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3-11 Regret Syndrome

 諦めた東京行き、しかしそれでよかったのかと思いながら、自由研究を放置した流雫はただニュース記事を追っていた。4色の細書きサインペンを使い分けながら、気になる部分をルーズリーフに書き出していく。
 ふと、外から拡声器で怒鳴る声が聞こえた。
「強制捜査は陰謀だ!愛国への冒涜だ!」
3Fの窓側に座っていた流雫が下を見ると、デモ行進が行われていた。
「……こっちもかよ……」
そう思いながら、溜め息をついた。一言で言えば、鬱陶しい。
 OFA唯一の支部は、この河月市の西部に建っている。7月にショッピングモールで少しだけ見た、白水と云う元候補者のお膝元だ。
 それだけに、流雫も10年以上住んでいるこの都市で人が最も集まる施設の1箇所、河月駅前一帯でのデモは、当然と云えば当然だった。
 しかし、とにかくシュプレヒコールが五月蠅い。読書や学習の邪魔だと、周囲からの苛立ちを感じ取れた。やがて本を閉じて席を立つ人が出始める。流雫もそれに続こうと、溜め息をついて机の上を片付ける。
 夏休みはまだ半月以上残っている。自由研究もその間に終えれば問題無い。しかし、予定より早く帰るのも癪に障る。
 流雫は、先刻使っていた使い切りのサインペンのインクが掠れ始めたことを思い出した。そろそろインクが尽きる頃か。新しいのを何本かストックしようと思い、駅ビルに入った。
 10分後、雑貨屋で少し多めにサインペンを調達する。これで2学期いっぱいは保つだろう。
 駅前のロータリーでは、抗議集会の準備がほぼ終わろうとしていた。デモ集団も含めた支持者は30人にも満たないものだったが、殺気立っているように見えた。尤も、昨夜の選挙特番曰く、白水の落選は強制捜査が有ろうと無かろうと避けられなかったのだが。
 だが、支持者はそう思っていなかった。国家権力の横暴に正義と正論が潰される、今こそ義憤の声を上げようと云う意思を露骨に見せている。
 流雫はやってきたバスに乗り、空いていた最前列に座る。バスが短くクラクションを鳴らしてエンジンを唸らせると、その音を掻き消そうとせんばかりの音量で集会が始まった。流雫は溜め息をつき、見飽きた何時もの車窓を眺めた。

 夜、ペンションで手伝いを終えた流雫は自室に閉じ籠もった。自分が遭遇した河月駅前のデモはどうも思わなかったが、秋葉原で起きた毒ガステロと暴動の映像が頭から離れない。
 澪は無事だと何度も言っていたが、信じていないワケではない。ただ、鵜呑みにもできない。
 新宿から秋葉原へ行くルートは他にも有る、何なら隣の駅から走ればいい、無理矢理でも行くべきだった……、と流雫は思っていた。澪が病院で1人、処置室にいる同級生2人を待っている時の不安を、少しでも拭えたのなら。
 普段より慌ただしく動いて、気を紛らわせようとした。しかし、効果は無かった。溜め息をついた流雫は、メッセンジャーアプリを起動させたが、何と切り出すか迷っていた。
「2週間後、何も起きないといいけど」
数分悩んで、送信ボタンを押した一言は、苦し紛れのものだった。そして流雫は、メッセージとは裏腹に必ず何かが起きると思っていた。

 家に帰り着いた澪は、制服の上からエプロンを纏い、母の美雪と料理を始めた。今日は父は当直で戻ってこない。尤も、あの事件が起きた以上は、非番だったとしても現場に向かわざるを得なかっただろうが。
 澪は、昼間のことを母に話した。毒ガスが東京の街中で散布されたのは29年ぶりだと言った母は、一人娘が危うく無差別テロの被害者になるところだったことに、怒りを露わにした。それは母親としては当然のことだろうが、元警察官だけに余計気にするのだろう。
 シャワーを浴びてディナーを済ませると、母が生ハムを肴にワインを飲むのを少し辛めのジンジャーエールで付き合う。強い生姜の風味が、昼間の惨劇を少しは忘れさせると期待したが、それは叶わなかった。
 やがて澪は、自室に戻る。流雫への連絡が遅くなったことを気にしながら、スマートフォンを手にすると、見計らったかのようなタイミングで流雫からのメッセージが届いた。
 「2週間後、何も起きないといいけど」
それは、澪に対して何を言えばいいのか悩んだ末に、そう切り出すしか思いつかなかったのだと彼女には判った。
 ……何も起きないワケがない。トーキョーアタックの追悼式典とは云え、難民が起こしたと云う説を肯定したい連中によるデモは起きるだろう。ただ式典の邪魔をせず、誰も血を流すこと無く、8月27日が終わるだけでよかった。
「そう願うしかないわ……」
と澪は入力ボックスに字を並べ、送信ボタンを押した。

