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第49話 決着!! そして……

 腹部に深々と突き刺さった杖は勢いを失わず、クリスティの両足をいとも簡単に宙へと浮かせると、彼女の体は木の葉のように揺蕩った。
 俺は反射的に、手にした剣を投げ捨てる。
 そのまま落下地点まで駆け出して、迷うことなくスライディングで地を滑る。どうにか地面に激突寸前で、クリスティの体を受け止めた。

「く、クリスティ……なんで……お前が……」

 クリスティは傷の痛みに抵抗しながらも、健気に微笑を顔に浮かべて。
 
「……ようやく全部思い出すことができたよ……大和くん……」
「れ、玲奈……? 玲奈なのか!? く、クリスティ。お、お前が玲奈だったのか!?」
「……ごめんね。すぐに大和くんのこと、思い出せなくて……」
「何言ってるんだ玲奈! 俺の……俺のほうこそごめんっ! こんなに近くにいたってのに、お前に気づいてやれなかった……!」

 俺はクリスティを、強く大切に抱きしめた。

「大和くんの体、とっても温かい。それに優しい匂いがする……。あの時は一瞬だったけど、ずっと、こうしていたいなぁ……」

 クリスティの体から、体温が、命の熱が失われていく。
 出血が酷すぎる。血が溢れて止まらない。
 腹部に刺さる杖の(やいば)は、軽量甲冑(ライトアーマー)を紙細工のように切り裂いて、かなり深くまで穿たれている。
 今、無理やりこの杖を抜くのは、更なる出血を引き起こし危険だ。

「エリシュ! 早く、早く来てくれ! クリスティ———いや玲奈に、治癒魔法(ヒーリング)をかけてくれっ!」

 振り向きながら、後方に向かって腹の底から声を上げる。
 エリシュは既に俺たちへと目標を定め、駆け出していた。

『フハハハハハハハ! 魔力が存分にこもった妾の(やいば)を、無防備に受けるとはなっ! その娘はもうすぐ死ぬっ! 間違いなく! 確実に! ……なになに、そんなに悲観することはないぞ。お前もすぐに後を追うのだからのぉ! フハハハハハハハハハハハハハ!』

 クリスティの傷ついた体を繊細なガラス細工でも扱うように、そうっと地面へ横たわらせる。『冷徹の魔女』の耳障りな嘲笑が今もまだ木霊する中、俺はゆっくり立ち上がると、放り投げた剣を拾い上げ。
 歓楽で醜く瞠目(どうもく)する『冷徹の魔女』の視界を、燃えさかる瞳でねじ伏せた。

『……ひっ……き、貴様、まだ……!』

 俺の体に残された最後の力。余すことなくかき集め、『終焉なき恋慕(ラブスレイヴ)』を再度発動。金色の輝きが空を焦がし、猛々しさをとり戻した俺は確実な足取りで一歩ずつ、『冷徹の魔女』へと近づいていく。

「……て、テメェ……」
『ひっ……く、くるなぁ!』

 競々(きょうきょう)とした無様な有様で後退りを始めた『冷徹の魔女』を威圧しながら、ゆっくりと追い詰めていく。

「テメェがややこしい時にいなくなるもんだから、勘違いしたじゃねーかぁぁぁあああああ!」

 全身全霊をたっぷりと込めた、右手一本で繰り出しす打ち下ろしの一閃が(きら)めいた。黄金の斬撃が、背を向け逃げる『冷徹の魔女』を駆け抜ける。
 俺のなけなしの力を使い果たした一撃は、もはや斬撃と呼ぶには生ぬるい。『冷徹の魔女』を地上から一瞬で消し去るだけでは飽き足らず、後方に陣取る外魔獣(モンスター)の分厚い壁さえもが、瞬時に灰へとなり果てた。

 前方の視界が、一瞬で晴れた。
 怒りに任せた壮烈な一撃は地面は大きく削り取り、その痕跡は先の見えない一本道を作り出しいていた。

 音もなく唖然と皆が見守る中、外魔獣(モンスター)の群れがゆっくりと崩れだす。一体、二体と戦線離脱を始めると、蜘蛛の巣を散らしたようにほうぼうへと逃走した。
 外魔獣(モンスター)の退却から少し遅れて1階層の兵士たちが、思い出したかのように歓喜の雄叫びを空へと響かせる。
 
 俺は歓声の渦中へと飛び込んだ。

「———玲奈! 玲奈は無事なのか!?」
「……ヤマト。今、治癒魔法(ヒーリング)で治療中よ。あなたの傷も軽くない。急いで手当てをしないと」
「俺のことなんてどーでもいいっ! 玲奈を……早く玲奈を助けてやってくれ!」

『冷徹の魔女』が倒されたからか、杖の(やいば)は消滅していて杖本体だけが地面に転がっていた。
 エリシュは血が噴き出して止まらないクリスティの腹部に手を当てながら緑光を照らし、傷口の再生を試みている。そして回復魔法の手を休めることなく、アルベートヘと視線を走らせた。
 アルベートは思いついたように、自分の衣服を引き裂くと俺の左肩を固く結び、止血をしてくれた。

「どうだエリシュ! 玲奈は助かるよな!? これくらいの傷なら、絶対助かるよな!?」
「……ヤマト。残念だけど……臓器が激しく損傷していて、これ以上はどうすることもできない。……どんな回復魔法でも限界があるの。クリスティ……いえ、レイナさんはもう、助からない」

 な、何を言っているんだ……?
 た、助からない……だと? 誰が……玲奈が? 助からない?
 ———ふざけるな! ようやく……ようやく玲奈に会えたのに!

「……大和くん、もっと……私に顔を、見せて。……この目に、焼き付けて……おきたいの」
 
 玲奈が途切れ途切れに掠れる声を、絞り出した。

「……お、おい。そんな悲しいこと言わないでくれよ、玲奈。やっと……やっとさ、こうやって会えたのによぉ。……ようやく全部、思い出したんだろ? 俺たちは……俺と玲奈は、これからじゃないか!」
「さ、最後に大和くんの……力になれて、本当によかった……。ふふ……あの女神様、ちゃんと私の願いを……叶えてくれたんだ……」

 そ、そうだ。女神だ。あのメビウスって女神だ。
 このハラムディンに転生してから、時折感じてた。常に遠くから覗き見されているような圧迫感。肌をちくりと刺すような礼儀知らずな視線の主は、きっとあの女神に違いない。
 
「おい! クソ女神! どうせお前、今この時も俺たちのこと見てるんだろっ! お願いだよ! なんとかしてくれよ! 俺の願いなんて、ちっぽけなものだったじゃねーか! ならもう一度、俺の頼みを聞いてくれよぉぉぉおおおおおおおおお!」

 俺は天を仰いで涙を流し、喉が潰れるくらいに咆哮した。

「———クソ女神なんて失礼ねっ! ちゃんと見てるわよぉぉ!」

 俺の悲愴な叫びに応えたのは、天から降り注ぐやや立腹気味の声だった。

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