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様々な憶測

 放課後、トーマスとともに歴史研究室へと向かえば、一人の男性教師が仕事をしている姿が目に入った。
 紫紺の瞳に黒縁眼鏡、背中にまで伸びた、無駄に艶やかな紫色の髪。二十代後半くらいのこの白衣の男性こそが、歴史科担当の教師、ザイル・ファルシーである。
「失礼します、ファルシー先生。少しお時間よろしいでしょうか?」
「ああ、トーマスじゃないか。聞いたよ、王国騎士団に入隊が決まったんだってね。募集人数も少なかったのに凄いじゃないか。おめでとう」
「ありがとうございます」
 その姿を見るなり嬉しそうな笑みを見せてくれるファルシーに、トーマスもまた笑顔で礼を述べる。
 するとファルシーは、見慣れぬ生徒、アーニャの姿にキョトンと首を傾げた。
「ええっと……?」
「先生、彼女は僕の後輩で、一年生のアーニャさんです」
 そんなファルシーに、トーマスはすかさずアーニャを紹介する。
 するとアーニャはトーマスに続くようにして、自己紹介をしてからペコリと頭を下げた。
「一年A組のアーニャ・クラウンです」
「彼女は今、シュラリア国の王家が滅亡した原因について調べているのですが、中々その答えに辿り着けなくて困っているそうなんです。もし、先生が僕達でも習わないような事を知っていらっしゃるのなら、彼女に教えてあげてもらえませんか?」
「へぇ、シュラリア国の。キミ、中々いいトコロに目を付けるね。まだ一年生なのに凄いじゃないか」
 三年生になったら専攻は世界史にしなさいと、ファルシーは嬉しそうに微笑む。
 そうしてから、彼は「でも」と首を傾げた。
「どうしてそんな事を調べようとしているの? 先にその理由を聞いてもいいかな?」
 まだ一年生であるアーニャが、今でも解明されていないその原因を知りたいと思う事に興味があるのだろう。そう問われれば、アーニャは隠す必要もないと、正直にその理由を口にした。
「今から約五百年前に、シュラリア国はピートヴァール国との戦いに勝利しました。しかしその僅か十年後に、シュラリア国はその王家が滅んだ事が原因で、国自体が滅んでいます。せっかく敵国に勝利したのに、どうしてシュラリア国もまた滅びなければならなかったのでしょうか? 私はその原因となった、王家滅亡の理由が知りたいんです」
「うん、なるほど、なるほど」
 その動機に頷いてから。しかしファルシーは申し訳なさそうに眉を顰めた。
「理由を聞いておいて何だけど、オレも大した事は知らないんだ。シュラリア国の王家滅亡の原因は、未だに解明されていないからね。でも、それでも最も有力な説は、内部によるクーデターだ」
「内部によるクーデター?」
 どういう事だと首を傾げれば、ファルシーはそれが有力な説である理由を教えてくれた。
「王家が一夜にして滅んだと言われる程、シュラリア国の王家はあっさりと短時間で滅んでいる。それも王族だけではなく、国の政治や経済を回していた中枢機関も一緒にだ。どうしてだと思う?」
「そうか、外部の人間が攻め込んで滅ぼしたのだとしたら、そんな短時間で滅ぼす事は出来ないのか」
「さすがトーマス。さすが学年首席」
 アーニャの代わりにトーマスがそう答えれば、ファルシーは満足そうに頷く。
 そうしてから、ファルシーは更に話を続けた。
「王族や国の中枢機関が集まる城やその周辺は、国で一番のセキュリティに守られている場所だ。特にシュラリア国を守る王国騎士団は、かなり優秀だったと聞く。そこを外部の人間が一気に攻め落とすのは難しいだろうし、敵国の仕業であれば、その後の『シュラリア国分配戦争』など起きず、その攻め落とした国が領土を総取りするのが一般的だ。それなのに城は短時間で攻め落とされ、その後、周辺諸国が一気に攻め込む分配戦争が起きている。だから内部の人間がクーデターを起こしたが、王族側と相打ちとなり両者が死んでしまったため、その後に分配戦争が起きたんじゃないかと、歴史家の中では考えられているんだ」
「でも先生。城にはかなり優秀な王国騎士団がいるんですよね? いくら内部の人間が突然クーデターを起こしたとしても、騎士団によってすぐに取り押さえられるのではないでしょうか?」
「そうだね。でも、クーデターを起こしたのがその騎士団だったとしたら、彼らを取り押さえる事は難しいんじゃないかな?」
「騎士団が?」