 澪は秋葉原で手にしたゲームのグッズを机に並べる。アクリルキーホルダーを3種類、チャーム3つにパスケース。通学鞄にチャームを1つ取り付け、キーホルダーは付属のスタンドを使って並べて飾る。
 ジャンボメッセのゲームフェスで最初にこのキャラを見た時に、見た目も設定も何処か流雫っぽいと思った。一目惚れだった。
 だから、初回起動で持ちキャラを決める時も即決で、特定のキャラで無ければ進められないステージ以外は彼女しか使っていないし、名前もルナと名付けた。デフォルトではティアだったが、今思えばそれもそれで流雫っぽい。しかし、気付けば変えていた。
 「今日東京に行っていれば……」
その由来となった少年からのメッセージが届いた。
「仕方ないよ。ルナまで被害に遭った日には……」
澪は打ちながら、止めた言葉の続きを呟いた。
「あたしが耐えられない」
 ……病院の待合室で、流雫にいてほしかった。何もできなくても、自分の隣にいるだけでよかった。
 ただ、そのために彼が東京へ出てきて、暴動のとばっちりを受けて怪我でもすれば、会いたいと望んだ自分を恨んだだろう。それが、逃げる途中で足を捻挫した、転んで肘を擦り剥いた程度だったとしても。
 どっちに転んでも、リグレットが押し寄せる結果だけが待ち構えていた。詰んだ、とはこう云う時のために生まれた言葉なのか。
 「幸い、2人も軽症ですぐ回復したし、多分事情聴取の方が長かった、かな?」
澪が送ると、流雫は安堵の溜め息をついた。
「ただ、やっぱり怖かった。変な臭いがして、それが青酸ガスだなんて思わないし、とにかく逃げるのに必死だったから」
澪は送り、部屋に入る前に淹れたコーヒーにミルクを混ぜて啜り、一息つくと思ったことを打った。
 「……形振り構わなくなってる。そうするだけ、自分の首を絞めるだけなのに」

 夜のニュースは、各番組足並みを揃えて、秋葉原の青酸ガス事件と暴動に発展したデモの話題をトップに持ってきていた。そして、放送時間の大半を費やしていた。この1年で何度、ニュースの放送内容を一部変更して放送した旨を、アナウンサーから聞かされただろうか。
 デモ集団が支持していた政治家は秘書を連れ、昼過ぎに地元佐賀を黒塗りのセダンで発つと、福岡アジア国際空港16時発のグレープ航空便に乗り、成田国際空港経由で東京へ戻った。
 その成田空港のLCC専用ターミナルのコンコースでその政治家、伊万里雅治は集まった報道陣に対して一連の事件に関して緊急の囲み会見をした。

 伊万里とOFAの関係はメディアを通じて広く知られることとなったが、昼過ぎに本部前で起きた左派集団による抗議活動については、投票日前日の強制捜査そのものが選挙活動と業務の妨害であり、また抗議活動は業務妨害と名誉毀損でしかなく、当事者であるヒューマニストインターナショナルに対して法的措置に踏み切ることを決定し、早速手続きを始めるよう顧問弁護士に指示を出した。
 また、青酸ガス事件に関してはニュースで把握しただけだが、一切関与していないどころか、その後のデモに集まった自称支持者からも危うく被害者を出すところで、断固として犯人を非難する。
 そのデモに関しては、事前に何も知らされておらず、ニュースで事態を初めて知った。福岡の空港へ向かう車内から本部へ電話して事実関係を確認したが、支持者を自称する集団が勝手に起こしたことだと判明した。自分の信条を強く支持する者が、それだけいることは喜ばしいことだが、身勝手なデモはあまり好ましいものではない。
 また暴動への発展は、政府や社会全般からの社会的、経済的な抑圧に苦しんできた若者が、現実逃避に訪れた秋葉原でデモを目の当たりにし、それらへの反撃として社会への不満や義憤が暴走したものだ。血を流すような争いは見るに堪えないが、元は政府の度重なる失策が招いたものであり、政府と今回の選挙で当選した議員は全員、デモと暴徒の声に真摯に耳を傾ける必要が有る。

