもの様子と違う津野崎の姿に、真也はこの会議が終わった後のことを考えていたが。その前に一つ確認せねばならないことができた。
「えーっと……はい?」
混乱しつつも相槌を打った真也に津野崎は畳み掛けるように、それでいて抑揚のない話し方をさらに加速させる。
「間宮さん、ちゃんと聞いてますかぁ?」
「ちょ、ちょっと待って下さい、落ち着いて、津野崎先生、まずは一旦深呼吸を、はいすぅはぃ…………ふぅ」
真也の言うとおりに一度ゆっくりとした動作で息を大きく吸い込み。そして長く吐き出すとようやく少し落ち着いたようで。いつも通りではないが、比較的冷静になった津野崎が言葉を続けた。

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