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第29話 出立の日

 翌日。
 陽光の代替えとなる聖支柱(ホーリースパイン)がゆっくりと輝きを増していく。小屋の隙間から生命の光が差し込み始め、生と死が表裏一体となる一日の、始まりを告げていく。
 十分な栄養と休養をとった俺は、既に目が覚めていた。
 上半身を持ち上げて、大きく一度伸びをする。腕を回し、足を曲げ、腰を捻り、体の状態を再確認。
 
(おし! どこも異常なーし!) 

 そのままベッドから飛び降りる。もう一度ゆっくりと体を伸ばし、関節をほぐして準備運動。床に転がる軽量甲冑(ライトアーマー)を拾っては体の各部に装着していく。カチャカチャと金属音が耳をくすぐる中、エリシュがアルベートとクリスティを引き連れて、小屋の中へと入ってきた。種類は俺と同じく軽量甲冑(ライトアーマー)だが、女性特有の膨らみを帯びた甲冑に身を包み、両手には大量に買い込んだ備品が入っているだろう布袋が二つ。エリシュのほうも旅支度は整え終わっていた。


「それで……二人はこの後どうするんだ?」

 歩けるくらいには回復したマルクがベッドから起き上がり、俺たちの元へと歩み寄る。
 
「あんたらにはあまり隠し事をしたくねーし、薄々勘付いてるとは思うけどな、俺たちは冒険者(フリーファイター)じゃねえ。人を探しているんだ。そしてその可能性は一つに絞られた。……俺たちは、最下層を目指す」
「な、何を馬鹿なことを! 二人だけのチームで辿りつけるわけないだろう! いくらヤマトが強いと言っても、ここから先の下層はそんなに甘くない。外魔獣(モンスター)の数だって桁違いだ。死にに行くようなものだぞ!」
「別に……あんたらには関係のないことだ」

 本気で俺たちを心配してくれているのだろう。
 眉間を寄せて強張ったマルクの顔が、雄弁にそれを語っている。

 ———本気で他人を心配するヤツなんて、元の世界でも何人いただろうか。
 
 みんながみんな、上っ面だけだ。
 共に憤るフリ。悲しむフリ。同情を寄せるフリ。
『何かあったら絶対言ってくれ』『すぐに駆けつけるからな』『お前のために言ってるんだぞ!』
 聞き飽きた使い回しの陳腐なセリフの大合唱。
 どいつもこいつも、他人を心配する自分に酔いたいクソ野郎どもだ。

「……嫌いじゃねぇぜ、アンタ」
「ん? 何か言ったか? ヤマト」
「いや、なんでもねぇ」

 違う形で出会えれば、きっとウマの合う仲間になれたかもしれない。歳は離れていようとも、通じ合える(もの)は確かに感じ取れた。それだけで、充分だ。

「じゃあ、行くかエリシュ」
「ええ。……あなたたち、いろいろとありがとう。もう無茶はしないでね」

 立ち去ろうとする俺たちの姿に、アルベートが狼狽えながらマルクを見た。

「ねえマルクさん。俺たちも、手伝ってあげましょうよ」
「……アルベート、お前、自分が何を言っているのか分かってるのか!?」

 いつもはヘラヘラと笑い、やや軟弱な印象のアルベート。その優男から笑みが消えると、顔付きが一変した。

「……分かってますよ! 下層がどれだけ怖いかってことくらい! ……でもあの時、ヤマトさんたちは逃げないで、俺たちを助けてくれた。このままヤマトさんたちを見送るだけなら、俺は……俺たちは、逃げたことと同じになるんじゃないですか!?」
「私もそう思う。ヤマトさんたちには協力しなくちゃいけない……そんな気がしてならないの」
「お、お前ら……」

 懇願するように詰め寄るアルベートとクリスティに、マルクは腕を抱えて悩み込む。
 半ば気圧される形で、マルクは俺たちへと視線を戻した。
 
「ヤマト、それにエリシュさん。あんたらのステータスを教えてくれないか?」
「……ええ、いいわよ」

 エリシュが能力板(ステータスボード)を出現させる。俺も続いて自分の能力を、埃が舞い散る空間にさらけ出した。

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