 会見での伊万里の発言は、尤もらしく聞こえた。OFA本部前の件に関しては、澪は直接見ていないし、特に疑問に思うことは無く、そもそもその必要すら無い。
 しかし、青酸ガス事件は結奈と彩花が軽症ながら被害を受けた。青酸ガス……シアン化水素は致死量が人によって最大18倍以上もの差が有るが、ほんの微量で発症する。澪は無事だったが、もう数回男の近くで呼吸していれば、2人と同じように被害者にカウントされていただろう。息を止めて走ったのが、あの時は苦しかったが辛うじて奏功した。
 それも伊万里が裏で絡んでいる、と澪は思っていた。尤も、それは流雫も同じだが。
 そしてデモと暴動は、半ばあの界隈に居合わせた連中も飛び入りで混ざったことは否定しない。ニュース速報やSNSの動画で見る限り、いかにもそれっぽい風貌の男たちも少なくなかった。
 ……怒りは貧民最後の娯楽だ、と何処かで目にしたが、それは一方では所謂富裕層クラス、一時期流行った言葉を使えば上級国民の傲慢で、連中からすれば適切な言い方だろう下級国民へのレッテルだと言えた。だからデモやSNSなんかで怒りを露わにする連中は押し並べて低俗なのだ、と。
 その低俗な連中が、ついに反旗を翻そうとした……そう捉えるには、唐突過ぎる気がしなくもないが。
 ただ、それでも支持者がデモを計画していたことを、伊万里が知らないとは思えなかった。そして暴動も偶然発展したのではなく、最初から計画されていた。
 ……もしその通りなら、青酸ガスの件も、一種の警察の撹乱目的……?
 そう澪は思った。そして、そのことを箇条書きのように流雫に向けて連投した。
 
 何回かに分けて送られてくるメッセージに目を通しながら、流雫はルーズリーフを鞄から出した。ノートアプリにコピペするのが本来は手っ取り早いのだろうが、字や図などを書き足す時が面倒だから手書きにしたい。
 図書館から帰る時に手に入れたサインペンを机に並べ、画面と紙を相手に睨めっこが始まった。
 ……流雫が思っていることは、澪のそれと大体同じだった。青酸ガスが撹乱のためだった、と云う推測も判る。
 それは澪が3月に遭遇した、地下鉄爆発物テロ事件と国会議事堂での元幹事長殺害事件の関係に似ている。ただ、今回は2件の場所が全く同じなのが、彼にとって不可解ではあった。

 ……3月下旬、永田町駅の手前で地下鉄が急停止した。何者かが非常用ドアコックを開けたことが原因で、犯人は線路に下りて逃走していた。
 そして、車内に置き去りにされたバッグに仕組まれていた爆発物が爆発した。地下鉄は永田町駅まで走り、そこで運転を打ち切って被害者の収容が行われた。
 それから程なくして、国会議事堂に何者かが侵入して、国会議員を報道陣の目の前で殺害し、逃走した。その2件は全くの無関係に見えたが、
 犯人グループは、警察の目を永田町駅に向けさせれば、国会議事堂正面付近の警備が薄くなり、侵入が多少なり容易になるだろう……そう目論んでいたと思える。それは後に複数の犯罪関連の専門家も語っていた。
 ただ、今日に関してはどっちも秋葉原駅前で起きている。青酸ガスは空気より軽く地表付近に滞留せず、時間が経てば安全だとオンライン百科事典には書かれていたが、とは云え撒かれた日に同じ場所でデモを行う……と云うのは、安全面から見れば想像がつかないことだった。
 