 その仮説に、アーニャは驚愕に目を見開く。
 現世よりも戦の多かった前世では、国の防衛のため、騎士団により多くの人材を募集していた。そこにはアーニャのよく知る人物も沢山いて、ライアンやリア、ノアやセレナなど、現世での同級生達も多くそこに在籍していた。中にはもちろん嫌いな人物もいたが、その実力は確かであり、国の未来を託しても大丈夫だろうと思えるくらいには信頼出来る人達ばかりであった。
 それなのに、そんな彼らがクーデターを起こし、国を滅亡に追いやっただって? そんな事、あるわけが……、
(いや、でもあのサミュエル国王よ? また国のために死ねとか言い出して、誰かがブチギレたとしてもおかしくはないか)
 自分を死へと追いやった国王を思い出す。前言撤回。誰かがブチギレてクーデターを起こしたとしてもおかしくはない。
「それでは、クーデターによって王家を滅亡させたのは、王国騎士団という事ですか?」
「そう見る学者が多いけれど……でも、それだとまた話がおかしくなるんだよね」
「え?」
 困ったように苦笑を浮かべるファルシーに、アーニャは訝しげに首を傾げる。
 おかしいって、何がおかしいのだろうか。
「王族側と反乱軍側は相打ちになって死んでいるんだ。相打ちという事は、おそらく騎士全員が反乱を起こしたわけではなく、彼らは戦力が同じくらいになるように、王族側と反乱軍側に別れたハズだ。けれども王族側の騎士は、王家の人間誰一人として守る事が出来ず、その時に全員死なせてしまっている。優秀な騎士であれば、全員とはいかずとも数人の王族を逃がす事は可能だったハズなのにな。オレは、その点が腑に落ちない」
「では、騎士団全員が反乱軍となった可能性は?」
「それでは相打ちにはならない、おそらく勝利するのは反乱軍だ。けれどもそれでは、クーデター後の後始末がお粗末過ぎる」
「お粗末過ぎる、とは?」
「王家や国の中枢機関がなくなれば、国の防衛機能はかなり落ちる。そしてその好機を逃すまいと、周辺諸国が攻め込んで来る事は、王国騎士団の者であればすぐに分かるだろう。そして戦闘能力の高い彼らであれば、その後の対策によっては国を守る事も出来たハズだ。それなのにシュラリア国は王家が滅んだ後、僅か一週間足らずで滅ぼされている。騎士団自体が反乱を起こしたと考えても、おかしな点が幾つも出て来るんだよ」
 騎士団もアホじゃないんだ。王家を滅ぼしたとしても、その後、国を守る対策くらいはするハズだろう、とファルシーは続けた。
「もともと国も滅ぼすつもりだった、とかでは?」
「騎士団が? そりゃ国王に殺意は抱いても、何の罪もない国民にまで危害を加えようとするかな? オレは、騎士団はそんな事はしないと思うよ」
「確かに……それもそうですね」
 ならば、一体誰が?
 そう問い掛けるアーニャに、ファルシーは再び苦笑を浮かべた。
「だから分からないんだ。誰が王家を滅ぼしたのかも、その原因もはっきりとは分かっていない。何者かによるクーデター説が最有力ではあるけど、他にも仮説は幾つかあるしね」
「そうなんですか? どんなのがあるんですか?」
「聞きたい?」
 コクリと頷くアーニャに、ファルシーはクスクスと笑う。
 そして「どれもクーデター説以上に根拠がないんだけど」と前置きしてから、その幾つかの仮説を教えてくれた。
「呪詛によるもの、屈強な兵士の一人無双、伝染病……あとは一気に焼かれた、とかかな?」
「え……?」
 最後に口にされたその仮説に、アーニャはハッとして目を見開く。
 一気に焼かれた? それって……。
(まさか……)
 一人無双なんかあるんですか、と苦笑いをするトーマスと、他にも巨人説があるよ、と笑うファルシーの会話をどこか遠くで聞きながら、アーニャは動揺に瞳を揺るがせる。
 城、いや城を含む都市を一気に焼き落とせる兵器。その兵器の名に心当たりがあったからである。
「インフェルノ……?」
「うん? 何だい、それは?」
「あ、いえ、何でもありません……」
 その名を聞いてもファルシーが首を傾げるのであれば、やはりその兵器は現世には残っていないのだろう。
 最悪の兵器、インフェルノ。それはピートヴァール国がシュラリア国を攻め落とすために開発していた兵器だ。強力な爆弾で、都市一つを簡単に吹き飛ばす程の威力がある。もしもそれを使ったのだとすれば、城を含めた都市ごと、一気に吹き消す事は可能だろう。
(でもあの兵器は、私達が破壊したハズだわ)
