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第50話 これから二人で

「えー、オホンッ。……大和。それに玲奈ちゃん。やっぱりあなたたちは、私の思った通りの子だったわ」

 声の主は平静を取り戻し、半ば仰々しく崇高な音色へと様変わりする。同時に雲と雲の隙間から陽光が差し込むと、女性の顔を空に浮かび上がらせた。

 エリシュを始め、ハラムディンの民たちはその驚きを自身の声で、態度で表した。中には地に膝をつけて崇める者さえ出る始末。

 そんな中でただ一人、天に唾吐く者がいた。

「おい! メビウス! どーいうこった、それは!?」
「……大和、あなたね。女神様に向かって呼び捨てとか、ホントありえないから!?」

 空に輝く女神の美しい顔が一瞬大きく歪んだが、すぐさま作り笑いで取り繕う。

「ま、まあいいわ。玲奈ちゃんはね、あなたのために一つだけの願いを増やせと言い、あなたはあなたで願いなんていらないから、同じ世界に転生させろと言う。まったく別の言い方だけど二人とも、同じ意味のことを言っているのが面白くてね。だから、ずっとあなたたちを見守ってたってわけ」
「ちょ、ちょっと待て……。玲奈も俺と同じ世界に行きたいって願いだったのか?」
「ええそうよ。それと『大和くんを守る力が欲しいです!』ってね。女神(わたし)、玲奈ちゃんのそんな健気な姿を一目で気にいっちゃって……」

 大和は茫然となり、一瞬言葉を見失う。

「……じゃ、じゃあ、俺が玲奈と同じ世界に行きたいって言わなくても……」
「そーよー。決まってたの。大和がこのハラムディンに来ることは」
「ふっ……ざけんなぁ! ならあの時なんで、俺に言わなかったんだよ!」
「なんでー? それを言っちゃったら、私が面白くないじゃな〜い」

 飄々とした女神の受け答えに歯軋りをする大和だが、すぐに本題を思い出す。

「なら俺の願いはまだ叶えられてないってことになるよな? お願いだメビウス! 玲奈が……死にそうなんだ! どうか助けてやってくれ!」

 それまで饒舌だった女神の言葉が、突然途切れた。空からは何も答えは返ってはこない。

「———おいっ! なんとか言ってくれ! 早くしないと玲奈は本当に」
「……いいわよ? 玲奈ちゃんを助けても」
「本当かっ!」
「その代わり、私と取引しない? そうね契約と言っても差し支えないわ」
「契約でもなんでもするっ! だから早く助けろっ! 頼む!」

 空の雲が意思を持っているかのように突然流れ、陽光が燦々(さんさん)と玲奈の体を照らし出した。
 ドス黒く口を開けた玲奈の腹部の傷が、癒えていく。血の気をなくした顔にはほのかな赤みがさしていき、同時にうつろだった意識も戻り始めると、玲奈の瞼がゆっくりと開いた。

「……あ、あれ? 私、一体……?」
「———玲奈!」
「ちょ、ちょっと大和くん!? ……恥ずかしいよ。みんな、見てるよぉ」
「構うもんか! ようやく会えた……長い時間、待たせてごめんな!」
「……大和くん……」

 互いの体が擦り切れてしまうほど、二人は強く抱き合った。
 周りの群衆の中には、事情を知らなくとも若い二人のひたむきな熱情に、うっすらと涙を浮かべる者さえいた。
 エリシュは俯いて込み上げてくる気持ちを、ただただ必死に堪えている。
 そんな中、場違いな声を発する者が、ただ一人。

「えーっと。女神(わたし)の存在忘れてない? 影、超薄くなーい? ありがたみが感じられないんだけどー!?」
「……メビウス。ありがとよ」
「ま、まあいいけどね。女神(わたし)も玲奈ちゃん、超好きだし。助かってよかったと思ってるわ。女神(わたし)、何を隠そう『愛を司る女神』だからね」
「嘘つけ」
「嘘ちゃうわっ! まったくあなたと話すと調子狂うわぁ……。それじゃあお待ちかねの、取引の内容ね。私が統治する世界は、あと八つあるの。そのすべてが戦いの絶えない争いの世界。その世界に二人でいって、争いを沈めて欲しいの。いわば女神(わたし)名代(みょうだい)となってね。ただしランクはまた一からやり直しだけどね。大和のスキルだけは、残しといてあげるわ」