 強制捜査の影響で落選させられた政治家、伊万里の国政への無条件復帰を求め、勝ち取った暁にはそれが推し進める、一種の優生思想を実現させたい。
 人種としての日本人とそれ以外に「区別」した上で、「それ以外」に社会的制限を課す。そうすることで、堂々と日本人が日本国への愛国心を掲げ、日本人ファーストの安心安全な国家と社会が実現する。それが伊万里の根本的なスタンスだった。
 次の国会議員選挙は来年、2025年7月の参議院選挙だ。その時までに政治信条と選挙対策を、それこそゼロベースで練り直し、改めて地元に信任を問う必要が有る。比例代表での当選を狙って昨夜の選挙特番では、政治評論家がそう語っていた。
 ……しかし、次の選挙を待つのではなく、今回の選挙結果に噛み付いた。それだけ、強制捜査が不服だったことが判る。それも、容疑がトーキョーアタックに関するものだっただけに、その影響は致命的だった。誰もが、まさかだと思っただろう。
 ……澪が言うように、伊万里と支持者連中は最早形振り構わなくなっている、と流雫は思った。自分の首を絞めている、その自覚は連中には有るだろう。ただ、この選挙運動最終日に突如失った……否、警察に強奪された求心力と支持率と名誉の回復のためには、どんな手段も辞さない。その歪んだ決意だけは伝わってくる。
 一方、その捜査結果は未だ判っていない。何しろ、トーキョーアタックと云う世界でも2番目に大規模な無差別テロ絡みだ、その確固たる証拠を手にするために、今頃関係者が総出で不眠不休の作業に当たっているだろう。できれば、あれから1年の節目の日までに。その日まで、あと14日。

 澪からのメッセージを書き出していた流雫は、スマートフォンを机に置いたまま
「……2週間後……」
とだけ打つ。やはり、追悼式典で何かが起きると云う不安は拭えない。すぐに澪から返事が送られてきた。
 「……あたしも不安だけど、今度はルナが隣にいる。だから何が起きても怖くないよ」
……隣にいる、それだけでどれほど心強いのか。流雫は思い知らされた。だからこそ、何故今日も東京に行かなかったのか、と流雫は頭を抱えた。
 行けば澪は呆れただろうし、彼女が言うようにその途中であの暴動のとばっちりを受ければ、逃げようとした時に起こした捻挫程度だったとしても
「会いたいと思わなければよかった」
と苛まれるだろう。自分が原因で澪が泣くことだけは、絶対に避けたかった。
 しかし、行かなかったから澪は病院で同級生を待ちながら、不安な時間を1人送っていた。
 行く、行かない。どっちが正しかったのか、全ては結果論でしかない。ただ、どっちを選んでも、終わった後で選ばなかった方が正解だったのでは、と思えてくる。
 ……彼女の力になってやれなくて、何が恋人だ。
「澪……」
愛しい少女の名を呟く、流雫の声が震えた。

 初対面だったアフロディーテキャッスルでも、同級生も交えて行ったジャンボメッセでも、澪は流雫に助けられた。何度でも思う、流雫がいなければ今頃、自分は生きていない、と。
 ただ、そうは云っても、澪は彼がいなくても生き延びたい一心で無意識に引き金を引いているだろう。火事場の馬鹿力と云う言事が有るが、まさにそれだ。
 だが、やはりそうなった時の想像がつかない。
 流雫がいない、それだけでただ逃げ惑い、しかし同級生を介抱できるワケでもなく、病院のソファに座っていることしかできない。今日、自分はあまりにも無力なのだと思い知らされた。
 「あたしなら無事だから」
そう何度も言ったのは澪だった。
 自分の我が侭で流雫を危険な目に遭わせることはできないし、それほどあのサブカルチャーの聖地は普段とは違う……当然悪い意味での……混沌に支配されていた。
 だから、流雫が河月に残ったのは正しかったし、来てはダメと言ったのも正しかった。
 澪が病院のソファで感じた寂しさや心細さは、流雫がいなくても耐えられる……と思っていた。そして、耐えることはできた。ただ、その反動はあまりにも大きく、少女は今でも頭を抱えている。
「……ルナ」
澪は後に続く言葉を見つけられないまま、送信ボタンを押す。澪はこの時ほど、この距離が憎いと思ったことは無い。
 オンラインが物理的な距離をゼロにする、と言われて久しく、その恩恵を享受している。だからこそ流雫と知り合うことができて、今こうしていられる。
 だが、全ては音と映像の世界でしかない。例えば、目を閉じて声や吐息をバイノーラルで聞いたとしても、逆に寂しさだけが募る。それだけ近くに聞こえるのに、どれだけ手を伸ばしても触れられないのは、生き地獄に似ている……澪はそう思った。