 そう、インフェルノはあの時、アーニャ達精鋭部隊が確かに破壊した。その資料も、研究員も研究施設も。その兵器を破壊出来たからこそ、シュラリア国はピートヴァール国に勝利する事が出来たのだ。
 では、もしもその王都を焼いた原因がインフェルノなのだとしたら、何故その兵器を再び生み出す事が出来たのだろう。まさかその資料がピートヴァール国のどこかに残っていて、ピートヴァール国の生き残りがシュラリア国に復讐するため、再びそれを生み出し、王家を滅亡へと追いやったのだろうか。
(でも、それだったらインフェルノが後世に残っていないのはおかしいわ。だってそんな強力な兵器が、有名にならないハズなんてないもの。実物はないにしても、名前くらいは後世に伝わっているハズよ)
 それなのにシュラリア国を含め、歴史の知識が豊富なファルシーすら知らない兵器、インフェルノ。その名前すら知られていないのであれば、王家が滅んだ原因はインフェルノではないのか、それとも……。
「あの、先生。ちょっとお聞きしたい事があるんですが」
「うん、何だい? 何か質問かな?」
 知っている事なら教えるよ、と微笑んでくれるファルシーの目を見つめ直すと、アーニャは先日のライアンとの話を、思い切って口にした。
「シュラリア国に明かされてはならない史実があるって、本当ですか?」
「え……?」
 その質問に、ファルシーはキョトンと目を丸くする。
 それについては、トーマスも初耳だったのだろう。ポカンとしているファルシーに代わって、トーマスが「どういう事?」と訝しげに首を傾げた。
「明かされてはならない史実って何だい? 本に書いてあったの?」
「いえ、この前シュラリア国について調べていたら、クラスメイトに言われたんです。シュラリア国はアヴニール国建国前にこの場にあった国、つまりアヴニール国は、元シュラリア国。でもそれにも関わらず、シュラリア国には謎が多い。その理由は私達国民が知ってはいけない史実が隠されているからだって、クラスメイトにそう言われたんです」
 それは先日、アーニャがシュラリア国について調べていると、ライアンにバレた時の事。ライアンは、そこには自分達国民が知ってはいけない史実がある、それを解明する事は危険であり、それは研究する事自体が禁じられている、とそう言っていた。
 様々な憶測が飛び交う、シュラリア国王家の滅亡原因。そして後世に伝わっていない、インフェルノ。
 だからライアンの危惧する明かされてはならない史実とは、もしかしたら『インフェルノによってシュラリア国の王家が滅亡した』、という事ではないのだろうか。
「ええ? オレはそんなの初耳だけど……。先生、それ本当ですか?」
「いや、オレも初めて聞いたよ。でもまあ、確かにその可能性もあるね。おもしろい仮説だ。誰だい、そんな事を言ったのは?」
「同じクラスのライアン・トランジール君です」
「え? ルーカスから聞いるけど、その子って、アーニャが焦らしプレイで放置している彼氏君だよね? キミに放置され過ぎて、構って欲しくて適当な事言ったんじゃないの?」
「焦らしプレイでも、彼氏でもありません」
 またルーカスか。どうやら先輩にも余計な事を言いふらしているらしい。後で余計な事を言うなと、ちょっとキツく言ってやろう。
「いや、トーマス、そう決め付けるのはよくないよ。その可能性も十分にあるんだから。アーニャ、面白い仮説を聞かせてくれてありがとう。また何か聞きたい事があったら遠慮なく聞きにおいで。オレが知っている事で良かったら教えてあげるよ」
「お気遣いありがとうございます。こちらこそ、今日は色々教えて下さり、ありがとうございました」
 深々と頭を下げるアーニャに、ファルシーは「教師が生徒にモノを教えるのは当然だよ」と笑う。
 そうしてから、ファルシーはその視線をトーマスへと移した。
「ところでトーマス。キミが受けた王国騎士団の試験について、詳しく教えてくれないか? 王国騎士団を目指す後輩の参考にしたいんだ」
「分かりました。じゃあアーニャ、オレはファルシー先生と少しお話してから戻るから」
「分かりました。じゃあ先に失礼しますね」
 退室を促すトーマスにも「今日はありがとうございました」と頭を下げてから。アーニャは一足先に歴史研究室を後にした。

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