 胸に埋まる玲奈をゆっくりと引き離すと、大和の温柔(おんじゅう)な瞳が玲奈を捉えた。
 
「玲奈……いいか? またお前を危険なことに、巻き込んでしまう。それでも一緒についてきてくれるか?」
「もちろん! 大和くんとなら、どこへ行っても怖くないよ」

 玲奈を抱いたまま大和は立ち上がる。そこでようやく自分の体の違和感に気がついた。

「あ、あれ? 俺の腕がいつの間に……」
「サービスよ、サービス。片腕のままじゃ、この先困るでしょう? ついでに治してあげたのよ」

 天に輝く女神の顔が、一変して厳となる。今までの戯けた口調から想像でできないほどの「ただし!」と強い言葉が、空から降り注がれた。

「玲奈ちゃんの蘇生も、大和の腕も、二度目はない。いい? 今回は女神(わたし)名代(みょうだい)となることで、受けた傷が洗浄されたの。女神と言っても理由もなしに、簡単に人を生き返らせたりはできないの。しっかりと覚えといてね」
「ああ、わかった。よく肝に銘じておくよ。……ところでさ、メビウス。俺のランクは他の世界に行く前に、リセットされるんだよな。その前に、この力を誰かが受け継ぐことはできないのか?」
「それくらいなら、許してあげる。好きにすればぁ」

 抱きかかえた玲奈を、大和はゆっくりと地に下ろす。
 大地に突き刺さった大和の剣は、目が眩むほどに陽光を反射し輝いていた。それを一気に引き抜くと、アルベートの前まで歩き出す。

「アルベート……。俺の力とこの剣を、お前に託す。マルクのように優しく強い男になってくれ」
「あ、兄貴……」

 剣を受け取ったアルベートの体が、燐光に包まれた。大和の積み重ねた壮絶な経験値が、一人の青年に受け継がれた瞬間だ。

「もうこの世界に未練はないわね。それじゃ、そろそろ出発よ」

 空から一条の光が、うっすらと差し込んだ。光は大和と玲奈を捉えると、輝きと面積を増していき、完全に二人の体を包み込んだ。
 二人の足が、ふわりと浮遊する。
 そのまま蒼天へと、ゆっくり引き寄せられる最中。

「わりぃメビウス! ちょっとだけ待ってくれ! 俺たちと一緒にもう一人、連れていっちゃダメか?」
「もう何よぉ! 用があるなら一度に言ってよね、一度で! ……そんな酔狂な人がいるとは思えないけどねぇ。……まあ、本人が希望するなら一人くらいならいいわよ」

 柔らかな光の中から、手が差し伸べられた。

「エリシュ。俺たちと一緒に、お前も来ないか?」

 エリシュに向けられた大和の腕。
 それはどこまでも真っ直ぐで、心地よく。
 初めて会った時と少しも変わってはいない。 
 エリシュは自分の偽りのない気持ちに身を委ね、反射的に差し出しかけた自分の右手に気づく。
 そのまま右手は力なく虚空を掴むと引き戻されていき、さらに左手が右手を覆った。
 まるで自分の心まで、押さえ込むように。

「……私はこの国を、ハラムディンを立て直すわ。弱い者が泣くことない国を作る。……それが王子の意志だから」
「……そっか。そうだったな。……今まで本当にありがとう、エリシュ」

 大和と玲奈の体が動き出し、再び天へと吸い寄せられていく。
 光のエレベーターで上空へと導かれる最中、大和は金髪に、玲奈は黒髪へと変化を遂げ、生前の姿を取り戻していった。

「さあ、行こう玲奈。もう絶対に、お前を一人にしない。これからはずっと一緒だ」

 大和の笑顔に玲奈の顔が上気する。次には、はにかみながら頼れる胸へと飛び込んで。

 二人は重なりあいながら、ゆっくりと天へと登っていった。

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