 「……ルナ」
とだけ送られたメッセージ。その上に鎮座する猫のアイコンをタップすれば、通話ボタンが出てくる。それさえ押せば、声を聞ける。しかし、今は押す資格も無い、と思っていた。
 後ろめたさを感じるが、今日はこのまま寝落ちのフリをしよう。それほど、流雫は澪への言葉を失っていた。勝手に罪悪感と無力感に苛まれているだけ……なのは判っていた。
 澪はそう思わないだろうが、仮に卑怯だと思われても、今日だけはこのままフェードアウトしたい、その我が侭を通したかった。
 ……澪は、東京に来てはいけない、と言った。流雫はあくまでそれに従っただけ……そう思えば気は楽になるだろう。だが、彼女が抱えていた苦しみを思えば、邪道でしかなかった。
 「澪のヒーローなんて……よく言えるよ……」
そう呟く流雫は、シルバーヘアの頭を抱えながら泥沼に嵌まるような錯覚すら覚える。オッドアイの視界が滲んだ。

 流雫からの返事は無かった。
「ルナは悪くないよ」
と言いたかったその言葉は、しかし彼を更に追い詰めるだろう、とは思っていた。
 ……明日と云う日が、強制的に解決するだろう。だから今日を現実逃避で強制終了させたい。そう思った澪は、先刻机に並べたゲームのグッズを眺める。
 笑い方を忘れた、悲壮感に包まれた美少女騎士……ルナ。ほぼ有り得ない話だが、流雫を上手く言いくるめて彼女のコスプレでもさせれば、彼女が文字通り次元を超えて現実世界に降り立った……と思えるだろう。男の娘と云う文化も有るが、声を聞かなければ全員男だと気付かない、と澪は思う。
 それほどには、ヘアスタイルこそ違えど、それ以外の見た目も然る事ながら、何より境遇も似ていた。まるで、流雫をモデルにキャラデザが施されたかのように。だからルナに流雫を重ねるのは、痛々しくも最早どうしようもないクセだった。
 ……だが、今日に限ってはそれが仇になった。そして、先刻机の上と云う目に付きやすい場所に並べたのも、タイミングとしては最悪だった。グッズに目が止まる度に、今この瞬間に流雫が何を思っているのか、それだけが頭に浮かんでくる。

 秋葉原に彩花と澪を誘ったのは結奈だったが、彼女は普段通りに遊びたかっただけだし、誰もこう云う事態になるとは思っていない。罪悪感を感じる同級生を、その恋人と澪の2人で慰めていたが、結奈は割と早く吹っ切れた。
 そして3人のうちで最も症状が重かった彩花も、入院すること無く結奈と同時に回復したことに安堵していた。
 しかし、何時もの3人組のうちで、最もしっかりしているハズの澪は、しかしこう云う時だけは誰よりも吹っ切れない。
唯一無事だったのに、いや無事だったからこそ、2人が自分と同じ方向に走っていればよかった、何故2人を誘導できなかったのか、と思っていた。
 そのことをメッセンジャーアプリで2人に伝えると、やはりと云うべきか
「澪が気にすることじゃない」
「みんな無事だったからよかったじゃない」
と返ってきた。
 ただ、それで安堵できるハズもない。全ては結果論でしかなく、誰も死ななかった、重症でもなかったからよかった……そう割り切れない、それが彼女の弱さだった。
 ベッドに寝転がった澪は、大きな溜め息をついて目を閉じる。2人にとって、いや4人にとって最悪だった1日を早く終わらせたい。
「……おやすみ」
そう誰に対してでもなく、呟いてみたものの、意識が薄れる気配は無かった。

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